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「健康フエア」の会場で尺八を吹く [2015年04月10日(Fri)]



4月4日、5日の2日間「健康フエア」が国際センターで開催。
河北の朝刊見開き2回をはじめ当日の朝刊にも紹介された。

こんな大々的なイベントとはつゆ知らず昨年のいつだったか
河北の営業マンから尺八の出演依頼があって気軽に了承した。
そのことは今年になるともうお得意の忘却の彼方に消えていた。

先月末に営業の彼から電話があり、あっと思い出して手帳を見
ると日時はメモされておりホッとした。それから正式の招請状
が届いた。見ると、招請者はなんと東北大学の総長の名前が筆
頭に載っている。そして同日の朝刊の見開きの紹介記事に私の
名前が芸名で出ているではないか。

楽器演奏は私だけであとは健康に関するお話がほとんどである。
タイトルを何にしますかと聞かれた時はまだ会の趣旨が呑み込
めていなかったので尺八の音色の特性と震災が頭に浮かんだの
で適当に「鎮魂と祈りの音色」と言って決まってしまった。
しかしこのタイトルだけが紙面いっぱいの健康フエアの記事の
中で浮いているように感じて仕方なかった。

講師用の駐車場に車を止め、2階の会場に上がっていく。
河北の営業マンが大勢動き回っている。主催が東北大学、河北、
東北放送の3者である。私の指定された会場は大きくドアが開
いた部屋で仕切りがいくつかあり、健康のグッズなど置かれて
お客さんが見て回るその一角にステージがあり、その前にイス
が40個ほど置かれている。すでにお客さんが座っている。
簡単なマイク調整をして本番を迎えた。

最初に尺八はいかに健康に良いかの話をした後、演奏に入った。
まず都山流尺八の代表的な本曲「岩清水」のさわりを吹いた。
場内は展示を説明したり、見る人の声が騒騒しい。集中力が途
切れ、一部間違えたりした。未熟さを痛感する。

その後、「千の風になって」「アメージンググレース」「「花は咲
く」と吹くに従って静かになった。やはり尺八は静寂を好む。

ようやく調子に乗り、桜が咲いたのでと言って春の曲を吹いた。
「早春譜」「滝廉太郎の花」「おぼろ月夜」そして最後に森山直
太朗の「さくら」を吹いた。尺八の舞台の前はびっしりイスが
埋まっていた。大きな拍手をいただいて舞台を降りた。

気持ちがこちらに向いている人と無関心な人が混在している所
での演奏の難しさを体験させられた演奏であった。
大学の入学式で尺八を吹く [2015年04月07日(Tue)]



桜が開花した次の日の4月4日、東北生活文化大学の入学式が
行われた。雲一つない真っ青な空の下、199名の入学生を前
に後援会長としての祝辞を述べた。いつも話すことは決まって
いる。115年前に創立された当時、この学校を支援してくれ
た3人のとてつもない偉人の紹介である。

まず日本初の平民総理大臣の原敬。もう一人は関東大震災の
復興院総裁として今の東京の姿を作った後藤新平。そして最
後は海軍出身の総理大臣で昭和天皇の信任が厚かった斎藤実
である。このお三方は折に触れて学校に激励に訪れている。
特に斎藤実は2・2・6事件で倒れるまでこの学校の設立者
として後援していた。水沢の記念館には学校とのつながりの
資料が展示されている。何故、偉人たちが支援したのか?

考えるに創立者の三島駒治夫妻と同じ岩手県、あるいは水沢出
身というだけではない。白河以北一山百文と蔑まれてきた東北
の貧しさからの脱却は教育であるという信念が共通していたか
らではないだろうか?しかも当初から法律学校と女子の職業学
校という地に足がついた実学であった。この伝統は今に繋がっ
ている。健康栄養学、生活美術をはじめ生活文化を学ぶ所。
そして最後に斎藤実の胸像が三島夫妻と共にこの大学の敷地に
あることを紹介する。これが私のお決まりの挨拶の骨子である。

入学式が終わると今年から引き続き、後援会の入会式がある。
ここで私が再登場して挨拶する手はずになっているが、今年は
思い切ったサプライズを打ち出した。何と挨拶の初っ端に尺八
を取り出し、お祝いに一曲吹きますと切り出した。自分でもこ
の大胆さに驚く。場内は一瞬、ざわめいた。型通りの挨拶と思
いきや何と古風な尺八とは。曲は「アメージンググレイス」。
讃美歌で神の大いなる恵みの意味である。静かに曲が流れ出す。
1番だけなので物の2分位か。マイクもあり体育館に響く。

