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不登校。『遠い夜明け』その1[2020年01月18日(Sat)]
今回、投稿くださった方は、小学校3年生から高校生までの
長期にわたっての記録です。
blog掲載を快諾いただき本当にありがとうございます。thG3VENUBT.jpg


@ 現在高校3年生の娘は小学校3年生の3学期から帰宅すると軽い頭痛が始まるようになり、
心配でCT検査するも問題なく、小学4年生はしばらく頭痛も起きず精力的に英会話や鼓笛隊の習い事に通っていたが、食は細く痩せ気味だなと思いながらも毎日元気に通学していたので気にならなくなっていました。
  ところが小学4年生の3学期頃から、帰宅すると強い頭痛で夕飯も食べず朝まで寝込んでしまう日が、月に1回だったのが毎週1回起こるようになり・・・
  市販の頭痛薬も効果なく、頭痛外来で処方いただいた大人しか飲めない偏頭痛役を処方された
ことで、毎日毎日頭痛が起こるような副作用まで併発していたとに気づかず、その後2年近くそのキツイ偏頭痛薬を飲むことになります。

A 小学5年生のクラス替え以降、大人びた女子グループが自宅に遊びに来るようになります。
  そのグループから娘1人だけ嫌がらせを受けるようになるのと比例するように、ますます朝まで寝込むような頭痛を繰り返すことが増えていきました。

B 小学5年生の6月、もともと嫌いだったプールの授業が始まると強い吐き気や倦怠感が起るようになりました。そして、食べ物が全く食べれなくなり2週間で3キロ近く体重が減り、近医に点滴治療で通っていましたが、とうとう水分さえ1滴も飲み込めない状況に陥りました。
Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『信頼を築きあうまでには』その3[2020年01月15日(Wed)]

誰もいない夕方。
子どもは、ドキドキしていましたが、先生を見たら笑顔になりました。
私は、送り届けて後で迎えに来ると言い帰宅しました。

空き教室で、先生と二人でいたようです。
迎えに行くと、外まで笑い声が聞こえてきます。

教室に入ると、校長先生や教頭先生もお話しの中に入って楽しそうです。

帰りの車で子どもから、プリントを見せられ
『こんなにたくさん出来たよ!』と嬉しそうにずっとはなしていました。

そんなことが、数週間続き
ある時、とうとう子どもから
『普通の時間に学校に行く。しんどかったらまた夜に行く。』という言葉が出ました。
先生に電話で直ぐに連絡し・・・私は、泣いているのに気づきました。
『お母さんも、いっぱいいっぱいだったんだと思います。私たちを受け入れてくださりありがとうございます。』と先生が話されました。

以降、子どもは1週間か2週間に1度は休みますが20141223_21.jpg
学校に行っています。
最初は、先生方に不信感しかありませんでした。
先生が、やめられて
もう何も信じれないと思いましたが
新しい担任の先生や校長先生、教頭先生が子どもも私も助けてくださいました。
信頼を築くまでには本当にたくさんの時間がかかると思います。
でも、今から考えたら
私が信用してないのに子どもが行くわけないと、気付きました。

Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『信頼を築きあうまでには』その3[2020年01月14日(Tue)]

先生が、話します。
『新しく担任になった○○です。よろしくお願いします。
好きな食べ物は、いろいろあります。特に、肉と果物がすきかな。○○さんは何が好き?
普通に、話してこられました。

『みかん』小さな声でいうこども。
『先生も、大好きだよ。どんな種類のも好き。』
そして校長先生が話します。
『今まで、しんどかったよね。ごめんね。怖かったかな。
もう、校長先生と、○○先生皆いるから怖くないよ。先生たちが、皆を怖いことから守るから。』
と子どもに話されました。

私には、『無理に来なくても良いです。子どもさんが納得して
大丈夫と思ったら来てくれたらいいです。教室に入るのも最初しんどいと思うので、宜しければ短い時間でも担任が週に何回か来させていただきたいと話してますが。いかがですか?』
『私自身、早く子どもたちと仲良くなりたいので、週に1回でも2回でも短い時間でも○○さんに会いに越させていただけたらと思っています。』

そして、担任の先生が来られてお互いの話をしたり5435.jpg
好きな漫画やゲームの話をします。

そんな中で、子どもが勉強の不安を話し出したので
家で、少しずつプリントをしたり宿題を出してもらったりしだします。

私も、このころになると先生に申し訳なくて
『宜しければ、学校に連れていきますが。』と申し入れるようになりました。
子どもも、先生が大変だから学校に行くと。
但し、夕方誰もいない時にいくと。
Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『信頼を築きあうまでには』その2[2020年01月13日(Mon)]

