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金は天下の回りもの [2019年11月30日(Sat)]
昨日、先日救急病院までお運びした方からまた電話がありました。やんわりとお断りした互助移動支援の送迎範囲外(片道1時間近くかかる遠方の町)への依頼に対して、「それが駄目なら駅まで送れないか?」との再度の依頼電話でした。

この方は、先のブログで書いたとおり、息子さんが救急車で病院に運ばれた際にも、すぐにタクシーで駆けつけずに、送迎中の私(かけつけるのに時間がかかる)に電話してきた方です。つまり息子さんの命より、タクシー代の節約を優先させた方です。この送迎については、私自身何と馬鹿なことをしてしまったのだろうと後悔したことは、先日のブログにも書いた通りです。

そうしたことが下敷きとなって、1度断った長距離送迎依頼に対して再度電話をしてきたので、思わず、私の胸の内をぶちまけてしまいました。ここまで言われれば、もうご本人は2度と送迎依頼をしてくることはないでしょう。この人からの電話で不快な思いをしないで済むので、かえってスッキリした気分です。

今日はこの1件を機に、この互助による移動支援を巡る利用者とドライバーの(経済的な「貸し借りについての」心理的な相克についてまとめてみたいと思います。

単純化すると、私のやっている送迎活動は次の2つのパターンに分類されます:

1.燃料費だけの支払い→ドライバーの拘束時間が無償→ドライバーの負担感が徐々に増える。

ここで言うドライバーの負担感(心的)は、利用者の方が一方的に経済的な利益(タクシー代の大幅節約という)を得るためにのみ、利用しているのではないかとの「嫌な気持ち」と言ってもいいでしょう。つまり、この嫌な気持ちは、「この人はタクシー代をけちるためだけに私の送迎を利用しているのではないか?」との疑念から生じます。上述のような利用者です。

こういう方は、形式的に「ありがとうございます。」としか言わないので分かりますし、そうではなく、言葉では助かりましたと再三感謝するけれども、支払いは燃料費のあまりの安さに驚嘆しながらも、実際の支払いは燃料費だけですので、やはり心中は透けて見えます。

今週も、送迎範囲外の片道40分ほどの送迎を依頼されました。薬の副作用があるためクルマは近場しか運転できないので、何とかならないかと執拗に迫られたため、利用者間の時間調整を無理に行い、30分ほど余裕を持って現地に行って更に30分待っという無理を重ねて、何とか、次の利用者との「同乗」まで絡ませながら、アクロバティックに送迎をこなしました。心理的にも大変疲れる送迎でした。その方にも、このような無理な調整をしての例外的な送迎であることはお伝えしました。

それでも、46キロほどの移動に対しての実燃料費411円に対して400円ポッキリの支払いでした。

これは幾ら何でも後味が悪いですねぇ〜。身内に頼んでもきっと嫌がられます。ましてや仮に隣の奥さんに頼んで400円ポッキリなら、もう以後の送迎は頼まれても嫌がられること必至です。
この方は、こういう常識的な感覚さえ持ち合わせていない訳ですが、それは逆に見ると、ご自分の経済的な利益を絶えず最優先する思考が染み付いている状態ですね。それがこちらにも透けて見えることから来る「嫌悪感」ですね。

私自身、任意の謝礼を目的にこの活動をしている訳ではありません。もしそうなら、こんな活動はやめて、とっくに他のお金になる仕事をしていることでしょう。

2.身体的・精神的・経済的な条件がかなり悪い利用者→(燃料費の支払いだけでも)ドライバーの負担感は軽減される。場合によっては負担感なし。

このケースを元々想定して、この互助移動支援活動をスタートさせたつもりでした。これなら、この社会で日常の移動に困っている人を、何とか自分ができる範囲でお助けしようという、当初の私の気持ちとのバランスが取れる筈でした。

ところが、このケースでも2つのパターンが実際には出てきました。1つは、やはり燃料費だけの支払いでは申し訳ないという気持ちからか、自ら任意の謝礼(ちょっとしたお菓子とか、100円のチップとか、お昼のおにぎりとか、或いは燃料費+ワンコインのチップとか、様々ですが。)を差し出す人が出てきたのです。

もう1つのパターンは、上述の人のような決して燃料費以外には出そうとしない人です。歩くのも難儀しているので、整形外科までの送迎を10回ほど重ねても、奥さんが差し出そうとした心付けを、「そんなもの出すな!」と一喝した方が典型です。この方は、タクシー会社が出ないと嘘をついてまで、私に回復後の病院送迎を依頼してきた方です。(もちろん、即座にお断りしました。)また、ただで送迎できる組織はないかと、私以外にも「合見積もり」して、私に行き着いた方です。

こうした方を最初の段階で「排除」するのは困難ですね。送迎をしないとその人の人格的な部分は見えて来ませんので。その方が困っているのは事実です。送迎の趣旨にも合っています。こうした方の特徴は、会った最初の日に、決まっている日程を一気に私のカレンダーに埋めさせます。多分、他の人から予約が入ると困るので、自分のスケジュールを「押し込む」のでしょうか?

さて、ようやく今日のテーマに関する話が出来る状態となりました。

この2番目のケースで、任意の謝礼をあえて差し出す人に対してですが、最近の事例をお話します。その方は、重度の肺疾患を今年になって煩い、酸素ボンベがないと移動できない方です。それも3時間で酸素が切れてしまいます。「死刑を宣告されたみたい」とは、その方の弁です。その方を最初にお運びしたのが、役場と社会福祉協議会でした。どうやら、歳末助け合いの申請の締め切り日だったようです。その方は、送迎後ガソリン代を含めて500円(謝礼400円ぐらい)を差し出しました。2度目は先日近くの医大への往復送迎でした。これは3時間ほどもかかりましたが、やはり同じ金額を頂きました。

このような方は、本来は燃料費だけで送迎する対象の方です。それなのに謝礼を頂くのは、逆にこちらの気持ちの方に「負担感」が出てきます。

そこで、思いついたのが、この方が申請をするために役所と社協に行ったことがヒントとなっての、「任意の謝礼からの歳末募金への寄付」です。何故こんな単純なこと最初に思いつかなかったのでしょうねぇ〜。

そうは言っても任意の謝礼を全部寄付するのではなく、年間謝礼の一部です。残りは、私の健康保持のための町のジム通いの費用(1回100円。年に200回程度は行きます)と、ちょっと高価な食材(健康に良いとされているもの)等の購入に充てさせて頂きます。健康でないと、この活動は長く続けられませんから。

こうして、やっとタイトルにある「金は天下の回りもの」という話に行き着きました。私の気持ちも、この歳末募金をすることでスッキリしました。

後は、嘘をついてまで送迎を迫るとんでもない人向けの対策ですが、これはあらかじめ排除することが本当に難しいですね。自分勝手に嘘をつく方はどこにでもいる訳ですが、こうした方がどうやら、この国の政治の世界にも跋扈してるようです。しかし、それを何とも思わない人々もいるというのが、何とも悲しい。。。
Posted by 宮前互助送迎サービス at 10:24 | 互助移動支援 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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