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【お知らせ】
テレビ東京世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜」に 代表名知の現地の活動紹介されました
放送局:テレビ東京
番組名:「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜」
日時: 2015年6月15日(月)
詳しくは こちらです
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リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.8 [2022年01月11日(Tue)]

blogチームボランティアパートナーの伊藤です。ミャンマーには2016年末から2年半ほど滞在しました。私は現地で特別な活動をしたわけではなく、単なる滞在者、生活者としての視点になりますが、「ミャンマーで教わったこと」について書いてみました。
*************************
沢木耕太郎氏の短編に、「胡桃のような」という作品があります。
タクシーに乗った若者が、60歳を過ぎた運転手の日常生活について聞かされる話です。毎朝2時半から仕事を始めて、夕方5時には帰宅し、風呂に入って晩酌し、夕飯を食べて寝る。毎日毎日、同じことの繰り返し。その「胡桃の殻のような」堅牢な人生を前に、若者は自らの人生が、いかにも柔らかく脆いものに感じられる・・・という話です。
学生時代をバックパッカーとして過ごした私にとって、沢木氏の「深夜特急」はバイブルのような存在ですが、この短編も、読後いつまでも余韻の残る、特別な味わいのある作品でした。

2016年に夫の赴任についてミャンマーに渡った私は、現地での生活に慣れるにつれて、ふと、この作品を思い出すことが多くなりました。
毎週土曜の朝に訪れていたヤンキン・ゼー(市場)の入り口で野菜を売っている女の子。いつも同じ場所に野菜を並べ、値段を尋ねれば淡々と金額を口にする。安いときも高いときも、外国人である私に対しても、サンダルをつっかけた近所のおばさんに対しても、彼女の対応は変わりませんでした。外国人には高めに売ることだってできるだろうに、そんなことは微塵も考えたことがないようでした。
市場の隅でシャン・ヌードルを売っている家族も、毎日同じように小さな店を開け、同じメニューを同じ値段で売り続けていました。2年以上通っていたけれど、新メニューはついぞ登場したことがなく、付け合わせのピクルスもいつも同じ。

このような人たちは、ヤンゴンの街中で、比較的よく見られるように思います。私は最初、彼らのことを、商才がないなと思いました。ミャンマー人が時として「頑固」で「進歩がない」と言われてしまう理由は、こういうところなのかな、とも思いました。
それでも、毎日愚直に同じことを繰り返し、積み重ねていく彼らのやり方をずっと見ていたら、そこに、ゆるぎない人生を築き上げていく強さのようなものを感じるようになりました。そう、まさに胡桃のような。
輪廻転生の大きな流れの中にいる彼らにとって、「ジタバタしない」生き方は、自然なものなのかもしれません。

乗車率120%の地下鉄で都心のオフィスに通い、何度か転職もして、常に「より良い自分を目指す」のが良いことだと信じてきた私。変化や改善のない生活は怠惰だとさえ思っていた私。
でもミャンマーには、何も変えず、ただ愚直に同じことを繰り返しながら力強く生きている人達がいました。
「人が幸せに生きていくためには、どうしたらいいのだろう。」異文化に触れた全ての人が一度は感じるこの疑問に対する一つの答えが、そこに示されているような気がしました。
あの頃とはすっかり状況の変わってしまったミャンマー。彼女たちの生活が、穏やかに堅牢に守られていくことを願うばかりです。

ヤンキン・ゼーの朝の賑わい(2017年)
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日本では見たことのない野菜もたくさん
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食べ方の分からない野菜・その1
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食べ方の分からない野菜・その2
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タディンジュ満月の前には市場の入り口に灯篭のおもちゃ売りが並びます(2017年)
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市場の中の生花コーナー
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限られた季節だけ売られる蓮の花
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Posted by 鈴木 at 15:00
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.7 [2022年01月10日(Mon)]