終わると壇上の学長はじめ来賓、そして場内の生徒や父兄から
拍手が起こり鳴り止まない。「あ〜やって良かった」と安堵。
帰りに知らない先生からも「決まりきった式では感激が無い。
是非来年も」と声を掛けられる。実はこれを思い立ったのには
背景がある。それはこの学校に尺八や筝のクラブを作りたいと
思っていたからである。三島学園の同窓会や大学祭などでも演
奏する機会があり、少しは学校に三曲が浸透してきたかなと思
えたからである。しかし道はいまだ遠しである。地道に何度も
機会を捉えてやるしかない。今回を切っ掛けに道が開けるかも
知れないと春の青空に向かい、一抹の希望を抱くのである。


道楽55年目の狂想 顛末記 [2014年04月01日(Tue)]



 弥生3月も今日でお終い。今月3日に行われた小生の開軒50
周年記念尺八演奏会を皮切りに、翌日から絵画の個展まで5日間
開催。誰の目からもこの欲張った企画はまさに狂想の類としか思
われないだろう。しかし不思議なことに私はこれまで数多くやっ
た演奏会の企画の中で一番肩肘を張らないで、ごく自然体で出来
たと思っている。何故なのか?この企画を思いついたのは昨年の
11月。それまで例年の行事に追いまくられていた。

ひと段落して、ふと「来年は開軒50周年かぁ」との思いが頭の
中に浮かび、それがしだいに大きくなり、何かしなくてはと急に
気になりだした。しかし会場をとるにしても手遅れだ。
こうなればウイークデイの夜でも取れるところを捜そう。時期は
どうする?春と秋は演奏会シーズンで忙しい。夏は暑くて嫌だ。
そうだ春先がいい。11月の始め、たまたま青年文化センターに
行く機会があり、空いているところを捜してもらったところ交流
ホールが見つかった。迷わず抑えた。

それから内容をどうするか?が始まった。寝ても覚めても頭のど
こかで考えていた。結論は中央の偉い先生を呼んでの立派な会は
ヤメ、こじんまりした親しみの持てる会で三曲関係者よりも一般
の人を対象に曲の編成をした。そのためにどの曲も10分以内に
した。3月の季節に合わせ、春の曲だけにして、タイトルは春を
呼ぶ「寒山春光」とした。私の独奏は開幕曲の「寒月」。季節外れ
だが、内容は梅一輪の温かさがあるので良しとした。本曲の暗譜
は初めてだったが必死だった。私の独奏は2部の始めの「春の海」
と2曲だけ。大勢の本曲は「春霞」と「春光楽」の2曲。寒山会
の7人に護国神社献曲でご一緒する安川水山、庄子為山、田村亮
山の3氏にも参加してもらった。昔の門下生だった及川弐山君も
花巻から参加。そして今回の一番の目玉は昔の教え子である好ち
ゃん(当時小学6年生)。今や鬼太鼓座の座長として国の内外で
活躍している松田惺山氏が東京から来て「萌春」を昔のグループ
仲間の関野由美子氏と合奏。ここで、結果を話してしまう。

惺山氏は幼い頃に私と会場に来ていた百一才の母との思い出話
をした後に、「五木の子守唄」を吹き始め、いつしか「萌春」に
移っていた。神業的な音色とテクニックに会場はすっかり呑まれ、
静まり返ってしまった。インフルエンザから治ったばかりの関野
氏も引っ張られるように熱演した。終わっての拍手はしばし鳴り
止まなかった。私もこんな素晴らしい演奏は聴いたこともない。
この上ない素晴らしいプレゼントをいただいた。

古曲「摘草」と「春の曲」の合奏は亡き愛妻の仲間である氏家香
園門下の浅沼香由氏ほか3人にお願いした。合奏の最初は宮城会
の若手、橘寿好、氏家紘子の両氏と竹は愚息寒月と諏訪寒嶺君で
「新暁」。彼女らは島崎藤村の詩を美しくも力強く歌い上げた。

そして最後の締めは台原老人センターの門下生25名が参加して
総勢35名の尺八大合奏。「早春賦」「おぼろ月夜」「荒城の月」の
3曲を演奏。会場の皆さんも尺八に合わせて合唱した。私は生まれ
て初めて指揮をとった。くそ度胸で、なりふり構わず腕を振った。