担任の先生が居なくなったクラス。
急遽代わりの先生が来られます。

又、校長先生は、よくクラスに来て子どもたちに気さくに話しかけてこられたそうです。

教頭先生や保険の先生もかわるがわる笑顔で来られます。

こちらの学校は、本当に校長先生や教頭先生が子どもさんたちに寄り添ってくださったそうです。
当初、慣れていなかった新しい先生も、直ぐになれられて
子どもとの人間関係も出来てきました。

私の子どもは、蚊帳の外。相変わらず学校に行けていませんでした。th3WVZQB6F.jpg

そんな時、学校から連絡が入ります。
『お母さん、ちょっとおうちに伺ったよろしいですか?』
いまさら・・・と思いましたが、承諾すると
私が指定した夜7時半に新しい担任の先生と笑顔の校長先生が来られます。

子どもも最初ビックリしましたが
私のそばにくっついて座りました。



Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『信頼を築きあうまでには』その1[2020年01月12日(Sun)]

子どもが不登校になってすぐ、原因探しを始めました。

担任の先生に話を聞きに行きましたが
ちょっとクラスが落ち着いてないとだけ言われただけでした。

私は、正社員で働いていて小学校入学に合わせて
引っ越してこちらの地区に引っ越してきたので、PTAに友人は居ません。
今まで問題も無かったので、なんとも思わず
普通に、子どもの様子を伺っていました。

不登校は、寝耳に水でした。

最初は楽しそうに通っていたので
本当に不思議でなりませんでした。

そんな時、学校から保護者説明会があると言われました。
『子どもが不登校なのに参加する必要があるんですか?』というと
『とりあえず、必ず参加してほしい。』というお話しだけでした。

内容は、学級崩壊が起こっていて
授業もままならないこと。
先生も休まれていること。でした。

これが、こどものいけなくなったわけか。

茫然としました。
そんな中、すぐ隣に見知らぬおかあさんが来られて
『○○さんですか?今まで不安だったと思います。連絡先交換しませんか?』
と言われたので、慌てて交換しました。

学校の先生方の説明と共に、今まで起こってきたことがラインに次々流れてきます。

テレビで起こっていることが、今、目の前で起こっている。DSC_00050.JPG
ビックリしました。


Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『命』その3[2020年01月10日(Fri)]

そんな時、ある不登校の会のフォーラムに参加させていただきました。
先生がお話しされた後、フリートークがありました。

そこで、ある保護者の方が
『私たち親子は、子どもが元気になるまで高校進学はしないと決めました。』
と発言されていました。
その様子から、本当に大変な思いをされてきたのだと感じ
わが家と同じような決断をされている方が居たのだと
驚きました。

ところが、お話しされた先生が失笑されたようにみえ
『それは、あなただから。普通の方はそんな簡単に決断できませんよ。』
と発言されました。
それは、その日のフォーラムで不登校の子どもや親に対して話された先生の言葉でした。

私は、驚愕しました。
発言された保護者の方は、冗談で場を和まされましたが
私も、発言された方と同じように馬鹿にされたような気分になり
とても、気分が悪くなりました。
逃げるように、帰りました。

その先生は、子どもが、命を絶とうとした
その怖さをわからないのでしょうか。
高校に進学しないと決断するのにどれだけ苦悩されただろうか。
それと一緒に、私が相談した医師や専門の先生がちゃんとした先生で良かったと
凄く思い、有難かったです。

私は、発言された保護者の方に連絡させていただきました。
そして、その方は静かに
やはり子どもさんが命を絶とうとした等
色々なお話しをしてくださいました。
私は、泣いたとともに独りじゃないと思えました。

私は、たまたま子どもを救うことが出来ました。
でも、今でも本当に怖いです。
高校に行ってほしい。親なら当たり前です。
でも、一番大事なのは子どもの命だと体験しました。yjimageE4I8QANP.jpg
皆さんにも、どうかわかっていただきたいし
後悔しないように。
子どもを追い詰めないようにしてほしいと思います。

Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『命』その2[2020年01月09日(Thu)]

子どもは、不安が大きく
外に出れなくなりました。

しかし家ではとても元気でした。

中学3年生になり、友人の助けもあり修学旅行に行ったり
テストを受けに学校に行くようになりましたが
心無い同級生に又嫌がらせをされ、もう二度と学校に行くことはありませんでした。

