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【お知らせ】
テレビ東京世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜」に 代表名知の現地の活動紹介されました
放送局:テレビ東京
番組名:「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜」
日時: 2015年6月15日(月)
詳しくは こちらです
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ヤンゴンのリハビリ事情 [2018年10月07日(Sun)]

 ミンガラバー(こんにちは)。MFCGボランティアスタッフの鈴木一登と申します。ふだんは東京で訪問リハビリテーションの作業療法士として働いています。趣味は貧乏旅行です。昔ミャンマー語を勉強していたことがあり中断していたのですが、今年の4月から再開しています。

 先月(2018年9月)、ミャンマーの最大都市ヤンゴンにあるヤンゴン総合病院、ヤンゴンのダウンタウンにあるクリニック、国立リハビリテーションセンター、仏教の僧院が運営する老人施設で、見学とボランティアをさせていただきました。

 そもそもは、名知代表が大塚さんを紹介してくださったのが始まりです。
 大塚進さんは青年海外協力隊のシニアボランティアでヤンゴン総合病院と国立リハビリテーションセンターに赴任されていた作業療法士です。
 大塚さんとミャンマー関係のイベントで何度かお会いしているうちに、「今度、梅崎さんと一緒にミャンマーにボランティアしに行くので一緒に行きましょう」と誘っていただきました。
 梅崎利通さんは、同じく青年海外協力隊のシニアボランティアでヤンゴン総合病院に赴任されていた作業療法士で、2018年の春までヤンゴン総合病院で働いていました。

 大塚さんも梅崎さんも私も同じOT(OT:Occupational Therapist 作業療法士の略)ですが、おふたりのOTとしての経験年数は私とは比べ物になりません。私がまだオムツをつけて四つ這いをしていた頃から、おふたりは日本のリハビリテーションの第一線で働いており、言わば日本のリハビリテーションの生き字引のような方たちです。
 そんな先生達のリハビリに対する考え方や患者さんへの接し方をすぐそばで見たり聞いたりすることが出来たのも、私にとって大きな勉強になりました。
 今回は梅崎さんと大塚さんが働いていたヤンゴン総合病院のことを中心に紹介したいと思います。

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※ヤンゴン総合病院外観。100年くらい前イギリスの植民地時代に建てられたそうです。

1.診察料と入院費が無料
 ミャンマーの公立病院は診察料も入院費も無料だそうです。薬は有料です(注1)。外来リハビリは一回500チャット支払っているそうです。500チャットというのはコカコーラの500mlペットボトルとだいたい同じ値段です。
 ただし私営病院は診察料も入院費もかかりますし、街のクリニックでリハビリを行う場合は内容によって料金が異なりますが、だいたい1回につき5000チャット以上はかかるそうです。
 金銭的な余裕がある人は私営病院に入院して、金銭的な余裕があまりない人は公立病院に入院するのが一般的だと思います。

2.入院中は食事もケアも自己負担
 公立病院には無料で入院できますが、入院中の食事は病院が用意してくれることはなく、家族や友人などが買ってきたり作って食べさせたりしているそうです。入院病棟に近い廊下には患者さんの世話をする家族がたくさんいて、ゴザを敷いて生活しています。

 脳卒中や脊髄損傷で入院していて、自分でトイレに行くことが出来ない人は、家族や友人の介助によりポータブルトイレを利用していました。患者さんのことはなんでも家族が介助するので、日本のようにケアワーカー(介護福祉士などの介護職)という職種はいません。
 患者さんをベッドから車イスに移乗させるのも、当然ながら家族が行っています。体が大きくて奥さんだけでは介助しきれなければ息子も一緒に病院に泊まりこみます。若くてまだ独身の患者さんの場合は親がついてきて世話をします。友人が世話をしている患者さんもいました。

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※ヤンゴン総合病院の廊下。患者さんの家族がたくさんいる。なぜか犬もたくさんいる。

3.リハビリも違う
 入院のリハビリに関しては日本と異なる点が多く見られます。私が訪れた時、脊髄損傷による両マヒ、ギランバレー症候群による四肢麻痺、脳卒中片麻痺の患者さんなどが20人ほど入院していました。年齢層はたまたまかもしれませんが若い方が多く、10代〜50代くらいが中心でした。

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※入院と外来のリハビリ室。マシーンがたくさんある。


 まず、入院患者さんはリハビリ室が開いている時間は、何時間でもリハビリをしていいことになっています。午前中と午後合わせて5時間ほどリハビリ室が開いているので、毎日5時間はリハビリが出来ます。
 そして主にリハビリは家族が行っています。もちろんセラピストもリハビリを行いますが、5時間みっちりとマンツーマンでリハビリをやるわけではなく、機能訓練も物理療法も歩行訓練も、セラピストがやり方や注意点を家族に伝え、家族が行っている場面が多く見られました。

 リハビリの目標は、多くの人にとって歩けるようになることです。入院費がタダとはいえ、入院中は家族ぐるみで家を空けてしまうため、実家のほうでは働き手がいなくなってしまいます。一刻も早く歩けるようになり退院したい。そうでないと家族共倒れになってしまうかもしれません。ですから患者さん本人も家族も一所懸命にリハビリを頑張っています。
 なんとか歩けるようになったら、それがあまり良くない歩き方であっても、退院していきます。