演奏が終わり、花束贈呈の時に思わぬハプニングが起こった。
私が花束をもらった後に、松田氏が白鳥会から花束をもらう手は
ずだった。出てきたおばさんは何も持たずに舞台中央に進み出て
くるではないか。私ははっと気がついた。こちらで花束を用意す
ると勘違いしているのだ。私は先にいただいたものを彼女に手渡
した。場内はどっと笑いに包まれたが、彼女は一向に平気で、
にこやかに笑みを浮かべながら松田氏に花束を手渡した。
彼も手馴れたもので笑いながらそれを高々と上げて見せた。
さすがエンターテナーと感心。場内は和やかな雰囲気に包まれた。

挨拶に立った私はその最後に一番前に座っている母を紹介した。
私の尺八を下手だった時からずーっと聴き続け、また絵の厳しい
批評家でもある母に感謝の言葉を述べ、母の手を握った。母は
弟のトクと優に両側から抱きかかえられるようにして、恥ずかし
そうに立ち上がり、腰をかがめて「ご苦労さま」といった。
骨細ながら温かい掌の感触が残った。

最後に「ふるさと」をみんなで合唱しながら、もうこれで充分だ
という気持であった。250席を用意したがほとんど埋まった。
目的である「低肺」の寄金は18万1千円となった。深く感謝。

今回の集客の原因の一つは地元紙の河北新報夕刊社会面のトップ
に写真入りで大きく載せていただいたこと。3日前まで載らない
ので諦めていただけに嬉しかった。問合せがあった。来られなか
った人でも会うと「新聞見ましたよ」と声をかけてくれる。記事
となると6万部のチラシを戸別配達したより効果があるわけだ。

も一の助人は老人センターの尺八出演者である。平均年齢73才。
そのマンパワーぶりは頼りになった。会場の椅子や衝立の準備、
照明、音響、受付の係など引き受けてくれた。

忘れてはならないのが宮城県芸術協会の先生方のご助力である。
早坂貞彦理事長に挨拶を依頼したのが1週間前位。身に余るお
言葉まで頂戴し、恐縮至極。また書家の中塚仁氏にはプログラム
の題字やめくりまで書いてもらった。華道の本内一磯氏には啓翁
桜を主にした豪華な生け花を舞台の袖に飾っていただいた。
写真の佐々木一光氏には舞台やチラシの写真でお世話になった。

絵の最後の日に思いつきで抹茶の接待をしたいとの思いを話した
ところ、快く引き受けてくれたのが日本茶道学界の高橋威仙氏と
門下の山田、渡辺の両氏。茶室に入った40人位の人はとても喜
んでくれた。

絵の個展も10年足らずの未熟者なのに、恐れ多くも名だたる
洋画の先生方を始め150名超の方に来ていただいた。
遠くは神奈川の茅ヶ崎から来られた先輩がいた。この山田恭哉氏
は大学の尺八の先輩であり、絵をやっている奥さんも別の日に見
に来ていただいた。ありがたいことである。個展のおかげで沢山
の人と絵のお話が出来た。これも嬉しかった。そして30点の私
の絵を見た感想をいただいて、自分の絵の個性に気付かされた。

これからはこのことを参考にしたい。「よく描く暇があるね。いつ
描くのですか?」と聞かれる。私は何故尺八と両立するのかなど
考えたこともないが、自分では描き出すと夢中になる。完成する
まで止められない。そして母に見せるのが楽しみなのである。
母は時にあれこれ注文を出すことがある。しゃくだが的を得て
いる。直すと「良くなったね。よく描くね。」と労ってもらう。
これが励みになる。絵の展示と撤去も大変な労力が要る。息子
や嫁や孫そして尺八のお弟子さんまで手伝ってもらった。
受付も5日間のやり繰りが大変だった。白鳥会の人たちや友人
の富谷君とその奥さんにも助けられた。普段のお付き合いが
いかに大事か思い知らされた総力戦であった。

息もつかせぬこの4ヶ月間は一つの目的にまい進した。この日
々は黄昏の年代になっては本当に得がたい貴重な日々であった。
恐れていたいつもの風邪をも寄せつけない緊張の日々であった。

終わってみると、不思議にそれほどの疲れも覚えない。この前
TVで「脳は歳に関係なく、使えば使うほど進化する」と云って
いた。その後の仕事も開放感の中で、前より順調にしている感じ。
若い時の受験から開放された日を思い出す。今はなにをやっても
面白く、のびやかな気分である。本当に「ごちそうさん」。
関西から「チャリティ三曲演奏会」への招待 [2013年06月27日(Thu)]



平成25年3月10日(日)大阪市西区の玉水記念館大ホールで
第3回「とどけ和の響き」と題し、東日本大震災復興支援の邦楽
チャリティーコンサートが開かれた。この会は震災地に邦楽の力
で何かできることはないかとの思いで集った発起人46名の呼び
かけに応じた三曲演奏家による演奏会。すでに2回実施された。