こんにちは。ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)、ボランティア・パートナーの鈴木一登と申します。ふだんは東京都内の訪問看護ステーションで、作業療法士として働いています。最近は、介護福祉士国家試験の合格を目指すミャンマー人の友人と、介護の勉強をしています。
私は半年に一回くらい、リハビリ関係のボランティアでミャンマーを訪れていました。今回は、ミャンマーの医療現場を少しだけのぞき見して感じた「ミャンマーから教わったこと」をリレー連載として紹介します。
ミャンマーの最大都市ヤンゴンの中心部からすこしはずれたところにある、僧院が運営するクリニックに見学に行ったことがあります。
僧院がクリニックを運営するというと、日本ではちょっと不思議な感じがするでしょうか。しかもそのクリニックがすべてボランティアと寄付金によって運営されると言ったら、びっくりする人がいるかもしれません。また、そのような業態のクリニックがミャンマーのあちこちにあると聞いたらどうでしょうか。
私が訪れた僧院クリニックは、つまりそのような場所でした。診療科目は、内科と歯科。経験豊かな医師が診察を行い、歯科用の立派な診療台もきちんと備え付けられています。薬も無料でもらうことができます。
完全に無料にしてしまうと、感謝の気持ちや自らの健康を気遣う気持ちが薄れてしまうかもしれないので、500チャットだけ(日本円で数十円)もらっているそうです。
働いているスタッフは、医師・歯科医師・看護師・理学療法士・アシスタントほか、すべてがボランティアです。週に数日、午前中だけ開かれる無料のクリニックのために、現役の医療スタッフをはじめ定年退職後の医師などがボランティアをしています。薬や医療物品・医療機材は、寄付や寄贈によって賄われています。
なぜそのような無料のボランティア・クリニックがあるのでしょうか。それはミャンマーの医療事情と関係があると思います。
ミャンマーの公立病院は、安い金額で医療を受けられるところです。しかし安いこととひきかえに、必要十分な医療を受けることが難しいのが現状です。ひとつの町にある公立病院の数は限られていて、通いにくい人々も大勢います。
いっぽうで十分な医療を受けられる場所もあります。私立病院です。
お金があれば、私立病院で十分な医療を受けることができます。立派な設備がある高級な私立病院もあると聞きます。私立病院で医療を受けるには、あらかじめ、まとまったお金が必要になります。
そのような社会背景があるため、通いやすく、無料で診療を受けられ、薬までもらうことができる僧院クリニックは、ありがたい存在です。実際に私が訪問した時も、クリニックは地元の人々であふれていました。待合室は一種の社交場のようになっていて、会話が飛び交うにぎやかな場所でした。
ところで、ミャンマーで最近流行っているものに、500チャットのどんぶりめし食堂(ဇလုံးထမင်း 500 ကျပ်)があります。
最近ミャンマーのあちこちに500チャットの格安食堂が出来ているという記事をFacebookで読んで興味が湧いたので、現地の友人にくわしく教えてもらいました。今年の11月はじめ頃、どんぶりめし(ဇလုံးထမင်း)一杯500チャットの食堂がヤンゴンの路上に出来て、他の町でも次々に真似しはじめる人が出てきたそうです。
500チャットを払ってどんぶりめしを食べてもいいし、もしも2000チャット払うならば、自分以外に、いまは500チャット払うことが難しい3人も食べることができます。どんぶりにすれば洗い物もかんたんです。その食堂に10000チャットとか20000チャットとか、寄付している人たちもいます。
余裕がある人は多めにお金を出して、いまは余裕がない人は、遠慮することなく恩恵を受けられる。僧院クリニックと500チャット食堂は、同じ精神で運営されていると思いました。
あらためて思い返すと、ミャンマーではそのような相互扶助をあちらこちらで見かけます。それは2021年2月1日以降の市民社会でも同様です。助け合いが行政から発信されるのではなく、地域社会や宗教の中から、必要に応じて草の根的に立ち上がってくるところが、ミャンマーのすごさだと思います。
ミャンマー市民の助け合いの精神と機を得たアイデアから、学ぶことがたくさんあると日々感じています。

僧院クリニックの診察風景
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無料で提供される薬
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寄贈された歯科診療ベッド
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Posted by 鈴木 at 15:00
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.6 [2022年01月09日(Sun)]

「『家族』の広さとやさしさ」
こんにちは。ボランティアパートナーの仲野です。今年3月に大学院を修了後、修士論文の一貫で作成したミャンマー青少年向けの喫煙防止教育ツール・寿命の減るすごろくを翻訳したものの、持って行けず、あたためているところです。

私には、ミャンマーにたくさんの兄弟姉妹がいます。
ビルマ語には、少し年上の男性をアコー(兄)、女性から見た年下の男性をマウン(弟)、年上の女性をアマ(姉)、年下の女性をニマ(妹)とする呼称があります。
ミャンマーでは、親しくなると、名前ではなく、上記のような呼称で呼びます。
ちなみに、学校の先生は生徒のことをター(息子)、タミー(娘)と呼ぶことが多いです。