 そうやって家に帰って、なんとか歩けている人は、まだ幸せなのかもしれません。
 しかし、どんなに頑張っても歩けるようにならない患者さんもいます。そういう人でもいつまでも入院しているわけにはいかず、時期が来れば家に帰らなければなりません。

 ミャンマーには日本のように障害者施設や老人施設はほとんど無いそうです。自分で寝返りをしたり座ったり移動することが出来ない人が、家でどのように生活をしているのか。それを見る機会は今回はありませんでしたが、きっと本人も家族も大変な苦労をしていることは想像に難くありません。
 ヤンゴンはエレベーターの無い高層住宅も多く、郊外に行けば高床式の住居も多く、歩道は段差だらけで脇道に入れば未舗装路も多い環境です。屋内の車イス移動だけならまだしも、屋外の車イス自操は現実的では不可能だと思います。
 聞いた話では家から一歩も出られないというのもよくある話のようです。

 訪問リハビリテーションはミャンマーにもあり、ヤンゴン総合病院のPTは病院での仕事の後にアルバイトで訪問リハビリをやっている人もいます。しかし訪問リハビリの料金は現在のところ1時間につき10000チャットから15000チャットくらいが相場のようで、日本円にしてだいたい1000円以上はかかるようです。金銭的な余裕が少ない患者さんにとっては厳しい金額だと思います。

 ※ちなみに日本では訪問リハビリテーションの1時間の料金は、介護保険の場合おおよそ9000円程度で、負担割合により(所得により1割負担900円〜3割負担2700円)利用料が異なります。日本の1割負担の利用料とミャンマーの料金を比較した場合、それほど変わらないか、ミャンマーのほうが少し高いのではないかと思います。

 最大都市のヤンゴンでこのような状況ですので、名知が活動の拠点としている地方都市ミャウンミャやその近隣の村々に住む障がい者は、一体どのように生活をしているのでしょうか。
 幸いなことに2018年10月からミャンマーは日本人の観光ビザが免除されたので、今まで以上に訪れやすい国になります。また近々ミャンマーへ行って、リハビリの現場を見せてもらおうと思っています。それまでに、患者さんと少しは話せるように、もっとミャンマー語を勉強しなければ!

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※梅崎さんと病棟のベテラン看護師さんと。

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※PTスタッフの家でお昼ご飯をごちそうになりました。日本人の女性は看護師で、青年海外協力隊のシニアボランティアで赴任されている木村さんです。

注1:ミャンマーの公立病院では、薬や検査(レントゲンCTなど)は概ね無料で提供されているという情報をいただきました。しかし政府の方針により状況は流動的で、数年前は無料で提供されていた薬が現在は有料になっているという情報もありましたので、追記します。



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Posted by 鈴木 at 20:52
ヤンゴンの日本祭り「Japan Myanmar Pwe Taw 2018」 [2018年05月06日(Sun)]


