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チームながぐつプロジェクト第107陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2015年03月06日(Fri)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第107陣】
期間:2015年2月13日〜2月16日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
2月13日 日本財団にてオリエンテーション。炊き出し体験
2月14日 高台移転のためのお手伝い。
2月15日 高台移転のためのお手伝い。
2月16日 視察。掃除。

2月13日
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日本財団でオリエンテーション後新幹線で仙台へ。
仙台よりバスで石巻。16時45分石巻駅着。

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現地スタッフの矢野さんから拠点の使い方など説明していただきました。
その後炊き出し体験ということで、みんなでうどんを作り食べました。
食事後黒澤さんより石巻の被害状況、明日以降の活動内容の説明を受けました。

2月14日
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雄勝町にて高台移転されるかたのお手伝い。
もみの木の枝を急斜面の上まで運ぶ作業。

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バケツリレー方式で10人で声を掛け合い助けあいながら運びました。
午後は大きなもみの木の伐採の補助を行いました。ワイヤー、滑車、スリング、チルホール等普段の生活では使う事のない道具を使用しての作業となりました。危険の伴う作業でしたが無事終える事ができました。

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作業中や昼食時、高台移転されるかたから震災時の体験などのお話を伺いました。

2月15日
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前日同様枝を運ぶ作業。

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杉の木の伐採。

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昼食後雄勝町オーリンクハウス会議室で行われていた写真展「いしのまきのあさ」に連れていっていただきました。

2月16日
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拠点掃除。3階のマットはがし、倉庫の荷物仕分け等行いました。
その後市内視察。
11:30のバスに乗り仙台駅。
14:44の新幹線で東京へ。
ボランティア参加証授与
17:00解散。
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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

■報告書からの抜粋
*2012年にGakuvoで行った時に出会った家族が今どうしているか聞いてみた。お仕事が軌道にのっているおとや赤ちゃんが生まれて家族が増えている事を聞いた。悲しい事だけでなく、小さな幸せもたくさん4年あkんであったことがわかって嬉しかった。

*大切な人を亡くされたことを「“つらい”という訳ではないけれど、“やるせない”」と言っていたのが印象的だった。深い深い悲しみに落ち込むことは乗り越えたのかもしれないけれど、そのやるせなさはずっと続いていくのかもしれないという気がした。

*消灯時間になって電気が消えても、大川小学校の事が頭から離れず、ずーと考えていました。きっとそれぞれに夢もあっただろうに、こんなことにあうなんて思ってもいなかっただろうし、まだ幼い命が多く奪われてしまったことがとてもショックで仕方がありませんでした。

*見たもの聞いたものが多すぎて、この事を自分の中に落とし込むのに、少し時間がかかると思います。発信していく事はもちろんですが、この“震災”を4年もたった今、まずは私が現実を“うけとめる”というのはおかしいですが、見つめ、自分の中で向き合っていくことが第一だと思います。このまま終わりではなく震災を見つめて向き合った中で自分にできること、再びこの地を訪れる事をしたいと思いました。

*大川小学校を訪れ、生徒が逃げていれば助かったであろう山や校舎を見た事によって、強く印象に残りました。それと同時に災害時における一瞬の判断によって、こうも簡単に生きるか死ぬかが左右されるのかと思いました。マニュアルに従うことを第一として迅速に対応できないことや、正しい知識がないことによって脱げる方向を間違えることは非常に恐ろしいことだと感じました。

*震災から4年経った今も現地では「目に見える復興」以外に、「目に見えない復興」に向かって頑張っています。そうした方々を支援するのに、ボランティア活動というものは、たとえ小さな力だとしても、いつかは、その積み重ねで被災者の方々を元気づけることができると私は信じています。

*他のメンバーが震災やボランティアについて、ここまで深く考えているのかと思い、驚きました。同じ学生として、いい刺激を受けることができました。

*4日間という短い活動期間でしたが、色々な人との会話、街の風景、雰囲気、そういったおのを自分の肌、目、耳で感じることができ、ネットなそで調べても感じ取れないものを現地で体感することができました。

*復興という言葉は、迅速だけが求められがちになり、被災者自身の心の復興というものは忘れがちです。これは確実に復興していく事は不可能ですが、人と触れ合い少しでも気持ちを考えていくことを想像し行動していくことで和らげていくことは可能であると思いました。

*実際に自分で訪れて、自分の肌で感じなければ分からないこともあるのだと、改めて思いました。

このボランティアは、これからであり、こうして考えさせていただいた機会をもとに、自分の中でどうおとしこむのか、得た知識や知った世界を視野に入れて何をしていくのか。ここで終わらせることなく、今回の経験を元に、これから自分がどう震災に関わっていくのかをしっかりと考えようと思います。

石巻の皆さん、ありがとうございました。
107陣の皆さんお疲れ様でした。
チームながぐつプロジェクト第105陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2015年02月06日(Fri)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第105陣】
期間:2015年1月16日〜1月19日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
1月16日 オリエンテーション 移動 炊き出し体験
1月17日 林道整備 パネル運び ビニールハウス部品運び 薪割り
1月18日 梁製作補助 炊き出し体験
1月19日 どんと祭りお焚きあげの後片付け 視察

1月16日 
到着後 ボランティアに参加した理由と自己紹介を行いました。夜は炊き出し体験ということでうどんを作り食べました。
次の碑は阪神淡路大震災から20年ということで、阪神淡路大震災から東日本大震災、そして今日までのいろいろなお話を伺いました。
食事後石巻の現状や明日以降の活動の説明を受けました。

1月17日 
個人で高台移転支援。
翌日木材を運び出すために通る林道に砕石を敷き整備しました。
ビニールハウス設営のスペースを確保するためパネルを移動。
ビニールハウスの部品運び 薪割りをしました。
土地の持ち主の方から震災当時のお話、現在のお話を伺いました。
夜は振り返り・ミーティング。

1月18日 
前日にひき続き個人で高台移転をされる方のお手伝い。
荒れた森を整備するための簡易製材所作り。
梁を作るため材料を人力で運びそれをつなぎ合わせ、重機を使い3mの柱の上に乗せました。
女子は昼食の炊き出し準備、柱を固定するためのボルト締め等を行いました。
夜は前日同様、振り返り・ミーティング、アンケート記入。

1月19日 
拠点清掃後、継続して支援をさせていただいている神社の
どんと祭りお焚きあげの後片付けをしました。
その後視察。日和山公園へ連れて行っていただきました。
12時石巻発。東京17:00解散。

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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■活動初日の気持ち

東北の地域に対して、正直他人事の様にテレビを見ていた。

現地の人と話したり、現地の様子を見ないと本当はどうなのか分からないので、東北ボランティアに行きたいと思いました。東北の地震は世界的にみても大きな災害の一つと思っていて、そこで活動することが他の災害にも繋がると思っていました。

ボランティアに参加する前は、「自分」が現地の現状を見たい!「自分」が達成感(?)充実感というものを得たい!「自分」が他の考えや意見を聞きたい!とにかく自分の欲求を満たすためだったように感じます。

いわき市に10月にボランティアで訪れたのだが、学ぶことばかりで何の役にも立てなかった。震災について自分の意見をもてるような立場ではない。自信がなかった。

■活動後の気持ち

今回参加した事で「東北の地域でどうしていかなければならないのか?」という事を今まで以上に考えさせられ、今までみたいに他人事ではない気分になった。

実際に参加してみて、生の大川小学校やさら地のを見て、また写真で、そのさら地の震災前の写真と比べて、改めて震災の恐ろしさ津波の恐ろしさを知りました。高橋さんと話してみると震災の影響を受けたにもかかわらず、まえを向いて、これからも続けてほしいと思いました。

高橋さんという1人の被災者の方と話して、その人が抱える不満や悩み、欲求について深く聞いていくうちに、自分では考えもしないような、今後の課題や現状の問題点が挙がってきて本当の意味で人の立場に立つことの重大さに気づきました。

作業はしたけれども、何の役にも立てなかったという思いはある。余計自信がなくなった。

■今後のボランティアに必要なことは

プラスαの活動の様に感じた。今必要とされている問題は、行政の方針に大きく関わる事が多い。行政と市民を繋ぎ合わせる事の出来るイベントをすることは重要だと思う。

Gakuvoの震災支援のやり方は、すごく良いと思っています。ブログも見やすくて、お金の部分でも気にしなくて良くて学生が参加しやすいです。人も良かったです。また参加したくなるような団体です。

ボランティアに参加する学生に、今やっている作業の目的、何のためにやって、その先に何があるのかを伝えていくことを徹底すると参加者にもっと当事者意識が生まれると思いました。

一人の人がずーと頑張るのではなく、色んな人がずーと見守り続けて、いざとなったら誰かが(誰でも)手を差しのべられる状況になることがいいんだろうなと思いました。う〜〜ん。

■感想
ただ学生をボランティアの派遣として「労働力」としてだけ見るのではなく、「学生に学んで欲しい」という姿勢に多いに感銘を受けた。ボランティアに来ているのに、送迎や食事提供など、親切にして頂きありがとうございました。

これからも引き続き、宮城、福島も含めたさまざまな地域の活動をしてほしいです。

貴重な体験でした。本当にありがとうございました。体験させて頂いたことは、周囲に伝えていきたいし、つたえなければならないと心底思いました。

自分で知りに行くという姿勢がなければいけないのはわかるけれども、あまり説明がなく、求められているものがわからなかった。

■報告書からの抜粋

今回感じた事
私は大学で環境学を専門にしており、エネルギー関連など被災地での行政の取り組みについての自分の意見を持ちたいと考えていた。
その事について考えていく上で、現場及び現場の声をこの目で見て聞いて把握することを今回のボランティアかつどうでの目的としていた。
今回被災地の現場を見て、現場の人の声を聞く事で感じることが2つあった。

一つ目は、【被災地の想像以上の被害の大きさである】テレビでは地域ごとの断片的な映像が流れるが、実際に車に乗って連続的に町を眺める事で、その被害の大きさ広さを感じた。
またマスコミでは得られなかった仮設住宅などの様々な問題についてお話を聞く事もできた。現場の根深い問題、実態を知る事ができ、マスコミの表面的な情報に流されずに実際に現地に足を運ぶことの重要さを学ぶことができた。

2つ目は【住民と行政の折衝の難しさである】実際に被災で生活をしている方の声と行政の方針を聞き、どちらも満足のいく解決方法を見つけ出す事は難しいと感じた。どちらかの主張を完全に押し付けると片方は満足しなくなってしまう。
住民は自分の生活に及ぼす問題をもとに声を上げるが、行政は個人の意見より、街全体が良くなることを考える。どちらの主張も正しい。その上で私は頑固に話を聞かないのではなく、お互い聞く耳を持つ事で歩み寄っていく事が大事だと思った。
具体的には行政は現場に足を運ぶことで、住民の人の主張、現場の状況を積極的に知るべきであると思う。そうすることで、おたがいの主張を少しずつ受け入れることができ、いずれ一つの折衝点を見つけることができるようになると考える。
しかし、これは第3者からの机上の空論であるとも思う。
今回のボランティアに参加して、今まで以上に現場の声には、もう少し現場の事情及び行政の事情を知り、勉強する必要があると思った。
今夏のボランティアで様々な発見、気付きをすることができた。
ここに、日本財団のスタッフの方々、石巻市に常駐している黒澤さん、レノンさん、高橋さんに感謝を意を示す。