2018年留学中の約1年間、現地の大学1年生と一緒に寮で生活していたため、たくさんの弟と妹ができました。
ある時、“妹”の一人の地元(パテイン)に遊びに行きました。
ヤンゴンまで片道4時間以上の道を運転して迎えに来てくれたのは、隣の家のおじさん(血縁関係なし)と彼女の祖母でした。
私たちを送り届けたら、おじさんはさっと自分の家へ戻っていきました。
滞在中、パゴダ(仏塔)を見に行くことになりました。
ミャンマーには多くのパゴダがあり、基本パゴダ巡りが旅の中心になるので、この時もどこのパゴダに行くのか気にせず、車に乗り込みました。
そこそこ進むと、検問所がありました。当時、ヤンゴンから外に出ると、時々検問所があったので、今回も適当に通行料払って終わりかなと思っていると、制服を着た人が車の窓から顔を入れてきそうな勢いで後部座席まで覗き込んできます。普段の雰囲気よりもピリピリとしています。「乗っているのは誰か」と聞かれて、ここは外国人が簡単に通れる場所ではなかったかと怖くなっていると、友人のお母さんが「家族」と一言言いました。ちらりと私の方を見ましたが、それ以上質問することなく、通行を許可してくれました。

止められることが面倒で、「家族」と言っただけかもしれませんが、日本で留学生を連れて、家族で出かけたとき、「乗っているのは誰か」と聞かれたら、「家族と留学生(と近所の方)」と言うと思います。
そこで、ためらうことなく「家族」と言ったことが、ミャンマー人にとっての「家族」の広さを表しているように感じました。

よくミャンマーは人が良いと言われますが、自分の為に功徳を積むというだけではなく、家族への見返りを求めない優しさで身近な他人に接しているから、優しさを感じやすく、人が良いという表現になるのではないかと考えるようになりました。
日本で長く暮らしていると「家族」と「他人」の間には大きな差を感じますが、ミャンマー人を見習い、もう少し境目を曖昧にして、優しくなりたいと思います。
ミャンマーにいる多くの兄弟姉妹の安全を日々願っています。

(写真1)小舟に乗って出発
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(写真2)崖に突然現れた仏様@
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(写真3)崖に突然現れた仏様A
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(写真4)小舟を降り、登ったパゴダ(仏塔)の頂上手前で出迎えてくれた像
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Posted by 鈴木 at 17:00
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.5 [2022年01月09日(Sun)]

ミャンマーでクレジットカード事業をしていました、松下裕二です。現在、日本の決済会社に勤めつつ、ミャンマーやメコン新興国の子供たちのために成長や挑戦の機会を創っていけるよう、社団法人を立ち上げまして、活動を開始したところです。ヤンゴン在住時に名知先生と知り合ったことがきっかけで、MFCG参加しました。

「日本との長い心の繋がり、優しさ」
今回のテーマで私が真っ先に思いついたのは、その一言です。
ミャンマーとの関わりが少しでもある方は、感じられたことがあるかと思いますが、ミャンマーの方々は本当に優しいですよね。"心の繋がり"を感じます。逆に、ビジネスの世界でも心で繋がれるか、ということがとても大事な要素であったようにも感じます。ミャンマーでの仕事をさせていただくようになってから知ったのですが、日本の敗戦後、世界で最初に賠償を放棄し、荒廃し、食べることにも苦しんでいた日本に、食糧(お米)を送ってくれたのがミャンマーだったのです。
また、今やアジアナンバー1となった日本サッカーですが、日本サッカー界に"パスサッカー"を教えてくれたのは、イギリス統治下のビルマから日本へ留学していた、ミャンマー人のチョーディンさんでした。私はこの事実を、日本サッカーミュージアムで知りました。
ずっと優しく、助けてもらっていることを、私たちは知りませんでした。私はミャンマーとミャンマーの人たちが大好きなので、自分のできることで少しずつでも恩返しできたら、と思っています。

(写真1)日本サッカー殿堂入りされている、Kyaw Dinさん。(日本サッカーミュージアムにて撮影)
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(写真2)2018年、ヤンゴンでの業務時、ミャンマーサッカーのナショナルリーグと提携契約調印式の時の一枚。現在は日本で、リーグのコンサルタントをやっています。
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(写真3)増上寺でのミャンマー祭では、娘とともにMFCGのボランティアで参加したこともあります!
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Posted by 鈴木 at 15:00
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.4 [2022年01月08日(Sat)]