ブログメンバー/理事の亀山です。

少し前になりますが、2/24(土)にミャンマーのヤンゴンで開催されたイベント「Japan Myanmar Pwe Taw 2018」に行ってきました。”Pwe Taw”とは日本語で「祭り」を意味します。これはヤンゴンの日本大使館やNHK国際放送などがミャンマーに進出している企業・お店などに声をかけ日本をミャンマーの人たちに紹介するイベントで数年前から始まっています。
今年の会場はヤンゴンの中心部、ダウンタウンから車で20分くらいのThuwunna Bhumi Event Parkでした。会場はお昼頃から始まり、各企業や団体のブーステントが立ち並び人気の飲食店などは長い行列ができていました。2月とは言えもう気温が35度くらい、会場はオールコンクリートで照り返しもキツく体感温度は40度くらいでした。テントなど日陰にいないと熱中症になりそうでした。
イベントのメインは何と言っても夜のステージ、日本とミャンマーのミュージシャンたちが3時間に渡り歌や楽器の演奏を繰り広げました。私はステージ撮影をすることになり、3時間撮影し続けてましたが、出番前や後の様子を見たり、聴いたりすることができ貴重な経験ができました。
夕方5時を過ぎると陽が傾き気温も下がり過ごしやすくなってきました、それと共にステージの前は御客さんがどんどん増えてきました。
ほぼ時間通り18:00にヤンゴン市長や駐麺日本大使の挨拶で始まりました。
最初は日本からPrizmaXのステージでした。ここ数年ミャンマーで人気と聞いていましたが観客の盛り上がりが想像以上でした。メンバーのひとり森崎ウィンさんはミャンマー出身の日本育ちで日本語もミャンマー語も流暢に話し両国の架け橋になっています。ここ最近、映画や日本のテレビ番組などで見る機会も増えているのでご存じの方も多いと思います。
次はミャンマーからBillyさん、彼女は最近人気の勝ち抜き番組で準優勝しメジャーデビユーしたそうで実力者なのは私にもわかりました。
続いて、日本とミャンマーの伝統楽器のジョイントで大河ドラマ真田丸のテーマの演奏。琴と笛、そしてミャンマーの様々な伝統楽器の融合が見事で今回のステージで一番印象深かったです。
次は日本からDJ DOMO(NHKのキャラクター)とミャンマー踊りのコラボレーション。
そして、ミャンマーからThar Ngeさん、彼は前述の勝ち抜き番組でチャンピオンになった最近人気のアーティストです。情感たっぷりで唄う歌声は会場が静まりかえる瞬間があり、私もシャッター押すのを忘れそうになりました。
ここで、日本・ミャンマー合作映画「My Country My Home」ダイジェスト映像がスクリーンに映し出され映画に出演しテーマソングを歌う森崎ウィンが登場し会場はさらに盛り上がりました。余談ですが、この映画には私はインレー湖でいつも泊まっているホテルなどでロケが行われ見覚えの有る映像が流れてました。この映画は先月、NHK-BSで放送されたのでご覧になった方も居られるのではと思います。
続いてミャンマーで今一番人気のNi Ni Khin Zawさんが登場。私も彼女の堂々とした立ち振る舞いを見て、歌を直接聞くことができ人気No.1と言われていることに納得できました。
ステージも終盤に差し掛かり日本からAKB48 with BNK48が登場し私でも知っているAKBのヒット曲を唄い会場を盛り上げていました。
そして、今回私が一番聴きたかった、観たかったステージ、ミャンマーからAh Moonさんが登場。私が昨年末に出版した写真集「Myanmar 2005ー2017」に彼女の写真と彼女の歌の歌詞を載せています。昨年8月に彼女の自宅などで撮影していたので出番前の大切な時間にもかかわらず再会を喜んでくれました。今まで音源でしか聴いたことが無かった彼女の歌、やはり歌はステージで聴くのが一番でした。
引き続き、ここで森崎ウィンさんが再登場、今回のイベントの企画で作られたAh Moon作詞と森崎ウィン作曲の歌を披露しました。
最後は出演者全員がステージに並びKiroroのMirai を合唱しました。この曲はミャンマー語でカバーされ人気の有る曲です。他にも乾杯や北国の春など日本の曲がカバーされヒットしているそうです。
この曲は観客の多くの人たちも知っているようでみんなで唄い、会場全体が一つになりフィナーレを迎えました。

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私は3時間の間、時々水を飲むだけで撮影に没頭していました。これだけ集中して撮影をしたのはホントに久しぶりです夜はホテルに戻り翌日は9時過ぎまで熟睡してました。

日本でも東京芝増上寺でミャンマー祭が開催されていますが、それの逆のようなイベントです。近い将来、このイベントにミャンマーで活動しているNPOやNGOも参加する日が来るかもしれません。

最期に私事ですが、今回でこのブログを書くのは最後になると思います。いろいろ訳あって3年務めた理事を辞めMFCGと距離を置くこととにしました。今後はボランティアの一人としてイベントなどお手伝いすることはあると思いますので、何かの機会にお会いすることが有るかも知れませんのでよろしく御願いします。


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Posted by 亀山 at 18:34
総選挙前のミャンマーで感じたこと [2016年11月24日(Thu)]

こんにちは、Keikoです。皆さんにとって旅って何ですか?私は「行ってみなきゃ分からない」。すべてが発見。そう、まさにDiscovery journeyです!

ちょうど1年ほど前もミャンマーで発見の旅をしていました。東南アジアの人と空気が大好きで、カンボジアやタイなどあちこち訪れていたのですが、ミャンマーは初めて。きっかけもとてもシンプルで、とある朝「あ、ミャンマー行こう」って思い立ったからです。

時は総選挙直前。ヤンゴンに降り立ってすぐにアウン・サン・スー・チーさんへの期待感が想像以上であることを感じました。それにしても…なぜ? なぜ、ミャンマーの人たちはここまでスー・チーさんのリーダーシップを望むの?…それが分かりませんでした。しかし、町を歩き回り、色んな人と会うにつれ、その答えは自ずと出てきました。たくさんの人が真の変化を望んでいたのです。「これまでの生活を変えたい」「国の未来を担うのは子供。だから教育を変えたい」「ヤンゴンで高騰する不動産価格をどうにか変えたい」。しかし一方で「スー・チーさんに期待をし過ぎることはとても危険。彼らの思いを彼女がなし得なかったときに大きな問題が起こる」と危機感をもって見つめる人もいました。この微妙な感覚、日本では絶対に感じることはできませんでした。

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そして、MFCGの拠点がある(日々奮闘しながら名知が暮らしている)ミャウンミャも訪れました。ご存知の方も多いと思いますが、ここはヤンゴンの西、バスと軽トラの荷台と自転車タクシーを乗りついでおよそ6時間、農業を中心とする稲作地帯です。

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ここでまず知ったのは、住民の笑顔のかわいらしさ!早朝ひとりでぷらぷら散歩をしていると、当然ながら多くの人とすれ違うのですが、皆さん、じーっといぶかしげな顔…。そこで勇気を出して「ミンガラバー(こんにちは:私が知っている数少ない単語のひとつ)」と言ってみると、はにかみながらもびっくりするくらいの満面の笑み。道路建設の作業員、主婦っぽいお母さん、妹や弟の世話をする子供たち…、みんな笑ってくれるんです。この何とも言えない幸福感、これはそこでしか味わえません!

