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第6回京都ものづくり講座「京都の伝統産業 京こまについて」報告 [2008年01月21日(Mon)]

1月19日開催の、第6回の京都ものづくり講座は、「京こま雀休」の中村佳之さんにお話をうかがいました。「京こま」は、京都市の伝統産業に指定されており、現在では唯一「京こま雀休」だけで作られています。

「京こま雀休」中村佳之さん

こまは、最近は遊ぶ子供が少なくなっていますが、「形が末広がりであること」、「輪が広がる」、「思いが貫かれている」、「お金が回る」など、縁起の良いものであることなどから、飾りや厄除けなどにも用いられています。

「京こま」といっても、どんなところに特徴があるのかイメージできない人が多いのではないでしょうか。多くのこまは、木や金属でつくられていますが、京こまは「絹」や「綿」などの布とで作られます。芯に細く帯状に切った布を巻いていく「巻胎(けんたい)」という手法で形作られていくのです。

この手法は、古典的なもので、奈良時代の漆器などにも、同じ手法で製作されたものがあるのです。

こまはその語源からもわかるように、高麗(“こま”と呼ばれた)、すなわち朝鮮半島から伝わったものといわれ、古くは儀式に使われるものでした。「京こま」は、安土桃山時代には既にそのルーツがあったといわれています。宮中の女性たちが、着物の端切れなどを使って、こまを作り、遊ぶものでした。使い古した後の着物を使って遊んだんでしょうね。当時の創造性は、私たちには思いもよらないものを生み出しますね。

江戸時代から栄えた京こま屋さんは、戦前までは10軒位あったそうですが、高度成長期に様々なおもちゃが開発され、今から30年ほど前に京こまは淘汰されてしまいました。でも、代々家業として受け継いできたものを復活させようと、雀休さんが職人として今から6年程前にお仕事をされるようになりました。販路も顧客もない状態からの市場開拓、たいへんなご苦労をされたようです。

今では、後継者を育成しながら、京こまづくりに取り組んでおられます。お正月はとても忙しく、全国の百貨店等を巡っておられます。こまは、いつでもできる遊びなのですが、どうしても「お正月」の歌のイメージが浸透し、季節のもののように捉えられています。もっと、他の季節にも楽しんでもらいたいものですね。

参加者のみなさんといっしょにこまを囲んで、遊びながらこれからの京こまの展開についても花が咲きました。こうして、伝統が受け継がれていくのは、何より嬉しいことです。
参加者皆でこま遊びに興じました。

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コメント
雀休さん、ものづくり塾のみなさま、楽しい講演をありがとうございました。
外はとても寒かったですが、会場は盛り上がっていましたね。
ご参加のみなさんからも勉強になるお話をうかがえてよかったです!
この日の様子は当ブログでもご紹介させていただきました。
Posted by:艶芸サロン  at 2008年01月22日(Tue) 13:28