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写真の呪縛から解き放たれた写真とは〜トーマス・ルフの世界を覗く[2016年08月31日(Wed)]
 「大きい!」
 折りたたまれた状態から広げるとポスター大になる「トーマス・ルフ展」(東京国立近代美術館)のパンフレットを見た知人が、こんな声を上げた。思わず、叫んだのだ。トーマス・ルフ(1958年生まれ)は、写真を表現の主体にしたドイツのアーティストだ。

 確かに、バストアップの女性像が大写しになった写真作品をあしらったそのパンフレットは、普段自分たちが撮って楽しんでいる人物写真とはちょっと違った印象を放っていた。

 ルフは「ポートレート」と題されたシリーズで友人を撮った写真を作品として発表した時に、写真の大きさがもたらす鑑賞者の意識の違いに気づいたという。24☓18センチという常識的な<Tイズの作品を展示した時には、見た人は「これは誰それだ」と写った人物のことを話題にした。ところが巨大に引き伸ばした写真を展示すると「これは誰それの巨大な写真だ」と、写真そのものに対して興味を持つようなったというのだ。

 東京国立近代美術館では、210☓165センチという巨大なサイズの写真作品が、最初の部屋で数点展示されている。パンフレットにもその中の1枚を使っていた。実は、ルフの作品はこれまでにも見たことがあったので、展示室で見た時には、パンフレットを見た知人のような驚きはなかった。それでも、大きさは見る自分に絶対的なインパクトを与えながら覆いかぶさってきた。

 パンフレットの話に戻れば、グラフィックデザインを担当したデザイナーは、ポスター大にすることでルフの真意を伝達できると考えて、わざわざ折りたたんだものを広げる仕様のパンフレットにしたのではあるまいか。

 ルフの作品には、なぜこの風景を魅力的に感じるのか? と疑問に思わせるような不思議な魅力を持っているものも多い。何の変哲もない建物を、常人が思いつきそうなアングルで撮っているだけのように見えるのに、なぜか画面に引き込まれる。テレビ番組で宇宙のことなんかたくさん知っているはずの現代人に、銀河が写った宇宙や土星などの写真を提示して、異空間に自分が出かけたのような気分にさせてくれることもある。

 コンピューターを駆使するなどして多様な表現をするルフを象徴するのは、「jpeg」という名のシリーズだろう。圧縮されたデジタル写真の画像の持つ粗さを、魅力に転化しているのだ。たとえば911テロの事件現場を写した写真は、あえて低解像度にした写真を大きく引き伸ばして見せている。写っているビルなどの描写がとにかく粗く、カクカクとした上にかなりぼけている。ノイズ≠ノ満ちた画像だ(実際、圧縮画像特有のこの現象は、「ブロックノイズ」と呼ばれている)。たとえば雑誌にこの写真を載せるとすれば、編集者やグラフィックデザイナーは解像度の高い写真との差し替えをカメラマンに要求するだろう。ところが、ルフの作品では、低解像度による粗さが、近代以降の画家の筆跡を想起させるようなタッチ≠作り出している。

 ルフのもう一つの特徴は、自分でシャッターを押すのにこだわらないことだろう。雑誌やインターネットに掲載されたもの、さらには火星探査機などが撮影した写真をもとに表現する。その際に、元の写真を変容≠ウせることによって、新たな魅力を付加する。ヌード写真やアニメなどの画像がずいぶんと姿を変えて登場するのだ。ここで、変容≠ェキーワードになる。変容≠ヘ、鑑賞すること自体が楽しい。モチーフをどう変容≠ウせるかは、絵画でも重要。そこに画家の個性が表れる。たとえば、ピカソが描いた《泣く女》という絵を見て、モデルとなった女性の顔をリアルに想像できる人はほぼいないだろう。

 音楽でも同じである。音楽作品には「変奏曲」というジャンルがある。元の旋律を変容させることによって、鑑賞者は思ってもみない美しさを体験することになる。変奏は元の旋律がないと生まれない。いわば元の作品は「母」である。「子」はある時には母の生き写しのように、しかしある時には同じ遺伝子を感じさせないほど奔放に育つ。だから、変奏だけを聴いていると、元がどんな旋律だったのか、想像がつかないような例も多い。

 「広告写真はすべてウソ」というルフの指摘が痛快だった。「写真におけるイメージの操作をどう思うか」という記者会見の席上での質問に答えた中で出てきたものだ。広告写真で女優の肌を美しく修正するなどは当たり前。おそらく多くの人が知っている事実である。そもそも「写真は(歴史に登場した)最初から操作されていた」とルフは話す。写真も人間が意識をもって撮れば何らかの意図が入るものだ。加えて近年は、普及が著しいスマートフォンにも撮った写真を加工できる機能がおおむね備わっているので、プロでなくても修正は簡単。もはや「写真」は「真を写す」ものとはいえない時代に突入している。

 それでも、写真というメディアは被写体を比較的忠実に写す機能を持っているために、これまでは再現性に重きが置かれることが多かった。もちろん写真家の個性は発揮され、それが魅力となるのだが、あくまでもメディアとして、写っているのが何かを伝えることが優先されてきたのだ。ルフの面白さは、変容≠ネどによって、そうした写真の呪縛から解き放たれたことにありそうだ。

 最後に一つ。巨大だったり粗かったりという言葉からはルフの表現に大ぶりな印象を持つかもしれないが、それぞれの作品は極めて丁寧、精緻に仕上げられている。だからこそ美しさが際立つのだろう。
(多摩美術大学芸術学科教授 小川敦生)
 
展覧会情報:「トーマス・ルフ」展
 東京展:2016年8月30日〜11月13日、東京国立近代美術館(東京・竹橋)
 金沢展:2016年12月10日〜2017年3月12日、金沢21世紀美術館(金沢市)

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 Music Dialogue@MOMAT「主題と変奏-トーマス・ルフ展によせて」

〔日 時〕
 2016年9月11日(日)13:00開演

〔会 場〕
 東京国立近代美術館 地下講堂

〔出演者〕
 ピアノ:永野光太郎、ヴァイオリン:水谷晃、直江智沙子、
 ヴィオラ:大山平一郎、チェロ:金子鈴太郎 
 ゲストスピーカー:小川敦生(美術ジャーナリスト/多摩美術大学美術学部芸術学科教授)

〔プログラム〕
 モーツアルト………弦楽四重奏曲第15番 二短調 K421から第4楽章
 ブラームス…………弦楽四重奏曲第3番 変ロ長調 Op.67から第4楽章
 ウェーベルン………ピアノのための変奏曲,Op.27
 チャイコフスキー…ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」から第2楽章
 お客様とのダイアローグ  

〔入場料金〕
 一般4,000円/学生2,000円
 ※Music Dialogueチケット半券提示で、トーマス・ルフ展の当日券
  (美術館の窓口販売に限る)を購入時に200円引きします。
  先に定価で展覧会を鑑賞した方は、Music Dialogue会場での半券提示で、
  現金200円をお返しします。

〔お申込み〕
 https://goo.gl/RKjuFt

〔主  催〕
 一般社団法人Music Dialogue

〔助  成〕
 一般社団法人私的録音補償金管理協会(sarah)

〔協  力〕
 カワイ音楽振興会

〔お問合せ〕
 info@music-dialogue.org
この記事のURL
https://blog.canpan.info/music-dialogue/archive/83
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