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ネガティブな「なぜ?」にもぶつかりました。それは町中で食堂に入ったとき。平日の昼にもかかわらず、メニューを差し出し、オーダーを取り、料理を運び、伝票を持ってくるのが、子供たちだったのです。「学校に行っている時間なのになぜここにいるの?」と、一緒にいたMFCGのスタッフや通訳さんに尋ねました。すると「彼らはミャウンミャの町から更に車で数時間ほどの小さな村から出稼ぎに来ている」と。MFCGでボランティアをしていることからミャンマーについてはそれなりに調べているため、いわゆる小学校の中等レベルまでしか学校に行かれない子供たちがいることは知っていました。しかし、旅行者である私のために給仕をしてくれる子供たちを目の当たりにして初めて、ヤンゴンで聞いた「教育を変えて欲しい」という市民の言葉が腑に落ちました。

更に、名知が以前から交流をしている孤児院を訪れることもできました。ここでは、日本からふらりとやって来た私を手厚くもてなしてくださる姿にびっくり。なんと50人くらいの子供たちが先生の指導のもときちんと席に座り、私を待っていてくれたのです。そして、到着したばかりの私を壇上に促しどうぞ一言、と…。特別な準備もしていない私をまっすぐに見つめる子供たちを前に「どうしよう」と気後れしつつも、「こんな機会はない」と思い、ずっと気になっていたこと…「あなたたちの夢は何?」と質問しました。すると、5歳くらいの男の子が手を挙げて「コンピューターの仕事」と。そこで「コンピューターで何をするの?」と聞くと「文字を打つの!」と。「文字を打って何を作るのだろうか」と疑問に思っていると、今度は15歳くらいの女の子、「外国に行きたいです」「へー、どこの国?」「イギリス」「イギリスで何をするの?」「キリスト教を教えます」。この孤児院はキリスト教系の施設なので、彼女たちにとってキリスト教の教えは体に染み付いたとても大切なものです。しかし、日本から来た私にとっては彼らの夢は想定外のもので、子供が育つ環境の違いを改めて感じました。

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そしてそして、何よりも嬉しかったのは子供たちの自然な顔を見られたこと。席についてまじめに話を聞いているのはやはり退屈だったことでしょう。まだ少し時間があったので、子供たちとボール遊びをすることにしました。「1、2、3、4、5、6…」とボールを何回みんなで打ち続けられるか、必死にボールを追いかけ、落としては残念そうな顔をする子にみんなで笑いかけ、とても温かい時間を過ごすことができました。

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「動きさえすれば絶対に発見がある」これは私のモットーですが、この言葉通り、ミャンマーでもたくさんの発見をしました。もちろん日常生活でも発見は色々とあります。しかし異国の旅なら発見の種類は倍増します。

実はMFCGでは2月に「名知仁子と行く無医村の旅」と題してスタディツアーを開催する計画です。普段、外国人の立ち入りが制限されている村で名知や現地スタッフがどんなことをしているのかを見学すると同時に、住民の方たちと直接交流し、ミャンマーの色・におい・風をそれぞれの肌で感じていただければと思っております。
詳細は後日、MFCGのホームページに掲載予定です。もしくはどうぞ事務局までお問い合わせください。
ホームページ http://mfcg.or.jp
お問い合わせ http://mfcg.or.jp/inquiry/

Let's have a nice trip!!


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Posted by 戸村 at 23:25
ヤンゴンで見た職業訓練施設・療育施設 [2016年09月14日(Wed)]

こんにちは。MFCGボランティア会員の鈴木一登と申します。ふだんは栃木県の病院で作業療法士として働いています。

今回はヤンゴンにある職業訓練施設と療育施設を見学した時のことを書きます。

だいぶ前のことになりますが、今から8年前、私は日本でリハビリテーションの学校に通っていました。

リハビリの学生になる前は会社員でしたが、28歳の時に仕事を辞めて半年ほどアジアを旅行しました。半年の最後にはじめてミャンマーを訪れ、多様で独自性のある文化にすっかり虜になりました。もう10年も前のことになります。

日本に帰国してからリハビリの学校に入り直し作業療法士となり今に至っています。そのリハビリ学校の春休みを利用して2回目のミャンマー旅行をし、ヤンゴンの療育施設を訪れたのです。

せっかくリハビリの勉強をしているのだから、旅行をしている時もリハビリに関係があるところへ行ってみたくて、ミャンマーでリハビリに関係した活動をしているNGOに問い合わせをしました。自分がリハビリの学生でヤンゴンの施設を見学させてもらいたいと説明すると、快く承諾してくださり、現地のスタッフと連絡をとってくれました。

