• もっと見る
<< 2025年08月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
代償を求めないボランティア活動はあるのか? [2018年12月21日(Fri)]
「代償をまったく求めないボランティア活動というのはあり得ない。」これは、私が若い頃から読み通してきたある思想家の晩年の言葉です。

互助運送のボランティア活動をしていて、このことの意味合いがよく身にしみることがあります。

今も、朝の9時前に大学病院に送迎した人の、帰りの呼び出し電話を待っております。もう4時間以上。その間、1件の送迎をこなしました。電話を待っている以上、外での作業も出来ません。5分か10分おきに電話があったかどうか確認します。

これは家で待機しているケースですが、病院では駐車場に3回も出し入れしたことがありました。駐車料金の節約をして、利用者に負担を掛けないためです。病院での待ち時間はゆうに3時間以上。この時間は運輸局の指導で全くの無償です。

こうしたボランティア活動の「対価」としては、ガソリン代実費のみ。200円か300円です。

このような自分の自由な時間を割いてのボランティア活動というのは、あまりやる人はいないだろうなあ〜、というのがこの1年少々の実感です。現に、ドライバーをやる意思を示して頂いた方は未だおりません。

実は、私もこうした長時間の拘束に対しての無償のボランティア活動に、少々の「負担感」を感じるときは、人間ですから、あります。この「負担感」は言い換えれば、何かの「代償」を求めていることの証左ではないかと思うのです。

今年スーパーボランティアとして一躍有名になったあの方、確かに無償のボランティアで素晴らしい活動です。私にはとても真似はできません。しかし、あの男児救出後に、自治体などが顕彰を申し出、それを受けています。この顕彰は彼が密かに求めていた「代償」ではないかと思ったりします。

自治体などが、マスコミに出たからといって、彼を改めて顕彰するというのも大いに疑問ですね。本当に彼の活動に感銘を受けているなら、あの1件がなくても、顕彰を申し出てもいいはずですが、それをやらずに、マスコミに出ただけでああいう行動を取る、このことは私には理解不能です。

いずれにしても、こうした「代償」を求める意識が芽生えないよう、心してこれからも活動をやっていきたいと思いますが、ボランティア活動というものはそうした「代償」を求めるものならば、今後は一切ボランティア活動とはいわずに、はからずも国交省が言っている、「互助運送」1本に呼称を変えた方がいいのではと思ったりします。

振り返ると、この互助運送活動をどこからか知ったボランティア団体の方からコンタクトがあることがあります。後で分かることは、自分たちの活動の「賛同者」を増やすことが目的だったりします。あるいは、福祉有償運送の運転講習会での収入増が目的だったりします。

つまり、ボランティア活動の衣を借りた「営業行為」であることがよくあります。こうして、かの思想家が言うとおり、「代償を求めないボランティア活動というのはあり得ない。」との一言が真実であることを実感させられる訳ですね。

この世の中、難しい。。
Posted by 宮前互助送迎サービス at 13:34 | 互助移動支援 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
この記事のURL
https://blog.canpan.info/morocco/archive/30
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント
検索
検索語句
最新コメント
タグクラウド
プロフィール

もろっこクラブさんの画像
https://blog.canpan.info/morocco/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/morocco/index2_0.xml