ビルマ方面 戦没者並びに物故者慰霊大法要(2日目) [2017年04月26日(Wed)]
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ブログメンバー/理事の亀山です。いつもMFCGをご支援ありがとうございます。 私が前回書いた2008年ビルマ戦没者慰霊法要の続き、2日目をことを書きます。 6:30 護摩焚きが摩尼宝塔であると聞いたので5:30に起きて準備をしていたら6時過ぎに早くも修行中の若い僧侶たちが布団を畳みに来ました。とてもテキパキした素早さにあっけにとられていると1分もかからず6人分の布団を片付けてしまった。さすが宿坊です。 8:30 戦没者が祀られているビルマ式パゴタのような大きな仏塔にバスで5分くらい走ると駐車場に着きました。大きな杉並木の山道は朝の澄んだ空気で緊張感に包まれ、10分くらい歩くと到着しました。 住職やミャンマー人僧侶がお経をあげる中、参列者が思い思いに線香や蝋燭をともします。私も誰にでも無く多くの犠牲になった方々に手を合わせましす。 10:30 バスで戻りメインのイベントが摩尼宝塔で大法要が始まりました。 強い日差しの中、昨夜の前夜祭のようなお祭り雰囲気は微塵も感じられません。しっかりと本堂をまっすぐ見つめる参列者たち。ビルマ戦線を戦った人、遺族、友人などが見守るなか厳かに進行していきます。 第43回ビルマ方面戦没者並びに物故者慰霊大法要 開会の辞 奉賛会々長の辞 献花献茶 御詠歌隊入堂 耺衆・法主・庭讃入堂 参列者合掌 黙祷 御詠歌隊奉唱 前讃 法主 回向文 祭典委員長祭文 慰霊文・遺族代表 読経 ミャンマー僧読経 献花在日ミャンマー大使 焼香 般若心経唱和 後讃 御詠歌隊唱和 耺衆・御詠歌隊退堂 法主 挨拶 閉会の辞 このなかで私が一番印象に残ったのが"祭典委員長祭文"でした。93歳の高齢にもかかわらず長い巻物を力強く読み上げます。 『・・我々は欧米列強からアジアを開放することを信念に戦い、敗れ多くの仲間を失い失意の中日本にたどり着いたがそこで待っていた東京裁判で犯罪人扱いにされたことは本当に悔しい・・・』 私のような戦後世代は第二次世界大戦を歴史としてしか知りません。戦地で絶望しそうな状況で戦い生き延びた人の生の声、最前線で戦った、思いを初めて聞き、カメラを持つ手も止まりただただ聞き入りました。 祭典委員長が読み終えた祭文は次々に流して足元に落としていきます。私の傍に居た恐らく共に戦い帰ってきた戦友さんらしき人がそれを拾い上げて巻き取ろうとしていました。左手が不自由なようで苦労しながら巻き上げているのをみて私は半分無意義に手が伸びて、手伝いました。今思うと肉筆に触れてこの目に焼き付けたかったのだと思います 綺麗な字でなく、修正とつぎはぎだらけで曲がったりしていた文章でしたが力強い文字が刻まれていました。 少し経ってからミャンマー僧の読経があり、独特のやさしいイントネーションを聞いているとインレー湖に泊まり早朝から流れているシーンを思い出します。 品川のミャンマー大使館から当時の大使夫妻が来られ、献花と挨拶をされていました。その後何度かお目にかかった大使でしたがこの時が初対面でした。人当たりの良く頭の良さそうな雰囲気で、流暢に英語で話をしていたのは印象的でした。 12:00 大広間で最期の昼食をとりました。 大きなイベントが終わりくつろいだ雰囲気でしたが、年々減る参列者を残念がる人達の話が方々から聞こえてきました。 昼食後、高野山を降りて街に戻るり、大阪の梅田でお好み焼きを食べ新幹線に乗りウトウトしていたら、夢を見ていたような錯覚を覚えたので、カメラの画像を観て現実を確認しました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 話は変わりますが、MFCGでは、6月11日の日曜午後に東京日本橋で設立5周年イベントを開催します。 皆座のお越しを名知代表始めメンバーでみなさんのお越しを楽しみにしております。 申し込みはこちらです! ------------------------------------------------------------------------------------------------- ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)への寄付・支援をお願いします→ MFCGの活動に寄付をする MFCG 団体ホームページはこちら→ ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会 MFCG facebook にも「いいね!」をお願いします→ ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)facebook公式ページ -------------------------------------------------------------------------------------------------- |
Posted by
亀山
at 10:00