現地のミャンマー人スタッフの女性が日本語が堪能で、出発前にメールでていねいにガイダンスをしてくれたおかげで、ヤンゴンの施設まで市バスで行ったにもかかわらず、ほとんど迷うことなくたどりつくことができました。

     ※

職業訓練施設では、中途障害者に対して理髪または縫製を教えていました。どちらの仕事も歩くことや立つことが困難でも行うことができる仕事です。

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リハビリがまだまだ一般的ではないミャンマーでは、交通事故で障害を負った場合、受傷前に近いレベルまで機能回復ができないことがあり、そういった人たちの中でも特に職業復帰への意欲が高い人に対して職業訓練を行っているようでした。

現地スタッフが「意欲が高い」と言っていたことをよく覚えています。障害者のための職業訓練校の数が希望者の割合に対して少なく、多くの希望者の願いをかなえることが難しいため、ふるいにかける必要があるのではないかと思いました。

理髪業を習得中の男性はシャン州の田舎のほうから出てきたと言っていました。実際に訓練をしている人たちに会って話していると、すべての訓練生の表情が明るく、顔つきを見ただけで意欲にあふれていることがわかりました。



股関節以下の機能障害があり立つことができない男性は、お客さんのイスの周りをぐるりと囲った台の上を、腕で自分の身体を持ち上げながら移動し、髪を切る技術を習得していました。
2本の足の長さが異なるため足踏みミシンをリズミカルに踏むことが難しい男性は、足踏み台の上に充て木をしてミシンを踏みやすくしていました。

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今はわかりませんが、当時のミャンマーは日本のように各国の福祉用具がかんたんに手に入る国ではなかったから、創意工夫の数々はみなスタッフや訓練生の手作りでした。

ミシンをふんでいた女性に、どんな服を作っているのか聞いてみたら、ブラウスが多いとのことでした。本棚に並んだ服飾本は四半世紀以上前の古い日本のものが多かったです。(もちろん夏服の本ばかり)なんでこんなに古い本が多いんだろうと思いましたが、ブラウスの袖はふっくらとした”ちょうちん袖”が好まれると聞いて、だから古めの本が多いのか! と納得がいきました。

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     ※

発達障害児の療育施設では、ちょうど曲芸を行うボランティアが来ており、母親と子どもたち楽しんでいました。訓練の様子を見ることは出来ませんでしたが、外国製の訓練用具やおもちゃ(子どものリハビリで使います)がたくさん置かれており充実しているようでした。

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利用している子どもは、脳性麻痺やダウン症の子が多いと聞きました。発達障害の子どもを支援する施設はミャンマーでは極端に少なく、ヤンゴンのこの施設とマンダレーにもうひとつあるくらいと聞きました。ちいさめの幼稚園くらいの敷地しかないので、とてもミャンマーの半分の障害児に対応することはできないでしょう。

療育施設では、子ども達のリハビリと同時に母親や地域への啓蒙活動に力を入れていると聞きました。というのも障害を持った子どもが産まれると、子どもを家から外に出さずに隠してしまう風潮があるということでした。田舎のほうでは特に、子どもが障害を持ったことを親の責任ととらえてしまう過った考えがまだまだ根強いそうです。

そう言われてみれば、近隣国のタイやインドに比べて、ミャンマーでは障害を持った人を街で見かける機会は少ないかもしれません。その背景には障害に対する考え方の違いもあるのかもしれません。

     ※

今ミャンマーは転換期にあり、経済をはじめあらゆることが大きく変化しています。障害者をめぐる状況も8年前とはきっと異なっているでしょう。見学当時私はまだ学生でしたが、仕事をするようになった今、ふたたびミャンマーのリハビリテーションを見てみたいと感じています。


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Posted by 鈴木 at 21:52
ヤンゴンの若者に人気のJunction Squareへ [2016年08月16日(Tue)]


ブログメンバー/理事の亀山です。
8/5から8/14まで約2年ぶりにミャンマーへ行って来ました。ミャンマーと言ってもMFCGの活動しているミャウンミャでは無くインレー湖とヤンゴンに滞在してきました。私自身、2005年から9回目のミャンマーで元々インレー湖に写真撮影に通っていました。インレー湖で撮影した写真で写真展を開催したり、写真集を出版したりと写真作家活動をしているため今回は次回写真展(2017年12月)に向けての撮影が目的でした。ミャウンミャへは別の機会で行こうと計画中です。
そんな中、今回はヤンゴンの若者に人気の場所、Junction Square Shopping Centerへ行って来ました。
私は撮影を続けているインレー湖やMFCG活動地ミャウンミャは都市部では無いですが、今のミャンマーを知るためにこのような場所を見ておくのも意味があると考えました。
ダウンタウンからタクシーに乗り若い運転手さんに行き先を告げると、なんとも楽しそうに車をスタートさせ、こちらも期待が高まりました。タクシーを降りてまず目に入ってきたのがKFCの文字。牛肉をほとんどたべないミャンマーの人たちにも鶏肉メインでヤンゴンでも人気のお店だそうです。

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店舗のメインエントランスには巨大広告や電光掲示板などバンコクやシンガポール、香港のショッピングモールを変わらない雰囲気でした。