今回、東北地方石巻市のボランティア活動に参加させてもらい、様々な経験ができました。

1つはしんさいの現場に行くことによって、震災を経験した人たち、震災に関わった様々な人たちから話を聞く事ができたことです。
雄勝地方で活動している高橋さんから様々な話を聞く事ができました。高橋さんが行政と関わるなかで、お互いの思いが違い難しい問題が多くあることが知る事ができました。高橋さんは雄勝地方で住むことに誇りに思っていて、仮設住宅に住むことは好んでいませんでした。
もちろん、私も自分の地元では生活がしやすく、家族や友人が好きです。
もし、震災があって町が流されたら、仮設住宅でも良いと思ってしまいます。
しかし、高橋さんはそれでも雄勝地方が好きなんだと思いました。
その他にも黒澤さんや板倉さん、レノンさんの話を聞いた中には、例えば震災当初は死体が転がっていたり、バスが建物の上にのっていたいたという話しを聞いて震災の怖さ、津波の怖さを改めて感じました

ボランティア活動をしているとそのような話が終わりなく出てきました。
例えば、死体の薬指についている指輪を盗むために水分を含んだ死体の指を切断した話や、災害現場に慣れ過ぎて道を歩いていても死体を物のように感じるという事でした。

もう一つは震災現場を見ることが出来ました。
例えば、大川小学校では、津波の力が強くて柱が折れていたり、逃げれば良かったと言われている山が思っているより近かったです。
小学校の中のハートのライトは。この出来事に対する様々な人の思いがつまっているのかなと思いました。

今回で3回目の参加となる東北ボランティア活動ですが、毎回違うことを感じさせられているような気がします。
もちろん活動内容が変わるから当たり前なのかもしれませんが、被災された方たちの気持ちだったり、行政の動向、学生のメンバーが変わることによって、価値観の違いから影響されて自分自身の考え方が変わるということもあるにおかなと思いました。

105陣はメンバーが少ないという事もあり、すぐに打ち解け、個々に震災について、おのように受け止めているのか聞いてみたりして共感できる部分や、ちょっとちがうなと思う部分など様々でしたが、それをしたことで、視野が広くもてたり別の視点から考えるきっかけになりました。

実際にボランティアに参加しないと何の声は聴けないし、メディアで報じられているものだけでは、被災された方の雰囲気や表情、心の深い繊細な所までは感じ取れないと思います。

また黒澤さん、レノンさん、初めてお会いした板倉さんは、私よりも経験はもちろん多いに、それだけ広い視野をもってらっしゃると実感しました。
ある1部分だけをみても被災地の問題点は解決できるわけでもないし、本当に多すぎなくらいの課題を知ることはできないと思いました。
なのでコーディネーターの御三方との交渉は私にとって非常に刺激となりました。
学生だからできることって何なのかなと考えたりもしました。
若いエネルギーだったり、お話を聞く事で、高橋さんを少しの間でも明るい気持ちへ向かせられたり、微力であっても、何かしらできることはあるし、参加するとしないでは、震災への意識が違ってくると思います

経験させて頂いた事を無駄にしないように私自身考えていかなければならないと感じました。

第100陣のいわき市のボランティアに参加した際に、もっとも強く感じた事は、自分の知識の浅さに対するうしろめたさでした。
今回は前回のことを踏まえ、予備知識を蓄えて臨んだものでした。
その中で感じたことが3つあります。
1つめは、高橋さんの信念の強さに驚かされたということです。
私はその場の雰囲気や、うまい話に流されてしましがちなので、そういう生き方を貫くことができる人もいるのかと感銘を受けました。
そしてそれが、地元への愛情からくる反骨心のようなものからきているというか、自分の慣れ親しんだ母なる大地への思いと、それを失くしたり、ないがしろにされたりする気持ちはどれだけ辛いのだろうかと想像させられました。

2つめは前回とのメンバーの違いによってカラーがこんなにも違うものかという事です。

いわき市の時は2人だけだったこともあるとは思いますが、引率の方も合せて本当に話し合いというか、お互いの腹の内を包み隠さず語り合ったような感じだったのですが、今回はあまり深い話に発展することがなく、皆が何を考えているのかわからなかったです。
このままだと本当にこのままだというか、課題とか、これから自分たちが将来求められてくることとか、本当にわかってるのかな?私はわからないあ!皆、105陣つづいているボランティアの1つで、しかも4年間のうち実質2日で目に見えて役だったかもわからないのに、話聞くだけ聞いて、それで満足なのかな?と思ってしまいました。
自分も含めて、なのですが。どうすればよかったのかと思っています。

3つめは「ボランティア」というもの自体について考えさせられました。
西尾さんが書かれた冊子のようなものを読んだのですが、ボランティアという概念は本当にむずかしくって、未だによくわかりません。
移住してまで、ずっと関わり続けている人もいれば、興味もない人もいて、何かわかるかと思ってボタンティアに参加しても、私のようにもっとわからなくなることもあって。
困っている人がいるから助けるっていうだけなはずなのに。むずかしいです。
活動報告(石巻) チームながぐつプロジェクト第101陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2015年01月30日(Fri)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第101陣】
期間:2014年11月14日〜11月17日
場所:宮城県石巻市

活動内容:
11/14 炊き出し体験
11/15 金華山黄金山神社にて石垣の再生、補強作業
11/16 石巻市雄勝町にて敷石地固め扉枠作り
11/17 拠点の清掃、石巻駅周辺清掃、被災地視察

11/14 日本財団にてオリエンテーション後、新幹線で仙台へ。仙台からバスで石巻へ。
到着後、みんあなでうどん作りをし夕食。夕食後は明日、明後日の活動場所と活動内容、石巻市の現状を黒澤さんから説明していただきました。

11/15 金華山黄金神社にて崩落した石垣の再生。モルタルでの補強作業。鮎川港より海上タクシーで金華山へ。黄金山神社、蛇踊り場の石垣の隙間に拾ってきた石を埋め、さらにモルタルを詰め補強する作業をしました。石を拾う運ぶモルタルを作る。どれも地味ですがとても体力を必要とする作業でした。

11/16 石巻市雄雄町にて番屋に隣接する納屋の敷石、地固め、入口扉のための枠細工補助。川原から石を集め、納屋全体に敷き詰めました。
敷き詰めた石を黒澤さん矢野さん製作の胴突きで地固め。
胴突きを一人で持ち上げるのは大変なため、二人一組で声を掛け合いながら頑張りました。
また、納屋の入口扉の枠作りでは、参加5回目となる学生(瓜本さん)が電動工具を使いビス止めをしたり突き出た釘を削ったりと大活躍でした。
お昼には番屋の所有者の方が、その日の朝とれたホタテをプレゼントしてくださり、みんなで焼いて美味しくいただきました。午後は1時間ほど作業を中断して、近くでおこなわれていたホタテ祭りに行き「伊達の黒船太鼓」の演奏を見学させていただきました。

11/17 拠点の清掃。近隣清掃後、通称「うまっこ山」と日和山公園視察。17:30東京着解散。

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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

■活動初日の気持ち
・活動前は震災から3年間が過ぎた東北の現状を、自分の目で確かめ、役に立ちたいという気持ちから参加を決心しました。しかし私は今回初めて東北へ足を踏み入れたので、TVなどのメディアから得た情報のみで漠然としたイメージしかもてていませんでした。

・Gakuvo自体は5回目で雄勝の高橋さんの番屋作りも途中まで見ているので・・高橋さんの番屋の今を見たい。また、お会いして話に行きたいという思いで来ました。

・活動前は、ずっと東北のボランティアに行きたくて、しかし、行けない日が続きました。そこで広島のボランティアに3日間と短期間だったので行ってみました。広島は、とても悲惨でした。家がつぶれていたり、車が横転していたり家そのものがない所もありました。そういう所もみてきて、東北はどうなっているんだろうと思い始めました。広島でボランティアをしている方が東北と同じ、一緒だと言っていたのが印象に残っていて、今の東北に行ってみようと思いました。その頃は、復興していて、植樹や漁師さんのお手伝いをすると思っていました。

・1年8か月ぐらい前にGakuvoに参加しましたので、どれぐらいへんかがあったのか、自分の目で見たり、すっと同じ地域に携わっている黒澤さんたちの話が聞きたかった。

■活動後の気持ち
・2日間という短い時間ではありましたが、東日本大震災を≪東北≫という大きな括りから≪石巻≫さらに「金華山」「雄勝」という具体的な場所のイメージを持てるようになりました。実際に足を運び、自分の目でみることができたらこそ、学んだ事をひとに伝えたいという気持ちでいっぱいです。

・番屋についた瞬間に、とても家らしくなっているのを見て驚き、そしてあの地で新たな1歩を踏み出そうとしていた高橋さんの1歩が確実なものであることを感じて鳥肌でした。
何よりあの笑顔で、私のことを覚えてるよー!この前もここでね!と言ってくださったのが嬉しくて、またおあいできてよかったなという思いです。

・活動するとき、植樹や漁師さんのお手伝いをするものだと思っていたのですが、まだ自信や台風などの影響を受けて、復旧していないところがあり驚きました。石垣が壊れていたところを直したり、被害を受けた家屋を建て直す作業をしていて周りにも建物がないことを見て、まだ全然復興していないと思いました。目的地に向かってる一部分の仮設住宅の多さを見ても、まだ復興していないと実感しました。

・復興はまだまだ時間がかかりそう。
病院を建てたり、仮設住宅から家やマンション、アパートに住めれるようになるのにまだまだ時間がかかりそう。
行政の進め方などは、よく分からないし、我々ではどうしようもないと思うが、この震災の事は忘れず、小さな学生の力で少しでも復興に近づけばいいなと思った。

■今後のボランティアに必要なことは
・今回のボランティア活動で<自主的に動くこと><周りと協力すること><被災した方の気持ちを想像して慎重かつあたたかく話しかけること>など大切な事をたくさん学びました。「初心」を忘れずボランティアに取り込むことは今後も大切だと思います。

・自分の事を精一杯やれば良いと思います。気を張らずに。体力に自信があるのなら力仕事を率先してやるもよし、人と話すのが好きならは地元の方々とゆっくり談話してわらうのもよし、こどもが好きなら、子どもと遊んだり勉強を教えるもよしで・・・。とにかく何かしら動きに現地に行けば大きな思いを持って帰れると思います。

・Gakuvoのように、お金もあまりかからなく、学生にも行きやすいような所がもっとあるといいと思いました。もっと多くの人が参加したほうがいいと思いました。

・小規模でも続けやすい、参加しやすい環境があり続けることで、ほんのきっかけで何かを感じ、風化させないようにする。

■感想
・貴重な出会いと経験を、本当にありがとうございました。今回学んだ事を自分なりのことばで周りの人へと伝え、石巻のことをいつまでも忘れません。また機会があれば、ぜひ参加したいです。

