支援の在り方・その1
[2015年01月25日(Sun)]
今日、去川の廃校で妄想していたことです。
生活する上で困っている人に支援を提供したいというミッションを実現するためには支援者自身がボランティアではなく収益があることが条件だと思いますのでそこを担保できることは必然と思っています。
ただ、何でも支援すればよいのかということを以前から課題と思っているとこで、魚を与えればそれが支援であるという旧来の在り方は自立するこころを失わせるということも現実です。
人間与えられるとそれが当たり前になり与えられることを求めてしまいますが、それではいつまで立っても自立につながらない生活になってしまいます。
近年、途上国支援の在り方を見つめなおす若き起業家がいて従来からの日本国の支援の在り方であった魚を与えるのではなく魚の取り方を教えることで自立する道筋を作り持続的に生活が成立させることを支援することが当事者支援の在り方だと実践して効果を上げている起業家がいるのも現実です。
このように支援の在り方も変わってきているなか、精神障害者の世界は旧来の支援される側という一方的な立場に置かれているのが現状で、支援する側になることによって自立が可能になる道筋を作ることも課題と思って考えると、単純に支援される側から支援する側に移行を可能にする支援プログラムを作ることによって精神障害者自身が支援するプログラムの講師として自立することが可能になると思っています。
以前、認知行動療法が日常生活の中で効果があるということを知ったので、普及するのに当事者の人達が理解して実践して生き辛さを少しでも解決して安定した生活が出来ることを実証や効果を確認できれば当事者自身が広めるための講座を開いたりして支援者として生きる道が出来ると思ってやっていましたが、当事者に理解できるテキストづくりのとこで平易な言葉(1)や旧来のパターンに囚われず作るということが中々出来なかったのですが、それが可能であったら、新しい認知行動的な講座によって一般の高い参加費を払って講座を受けなくても当事者自身が講師役を担えるような講座ができれることになり当事者自身のエンパワーメントを引き出すことをピアでやることが出来る方法が実現できると思っていました。
現在、当事者を対象にした講座などはあまりなく、専門職を対象にしたのが多いのでテキストも専門用語が多いので当事者もですが一般の方が参加しても難しすぎて断念するという状況になっている現状に、いつまでたっても専門家講師が優位な立場を守っている現状を変えたいと思って色々試みているとこです。
どうしても専門家が必要であるということもありますが、生きる上で習得していると生きやすくなることであれば皆でわかりやすく改変して学んで普及していくことができるようなシステムができればよいわけで、当事者自身にとっての養成講座を実施してわかりやすい言葉で深い内容を学ぶ機会を作ることが、より障害当事者のエンパワーメントを引き出し、当事者同士で支援しあってスキルを高め、地域で一般の方などに講師として教えていくということが望まれていると思っています。
このようなことに真摯に向き合ってくれる専門家がいることで、より計画を早く達成して、次のステージに進み、今以上に夢や希望を持った生活が可能になるのでしょうけど、そこに至には、まずは専門家の賛同者がいる事が必然と思っています。
色んな養成講座のあるアカデミーがあると選択する上で自分の持っているストレングスを活かした講座を選んで自分のエンパワーメントを発揮することを可能にすることで、より精神障害当事者にとってお互いで支援しあうピアサポートが普及することになり支援しあうことでスキルアップにもつながるという効果を活かして、次のステップとして地域でスキルを発揮することによって地域貢献をする社会を夢見ています。
(1)アインシュタインの言葉で「子供に説明できなければ、理解したとは言えない」という素晴らしい言葉があり専門家同士の専門的な言葉の世界に安住するスタンスを暗に批判する言葉だと思っています。


生活する上で困っている人に支援を提供したいというミッションを実現するためには支援者自身がボランティアではなく収益があることが条件だと思いますのでそこを担保できることは必然と思っています。
ただ、何でも支援すればよいのかということを以前から課題と思っているとこで、魚を与えればそれが支援であるという旧来の在り方は自立するこころを失わせるということも現実です。
人間与えられるとそれが当たり前になり与えられることを求めてしまいますが、それではいつまで立っても自立につながらない生活になってしまいます。
近年、途上国支援の在り方を見つめなおす若き起業家がいて従来からの日本国の支援の在り方であった魚を与えるのではなく魚の取り方を教えることで自立する道筋を作り持続的に生活が成立させることを支援することが当事者支援の在り方だと実践して効果を上げている起業家がいるのも現実です。
このように支援の在り方も変わってきているなか、精神障害者の世界は旧来の支援される側という一方的な立場に置かれているのが現状で、支援する側になることによって自立が可能になる道筋を作ることも課題と思って考えると、単純に支援される側から支援する側に移行を可能にする支援プログラムを作ることによって精神障害者自身が支援するプログラムの講師として自立することが可能になると思っています。
以前、認知行動療法が日常生活の中で効果があるということを知ったので、普及するのに当事者の人達が理解して実践して生き辛さを少しでも解決して安定した生活が出来ることを実証や効果を確認できれば当事者自身が広めるための講座を開いたりして支援者として生きる道が出来ると思ってやっていましたが、当事者に理解できるテキストづくりのとこで平易な言葉(1)や旧来のパターンに囚われず作るということが中々出来なかったのですが、それが可能であったら、新しい認知行動的な講座によって一般の高い参加費を払って講座を受けなくても当事者自身が講師役を担えるような講座ができれることになり当事者自身のエンパワーメントを引き出すことをピアでやることが出来る方法が実現できると思っていました。
現在、当事者を対象にした講座などはあまりなく、専門職を対象にしたのが多いのでテキストも専門用語が多いので当事者もですが一般の方が参加しても難しすぎて断念するという状況になっている現状に、いつまでたっても専門家講師が優位な立場を守っている現状を変えたいと思って色々試みているとこです。
どうしても専門家が必要であるということもありますが、生きる上で習得していると生きやすくなることであれば皆でわかりやすく改変して学んで普及していくことができるようなシステムができればよいわけで、当事者自身にとっての養成講座を実施してわかりやすい言葉で深い内容を学ぶ機会を作ることが、より障害当事者のエンパワーメントを引き出し、当事者同士で支援しあってスキルを高め、地域で一般の方などに講師として教えていくということが望まれていると思っています。
このようなことに真摯に向き合ってくれる専門家がいることで、より計画を早く達成して、次のステージに進み、今以上に夢や希望を持った生活が可能になるのでしょうけど、そこに至には、まずは専門家の賛同者がいる事が必然と思っています。
色んな養成講座のあるアカデミーがあると選択する上で自分の持っているストレングスを活かした講座を選んで自分のエンパワーメントを発揮することを可能にすることで、より精神障害当事者にとってお互いで支援しあうピアサポートが普及することになり支援しあうことでスキルアップにもつながるという効果を活かして、次のステップとして地域でスキルを発揮することによって地域貢献をする社会を夢見ています。
(1)アインシュタインの言葉で「子供に説明できなければ、理解したとは言えない」という素晴らしい言葉があり専門家同士の専門的な言葉の世界に安住するスタンスを暗に批判する言葉だと思っています。