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エントランスを入ると高い吹き抜けにエスカレータと派手な装飾、程よい空調や無難なBGMが流れ完全に今風の世界が広がっていました。

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建物の1階にはCity Martが入り輸入品中心の高価な品揃えででした。エスカレータで上がると専門店が建ち並び、奥には和食、洋食中華、ビルマ料理の並ぶレストラン街がありました。

若い客層は7割くらいロンジーでは無くジーパンや短めのスカートなどでタナカを顔に塗っている人もあまり見かけませんでした。店内を歩き回る人の手にはスマートフォンとヘッドホン、ベンチで休む友達連れと数人組も話をするより各々スマホの画面に夢中の様子でした。

そしてバーゲン品らしき売り場の店員さんたちも接客は緩めでスマホの画面に。

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ヤンゴンの街中はもとより、インレー湖の市場でも若者だけで無く中年層もスマートフォンが普及し始めているのを沢山目にしました。聞けば安いモデルで6000円程度、一般的な売れ筋で15,000円~20,000円くらいはするそうです。彼らの収入から考えると安くは無いですが、手が出ないほどでも無く、便利で楽しさを知れば手放せなくなるのはどの国でも同じようです。

数年前までミャンマーでは加入電話はほとんど普及すること無く、電話といえば街中の店頭にあった貸し電話でした。私も何度かヤンゴンからインレー湖へかけた記憶があります。そしていわゆる携帯電話も高価でごく一部の人たちしか持っていませんでした(聞いた話ですが$5,000くらいだったそうです)。PCのインターネットもネットカフェが一般的でした。
そのような状況が一変し一気にスマートフォンが普及し始めています。

今回の撮影で私は何人かに今のミャンマーが良くなるために何が必要かという質問をしてきました。その中である村のリーダーの男性が「知識」、「何が最善か判断する知識が必要」と答えてくれたのが印象深かったです。スマートフォンはその知識を得るに有効な手段にもなるはずです。軍事政権から民政移管と過渡期にあるミャンマー、次に訪れるのがとてもたのしみです。
ミャンマーに古き良きアジアの世界を求める観光客が居るのも事実だろうと思いますが、私はそこに暮らす彼らの望む方向に変わっていくことを願いつつ、撮影を続けて行きたいと改めて思いました。

ヤンゴン滞在最終日、ミャウンミャからMFCGカーで来た名知と合流し、私は初めてMFCGカーに乗ることが出来ました。てっきりバスで来るのだと思っていたのですが、ちょうど車の保険の更新などあり車で来たそうです。ただヤンゴンの渋滞は聞いていたとおりで動かないときは本当に動きませんでした。20~30分の距離でも1時間以上かかってしまうのは日常茶飯事だそうです。
車も人も多く、賑やかなヤンゴン、いろいろと課題問題は山ほどあると思いますが大きな可能性を持っていると実感出来ました。

最後の写真はJunction Square の反対側、ここにも大きな建物がいくつも建設中でした。名知が活動報告などで口にする「変わる都市部と取り残される農村部」のフレーズが頭に浮かんできます。

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Posted by 亀山 at 22:38
私が体験したミャンマーのダジャン(水かけ祭り) [2016年05月04日(Wed)]


ミンガラバー。MFCGボランティア会員の鈴木一登と申します。ふだんは栃木県の病院で作業療法士として働いています。

4月15日のブログで、日本で開催されたダジャン(水かけ祭り)のことを書きました。
今回は、私が体験したミャンマーのダジャンについて書こうと思います。

2005年の冬から2006年の春にかけて、私は働いていた会社を辞め、東南アジアをめぐる長期旅行をしていました。日本から香港へ飛行機で飛び、香港から中国をまわってベトナム・カンボジア・タイ・ラオスをめぐり、そして最後にミャンマーを訪れました。

ミャンマーに着いたのは2006年3月のなかば頃、日本を出発してから5ヶ月ほど経っていました。ミャンマーのことは旅行の先輩から「人間がすごくいい国だから、ぜったい行ったほうがいいよ」と言われていました。

ヤンゴンから長距離バスや鉄道を乗り継ぎ、バガン・マンダレー・インレー湖・チャイティーヨー(ゴールデンロック)をめぐりまたヤンゴンへ戻る、定番の「ゴールデンルート」を約1ヶ月かけてまわりました。ふたたびヤンゴンへ戻ってきた時には、すっかりミャンマーのとりこになっており、先輩が言っていたとおり「人間がすごくいい」と感じていました。

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それは4月のはじめ頃、たしかバゴーからチャイティーヨーへ向かうローカルバスに乗っていた時のことでした。とつぜん、私の前の座席に座っていた男性に、大量の水がひっかけられて水びたしになりました。

バスの中で水をひっかけるような行動を起こした人はおらず、なにごとかと窓の外を見たら、数人の子どもが空になったバケツをかかえて笑っています。水をかけられた男性はとくに怒るわけでもなく、やれやれという顔つきで髪からしたたる水を手で払っていました。