・この活動を永く続けてほしいと純粋に思いました。

・なかなか石巻までボランティアに行くとなると腰が重くなってしますので、こういう機会を設けていただきありがとうございました。

■報告書からの抜粋
・今回第101陣の活動をさせて頂いた2日間は「人との出会い」と「しんさいの爪跡」からの学びに満ちた、短くも濃い時間でした。
活動初日に伺った金華山では、台風15号と震災の影響で壊れた石垣の修復に取り組み、仲間と協力して綺麗になった完成部分を見た時は疲れを忘れるほど嬉しくなりました。
TVなどからは全ての地域の様子を見る機械はありませんが、震災の爪跡は金華山のように東北の到るところへ刻まれているのだろうと思います。今回その一部であっても自分の体でボランティア活動をし、「0から1へ」踏み出せたことはに自信を持ち、次の活動へとつなげたいと思いました。
2日目に伺った雄勝町の高橋さんが住まれる番屋では、まず第一に高橋さんとお会いし、1日を共有できた事ががとても嬉しく思いました。震災で苦労されたのも関わらず、明日への活力に満ちたきらきら輝く姿に、私が逆に元気をもらったほどです。しかしいくらお元気そうに見えても、寂しさや辛さを抱えておられるのも確かだろうと思います。番屋づくりの活動を通して、私たちの元気を少しでも届けられていると嬉しいです。
東北には復興に向けて元気で一生懸命生きておられると同時に、一人でいる時は悲しみでいっぱいの状態が続いている人がたくさんおられることと思います。東日本大震災を経験してない私がその方の気持ちを完全に理解することはもちろん難しいことだとは思いますが、自分に近い環境にあてはめて「想像」してみることは、大切なことだと思います。そして大川小学校の何の罪もない、しょうらいの夢や希望に満ちた74名のこどもたちの尊い命、津波にのみこまれてしまった多くの方々の命、フクシマで犠牲になった方々の命をはじめ、3.11の犠牲になった全ての方々のことを、いつまでも胸に大切にしまい、今回学んだ事を伝えつづけていきたいです。

・11/15(土)@金華山
石巻にはGakuvoを通して5回来たことがありましたが、金華山は今回が初めてでした。拠点から車で1時間弱行ったところから船で金華山に向かい、石巻の広さを感じました。着いたときの感想はとにかく鹿の多さに驚き神秘的な印象を受けました。人間がいることが申し訳なくなるくらい鹿がいて、動物と自然が共存して生きるってこういうことだよ。と思い出させてもらいました。
活動はモルタル補強。2年前の冬に来たときに、渡波の神社で同じ活動をしていたので、想像以上に体が覚えていて、すっと行動できました。どのぐらいの固さのモルタルが扱いやすいのかとか、どのくらい押し込めば強度がつくのかとか、2年前のたった1にちの経験だったけれども、1度やっていると自分で動けることに我ながら喜びを感じていました。
来年から不動産関係の仕事に就くので、先月宅建を受けたのですが、その中の問題の一つに、モルタルの作り方とコンクリートの作り方が出てきて、砕石を入れるか入れないかの違いをGakuvoでの経験があったので思い出して正答できました。普通の女子大生生活を楽しんでいるだけの私だったら絶対できていなかったことだと思います。いろんな形でGakuvoで学んだことは自分のためになっています。まだまだ人のためになるような活動はあまりできていませんが、経験は自信に変えていざというときは動こうと思います。

11/16(日)@雄勝
高橋さんの番屋作りの続き。小石をh込んで倉庫に敷き詰め平らにし、ドアを作る。実は14日(金)に、今回は4人だけしか学生がいない事を知り、4にんだけで活動が進むかなとか、力不足にならないかなとかも考えていました。ですが、その逆で4人でも十分力を出し合って効率よく動けたのではと今は思います。集中力がずっと続きました。高橋さんをはじめ、皆で楽しく笑い合いながら、応援し高め合いながら作業ができたように感じ、とても気持ちが良かったです。私が高橋さんにお会いするのが3回目ということで、私の方の緊張がなかったことも理由かもしれませんが、今まででいちばん、高橋さんとお話することができ、笑顔を見ることができた回でした。
あの地でひとり再スタートを切る心細さや不安は必ずあると思います。ですが、ブレずにまっすぐな高橋さんを見ていて出会えて良かったと思うと同時に、高橋さんのように動きたくても動けない人も大勢いるのだろうなと予想して、皆の望を叶えて、皆が心からしあわせと言えるひが来るのは難しいんだろうなとも思ってしまいました。実際にほたてまつりの会場のトイレでお話したおばあちゃんは何も変わらないんだよとぼそっと寂しそうだったので・・・。あまりまとまりのない文になってしまいましたが、学生ならではのまっさらなありのままで書くなら、この通り、何度来ても複雑です。

・ボランティアをする前日まで、東北大地震の被害は正直に、ほとんど直っているものだと思っていました。しかし二日目の目的地の金華山に行っている間に、主に海岸沿いでは何もない状態になっているのを目の当たりにして驚いた印象がありました。
私は広島のボランティアにこの東北のボランティアに行く前に行きました。それはニュースで広島の土砂災害の報告を見て一回、自分の目で見て確かめてみようと思ったからです。実際に画面で見ていたのとは違って、自分の目で現地で見た方が悲惨な状況で、そこの一部だけでなく、他にも災害の影響がある地域もあることを知って、震災があった東北は今、どうなっているんだろうと思って、行こうと思ったのが一つのきっかけでした。
最初に金華山に行き、石垣の復旧をしました。まだ震災の影響で壊れたままであったということに、まだ復興はしていないんだなと改めて実感しました。石垣の石を山に登ったところで集めて石垣の隙間につめてモルタルを上に塗る作業をしました。石を運ぶのがつらく、石垣の隙間に石をパズルのようにつめるのも難しかったです。モルタルも混ぜるのが大変で、細かい所を地味にやっていて、小さいことをずっとしていました。しかし作業が終わる頃には、ほとんど石垣と言えるものとなっていました。達成感があり満足感も湧いてきました。

次の日には雄勝に行き、津波で被災してしまい、もう一度元のところに住もうとしている高橋さんのお宅に行きました。高橋さんのお宅は、業者ではなく、前に来てもらっていたボランティアの方々や自分の手でつくっていて、それを思わせないようなくらい頑丈にできていて、しっかりとした家になっていました。私たちが作業した所は、倉庫で土台となる石を床に敷きつめる作業でした。石を運ぶ作業に昨日の事を思い出しました。石を運ぶ作業は昨日もやっていたので、要領が分かっていたのと辛いことも分かっていました。しかしひたすらやっていたら、昨日と同じで達成感と満足感が来るものだと思いひたすらやっていました。
また石を集めてヨイトマケという敷きつめた石を平らにすることをしました。ヨイトマケはとても重く2人作業でも重く感じました。Gakuvoで一緒にきたサダンさんは1人でやっていてすごいと思っていました。引率の板倉さんという方にコツを教えていただいて少し楽になったどころか、一人でできるようになりました。
その内に作業が終わり十分に石が平らになり、きれいに仕上がったと自分でも思いました。高橋sんが倉庫を見て「立派になった!ありがとう!」と言ってもらえて嬉しかったです。それだけで作業して良かったと思えました。

その後、新進と気に小学校にいたほとんどの人が死んでしまった大川小学校というところに行きました。
その周りにも何もなかったような場所で、実際には震災前には、ちゃんと家が建っていたと聞きました。
震災の恐ろしさが胸に刺さるように思いしらされたところでもありました。その小学校は事前に津波が来るのを知っていて、子どもを落ち着かせるだけで、逃げていたら助かるというところでした。
私は何もしなくても、危機が来そうな時は何か行動を起こさなければいけないと思いました。
このボランティアの経験を生かし、後に起こるかもしれない災害や生きていく時に必要となるときは必ずあると思うので活用していきたいと思いました。

・今回は今まで参加した中でも力仕事が多く、その分やりがいのある作業をさせていただきました。板倉さんや矢野さんの話を聞いていると、やはりGakuvoの参加数も減り、世間そんな風潮なのかと思うと少し悲しいです。
震災から3年8か月経った今も尚、2年が寿命の仮設住宅に住んでいる方もまだたくさんいると聞き、もっとどうにかできるんじゃないのか。というどこに向けていいのか分からないモヤモヤした疑問を抱きました。
学生ボランティアは専門知識がある訳でもなく、学生同士の段取りなども、グタグタしてしまったりし、自分でも参加してて“無力”“もっと力になれれば”と思うことがほとんどですが、今回もそうでしたが、被災された方とどこか大人よりラフな雰囲気で話せるというのは、学生という立場だからこそ出来る強みではないかなと思いました。

御勝町の高橋さんと話していると震災を受けている事も忘れるぐらい気さくに話せたので、そういう点で今回参加出来た一番良かったなと思う点でした。

黒船太鼓の演奏は、今まで太鼓の演目を生で見た事もなかったかたかもしれませんし、震災で太鼓を叩けない時期に、タイヤを叩きながら練習をしていたのも事前に聞いていたので、この二年ぐらいで久々に生演奏で一番感動しました。そして逆にすごく元気をもらった気がしました。

回数を重ねていく事でGakuvoに参加させてもらう者として何をすべきかを考えることが増えてきました。

今回の参加人数などとまだ作業すべき場所を照らし合わせたとき、やはりもっとボランティアの人数がいると効率が上がるだろうか、もっと活力を生み出して頑張りたい!となる多人数が出せる勢いも必要なのではと思いました。
だから僕は、帰ってGakuvoの様な東京からでも気軽に行ける環境があるということを広めていきたいです。
また、僕自身もほんの小さな力を参加を繰り返すことで、もう少し積み重ねていこうと思いました。
チームながぐつプロジェクト第99陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2015年01月28日(Wed)]

99陣
期間:2014年10月17日〜10月20日
場所:宮城県石巻市

活動内容:
10/17 炊き出し体験
10/18 金華山 黄金山神社敷地の石垣修復作業
10/19 石巻市雄勝町にて番屋作り
10/20 拠点の清掃、近隣清掃 視察

1日目 10/17
日本財団ビルにてオリエンテーション後、新幹線で仙台へ。仙台から高速バスで石巻へ。到着後ボランティアに参加した理由と自己紹介を行いました。夜は炊き出し体験ということで、五徳コンロ、寸胴、プロパンガス、カセットコンロを使いうどんを作りました。食事中、黒澤さんから広島での活動のお話を伺うことができました。食事後、石巻の現状や明日以降の活動の説明を受けました。

2日目 10/18
金華山黄金山神社敷地内の石垣積みを行いました。
鮎川港から海上タクシーに乗り金華山に向かいました。
土のうを作り、裏にすきまを作らないように埋めていき、手前に石を積み上げていきました。
土を入れるひもを結ぶ、石を積むといった作業も簡単なようで最少はなかなか思うようにいかなかず苦労していました。現地で長い間活動されている地元の方との作業でしたが、震災当時のお話をたくさん教えていただきました。とても明るい方でたくさんの元気と感謝の言葉をいただきました。全員の力で石を積み石垣をつくることができました。