こんにちは。MFCGのマンスリーサポーターのA.Kです。私が学んだのは、「助け合いで学校まで自ら作り上げてしまうミャンマーの人々の強さ」です。
私は、2015年9月に初めてミャンマーの地を訪れました。
当時は東京での仕事を辞めることになり、でも次にやるべきことが見えなかったので、アジア旅に出ることにし、最後に訪れたのがミャンマーでした。
その際ミャンマーで強烈な印象に残ったのは、ヤンゴン郊外の尼僧院で見えた人々の助け合いでした。そちらの僧院には100人以上の女の子たちが暮らし、何百もの子どもの通う寺子屋も運営されていました。
そこにいた子は、何らかの理由で親と一緒に生活することができなかったりして、仏門に出され、仏教のルールに基づく暮らしをしていたのですが、戒律の中でストレスをためているようには見えませんでした。
一番小さな5歳くらいの女の子は、あどけない普通の子供でした。シャン州などの紛争地域の出身で、そこにいては危険ということで、人づてに知ったこのお寺に預けられていたということでした。
尼僧の格好をみんなしているものの、あたたかい人々に守られ、女の子たちは安定した暮らしができているように思われました。
そして、そんな尼僧院は地元やヤンゴンの人たちからの寄付で運営されていました。これほど大きな活動が、市民の寄進で成し遂げられているのは私には驚きで、純粋に感動しました
敬虔な仏教徒が多く、聖職者に寄進することが良い来世をもたらすと信じているミャンマーの人々は、積極的にお寺に寄付をすると言いますが、想像以上でした。
政府が機能しない期間が長かったからこそ、市民は自分たちの力で立ち上がり、弱き人々を守る活動をしていたのです。
私はもっとミャンマーのことを知りたいと思うようになりました。仕事を探していた当時ですが、その直後にはベトナムで半年ほど働き、その後ミャンマーでの仕事を見つけ、1年余りヤンゴンで働きました。
その間はお世話になった友人が寄付を募って田舎に学校を建てるというので、私もまとまった金額を寄付し、私の名前もそこに刻まれました。
早くミャンマーに平和と安定が取り戻されることを強く願っています。

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Posted by 鈴木 at 15:00
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.3 [2021年12月09日(Thu)]

「仕事やお金がすべてじゃない」
こんにちは。MFCGブログチームの桂川です。
ミャンマーの人材紹介会社で働いていた時のお話です。
事業拡大のため、新たに採用したスタッフのPhyuさん。彼女にとっては初めての就職だったのですが、入社直後から要領よくてきぱきと仕事をこなし、笑顔で明るく、将来の幹部候補になるかも、と期待しながら一緒に働きはじめました。
入社から半年ほど経過したある日の事。
「相談があります」とのことで話を聞いたところ「父親が急死した。2人姉妹で姉は働いている。母1人では寂しいだろうし心配だから仕事を辞めて母のそばにいようと考えている。」そんな内容でした。
彼女は実家から会社に通っており、母親の介護が必要なわけでもない様子。ミャンマーの人が家族を大切にしている事を頭では理解しつつも、日本で長く働いていた私の感覚では ”仕事を辞める理由”としては理解しづらいものでした。文化の違い(?)のようなものに思考は追いつかず、モヤモヤしつつも黙って彼女の言葉に耳を傾け続けました。不幸の直後でもあり、辞めることを決めたわけでもなかったので、その場ではただただ彼女の気持ちを受け止めるにとどめました。
その週末、ヤンゴン市内にある彼女の家までお葬式に行きました。決して大きな家ではないものの、掃除が行き届いた玄関を入ってすぐの6畳間ほどの部屋へ。そこには、近所の人3−4人と、Phyuさん、そして彼女の母と姉がいました。
とても辛いだろう中、一目で外国人とわかる私に気を遣って話しかけてくれる彼女の母。その脇に、ピタッと張り付くように寄り添う彼女の姿。
その姿を見て、急に「仕事が最優先ってのは思い込みだったのかも」との想いが腹落ちしました。その時の光景は、今も脳裏に焼き付いています。
もちろん生活のためにお金は必要で、お金を稼ぐためには働く必要があります。しかし、仕事を最優先にして本当に大切にしたい何かを犠牲にしてしまうのはどうも違うのではないか?今は家族のそばにいたい、その本人の想いの方が彼女の人生にとって大切なのではないか?と、そんな事を感じたのです。
もし彼女が仕事を辞める道を選んだら、その想いを尊重し、少し落ち着いて彼女が「また働きたい」と言ってくれたら、その時に喜んで受け入れてあげよう、とそんな事を考えていました。
結果として、彼女は仕事を辞めることなく働き続け(結果的に、私の方が先に辞めてしまいました…)、その後 社内でもリーダークラスに成長、日本出張の機会を与えられるなど、社内評価も高く活躍しているようです。
資本主義社会の中で生きる上で、現実的に頭で考えれば、仕事やお金のことを優先するのは当たり前かもしれません。しかし、それよりも自分自身の心の中にある、本当に大切にしたいことをきちんと大切にする。その方が人間らしくて豊かな人生である。そんな事をミャンマーに教えてもらいましたし、その教えを忘れないよう心がけています。