いったいなにが起きたのかわからずあたりを見回すと、私のとなりに座っていた初老の男性と目が合いました。男性は真顔でひとこと「ティンジャン」と言いました。
その頃はミャンマーのことはなにも知らなかったので、子どもたちの度を越したイタズラなのかと思っていました。

しかし、また同じようなできごとに遭遇しました。今度はヤンゴンへ戻ってきて、ヤンゴン環状線と呼ばれる鉄道に乗っていた時です。ヤンゴン環状線はものすごくゆっくりと走る列車で、走っている客車に飛び乗ったり、飛び降りたりする人がいるくらいです。客車といっても見た目は貨物車に毛が生えた感じで、座席は50センチくらいの高さに長い角材が渡してあるだけのかんたんなものです。車両の両側にある出入り口に扉はなく開けっ放しなので、あぶないのですが風もよく入ってくるので気持ちがよいものでした。

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ヤンゴンの郊外は緑も多く、風も気持ちがよく、私は窓から外を眺めていました。列車が駅に近づいてくると、プラットホームに数人の子どもたちがいて、なみなみと水が入ったバケツや手桶を持っていました。今度は何が起きるのか私にもわかりました。列車がプラットホームにすべりこんでくると、子どもたちはバスの時と同じように、おかしくてたまらないという表情で、バケツの水を開けっ放しの扉や窓をめがけて、つぎつぎに放りこんでいきました。

水がかかった乗客は、バスの時と同じように「まいったなあ」という表情をしてから、服や顔についた水をはらい、またなにごともなかったかのように座り直しています。やはり怒りだす人はおらず、みんなどことなく楽しそうです。

そのような光景が、駅に着くたびに繰り返されるのを見ていて、ようやく私もこれはイタズラではなく、なにかのイベントなのだなと思い始めていました。

そしてダジャンはある日とつぜんに始まりました。ヤンゴン環状線に乗った数日後の朝、宿泊していたダウンタウンのゲストハウスを出て大通りに出ると、車道ではピックアップ・トラックの荷台にずぶ濡れの若者たちが水鉄砲を持って立っており、そんなトラックがすずなりに何台も並んでいました。(ちょうどヤクザ映画の「出入り」のシーンのような感じです)

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歩道では子どもたちが手桶やバケツやおもちゃの水鉄砲をつかって、手当たり次第に通行人に水をかけています。通行人はみな覚悟を決めており、逃げることもせず水をかけられながら平然と歩いています。

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私ももちろん、出かける先々でずぶ濡れになるほど水をかけられました。当時はミャンマー人の誰も携帯電話は持っていなかったので、水をかけたりかけられたりしても、なにも心配はありませんでした。旅行者の私だけがカメラを持っているので、水をかけられることにビクビクしていたと思います。

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街のいたるところではステージが設けられ、ステージ上からホースを持った若者が、路上の人やトラックに乗った人たちに、水をかけまくっていました。
生まれてはじめて、なんの予備知識もなく見たダジャンでした。

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バンコクに戻ってくると、ミャンマーと似たお祭りをしていました。安宿街のカオサンの近くにある大通りは人々であふれかえり、タイ人や旅行者が手桶に入った泥水(?)をおたがいの顔に塗りあっていました。

水をかけあって新年の訪れを祝う「水かけ祭り」をミャンマーでは「ダジャン」とか「ティンジャン」といい、タイでは「ソンクラン」ということを知ったのは日本に帰ってきてからです。


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ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)への参加方法(寄付または会員)はこちらです。
http://mfcg.or.jp/donation/
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Posted by 鈴木 at 22:14
ミャンマーのだるまを探しに [2015年12月21日(Mon)]


ミンガラバー。MFCGボランティアスタッフの鈴木一登と申します。普段は栃木県の病院で作業療法士として働いています。趣味は貧乏旅行です。

今回はミャンマーの「ピッタインダウン」について書きます。

ピッタインダウンはミャンマー語で「転んでも起きる」という意味のようです。かたちはまるく色は赤い色が多く、日本のだるまによく似ています。
作家の宮田珠己さんが『東南アジア四次元日記』のなかでピッタインダウンを紹介しています。私はその個性的な容貌に魅了されてしまいました。百聞は一見にしかず、ピッタインダウンはこのような姿をしています。

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今から10年ほど前、会社を辞めて半年ほど東南アジアをぶらぶらとしていました。その頃、前述の『東南アジア四次元日記』は私のバイブルであり、ミャンマーへ行ったらピッタインダウンを実際に見てみたいなあ! と強く思っていました。
ピッタインダウンを見ることがミャンマーを訪れる主目的であったわけではないのですが、動機の1割くらいにはなっていたかもしれません。そしてバンコクのミャンマー大使館でビザを取り、ヤンゴンへ飛びました。
ヤンゴンに到着した翌朝、どこへ行ったらピッタインダウンに会えるのかと思いながらスーレーパゴダに行くと、まるで「待っていたぜ」と言わんばかりに堂々と鎮座するピッタインダウンがいました。