3日目 10/19
Gakuvo隊が継続支援を行っている雄勝町の番屋のお風呂、物置、玄関のひさし作りを行いました。漸次のふりかえりでの反省をふまえ、それぞれが積極的に動き、声をかけ合う作業を心がけました。盛り沢山の作業でしたが、お風呂、玄関ひさしを完成させることができました。昼食後近くの神社で行われていた神楽を見に連れて行っていただきました。番屋の所有者の方からも震災当時の状況を教えていただきました。

4日目 10/20
清掃後、通称「うまっこやま」と日和山公園に連れて行っていただきました。11:30のバスに乗り仙台へ。仙台で昼食をとり東京へ戻り、無事活動終了です。

99陣

99陣

最後に、参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

■活動初日の気持ち
・初めての災害支援のボランティアだったので、まったく何をすべきなのか分からず、ただ漠然と被災者の方の役に立ちたいという思いでボランティアに臨もうと思っていました。

・初めての参加ではないので、特に気構えていた訳ではないが、少しでも役に立てられれば良いと思い参加している。

・活動前は、自分にできる事を一生懸命やる事、前回行った気仙沼と違う所はあるのか探すこと。ボランティアとは何かを考える事を意識して望んでいました。

・初めての経験なので不安でしたが、少しでも力になれればと思っていました。また、現地を自分の目で見てみたい、空気を感じてみたいと思いました。

・岩手でボランティアに参加して、すごく学ぶことが多かったので、他の地域や団体は、どう違うのか、ボランティアとは何かということを考えたい。ボランティアをして少しでも現地の役に立ちたい。

・直前まで活動内容を知らされなかったこともあり、どんな活動内容か自分でも役に立てるのか等考えていました。期待と不安が混じった気持ちでした。また、荷物の忘れ物がないか、ひやひやしながら何回も確認していました。

・自分が汗をかいて作業を行い、それが少しでも石巻の復興につながればいいという漠然とした気持ち。

■活動後の気持ち
・ただ黙々と作業をするだけでなく、現地の方とコミュニケーションを交えながら作業をすることで、ボランティアをする側である私たちもメディアの情報だけでは分からない貴重なお話を聞く事で、とても有意義なものとなりました。現地の方々の感謝の声はとても印象に残りました。

・今回も非常に面白い方々と知り合えた。また会いに行きたいと思う。実務的なことではセメントの練り方、土のうの作り方を学べた。この知識は必ず役に立つ時が来ると思う。

・事前に意識していたことは、できたので良かったと思っています。他にも自分の意見や疑問に思ったことが積極的に言えるようになり、そういった部分でも成長できた気がします。
・様々な経験をさせていただきました。現地を見て災害の恐ろしさを感じることができました。また、現地の人々の話はすごくリアルで状況を思い浮かべると、本当に恐ろしかったです。本当に参加して良かったと思いました。

・現地の方々に喜んでもらえて笑顔になってくれて本当に来てよかった。復興の様子も岩手県との違いなど、とても勉強になった。またボランティアに参加したい。

・「自分で考えて作業をする」ことが、まだまだできていない事を実感しました。現地の人の話、大川小学校の見学などを通して、震災の残した爪跡がすごく深いと感じました。この実感を大学に帰った後に、どう伝えていくべきか考えさせられました。

・活動の前の漠然とした気持ちではなく、被災地の方の立場になって行動することが重要であると改めて感じた。黒澤さんやレノンさんが被災地の方と信頼関係を築いている様子を見て、こういった方たちのおかげで自分たちが気持ちよく活動できることに気付き、今回の活動に参加させていただいた事に対する感謝の気持ちが強くなった。

■今後のボランティアに必要なことは
・このGakuvoのボランティアは、今回で99回も続いているので、この活動を続けていく事が非常に重要だと思います。私自身も学生の力というものが大きいものだと思っていなかったので、多くの学生に、学生の力が大きいのだということを発信していくのも今後は必要なのかなと思いました。

・3回目の参加だが現地の人に会って話をして頂くのは、毎回新たな情報を得られるので、現地の人との交流を増やすと良いのでは。

・ヘルメットをかぶるような、少し危ないことでも、そのような経験は自分ではためになるので、今後そのような活動をどんどんしていくべきだと思いました。

・たくさんの方が参加することが必要であり、経験者は初心者に技術や経験を伝えていくべきだと思う。ボランティアの必要性、そこで得られるものをもっとたくさんの人に広げたい。
・すごく貴重な体験をさせていただいたので、もっと色んな人に参加してほしいと思いました。学生でしばるのではなく、同じ年代の様々な人にも機会があればと思いました。

・家造り、石垣作り等、初めの作業。初めて使うアイテムばかりでした。作業前に用具の説明や事前のリハーサル等ができれば、よりよいと思いました。基本的なことですが「声かけ」「自分から仕事をする姿勢」の徹底が必要だと思いました。

・ボランティア参加者が減少していることからも分かるように、被災地への関心が薄れていく中で、ボランティア参加者は自分が見聞きしたことを伝える等、関心を持ち続けてもらうための活動をしていくべきだと思う。

■感想
・活動の前から、メールで私の疑問に丁寧に答えていただいたり、東京という慣れない土地での道を教えていただいた運営の皆様には本当に感謝しています。

・東京、石巻でもオリエンテーションを開いて頂けるので、毎回自然に作業に取りかかれる。良い体験をさせていただきました。ありがとうございます。

・今回は肉体労働が多くあり、また考えることも多かったので、体力的にも精神的にも疲れました。でもこのような経験はなかなかできるものではなく、とても貴重な経験をさせていただき感謝しています。また災害ボランティアを運営している側の視点であったり、当時の状況などのお話をたくさんしてくださり勉強になりました。

・東京‐石巻間の運賃を負担していただくことは、すごく助かりました。今後もボランティア活動は常に頭の中に入れておきたいと思います。

・本当に貴重な機会をくださりありがとうございました。常に色々なお話をしてくださって付き添ってもらって本当に色々と学ぶことができました。

・慣れない作業を行う我々に適切なサポートをこまめにしてくれたお陰で、我々も充実したボランティアができたと思います。ありがとうございました。

・オリエンテーションの時にGakuvoの活動には、20年後の社会をよりよくするとの背景があることを初めて知りました。いわば、自分たちに対する投資であり、この話を聞いて、今回の活動に対する心構えが変わりました。この背景はもっと配信するべきだと思います。

■報告書からの抜粋
・大川小学校に行き、災害に対する意識が重要だと聞き、私の住んでいる地域で起こり得る災害へのことを意識し、ハザードマップを読もうと思いました。
今回の活動では現地に行き被災者の方の声を聞く事で震災に対する理解を深めることができました。周りの人に伝えていくことで次のボランティアに繋げていきたいなと思いました。

・大川小学校跡地に着いた時に異様な雰囲気を感じとることができ、ここで起きた悲劇を肌で感じた。最後に皆で銭湯に行った。3回目の参加でいつも思う事だがボランティア作業後の風呂は格別である。達成感を得たからなのだろうか。感謝の言葉を頂いたからなのかはわからない。しかしながら次回も参加しようと私は思う。

・日々さまざまなニュースが出てくる中で、人々の記憶から震災の記憶が薄れていくことは当然だと思います。しかし風化させないためにも現地へ行って、自分の目で見えてきたものを伝えていかなくてはいけないと思いました。

・今回のボランティアを通して一番心に残ったことは「ボランティアはたすきリレーのようなものだ」という言葉です。その中で自分がたすきをつなげられたことが今回の最大の喜びです。今回のボランティアに参加しなければ災害についてこんなに考えることもなかったですし、本当に貴重な経験をさせて頂きました。これで終わりではないので、これからもボランティアには関わっていきたいと思います。

・見たこと聞いた事を帰った後、どのように伝えていくべきかを自分の宿題にしたいと思います。印象的だったこととして「ありがとう」と言ってくれたこと。帰り際、私たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれたことから、他人の為に役立てたというボランティアのやりがいを感じることができました。また、銭湯で会った人に、私たちが学生ボランティアであると伝えると「エライねぇ、わざわざご苦労様」という言葉をもらいました。
こうした暖かい反応も自分が得た事の一つであり、それを今後のボランティア活動のモチベーションアップにもつなげていきたいと思います。

・「話を聞いてくれてありがとう」との言葉が印象に残っている。被災者の方のお話を聞く事も重要な活動であると改めて思った。また東北に行く機会を必ず作りたい。

・「自分が役立つかな?と思う作業でも一生懸命やることが大切だ。自分の満足イコールではない」というようなことを言っていただき身が引き締まる思いでした。自分だけの満足を求めてしまうとボランティアの押し付けや本当に相手に必要とされていることが分からなくなってしまうと思い、普段から気を付けていきたいです。色々な経験をさせていただき自分の生き方について考えさせられました。本当にありがとうございました。

99陣の皆さん、お疲れ様でした!
チームながぐつプロジェクト第97陣いわき 活動報告 [2014年11月25日(Tue)]

期間:2014年9月9日〜9月12日
場所:福島県いわき市
活動内容:
・長源寺で坐禅と栗山副住職の震災時の話
・中之作で古民家修復プロジェクトの作業補助と講義
・オリーププロジェクトにて作業補助
・富岡町と久ノ浜・浜風商店街を視察

【活動1日目(9月9日)】
到着して直ぐに長善寺に向かい6時半から8時半まで坐禅および栗山副住職の震災や復興に関する話しを伺いました。被災者の現状、避難者と地元生活者の確執などの話しを聞き、「自分ができることは何か考え、また福島に来て欲しい」などのアドバイスを受けました。 今回の学生は坐禅も積極的にこなし、警策(肩を叩かれること)も半分くらいの学生が受けていました。「こんなに沢山の人に、警策をしたことがない!」と副住職も驚いていました。心身ともに刺激を受けよいスタートを切りました。
夕食は有賀邸で頂きました。

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真面目に坐禅に取り組んでいました

【活動2日目(9月10日)】
今回新しく訪問する、いわき市中之作の古民家プロジェクトに伺いました。代表の豊田氏は一級建築士で「街の医者になりたい」という魅力的な夢を持った人でした。古民家プロジェクトでは中之作にある大切な古民家を修復し、活用し、みんなで生活を楽しくするプロジェクトです。今回は、杉板にペンキを塗ったり、手作りのレンガを並べたりして、かまど部屋を作る作業を手伝いました。午後は、プロジェクトの現場を視察しに中之作の街を練り歩き、大切な古民家が多くあること、中之作は昔から災害に強いことなどを学びました。そして豊田さんから現在の取組みについて説明頂き、学生からコメントや質問を受付けました。就活中の多くの学生は、豊田さんの「自分の好きな仕事をやりたい」という言葉に魅了されたようです。また、途中、有賀さんがお弁当と巨大シュークリームを差し入れしてくれました。
 夜の振り返りは、グループディスカッションと発表をしました。ディスカッションでは、仕事について、ボランティアについて、復興と街作りについてと3グループに分け、個別に話し合いました。