写真)道の途中で止まったバスを、乗客が降りて押している、ミャンマーらしくて好きな光景。
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Posted by 鈴木 at 14:11
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.2(寄稿) [2021年12月09日(Thu)]

「医者としての原点」
ミャンマー赴任、強烈な印象、暖かい人々、忘れられない星空
名知先生からご紹介を受け、投稿させていただきます。
岩手県で保健所長をしております仲本です。前職は外務省医務官で、1992年10月から1996年3月まで在ミャンマー日本国大使館で勤務していました。既に30年近く前のことになりますので、現在の状況と異なることをまずはお断りします。しかし、今と同じことがあります。それは軍事政権であり、アウンサン・スーチーさんが軟禁されていた点です。
欧米から厳しい経済制裁を受けていましたので、非常に貧しく、また医療機関の設備も最悪でした。医務官としての最初の任地がミャンマーでした。ほとんど事前に何も情報をいただいていない中、海外生活の経験の無い家内と6歳の男の子を引き連れての赴任でした。住宅が決まるまで泊まっていたヤンゴンのホテルが今は無きタマダホテルでしたが、案内されて入室した時、小汚い部屋に置かれたベッドシーツがじっとりと濡れていたことをよく覚えています。家内は引き返そうかと思ったようです(^_^;)。また、長男が覚えた最初のミャンマー語がホテルの従業員に処分してもらうためにのပိုးဟပ်(プーハ:ゴキブリ)でした(^o^)。家族共々さんざんな船出でしたが、ホテルの朝食は意外に美味しく、ホテルマン達も皆親切で、随分助けてくれました。
当時は在留邦人も100人程度しかいなかったため、皆すぐ顔なじみになりました。現在と違って日本人医師はミャンマー国内に当方一人だけでしたので、邦人の皆様は病気や怪我をすると当然のように大使館の医務室に来ていました。日本人会と取り決めを行い、処方もしていました。当方自身まだ卒後10年程度の若輩であり、対応に苦慮する症例も少なからずありました。一番大変だったのは、ネットの無い時代であり、専門外の対応について日本にいる先輩や同僚達にアドバイスしてもらうために国際電話をかけても、回線数が制限されていたため、繋がるまで5−6時間かかったことです。結局、目の前にいる救急患者さんについては手元の教科書を見ながら一人で何とか対応せざるを得ない状況でした。
今思えば、間違った処置もあったのかもしれませんが、邦人の皆様はそんな若い医者を暖かく見守っていただき、また育ててくれたと、今では大変感謝しています。また、大使館医務室には、ヤンゴン大学医学部を卒業したての若い女医さんが助手として勤務していました。今でも大使館で勤務しているDr. Nwe Nwe Aung です。全く馴染みのない熱帯感染症については彼女に聞き、彼女の紹介でヤンゴン大学医学部で週一回感染症の勉強もさせていただくなど、たいへん助けてもらいました。 
助けてもらったと言えば、使用人さん達もです。当時は今のようなアパート形式の住宅は全くなく、また大使館員ということもあり、セキュリティの比較的良い地域に一軒家を借りる必要がありました。広い敷地の大きな一軒家でしたので、ドライバーや庭師さんや門番さん、メイドさん等、多くの使用人さんを雇う必要がありました。経済不況の中、大勢の使用人さん雇う事も、我々外交官の役割でした。多い時は7人雇用しており、敷地の中に使用人さんの3家族が子ども達と一緒に住んでいました。英語で会話が可能であり、特にドライバーさんなどは、就職難ということもありヤンゴン大学を出た優秀な方であり、はっきり言って当方よりはるかに英語は上手でした。また、皆働き者で、かつ、いつもニコニコしており、家内や子どもにも随分と優しかったように思います。
敬虔な仏教徒。間違いないですね。毎朝お坊さんが列をなして市内を回ってきますが、皆、喜んで喜捨しています。人生に一度は必ず出家修行をする必要がある。これ、日本の教育で取り入れてはいかがでしょうか? 当方の両親が一度遊びに来ましたが、明治時代の日本はこんな感じののんびりした、しかも平和な状況だったのではないかと言っていました。男女ともにロンジーをはいていて着物のように見えたことも影響していたかも知れませんが、昔の日本を懐かしむ感じでした。
一度、インパール作戦に軍医として参加された老医師が来訪されたことがありました。カレーミョウまで同行し、あの山の向こうが白骨街道だと教えていただきました。現地ではエイズ関連病院も見学したのですが、古くから住んでいる住民の方が「日本人が来たのは戦争時以来だ」と述べていました。インパール作戦は悲惨な闘いでしたが、当時、住民に随分助けられて命乞いをした、との同行した老医師の言葉も印象的でした。
長くなりましたので、一端ここで筆を置きますが、医者としての原点をいろいろ学ばせていただいたのがミャンマーだったと思っています。機会があれば、また続きをお話します。
なお、当時の写真は実家においていて、あまり手元にありませんでした。次回にご紹介させていただきます。

