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2014年07月15日

「あ、アンパンマンが飛んでるぞ!」〜パパの託児参加〜


普段は妻たちの地域活動にほとんどタッチできていない自分が、今回のような形で、微力ではあるが間接的にも貢献できたことは、自分自身の中でも少しホッとしたというのが一番の感想だ。

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先週土曜日、妻の友人の息子さんを数時間預かり、ウチの娘とともに面倒を見ることになった。妻たちが地域活動に勤しむ間、託児の役割を果たすことになったというわけだ。

ヒトの子供を預かるという経験はこれまで無かったので、正直かなりの不安があった。

つまるところ、
・数時間にせよ、ヒトの子供を預かるということの責任の重大さ
・その子と過去1度しか会ったことが無く、事実上、ほとんど面識がないこと

といったことからくる「ちゃんと面倒みれるのか?」という漠然とした不安だ。

とりわけ、「面識がない」ということは、その子の気性、性格、泣いたときの対処法などなどが全くわからないという、こちら側の不安もさることながら、そもそもその子にとっても、「誰だ、このおっさん」的な状況で、手探り感の中、我が家に上がったのではないかと思う。

で、結果。
当初の不安の多くは杞憂に終わり、子供たちは思っていたほど手がかかることもなく、泣いてグズることも全くなく、無事に終えることができた。
一方で、ヒトの子供を預かるということの難しさを痛感もした。

もっとも強く感じたのは、子供との間の信頼関係が無ければ、叱ることもできないし、注意してもなかなか言うことを聞いて貰えない、ということだ。

そりゃそうだ。見知らぬおっさんにいきなり叱られても、恐らく怖がって泣くのが普通の反応であり、あまつさえ、「この家には遊びに来たくない」という印象さえ抱かせるかもしれない。そう考えると、信頼関係の無い子に対して叱るのはハードルが高いだろう。
他方、単に「それはダメだよ〜」などと注意したところで、これまた信頼関係も無い中で、完全に無視されてしまう。この点は本当に難しかった。

次に感じたのが、ヒトの子供と自分の娘との間の対応バランスの難しさだ。

二人の子供がおもちゃの取り合いをしている。
「こらこら、仲良く遊びなさいっ」などと言ってみても虚しく響くだけだ。
「順番だよ、順番に遊ぼうねっ」などと言ってみても、その順番の優劣が目の前では議論されているのだ。二人とも納得するはずがない。
一方の子が遊んでいたものを片方の子が奪い取ろうとするケースなどは、わかりやすいので解決も簡単だが、現実はそんな単純なケースばかりではなく、2歳の子供たちに「譲り合いの精神」が育まれたりしない限り、どちらかが渋々我慢を強いられることになるのだ。

では、自分はどちらに我慢を要請するのか?
易きに流れれば、言うことを聞かせやすい自分の娘だ。だが、5分に1回くらい発生するおもちゃの争奪戦において、毎回自分の娘に我慢を要請していては、逆に自分の娘との信頼関係が破壊されてしまう。

さらに、争奪戦が起こった時、現場を見やると、必ず娘は私を凝視しているのだ。
その目は明らかに、「おとうさん、助けてよ」or「おとうさん、私は間違ってないよね」という目だ。

そんな目の前の緊迫した状況下で、「二人とも仲良くね〜♪」などと長閑に言うことの空虚感は半端無いし、単に調整を放棄しているだけで、下手すれば、どちらの子供からも信用されなくなる。

などなどを考えながら、二人の子供への対応のバランスには本当に苦慮した。
まぁ、育児素人の自分に、画期的な知恵があるわけもなく、結論的には、いきなり窓を指さして「あ、アンパンマンが飛んでるぞ!」などと叫ぶことで興味を逸らし、争奪戦を停戦してもらったりしたのだけど。。。

まぁこんな感じで、数え上げればキリが無い個別の難しさはあったけれど、今回の託児を通じて、自分自身、育児とは何かを改めて考えさせられたことは、一つの大きな収穫だったと思う。

最後に。。。私と同様、「一度しか会ったことのないオッサン」に大事な息子さんを預けることには相当な葛藤があっただろうと思われる、妻の友人の方にも、貴重な機会をいただいたことを感謝したい。
またの機会があったら…ガンバりますっ!


まや
posted by monte bocca at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常
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