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かまど作り、れんがを運びました

【活動3日目(10月11日)】
朝から農作業のお手伝いをすべく「オリーププロジェクト」へ向かいました。舟生さんより指導頂き、病気にやられたオリーブの葉っぱの清掃作業に取りかかりました。地味な仕事ですが、みんな真剣に取り組んでいました。その後、オリーブ畑に行って雑草の除去に取組みました。沢山のオリーブが植えられており、雑草取りには時間がかかると思いましたが、10人もいたので1時間程で終わりました。お昼はスカイストアのお弁当を頂き、その後、雨が降ったので再びビニールハウスに戻って葉っぱの清掃をしました。舟生さんの人柄にみんな魅了されたようで、楽しく作業に取組みました。
 夕食は有賀さんから五楽に招待頂き、いわき市の現状について沢山の話しを伺いました。話しが盛り上がり、終了が遅くなったので、銭湯に行って宿に戻った時には既に午前12時を過ぎていました。それからアンケートを記入してもらいました。

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オリーブプロジェクトのお手伝い、真剣に説明を聞いています
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舟生さんご指導ありがとうございます

【活動4日目(10月12日)】
午前中に富岡町と浜風商店街を視察し、その後、帰京しました。
 富岡町の惨状は、学生にも大きなショックを与えたようですが、最終日だったため、振り返りで彼らの気持ちを聞くことはできませんでした。ただ1人の学生は、富岡町の視察が最後で良かったと答え、その理由は、最初にこれを見ると哀れみの目で福島を見てしまうところだった、と言っていました。それまで多くの元気な福島県人に会っていたために、既に復興に向かって、みんな立ち直っていると思っていたようです。
 その後、久ノ浜駅近くの浜風商店街にお邪魔し、昼食を食べ、商店街のおばさまたちとお話しました。被災時の様子を撮影した写真とビデオを拝見することができました。今回は、おばさんたちと学生が楽しくおしゃべりしているのが印象的でした。

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富岡町の惨状は、学生に大きなショックを与えたようでした

最後に、参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

■活動初日の気持ち
・初めて訪れる東北で、初めてのボランティアをするという事もあり、そして、それが被災地でのボランティアという事で、とても緊張しました。
自分にできることは、ほんのわずかなことだろうけど、4日間とにかく、せっかくこのような機会を手に入れたのだからには精一杯活動しようという気持ちでした。
ただ実際には緊張と不安がほとんどでした。

・正直、東北に行くのに飽きていたので衝動で応募したけれど、行くのが嫌で仕方なかった。でも活動とは関係なく、初めて会うメンバーと楽しく過ごせたら理想だなと思っていた。

・とりあえず東北に行き現状を自分の目で見たい。ボランティアに行けば何かできる、何か感じられる、行ってみれば変わると思っていました。活動内容はそこまで重視していませんでした。

・ボランティアとはお金が発生しない作業をするという意識で被災された方々の力になれればと思っていた。

・自分がかつて東北に住んでいた頃と、今ではどのように違うかということを知りたかった。少しでも東北が復興に近づくように手助けしたいという気持ちでいっぱいっだった。

・就職活動を理由に復興支援活動から離れていたので、久しぶりに東北訪問を成長した自分で、どのように感じるのだろうかと思った。

・気軽に参加し、東北復興支援に力を入れられたらうれしいです。

・震災から3年半も経った今、ボランティアとして何ができるか良く分かっていないままきていた。とりあえず自分の経験値としていく事に意義があると考えていました。

・東北大震災の被災地という一くくりのイメージだった。地域によって細かく問題や境遇も細分化されているとは、現地に着くまで、よく理解していなかった。

・福島だけでなく被災地に対してネガティブなイメージを勝手に持っていて、想像だけのイメージで決めつけてしまっていたところがありました。ニュースや新聞だけの情報で、福島の本当の姿をちゃんと考えられていなかったと思います。

■活動後の気持ち
・今回の活動を通じて、まず自分のいわき市に対してのイメージと実際のいわき市の現状、人の様子などが全く違ったことに、かなり驚きました。そして、自分は本当に何も知らなかったし、被災地の事を考えていたつもりでも、全然深く考えられていなかったと、改めて痛感しました。ボランティアに行ったのに、いわき市のみなさんに、逆にたくさん元気をいただき学ばせていただくことも多々あり、本当に充実した日々でした。

・来て良かったと思った。今までの活動は、同じ大学の人たちだったり、もしくは知らない人と1泊だったので、知らない人たちと長期間というのは新鮮だった。また、今までは1人の現地の方と少しの時期しか触れあえなかったが、今回はほとんど1日触れあえたのはとても貴重だった。また来たいと思える交流だった。

・実際に現地に行くと私が思っていた被災地ではありませんでした。被災地の方々はボランティアが来てくれるだけで嬉しい、忘れないでほしい・・・とおっしゃっていて、来てよかったなと思う反面、何ができるんだろうと考えました。他の県や他の地域に行き、仮設住宅を訪れてみたいと思いました。

・実際に活動してみるとボランティアは福島に訪れる事、感じたことを伝えていくことでもあるとわかり、貢献しなくてはいけないという、肩に力の入ったことを考えず、もっと参加していこうと強く感じた。

・私の想像と現実はかなりの差があった。

・何故、ボランティアの私たちに地元の人たちは、これほど優しくしてくれるのか、という疑問に今までは本気で考えられていなかったと感じた。

・地元の方の話を聞く事により、震災の悲惨や復興の歩みなど影響を受けました。

・ボランティアに来てくれることだけでうれしいとどこへ行っても言われたことが印象的で、自分としても福島のことを知れたことがプラスになっただけでなく、現地の人にも受け入れてもらえたのかもしれないことが、この参加の意味ではないかと思いました。

・人それぞれに様々な事情や問題を抱えており、そのほんの一部だけでも実際に話を聞き想像できたことで、よりリアリティのあるイメージに変わった。

・復興についてもどうすれば復興といえるのか、果たしてそれはどのような問題があって、なぜそれが問題なのか、皆でミーティングをしたことも、とても自分の中で大きな変化をもらいました。被災地は活気であふれる住民たちによってネガティブなイメージはなくなりました。

■今後のボランティアに必要なことは
・実際に被災地の現状を見てお話を伺って、被災地の人々の思いを聞いて、被災地の人々が私たちに本当にしてほしい事をしていくべきだと思いました。それは被災地の勝手な先入観をなくすこと、そのためにわたしたちがありのままの福島のことを家族を始め周りの友人、さらにもっと広い範囲で、みんなに伝えていくことが重要だと思います。

・まだまだ心が癒されない人への傾聴活動

・ボランティアにゴールはないので継続する事。新しいニーズに応える事。

・ボランティアという考えをもっと気軽にみんなが参加できるものであったら増えていき、たくさんの力を使えるのではないかと思った。

・現実を知り風化させないことに全力を尽くす。被災者のニーズをとらえる。

・分からない事、少しでも気になった事は何でも現地の人に聞いてみること。ボランティア同士でもそうだが、ボランティアと現地の人とのコミュニケーションは本当に大切。

・もっと多くの学生や社会人がボランティアに興味や関心を持つことが必要だと思います。

・1回だけのボランティアでなく続けること広めることができればより良い。

・現地の人に話を聞き続けるのは、もちろんのことボランティア同士で考えを共有する機会も大事だと思う。

・震災があったことを忘れないことが大切だと思いました

■感想
・私の人生の中でとっても大切で、そして、これからの私たちの世代にとても重要なことを学び、本当に参加して良かったと心から思っています。

・夜遅いのはキツかった。スケジュールはゆったりと余裕を持てたので精神的にはキツくなかった。

・食費、入浴費などにおいて負担の範囲の基準が不明確でした。

・たくさんご協力いただき、本当に感謝しています。

・活動が日付が変わるまでの事があり体力的に少しキツイ。しかし内容はとても面白かった。

・他の団体が企画しているものよりも行動計画も段取りも全てが良かった。もう少し自由時間があっても良かったかもしれない。

・引率の指導力。判断力、観察力、チームのモチベーションが把握できることが素晴らしい。

・メモを取る機会が少なく、自分で覚えておきたいと思う事を記録するタイミングがなかった。

・学生と現地を繋ぐ取り組みがあったらこそ、自分自身たくさんのことを考えることができた。貴重な機会だった。

■報告書からの抜粋
・「立て直すじゃなく復旧すること」昔の人の想いを残すことが大事で、新しくしていくことも大切だけど、それだけでは成り立たないこともあるんだと思いました。しかしその反面、新しい行政の法律などによって、残したいと思っている建物まで壊されようとしていると聞いて、現地の人たちがしようとしている事と反対の事を行政はしようとしているのは、なぜだろうとすごく考えられました。何で、どうして?といった視点で色々な事を考えると面白いなと感じました。
福島の事を歩くスピーカーとなって伝えていく事、自分の役目だと思います。

・ボランティアで学んだことを、まずは第一に家族に伝え、友人に伝え、さらにそれが広がっていくようにしたいです。ありのままのいわき市を伝えたいし、福島にまた来たい。本当に本当に参加せせていただきありがとうございました。

・どんどん楽しくなるボランティアだった。周りの学生や協力してくださる現地の方、引率の方など、とっても人に恵まれた旅だった。いろんな観点のある東北を大好きだと思った。初めて友達も連れてこようと思った。

・人との出会いと経験そのものが良かったです。自分の心の豊かさ、人間性向上などにつながりました。自分なりに情報を発信したいです。

・私個人の力はほんの少しでGAKUVOさんの力や福島の方々のおかげでこのように充実した活動をすることができました。これからも積極的に参加したり周りの人に伝えていきたいです。みんなが心から笑顔になれる日を目指して私も微力ながら頑張りたいです。

・活動の中で一番印象に残ったのは、オリーブ畑で行った農業支援だった。自分が想像していたものよりも作物を育てるには手間がかかっていた。休眠耕地は多く存在するかもしれないが、それを活用できる人の手が足りていない。有効な土地を眠らせつづけないためにも多くの人が東北の再生に力を貸す必要がある。

・「復興」とは何なのか。何故地元の人たちは自分にここまでしてくれる?この2つについて真剣に考えられる機会だった。

・現地のニーズに合わせて適切なボランティアと言えると思います。現地で受け入れてくれた関係する方々の協力にも感謝します。

・このボランティアの参加費が安いことは、私たちにそれだけお金をかけてまで何かを体験してほしいという事であると思います。現地の方々。学生や引率の方々との出会いは今回だけのものにせず、今後に繋げることができたらと思います。ありがとうございました。

・一連の問題が多少でも自分に近い問題として感じることができた。
「自分にできることは何か」という問いを東京に戻り社会の出ても考えていきたいと強く思っている。
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97陣の皆さん、お疲れ様でした!
チームながぐつプロジェクト第92陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2014年08月01日(Fri)]

期間:2014年7月4日〜7月7日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
・石巻市五十鈴神社で行われた鎮守の森のイベントに参加
・石巻市雄勝町にて高台移転をされる方のお手伝い
・宮城県山元町での草むしり
・石巻駅周辺の清掃活動