写真1:ミャンマー製のタペストリー 居間に飾っています。
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写真2:息子がマリンバを叩いています。
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Posted by 鈴木 at 14:08
リレー投稿「ミャンマーから教わったこと」編★vol.1 [2021年12月09日(Thu)]

こんにちは。MFCGブログチームの一宮です。
私がミャンマーから教わったこと、それは「ルーツや信仰への誇り」です。
 
日本の、びっくりするくらいの田舎で育った私。他県民と会うことすら稀な土地でしたので、「自分のルーツ」について意識する機会は皆無でした。
それがミャンマーに来てみると、20そこそこの若者でも「自分はなに民族でなになに教徒だ」とよく話題に出るので、驚きました(私が外国人だから話してくれたのでしょうか)。
 
ミャンマーの人々から感じるのは、どの宗教にも関わらず信心深いということです。
ヤンゴンの街歩きをしていると、至る所にパゴダや教会、モスクなどに出くわすので、いかに信仰に厚いかは、自ずと伝わってきます。朝、市場で花を買い、仏様や神様に供える習慣は非常に美しく、そういえば私の祖母の世代は、同じように毎日仏壇を清めていたなあと、幼少期に想いを馳せていました。
こうした日々から私は、ミャンマーの人々が、いかに自分のルーツや信仰に誇りを持ち、大事にしているかを知りました。そんな彼らの精神は、先進国の日本から来た私よりもずっと、豊かでした。
 
今年ももうすぐ訪れる、ミャンマーの祝日「ダディンジュ」では、親族や目上の人に対し、感謝の意を伝える風習があります。この日が来るたびに、私は両親や祖父母に感謝し、自分のルーツを大事に出来ているだろうか、と自分に問いかけています。
 

写真1)ダディンジュの日、シュエダゴンパゴダで祈る人々。
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写真2)ダウンタウンの路地に祀られた、ヒンズー今日の神。新鮮な菊が供えられてますね
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写真3)中華街のプラスチック家具店にて。中国は山東省にルーツを持つ中華系ミャンマー人の店でした。商品陳列と同じスペースに巨大な祭壇があって、度肝を抜かれました。
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Posted by 鈴木 at 14:00
リレー投稿「ミャンマーの美しい風景」編★果物売り場 [2021年12月09日(Thu)]

みなさん、こんにちは!
MFCGボランティアメンバーの山口生人と申します。
ミャンマーの美しい風景をリレー形式で紹介していきます。
私が紹介したいのは、町中の果物売り場です。
私は、駐在期間も短くあまり遠くへ旅行していなかったので地方の美しい景色の持ち合わせもなく。でも、ヤンゴンの近場でも十分美しい日常が見られると思います。
その一つが、町中至る所に見られる「色とりどりの果物売り場」です。
ミャンマーは世界でも有数のフルーツ大国です!マンゴーはもちろんですが、バナナやパイナップル、ドラゴンフルーツ、スイカなど日本人が好きな果物が町中の露店やスーパーなど色とりどりに並べられています。しかも、陳列されている量が圧巻でこれでもか!というほどテーブルや棚にてんこ盛り。そして安い!ミャンマーの人も果物大好き。たくさん買ってみんなで食べるのでしょう。