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『東南アジア四次元日記』にはポッパ山のふもとにピッダインダウンがたくさんいると書かれていたので、バガンからラインカーを乗り継いでポッパ山へ行ってみました。たしかに本に書いてあったとおり、ポッパ山のふもとには多種多様のピッタインダウンがいて、「来てよかったなあ」とたいへん満足しました。冒頭のピッタインダウンの写真はポッパ山で撮ったものです。

 ミャンマーを旅していると、街のあちこちでピッタインダウンの意匠を見かけることに気づきました。お菓子の包み紙やお米のポスターにも使われており、親しまれているキャラクターであることがわかります。そんなところも日本のだるまと似ています。

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 不思議なのは、ピッタインダウンの由来がよくわからないということでした。
宮田珠己さんもミャンマー人にピッタインダウンとは何か? を聞いてまわったけれどだれもその由来を知らなかったそうです。私も出会ったミャンマー人に聞いてみましたが、「転んでも起きるから縁起がいい」「ラッキーになる」くらいの情報しか得られませんでした。

 ピッタインダウンはお寺で見かけることが多いので、仏教と関係があるのかなとも思われますが、実際はピッタインダウンがいるお寺のほうが少ないと思います。
 また、仏教国のミャンマーにあるのだから、タイにもピッタインダウンに似たものがあるのだろうかと思いましたが、タイでピッタインダウンを見かけたことはありません。日本のだるまと同じように中国から伝わってきたのでしょうか。

ともあれ、ミャンマーのお寺や街角で、思いがけずピッタインダウンに出会えることがあり、そんなときは「やったー!」とちいさくガッツポーズをして写真を撮ります。

 これからミャンマーへ行く予定のあるかたは、ぜひ街でピッタインダウンさがしをしてみてください。「ラッキーになる」かもしれませんよ。

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Posted by 鈴木 at 13:12
洪水災害支援 MFCGの取り組み [2015年08月22日(Sat)]

MFCGボランティア会員の鈴木一登と申します。

まずはじめに、2015年7月から8月にかけて発生したミャンマーの洪水による災害に関して、MFCGの活動を報告させてください。

MFCGでは、ご寄付いただいたお金で支援物資を購入し、後方支援を行っております。

8月5日には260個の懐中電灯をミャウンミャの病院へ寄付しました。
8月6日には1106人分の雨合羽(モンガー)を被災地に直接届けました。
8月13日には102本の飲料水と180個のインスタントヌードル、それに着物(ロンジー)を被災している人々に配りました。

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ミャウンミャでは2000人以上の人々が避難されており、まだまだ着物を買うお金が不足している状態です。

洪水による水害が一段落した後も、インフラの整備や伝染病の予防など、復興には長い道のりが予想されます。状況は刻一刻変わりますので、みなさまからのご寄付は必要に応じて物資配布や医療支援に使わせていただきます。

みなさまのご協力をお願いいたします。

[1]ゆうちょ銀行から
記号・番号 00210−1−50242
口座名 ミャンマー ファミリークリニックと菜園の会
郵便振替書の備考欄に「洪水」とご記入ください。
ゆうちょダイレクトの場合は「コウズイ」を加えてください。


[2]その他銀行から
ゆうちょ銀行 〇ニ九店
種別 当座預金
口座番号 0050242
口座名 ミャンマー ファミリークリニックと菜園の会

ゆうちょ銀行、郵便局からお名前の前後などに「洪水」もしくは「コウズイ」を加えてください。

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Posted by 鈴木 at 21:19
ミャンマー大洪水支援のご報告と寄付のお願い [2015年08月06日(Thu)]

いつもMFCGミタァース便りをご覧いただきありがとうございます。

前回もお伝えいたしましたが、ミャンマーの洪水の被害が拡大しています。
MFCGの活動の拠点であるミャンマー南西部ミャウンミャでも被害が確認されており、
MFCGとして、昨日必要とされていた懐中電灯を260病院に届けました。

現地から、名知のレポートです。

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本日 我々は 注文した懐中電灯を260病院に届けました。 明日(8月5日)には被災者の手元に届く予定です!

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でも避難している方の数が増えています。1107名に 1日で300人位増加しています。明後日には レインコートを注文したいです 皆さんのお力添えをお願いいたします

【 The situation and the donation 】
MFCG donated 260 touch light today
Yet we got the correct information : now. The number of displaced people 1107. It is increasing. 275house hold

ご寄付の振り込み先は以下の通りです。

@ゆうちょ銀行から・・・・・・・
  記号・番号 00210−1−50242
  口座名   ミャンマー ファミリークリニックと菜園の会
 郵便振替書の備考欄に「洪水」とご記入ください。
 ゆうちょダイレクトの場合は「コウズイ」を加えてください。

Aその他銀行から・・・・・・・
  ゆうちょ銀行 〇ニ九店
  種別   当座預金
  口座番号 0050242
  口座名  ミャンマー ファミリークリニックと菜園の会ゆうちょ銀行、郵便局からお名前の前後などに「洪水」もしくは「コウズイ」を加えてください。

寄付の詳細はこちらのページをご覧ください。
ミャンマーの洪水、MFCGの活動現場ミャウンミャでも浸水



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Posted by 伊藤 at 10:06