私は、学校に行った時も
家にいる時もとても怖かった。

子どもが、『自分は普通が良かった。早く死んでしまいたい。』
時々ポツリと無意識に言う言葉があまりにも淡々としていて
しょっちゅう子どもの様子を伺い、眠っているときも
生きているのか・・・怖くて何度も様子を見に行きました。

そして、医師やカウンセラーの先生と相談しmmm.jpg
子どもを交えて家族で話し合い
高校進学よりも今はもっと休むべきだと。
子どもが希望するまで、高校は進学しないと決めました。

それでも辛く、苦しく
決めても心の奥底で簡単には割り切れませんでした。
Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『命』その1[2020年01月08日(Wed)]

小学校の時、成績もよく
クラスの代表としてよく発表もしていました。

中学に入学し、ある時期から暗い様子で学校に向かうようになりました。
朝になると、イライラします。
家族や兄弟姉妹にも当たり散らします。

最初は、漠然と学校がしんどいのかと思っていましたがyjimagenbbx.jpg
一部の生徒からストレスの解消材料にされているようだと・・・
同級生のお母さんから話を伺いました。

子どもは、日々辛そうになり
ある日、発作的に部屋の窓からから飛び降りようとしました。

たまたま、その日は洗濯ものを干す時間が早かったから。
何とか足にしがみついて・・・どうやって部屋に引き上げたのかは覚えていません。
もし、いつもの時間に洗濯物を干していたら
子どもは、飛び降りていたでしょう。

夫と私、子どもと話し合い、学校を休むように説得します。

最初は、無理に学校に行こうとしていた子どもも、限界だったのでしょうか。
段々休むようになり、同時に
たまにイライラしつつも笑顔が戻ってくるようになりました。
Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『イジメ』最終章[2020年01月06日(Mon)]

そのおかげで、最後にはクラスで過ごすこともでき
娘は、卒業式も出席できました。

3年間娘を守ってくださった先生方には感謝しかありません。

今、娘は高校で毎日楽しく過ごしています。thJJ2KG9LS.jpg

友だちもたくさんできました。

あの時、あの先生の言葉がなければ
娘は、今どうなっていたかと思うと・・・
想像するのも恐ろしいなぁと思います。

ちなみに、小学校の時にイジメていた子の一人は
今でも、その子のバイト先に行くと
私たちを凄い目で睨んできます。

娘は今だに怖い怖いと言いながら買い物をしています。

しかし、昔みたいに持病は出ません。

家族みんなでそんないじめっ子の様子をみて
『アホやなあ。』
『進歩しないなぁ。』
と言って笑っています。

そんな、余裕が出来たのは
娘のことを理解し守ってくださった先生方のおかげだと
今でも感謝しています。
Posted by hahaちゃん at 00:00 | 体験談 | この記事のURL
不登校。『イジメ』その2[2020年01月05日(Sun)]
行ってみてびっくり・・・
イジメられていることを訴えたのにも関わらず席は娘の後ろ
全く変わっておらず
イジメっ子はそのまま後ろから娘を睨みつけていました。

私がいたので、何もしませんでしたが
娘は、持病の発作を起こし
その日、そのまま入院となってしまいました。thSV25Y3R1.jpg

それだけではなく
入院した病院でも、「学校」とか「先生」という言葉を聞くと
身体が拒絶反応をおこすのか・・・
高熱がでてしまうようになりました。

主治医の先生が、あまりにも怯える娘を見て激怒し
校長先生と担任の先生を病院に呼びつけました。

そして、その場で今の状態を説明してくださり
今後の事を娘に内緒で話し合いました。

話し合いの結果、担任の先生は
娘とは二度とかかわらない事と教室に入らないで、特別教室に登校する事が決まりました。

その後も、先生の目を盗んでは
イジメっ子が授業で使うフルートで頭を殴ってきたり
階段からつき落とされたりと・・・
命の危険にさらされるようなことが、いろいろな事があり

事態を重く見た小学校の先生が中学校への申し送りの際
母と学校教育科(市の教育委員会)と小学校の学年主任の先生の同席のもと
娘のために皆さんで話し合ってくださいました。

まず、何人か名前をあげてクラスを別にしてもらう事。
教室には行けないかもしれないこと。
特別教室への登校を認めてもらう事。
等を伝えました。

それでも・・・
そこまでしていただいたのに、娘の傷は深く
中学校の入学式には行けませんでした。

しかし、特別教室の担当になった先生が
「僕が守ってあげるから大丈夫だよ。」と声をかけて下さり
私が、学校まで送っていくと校門で待っていて下さったりと
娘との信頼関係を結んでくださり

帰りは、車まで送ってくださる・・・

そんな大変なことを3年間続けて下さいました。


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