【活動1日目(7月4日)】
日本財団にてオリエンテーションを受けてから新幹線で仙台に向かい、仙台から高速バスに乗り換えて石巻へ。
ガクボOGの石田さんとも合流しました。
拠点についてから「自分がなぜここに来たのか?」というテーマで自己紹介をしました。この日の夜は、炊き出し体験ということで、みんなでカセットコンロを使って調理をしました。夕食後は、現地コーディネーターの黒澤さんから石巻の被害状況、ワークの内容の説明を受けました。
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【活動2日目(7月5日)】
 移動中の車内で朝食を済ませ、山元町へ向かいました。
津波の被害でなくなってしまった常磐線山下駅の近くにある津波の被害を記録した記録館を見学しました。
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住人の方から当時の様子を聞くことができました。
その後、避難した小学生が全員無事だった中浜小学校を見学しました。
そして2年前に鎮守の森で植樹した八重垣神社を視察しました。
また、テラセン(普門寺内にある災害ボランティアセンター)に訪れ墓地近くの草むしりをしました。
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さらに岩沼市の竹駒神社に移動して「みんなの鎮守の森フォーラム 竹駒神社」に参加しました。
これは、地域の人々の心を纏めお祭りや伝統文化を時代に受け継ぐ重要な場所である「鎮守の森」を主題に神社関係者などが意見を交換したフォーラムでした。
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植樹で有名な宮脇昭先生の基調講演を拝聴しました。
 その後閖上地区に移動し、閖上中学を視察しました。
中学の近くに閖上地区の被害状況を記録した記録館を訪れ、当時の映像や写真を見て当時の様子を振り返りました。
また、子ども達の心のケアの取り組みについての話を聞かせて頂きました。


【活動3日目(7月6日)】
午前中は高台移転をされる高橋さんという方の仮住まいとなる番屋を組み立てる作業をしました。
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番屋の壁の取りつけ作業。
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壁の隙間を埋める作業や壁となる断熱材をカットする作業。
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午後は雄勝地区にある五十鈴神社を訪れ、東日本大震災で失われた鎮守の森を復活をさせ地域共同体の再生を図る目的の「鎮守の森フォーラム植樹祭」に参加しました。
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住民の方と一緒に数千本の苗木を植えました。炎天下でかなり厳しい作業となりました。
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 植樹後は高橋さんとの活動です。トイレとなる場所に土台として丸太を打ちつける作業でした。
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 ワーク後は、大川小学校を訪れました。大川小学校でも被災された方とお話をすることができました。

【活動4日目(7月7日)】
 朝食後、拠点、石巻駅周辺の清掃活動。日和山公園に行き、石巻の市街地を見下ろしました。
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石巻駅から高速バスに乗り、仙台で牛タンを食べてから東京に戻りました。
(引率 長瀬様より)



最後に、参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■活動初日の気持ち
・私は、東北の被災地に来るのは初めてです。正直、今まではそこまで積極的に被災地のことを知ろうとせずに過ごしてきてしまったと思っています。なので、なるべく多くの事を知ったり、見たり、聞いたりして、何かが自分の中に残ればいいなと思っています。また、今後、もしかしたら再び大きな災害が起こるかもしれないと思うので、その時に自分が被災地や、その場所にいる方々に対して何ができるのかも見えてくるといいと思っています。

・被災地に来たということで適度な緊張感があり、いい状態である。ここで来て、明日やることも分からないので自分に何ができるのかと多少の不安はあるが、せっかく来たからには、精一杯取り組み、学びの多い活動にしたい。

・私はアメリカのニューオリンズに留学していました。ニューオリンズはハリケーンによる被害を受けた地域なのですが、そこで暮らしていると、ハリケーンの話をきいたり、モニュメントを見たりすることがありました。その状況は日本の震災に重なるところが多々ありました。またアメリカでは"Fukushima”という地名だけがひとり歩きしていましたが、私は詳しいことについて話をすることができませんでした。今回の人々との出会い、経験を通じて、震災と向き合い、多くのことを感じたいです。

■活動後の気持ち
・被災した方々のお話を聞かせていただくと、被災者の方々にとっては、まだまだ過去の出来事ではなく、今もなお苦しんでおられるように思いました。私は明日、東京に帰り、そこには自分の生活もあります。これから東北の震災や被災者の方々に対して、具体的にどのように関わっていけるといいのか、残念ながらはっきりとは見えてきていません。それは、自分の力不足なのかと思いますが、せめて今回Gakuvoに参加させていただいた事、知った事、感じた事を憶えていて、これから少しでも新しい行動につなげていく事ができるといいと思いました。

・津波で物が流されている映像を見た後に、周りの風景を見渡してみると、がれきがなくなっていたり、新しい何かが建てられていたりした。あの何もかも奪われた状況から、ここまでくるのは非常に大変なだけでなく、作業することすら辛かったと思う。ただ復興のために動いている人たちがいるのも事実であり、その人たちの辛さや悩みに比べたら、自分の考えていることなんてちっぽけなことだと思った。

・多くの方々の死を無駄にしないために私ができることは、震災がいつ我が身にふりかかってもおかしくないという危機感を持つことや、今回の経験を周囲の人に伝えて、震災を風化させないことだと思います。また、今回出会い、支えてくださった方々がいて、このような貴重な経験ができました。ありがとうございました。

■今後のボランティアに必要なことは
・個人的な事ですが、毎日の活動内容を、しっかりメモして、記録に残しておけばよかったと思いました。

・大学の授業での配布の手続きをして、もっと多くの大学生に知らせていくべき。ボランティア関連の授業がない大学にいるので、知る機会がほとんどないのが現状。

・積極的にボランティア等の活動に参加し、そこで感じたもの、見たものを周囲の人々に発信していくべきだと思う。

■感想
・震災について、写真や資料を目たり、小学校や神社を見たり、被災者の方の話を聞く等、様々な方向から、理解を深める事ができました。それがとても良かったと思っています。

・途中参加や途中抜けが許されないと、参加が難しいケースが多いと思う。夜行発だと参加できる人が増えるのでないかと思った。

・また今後もGakuvoの活動に是非参加させていただきたいです。

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92陣の皆さん、お疲れ様でした!
「Gakuvo×good! 〜伝えよう 東北ボランティア in Tokyo」活動報告 [2014年07月30日(Wed)]

「Gakuvo×good! 〜伝えよう 東北ボランティア in Tokyo」

【日時】2014年7月26日(土)
【場所】NPO法人グッド内フリースペース・幸町集会所
【主催】日本財団学生ボランティアセンター、NPO法人グッド


【T部】13:00〜 「心に届く伝え方」

 東北ボランティアに行ったことがある参加者たちは、帰ってきてから親や友達、先生に自分の経験を伝えたがなかなかうまく伝えられていません。そこでT部では、過去に東北ボランティアに参加したことがある学生を対象に自分の経験を人に伝えるコツを学びました。
 まずは、自己紹介。学校も違う、住んでいるところも違う。ボランティアに行った場所、時期、作業内容も全然も違う。共通しているのは東北ボランティアに行ったことがあるということだけです。
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まず初めに、NPO法人グッドの磯田氏が自己紹介もかねて自分が経験したことを話します。世界を旅した時の話、自分の団体を立ち上げた時の話、大阪の釜ヶ崎という日雇い労働者の街で活動をした話…参加したみんなは、集中して時には声を出して笑いながら、磯田の話しに聞き入っていました。
 話のあとは、日本財団学生ボランティアセンター(GAKUVO)のセンター長が磯田氏の話しで何がポイントだったのか、どういう話し方をしているのか、伝え方、話し方のポイントを参加者のみんなに解説をしていました。
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その後は、みんなでグループワーク。解説を聞いて、自分たちが経験したことを思い出しながらどう伝えるかをそれぞれが考えます。

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考えがまとまったら、1人ずつ発表。発表をしていってみんなでここのポイントがわかりやすかった、具体的に聞きたかったなどの意見を出し合って修正していきます。

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各グループで発表者を2名選出。夜の発表に向けて何回も修正をして、グループのみんなで一人の発表者をサポート。2つのグループ、合計4名の発表者が決まり、第U部のプログラムへ。


【U部】東北ボランティア 体験報告会 〜ボクたちが東北で感じてきたこと〜

会場をうつし、これまで東北ボランティアに参加したことがない人たちが学生たちの報告を聞きに集まってきました。
 学生たちは、T部を活かしてうまく自分たちの経験を伝えることが出来るのでしょうか?
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会場に入って直前の様子。みんな緊張もしてきて、ぎりぎりまで練習、修正をしています。
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センター長から今回の報告会の趣旨説明。

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会場に学生の経験談を聞きに、たくさん人が集まってきてくれました。

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いよいよ発表。住民の方のお話、ボランティアすることで自分の人生感が変わった、初めは行ってもやることがないと思っていたけど、行けてよかった。体を使って表現したり、その時の風景を詳しく説明したり、臭い、肌触り、色、聞き手が色んな絵を浮かべられる話し方をしていました。
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U部の報告会のあとは、みんなで交流会。昼から準備をしていた学生はお腹ペコペコ。食事をしながら来たメンバーと交流します。
今夜のメニューはgood!特製、タイ風レッドカレー
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一つの部屋にみっちり入ってこんな感じです。隣に座っている人たちは、みんな初めまして会う人です。テーブルごとに自己紹介をしてとてもアットホームな雰囲気でした。
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ガクボのOBで報告を聞きにわざわざ長野から来てくれた人もいました。
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食後は、1人1人、自己紹介と感想を。
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伝えることの難しさ、今の東北の現状について知る・考えるとても貴重な1日となりました。

NPO法人グッド:http://www.good.or.jp/
チームながぐつプロジェクト第89陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2014年07月30日(Wed)]

期間:2014年6月20日〜6月23日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
・宮城県南三陸町 さとうみファームにて牧場のお手伝い
・石巻市雄勝町にて高台移転をされる方のお手伝い


【活動1日目(6月20日)】
日本財団ビルにてオリエンテーションを受けてから新幹線で仙台に向かいました。
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仙台から高速バスに乗り換えて石巻へ向かいました。
この日の夜は、炊き出し体験ということで、みんなでカセットコンロ、寸胴、五徳といった普段の生活では、目にしないもので調理をしました。
夕食後は、現地で活動されている矢野さんから石巻の被害状況、ワークの内容の説明を受けました。
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【活動2日目(6月21日)】
 朝ごはんをみんなで食べてから活動先の南三陸町へ。
津波の直前まで防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、自身が犠牲になりながらも多くの命を救い「天使の声」といわれる遠藤美希さんが被災された防災対策庁舎を見学させて頂きました。
改めて津波の恐ろしさを目の当たりにしました。
その後、羊を20頭程飼っている「さとうみファーム」で酪農のお手伝いをさせて頂きました。
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「さとうみファーム」では、公園や広場は津波で流され子どもが遊べる所がなくなった南三陸町で、羊を育て、子どもたちが遊べるための場所作りをしています。
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作業内容は、羊の糞の片づけです。
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片づけた糞は発酵させてから、たい肥にします。
午後は、これから羊を放牧させるための場所の間伐作業を行いました。
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かなりの仕事量で参加者はくたくたでした。


