「任意の謝礼」考 [2019年06月20日(Thu)]
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国交省のガイドラインに沿って行っている「互助運送」ですが、ガソリン代などの実費の他に、あくまでも任意ですが、謝礼やちょっとした品物を受け取ることができます。
この任意の謝礼は、決してこちらから「催促」することはありませんが、タクシー代の30分の1程度のガソリン代で、往復をハイヤーのようにきちんと送り届け、「今回は100円になります。」と利用者に告げた時の、利用者の反応は大きくは以下の2つに分かれます。 1.あぁ〜、本当に助かったぁ〜。ありがとうございます。 2.(内心の声として)あぁ〜、儲かった。ありがとうございま〜す。 1のケースは、恐らく利用者の方は、それまでは近くのバス停に行くのさえ足が悪く苦労していて、たまにタクシーを使えば、こんな100円などでは決して済まないという事実に驚いているのです。思わず、本心から「本当に助かったぁ〜。どうもありがとうございます。」と言って下さいます。 従って、こうした方々は、100円のところ+100円とか+200円とかの謝礼を、(毎回ではないにしても)これでジュースでも買って下さいと言って渡されたりします。それに加えて、たまにはメロンやぶどう等の果物やお菓子箱を頂いたり、土曜日の稼働に対しては「金一封(千円札1枚)」を頂いたりします。 私も人間ですから、こうしたことで、ガソリン代の100円で、2時間も3時間も費やしたことに対して報われる思いがします。何というのか、心の中で無意識に感じている、この「互助運送」の「負担感」が癒される感じがするのです。また、こうした方々には困った時に何とかして運んであげようという気になります。 ところが、2のケースの方ですが、どうしても私の中で、100円のガソリン代だけで、リムジンサービス並のことをして、2−3時間の拘束を受けたことの、身体的・精神的な負担感との釣り合いがどうしても取れないのですね。 しかも、相手の言葉や仕草から、「あぁ〜、儲かったぁ〜。」との心情が何となく伝わってきます。こういうことがありました。「今日は50円未満ですからただです。」と告げた時、ほとんどの方は、それは幾ら何でもあり得ないということで、100円とかの謝礼(この場合は謝礼になります。)を渡しますが、平然と、「ありがとうございま〜す。。またよろしくお願いしま〜す。」と言って、降りた方もいました。もちろん、それはそれで全くルール上の計算ですので問題はありませんが、私の心情としては釈然としないものが残ります。何故こんなに「自分中心の人間のために、これだけの労力を割かなければならないのか?」というような気持ちがどうしても人間ですから残りますね。 こういうこともありました。ご夫婦で乗ってお一人の方が、チップ込みの料金を渡そうとしたところ、「そんなことしてはいけない。」との一声がパートナーの方から掛けられました。私は、てっきり、「この互助運送では、チップは一切受け取ってはいけないルール」だと思っての声がけだと思い、「そんなこともないんですけどね。」と言って、「せっかくのお気持ちですから、では、100円だけ頂きます。」と言って受け取ってしまいました。 ところが、この一声は私の誤解だったのです。その一声は単に「チップなどあげることはない。」という意思の表明だったのが、その後、分かりました。 ここまでの態度を示される方がいるとは、いやはや、世の中は一筋縄では行かないですねぇ〜。 段々と互助運送の活動も活況を呈しておりますので、そのうち、利用者の移動困難程度が高い人を優先せざるを得なくなるのは目に見えております。移動困難度合いが高いほど、そうした人々からガソリン代だけを頂いても、私の心のなかではバランスが取れているのが不思議ですね。もちろん、そうした方々は、この互助運送の「有り難み」を身にしみて感じておりますから、心からの感謝の言葉をかけて下さいます。 |