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私も、街歩きで喉が渇くと、近くの果物屋でマンゴーやスイカをジュースにしてもらってよく飲んでいました。(結局ドリアンは挑戦せずでしたが。)そんな彩り豊かでおいしい果物とそれを売る優しい人たちの笑顔でも結構癒されます。
以上、ミャンマーの美しい風景でした〜。
次回も、楽しいリレー投稿が始まりますので、お楽しみに〜!

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Posted by 鈴木 at 13:53
リレー投稿「ミャンマーの美しい風景」編★インレー湖 [2021年12月07日(Tue)]

こんにちは、今年4月からマンスリーサポーターで入会しました太田尋子と申します。
初めて旅した時から、どこか懐かしさを感じたミャンマー。
今回はミャンマーの美しい風景ということで、のどかなインレー湖で見た一場面をご紹介します。
澄んだ青空が湖面に映えて、遠くのボートのエンジン音、水中の生物がたてるポチャッという音、行きかう小舟の櫂の音・・
ここはインレー湖の小さな集落、なんとものどかな時間が流れています。

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インレー湖はシャン州にある湖で、足漕ぎで小舟を操るインダー族の写真をご覧になった方も多いかと思います。
彼らの営む水上集落・水上畑や周辺の仏教遺跡、寺院が有名で、以前から観光客の絶えないところ。
しかし私が滞在している友人宅は入り組んだ水路の奥にあり、訪れる人もなくひっそりと・・・
と思いきや!
大音量のお経が流れてくるではありませんか。
独特の謳うようなのびやかな調べとともにやってきたのは傘を仕立てた賑やかなボート。

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舳先についたスピーカーがエンジンに負けじとお経を唸っています。
それは得度式を迎える男の子のお練りでした。
出家前のお釈迦様に因んできらびやかな王子の衣装をまとう男の子、サングラスはオシャレの演出道具でしょうか。

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ミャンマーでは仏教徒の習慣として一生にのうち必ず僧侶になり、一定期間(3日〜数週間と聞きました)僧院で過ごします。
功徳を積む人生で最も大切なイベントで、剃髪の前はこうやって親類縁者を回ってお披露目するのだそうです。
さて、ボートはとある家の前に留まり、男の子は抱きかかえられて歩くことなく家内へ入ります。
家の中では大勢が見守る中、儀式用の什器の前に鎮座ましまして堂々たる様子の王子。

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そして年長者から順に、お金や贈り物の包みが手渡されます。
「ここポイント!」というふうに、何度もポーズを取って私が写真をせかされたのがこの場面でした。

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こうして家々を回るのですが、面白かったのが叔父さんや従兄のお兄さんが差し出すお金をイヤイヤ、とするところ。
王子が頑なに腕を組んで受け取らないのです。

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そうすると叔父さんは「参ったなあ〜」と苦笑いしてお札をもう一枚重ねます。
それでもイヤイヤと首を振るので周囲がどっと大笑い。
何回目かでやっと受け取ってもらえて叔父さんも周囲も一安心、王子は再び抱えられてボートに乗り込んだのでした。

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残念ながらバッテリー切れで写真が無いのですが、集落の会所では大勢の人たちが立ち働いて、お振舞の準備をしていました。
私もお食事を頂きましたが、ご飯と豚肉の煮物、魚のスープがあったと記憶しています。
同じテーブルの人に聞いたところ、得度式にかかるこうしたお披露目はたいそうな費用がかかるとのこと。
(話してくれた女性は目をむいて、その金額の大きさを表現していました)
個々の事情で規模は異なりますが、どんな家でも周りの寄付や集落総出の働きで助けるそうです。
来年はうちの家、この子はあそこの家の子がする時に一緒にさせてもらうとか、どの家の得度式も集落中の一大イベントとして楽しみにされているようでした。
簡素な生活の中、功徳の意識と集落の結束で祝う得度式。
湖面を進むボートのお練りはとても美しい光景でした。


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Posted by 鈴木 at 16:58
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