【活動3日目(6月22日)】
雄勝町で高台移転をされる高橋さんという方の仮住まいとなる番屋を組み立てる作業をしました。
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まずは、番屋の骨組みは完成していたので、今回は番屋に屋根を取り付ける作業でした。
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はしごを使って高さ約3メートルのところでの作業でした。
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お昼には住人の方と一緒にお話をしながら食事をすることが出来ました。
 ワーク後は、大川小学校を訪れました。夕食を食べたあとは、振り返りのミーティングをしました。


【活動4日目(6月23日)】
 朝食後、蛤浜再生プロジェクトのカフェ「はまぐり堂」を見学しました。
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その後日和山公園に行き、石巻の市街地を見下ろしました。
昼には駅前の石巻やきそばを食べてから石巻駅から高速バスに乗り、東京に帰りました。
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(引率 長瀬様より)



最後に、参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■活動初日の気持ち
・直接、被災してない自分が、10年後、20年後に震災のことを、自分の目で見た主観的な考えを子どもや人に伝えられるようになりたい。

・3回目の東北です。とりあえず今回は「体を一杯動かす」というのが目標です。1回目も、2回目も、これまでどうにも僕は考えすぎて頭を使いすぎるところがあるので、ひたすらに体を動かしたいです。「物事は三度やってみるまでは分からない。一度目はその新鮮さに驚き、二度目は驚きに慣れ、三度目で初めてその意味を見定めることができる」という話を聞いたことがあって、その話の通り、3回目の東北で自分なりの答えを見つけたいです。

■活動後の気持ち
・今回、初めて東北、被災地に足を運ぶ機会を頂いて、3年と3ヶ月がたった被災地を最初に見たときは「もうほとんど復興してるじゃん」と思いました。しかし、次の日に防災対策庁舎の骨組みだけの建て物やがれき、そこに訪れている人、仮設住宅をみるにつれて津波の被害の大きさを目で見て感じたし、津波からの復興はまだ出来ていないと感じました。

・「物事は三度やってみるまで分からない」ということでしたが、結局僕は自分のことを頑張るしかないんだなというのが正直な感想です。僕はもっとずっと強く賢くならないといけない。自分が思う事を思う通りにできるように。やりたいと思ったことをやれるように。やりたいと思った時にやれるように。人の思うこと、人のいうことに倒されずまっすぐに立っていられるように。

■感想
・「ボランティア」というワードが持つ特別感について、どのようなスタンスなのかはっきりさせる必要があると感じました。(ボランティアを特別なものとして捉えるのか、もっと日常にありふれたものなのか)

・被災者ひとりひとりのニーズに合わせたボランティアは行政が対応しきれない部分でもあると思うので必要だと思う。今回、参加させて頂いたボランティアはその様なニーズにあわせて計画されている点が現地にスタッフがいるからこそ出来る支援だと思いました。

■報告書からの抜粋
・今日被災地に行って大まかな復興はすすんでいることが分かりましたが、細かい復興、ひとりひとりの自立に必要なサポートが不足しているように思いました。また、今回ボランティアをしているときに、他のボランティアの人をあまりみかけなかったので、報道されているようにボランティアへの参加者数も減少していることを感じました。復興には、10年後、20年後を引っぱっていける、若者が必要だと思います。被災地でも次の時代を作っていけるような人材育成により力を入れるべきなのかもしれないなと感じました。今の自分に出来ることは少ないですが、将来は少しでも人の役に立てる様になろうと思いました。

・「自分がボランティアをすることの意味」というのは今までも考えたことがあったのですが、今回それが「自分が人と関わりたくなったから」ということがはっきり分かりました。何か体を動かすことで人の心に触れてみたい。そういう思いで自分は東北に来たんだと思います。それは活動を通じて色んな景色を、色んな方々と会う中で実感しました。きっとまた自分はボランティアをすると思います。

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89陣のお二人、お疲れ様でした!
チームながぐつプロジェクト第90陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2014年07月24日(Thu)]


期間:2014年6月27日〜6月30日
場所:宮城県石巻市

活動内容:
・石巻市雄勝町にて高台移転をされる方のお手伝い


【活動1日目(6月27日)】
日本財団ビルにてオリエンテーションを受けてから新幹線で仙台に向かいました。
そして仙台から高速バスに乗り換えて石巻へ向かいました。
この日の夜は、炊き出し体験ということで、みんなでカセットコンロ、寸胴、五徳といった普段の生活では、目にしないもので調理を行いました。
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夕食後は、現地で活動されている矢野さんから石巻の被害状況、ワークの内容の説明を受けました。

【活動2日目(6月28日)】
 朝ごはんをみんなで食べてから活動先の雄勝町へ向かいました。
今回の陣の活動は高橋さんという方の高台移転のお手伝いとして、番屋建設のお手伝いをさせて頂きました。
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壁の大きさを測り、そこに断熱材をはめ込む作業などをしました。
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断熱材は丸鋸で切ります。
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初めての作業ばかりでしたが、役割を振って協力して活動することが出来ました。
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お昼には高橋さんと震災時のお話を聞くことが出来ました。
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大川小学校も訪れ津波の恐ろしさを肌で感じました。
活動後、宿舎に戻り、夕食後の夜のミーティングでは一人ひとり感想を述べました。

【活動3日目(6月29日)】
朝から石巻市内は大雨。
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昨日の作業の続きをしました。全員雨具を着ての作業でした。
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悪天候のため、活動は午前中で切り上げました。
雄勝町の「うに祭り」を近所でやっていて近隣の方がお昼ご飯を差し入れしてくださいました。それがすごくおいしかったです。
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その後、女川に寄って被災した場所を見学させて頂きました。
震災後にオープンしたカフェにより、東日本大震災の資料を見たりしました。 
夕食後は全体の振り返りミーティングをしました。

【活動4日目(6月30日)】
 朝食後、日和山公園に行き、石巻の市街地を見下ろしました。
日和山公園では、語り部さんがいらっしゃり写真を見ながら当時の話をお聞きしました。
高速バスにのり仙台へ、そして新幹線で東京へ帰りました。
(引率 長瀬様より)



最後に、参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■活動初日の気持ち
・何も知らないに等しいからこそ来てみたものの、いざ明日から活動がはじまると考えると、少し怖いというか、緊張する気持ちもある。また、20歳になってもほとんど自分のことさえできない私が「ボランティア」という肩書きでここまで来たことに何か恥ずかしさを感じる。

・やはりボランティアに来るのが遅くなってしまった・・・という思いがまだ残っている。まだできることは残っているのだろうか・・・ということが不安。町を見た感じでは、震災のおもかげはほぼなく、「ここがあのTVで見ていた石巻なのか・・・」と感じている。実際に宮城にやっと来れたので、当時の様子(ここまで津波が来た、ここはどんな状況だったのかetc)をいっぱい知りたい。実際に自分の目で見て、実際に体を動かして、色々なことをいっぱい吸収したい。そして少しでも東北の人の役にたちたいと思っている。

・初めて参加するボランティアで、財団のビルへ着くまで、とても緊張していたが、皆フレンドリーで、親しみやすく、安心した。ボランティアの大体の内容はわかったけど、まだ、何も活動していないので、どうなるのか、心配。活動を通して、皆と、もっと仲良くなって、大学生活の話を、たくさん聞きたい。3日間あっという間に過ぎてしまうそうなので、1日、1日を大切にして、寄附して頂いた気持ちを、ムダにしないようにしたい。

・約1年ぶりの石巻です。まずは、就活を終えたらすぐにまた来たいと思い続けていたので、またこの景色を見れて嬉しいです。メンバーは女子だけ、ということで驚きました。楽しみな反面、女子だけでどこまで力作業ができるのか不安もあります。なあなあにならず、やるときはやる、を常に意識できたらと思います。


■活動後の気持ち
・震災前の景色を生で見ていないので、簡単に景観再生なんて私が口にできることではないのかもしれないけれど、高橋さんのようにあの地でまた暮らそうと強く生きている方がいることは再生の大きな一歩だと思います。行政にはそういった思いを汲み取ってもらいたい、感情では言えても実際問題もあるだろうと思うのでそこがもどかしくて悔しいです。大学では、震災復興のまちづくりについて学んでいて、学生なりに復興のためにできる案を考えたり、イベントを聞いたり、本を作ろうとしています。今回また見た景色、高橋さんなど出会った方々から得たものを活かし、次や後輩につなげるつもりです。

・私は今まで被災地をひとまとめにして見ていましたが、その中での被害の大きさ、心の傷はそれぞれ異なるということが実際にきてみて分かって、どの時点で震災前まで復興できたかなんて、判断できるものじゃないなと気付きました。また、雄勝(高橋さんのお家)、大川小学校、女川町に足を運んでみても自分に何ができるというわけでもなく、ただその被害の大きさ合を、現地の人が見た悲劇を知ることしかできず、とてももどかしく思いました。しかし、今回のボランティアで確信したことがあります。それは、何がなんでも、同じ悲劇(危機感がないために起こってしまった事故)が周りで決して起こらないように、私が今回見たこと、感じたことを伝えなければいけないということです。この思いは、絶対に、忘れたくないです。


・今は、野原になっている土地にも、民家や商店街があり、人々が暮らしていたことが信じられなかったが、実際にその土地へ行き、震災前の写真を見て、町があったのだ・・・と思えた。土砂やガレキが町に多くあった頃の写真を見て、復興へ向かっているのだと感じた。しかし、失ってしまったものは大きく、人々の心の傷は、生涯残るものだと思う。今回、東北へ来て感じたことは、私の人生にも、ずっと残る記憶だと思う。

・今回のボランティアで本当に色々なことを知り、肌で感じることができたのではないか、と思う。自身の中でも風化しかけていた震災のことを再確認できたし、同時に新しい発見もあったと感じる。被災した方々の立場になって考えることができたし、まだ人々の悲しみや苦しみというのも心の奥に隠されているのだと感じた。被災した方々がボランティアである私たちに求めていたこと全てが思う通りにできたかは、わからないが、私たちのしたことそれ自体が被災した方々のためになって(意味のあること)いて欲しいと願う。

・ボランティア活動を終えてみて、まず間違いなく言えるのは、「来て良かった」ということ。初日、思っていた「まだやることは残っているのだろうか」という不安の答えは、Yesであると感じた。雄勝での高橋さんのお手伝いを通して、まだ震災の被害は終わっていないのだと思った。町には、もうニュースで見たようなガレキの山は無いが、それはやっとスタート地点が“0”になっただけなのだ。人々が大切に作りあげてきた町並み、生活、故郷はまだ戻ってきていない。まだ復興の途中であるのだ。高橋さんをはじめ、東北の人々1人1人の生活が戻ってきて初めて復興したと言えるのだ。3年3ヶ月が経った今も、東北の皆さんの心には震災は残っていて、戦いは続いていると感じた。「私たちのことを忘れてほしくない」という東北の方の言葉が心に残っている。これから更に様々な出来事や災害が起こり、みんなの目はどんどん新しい方に行ってしまうだろう。でもそんな時でも、東北の人のことを忘れたくない。これからも意識し続けて、“伝えていく”という私にできる支援を忘れないようにしたい。

・短い間ではあったが、震災から約3年の間に得た宮城県の情報の量をはるかに超えるものを、実体験を通して得ることができた。雄勝町、女川町、石巻を周り、何度も言うようだが、その現実味のない惨劇に驚愕し、3年前この地で起こったことを知ったようでいて、実際にはそうでなかった自分に気付かされた。また、震災の被害を生で語って下さる高橋さん、タクシーの佐藤さん、石巻やきそばの店員さんに会えた事は、私の財産になると思う。

■今後のボランティアに必要なことは
・出来事を風化させず、語り継ぐ、残す、考える、行動する(心の中で思っているだけでは何も変わらない)

・少人数でも良いので、長くボランティアを続けていくことが必要だと思います。また、みんなもうやること、できることは無いと思っている人が多いと思うので、まだボランティアが必要な部分があると知らせていく必要があると思います。

・まさに黒澤さんが教えて下さった「居安思危」を忘れずに過ごすこと、そしてこのことを明日は我が身、と伝えていくこと。

・ボランティアに参加してみたいけど、どうしたらいいのかわからない、という人は私の周囲にも多い。参加した私や、それ以外の形でも告知が盛んになれば、継続的なボランティア活動になり、震災の風化の防止に一役買うのでは。

■感想
・ビルでの説明から、現地での活動まで、スタッフの皆さんが本当に良い人で、色々なことを教えて下さって、本当に感謝しています。また、お金がない大学生にとって、交通費まで出してもらえるというのは本当にありがたいです。たくさんの要素から、本当にGakuvoにして良かったです。ありがとうございました。

・たくさんの事実、情報を、どのスタッフの方も提供しよう、という気持が伝わり、嬉しかった。

■報告書からの抜粋
・震災後、すぐに現地へ入り、ボランティアをずっと続けているGakuvoの方々は、今までであったことのないタイプの人々で、新鮮だった。大学へ入学し、就活をして、企業へ入ることが当たり前でそれ以外に選択肢があるとは思っていなかったので、NPOの社会における意義を初めて感じた。今回ボランティアに参加したことで、多くの人々に出会い、価値観が少し変わるきっかけになった。間違いなく、私の大学生活の中で、一番か2番目に重要な出来事となったので、参加してよかった。寄付して下さった方々、財団の方々、現地スタッフの方々に感謝したい。そして社会人になったら、今回の恩を返せるような大人になりたい。

・大川小学校のことを知れたのは、私にとって1番の影響となった。震災で多くの命が亡くなってしまった大川小。この出来事をかわいそうな出来事として終わらせては絶対にいけない。そのためにも私は今回見たこと、感じたことを自分の周りの人々や将来子どもたちに伝えていかなければならない。また、将来小学校の先生を目指す身として、教師という仕事の責任の大きさを本当に感じた。もし自分も子どもたちと一緒にいる時に災害が起きたら子どもたちを守れるのか。守るためには教師が適切な判断をしなければならない。そのためには正確な知識を持たなくてはならない。これから自分がやっていかなければいけない大きな課題が見えてきた。実際の大川小を目の前にした時の衝撃はこの先ずっと忘れられないだろう。

・今回引率してくださっていた黒澤さん、矢野さん、長瀬さんのように頻繁に東北に足を運べるわけでもない私に何ができるのか。それは、自分の周りに“伝えていくこと”だと思います。起こった後だからどうしようもないことなのですが、やはりこの震災は、対策不足で起こった悲劇が多いように感じました。この事実を自分も忘れず、九州に帰ってからも周囲に伝えることで、自分の大切な人の命、1つでも多くの命を救うことにつながると思いました。

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90陣の皆さん、お疲れ様でした!
チームながぐつプロジェクト第87陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2014年07月08日(Tue)]


期間:2014年5月30日〜6月2日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
・石巻市雄勝町にて高台移転をされる方のお手伝い
・石巻市鹿立浜での漁業支援のお手伝い


【活動1日目(5月30日)】
日本財団にてオリエンテーションを受けてから新幹線で仙台に向かいました。
仙台から高速バスに乗り換えて石巻へ。拠点についてから「自分がなぜここに来たのか?」というテーマで自己紹介をしました。
この日の夜は、炊き出し体験ということで、みんなでカセットコンロ、寸胴、五徳といった普段の生活では、目にしないもので調理をしました
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夕食後は、黒澤さんから石巻の被害状況、ワークの内容の説明を受けました。
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【活動2日目(5月31日)】
 朝ごはんをみんなで食べてから活動先の雄勝町へ。この日は、高橋さんという方の仮住まいとなる番屋を組み立てる作業をしました。
まずは、番屋となりパーツを日干しにしてから組み立て作業へ。
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炎天下で厳しい作業となりました。土台部分を繋げてみましたが、パーツが足らないことが判明し、作れませんでした。他にも足場となる木を運ぶ仕事もしました。

お昼には住人の方と一緒にお話をしながら食事をすることが出来ました。
 ワーク後は、大川小学校を訪れました。その後、宿舎に戻って夕食を食べたあと、振り返りのミーティングをしました。



【活動3日目(6月1日)】
 朝食後、活動先の鹿立浜へ。ガクボが震災直後から関わっている浜のお手伝いをしました。
ワカメの養殖で使うロープの印づけをしました。
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100メートルのロープに25メートル間隔で印をつける作業です。
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作業は、午前中で終ったので、昼食後は、漁師さんの船に乗せてもらい、沖に出してもらいました。
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 その後は、仮設の談話室にて津波が来た時の話、震災からガクボがどうかかわってきたのかという話を聞きました。
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【活動4日目(6月2日)】
 朝食後、拠点、石巻駅周辺の清掃をした後、日和山公園に行き、石巻の市街地を見下ろしました。
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石巻駅から高速バスに乗り、仙台から新幹線で東京に向かい、解散しました。
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(引率 長瀬様より)



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最後に、参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

■活動初日の気持ち

・震災が起きてしまって約3年が経った今になってボランティアに参加しているということを、自分でも「今さら?」という思いをぬぐいきれずにいるとともに、ボランティアってなんなんだろう、とか何か考えがまとまらずに参加しています。。。このボランティアを通じて、自分の頭の中のごちゃごちゃがまとまればいいな!って思ってます。

・ここに来るまで、被災者の人々は特に大きな辛いことも経験したことのない私がボランティアにいってもどんなふうに思うのか不安でした。今も不安です。こんな20才の私に辛いことをうちあけたいと、自分が被災者ならわからないからです。考えすぎず単純に少しでも笑ってほしいという気持で明日からやっていこうと思います。

・この石巻での経験、震災のことを思い返しながら大切にしていきたい。一生忘れたくない。

・今回私がガクボに参加して最も興味があったのは前回訪れた所に進展があったかということだ。駅前の居酒屋はわずか1ヶ月でできたそうだが、あの何も無かったすだち浜や男鹿半島の辺りに家は建ったのだろうか。

・自分と異なる理由で来ていることを聞いて、周りの人も様々な思いがあることを知れて嬉しく思った。新幹線に乗るときは、ボランティアで外国に行っていたり、という話を聞いていたので、周りのメンバーの方が意識高く来ていることと自分との違いに戸惑った。けれど、改めて話を聞いて自分もこの4日間周り(メンバー)からもボランティアからもたくさんのことを吸収して帰ろうと思った。

■活動最終日の気持ち
・今回のボランティアで一番印象に残っているのが、石森さんが、黒澤さんに対して、またガクボに対して非常に感謝していたことです。石森さんの感謝の気持ちを聞いて改めてボランティアの魅力に気付くことができました!!

・来て本当によかったです。町の様子や3.11日を忘れてない人々の話を自分の目と耳できいて知ることができたからです。悲しみだけじゃなくてボランティアが来ることやわかい人が町にいることがうれしいと言ってくれて私もうれしかったです。一日一日がこの町にとって復興に向けて大切な日だと思いました。

・日数が過ぎるのがとても早すぎる。短く感じた。みんなとも仲良くなった気がしている。とにかくいろんなことを、予想していたよりも充実した日々をおくり、多くのことを経験することができた。石巻にもう一度来たい。というか住みたい。はまぐり堂のキャンプ場に行きたい。

・自分は周りの役に立てたのか、といわれると正直自信はない。でも、高橋さんや石森さんの話を聞いていて喜ぶ顔や嬉しそうな顔が見れてよかったと思う。今回このメンバーで来て、話を聞いたり、一緒に活動するうちに「自分に足りないもの」や、「今まで自分が逃げてきたこと」と改めて向き合うことをしなければいけないのだな、と思った。

・1年半前に比べて確実に復興は進んでいましたが、海辺にクレーン車やプレハブがあるかぎりそこに住む人たちの気持ちは変わらないと思うし、自分の家に住む目途がたたないからもう自分で建てたい!と思う人の気持ち、それらを今回学びました。復興は誰がするのか―今回初日に掲げた疑問の答えは、工事という意味では行政であり、気持ちの面では住人であり、そして彼らを精神的に一部支えているのがボランティアなのかな、と思いました。

■今後のボランティアに必要なことは
・細かなサポート。人(被災者)と定期的にコミュニケーションを取ること。
被災者にこちらから「災害のことは忘れていないよ」というメッセージを送ること。


・基本を忘れないことです。私自身を忘れかけていたので書きますが、素早く行動したり、あいさつをする等、3年経ち平和な気分になっているので忘れがちですが、だからこそ形式をまず気を付けるべきだと思いました。

・やはり震災のことを風化させないことが大事。自炊するとお金も安くなり、みんなで作ると仲良くなれるから良いと思う。

■報告書
・仮設の談話室で石森さんに話を伺った時、初めは怖かった"よそ者”のガクボのボランティアたちが、今では私たちに嬉しそうに笑顔で話してくれるまでに大好きな存在になっていることが印象的でした。これも3年間支援を続けてきた黒澤さんたちの努力の結果だと思うし、今までに来たボランティアたちの献身的な活動のお陰です。

・今回のボランティア活動で主に2人の被災者のお手伝いをさせて頂いて、日々の日常生活では体験できないようなことをさせてもらい、そして感謝もされるという、すばらしい日々を過ごせました。被災者の方々のお話で、ガクボには本当に感謝していますと口々に答えられていたので、このガクボという団体は、すごいと思いました。

・今回のメンバー(引率の長瀬さん、拠点の矢野さん、黒澤さん含めて)は自分に刺激を与えてくれる人が多くて、教師を考えている自分にとって自分と向き合う機会を与えてくれた活動でした。Gakuvoの歴史に触れることもできて、ボランティアを受ける人にGakuvoは「希望」を与え続けているのだと知ることができました。今回も貴重な経験ができました。ありがとうございました。

・どんなに私たちに優しくしてくれていてもつらい事を経験して忘れられない人はたくさんいるんだと思いました。夜ごはんの後にした意気込みや感想をはなす時間はみんなの気持ちを知れて活動にのぞめたので大切な時間でした。この5人でやれてよかったし、黒さん、れのんさん、けん兄の話も知らないことだらけですごくためになりました。何よりこの活動を支えているというところを尊敬します。ありがとうございます。この町の人の優しさが大好きです。復興をねがっています。またきて一緒にそのお手伝いがしたいです。この立ちあがろうとする強い町のことを応援したいです。


87陣の皆さん、お疲れ様でした!

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