毎回200万円を超す義捐金をおくっている。今回は3回目。
スタッフも学生や楽器店のボランティア。出来るだけ多くの義捐
金との思いから、開催の費用全額を発起人が均等負担し、出演料
5千円と入場券500円の売り上げ全額を義捐金に充てている。

最初の開催は震災2ヶ月後という速さ。阪神の経験から10年は
続けるという腰をすえた支援活動。昨年、発起人の代表5名が実
際に被災地に足を運び、現地を視察。その際に仙台三曲協会の田
口会長と面談。今回の宮城県の高校筝曲部を招待するという話に
つながった。招待に応じた高校生は佐沼高校2名と白石高校4名。
計6名と指導者4名。

演奏曲は佐沼高校が「千鳥の曲」、白石高校が「みずほのうた第
2番」。全30曲の11番目に登場。その感想を読むと改めて阪
神・淡路大地震の苦しみを味わったからこそできる温情とそれを
受け止めた女学生の真摯な感動も伝わってくる。ご紹介します。

大阪の会に出演して 佐沼高校1年生 Kさん
今年の3月11日、各地での黙祷や追悼式をニュースで見ました。
被災地代表の方の言葉を聞き、今回ご招待いただいたチャリテイ
コンサートで宮城県の被災地代表として出演することの責任の重
さを痛感しました。このような素晴らしい舞台に立たせていただ
き、佐沼高校筝曲部員としてとても誇りに思います。

伊丹空港からホテル、夕食会場までの道案内からお土産まで用意
していただき感謝の気持ちでいっぱいです。普段はお会いする機
会のないような一流の先生方との出会いもとても嬉しかったです。
帰りの飛行機には熱々のたこ焼きまで用意していただき、最初か
ら最後までの温かい心配りは忘れられません。演奏直後に「とて
も良い演奏だったよ。だから間違えた所など気にしないで」と言
っていただきました。その言葉が今でも強く印象に残っています。
大阪の経験を生かし、改めてまた日々の積み重ねを大切にしてい
きます。

きっと彼女の一生忘れられない演奏旅行になったことでしょう。
人との絆の大切さを教えられたお話でした。
「第一回こどものための邦楽コンサート」 [2013年06月15日(Sat)]


3月30日(土)の朝、会場に集ってきた子供たちは皆、
笑声が無く緊張の面持ち。準備が整い、リハーサルが始
まる。6才の女の子が着物姿で舞台に座ると急に場が和
やかになる。順次13曲を終わり全員の集合写真を撮る。
ピッと背筋を伸ばし、正面を見据えた顔からはいよいよ
始まるという緊張と不安が伝わってくる。ここに勢揃い
した35名の子供たちは6才の幼児から高校2年生まで
の筝や三絃を習っている子供達。仙台三曲協会会員の先
生方10名の社中と高筝連の白石高校の生徒達である。
内訳は幼児1名、小学生16名、中学生10名、高校生
8名。学校数は23校に及ぶ。初回にしては予想を上回
る参加人数となり、まずは主催関係者をホッとさせた。

個性溢れる多彩な演奏
開幕の午後1時半。呑山佳子アナの開幕の挨拶に次いで
登場したのは5人による「絵日傘に寄せて」。可愛らしく
仕上がった。幕が無いので舞台の出入りや楽器の準備が
すべて観客から見えるので、飽きさせない。この会場は
宮城野区文化センター大ホール「パトナホール」。
パートナーの略である。昨年10月に落成したばかり。

天井は高く音響設備も抜群でマイクは不要。会場は3百
人位でほぼ満席。この日は子供の親や親戚位が来る程度
と思っていたところ何とチラシの効果か、半分位埋まる
盛況ぶり。2番目は本日最年少出演者の奥山渓花ちゃん
6才。「三段の調」を物怖じしないで堂々と演奏する。
会場は笑顔の大拍手。次いでお兄ちゃんの奥山矩誉君
(小3)は「春の光」を弾く。次の笠原雅君(小4)は
椅子に座って三絃演奏。「荒城の月中国地方の子守唄」。
長い棹に巻きつくように身体を曲げて椅子から落ちんば
かりの熱演にハラハラ。終わると安堵の温かい拍手が
送られた。5番目の「ひぐらし」の小倉由也君(小5)
は武道で修練した姿勢の良さが光る。演奏に加え歌まで
立派に歌ったのには感心。後日、河北新報朝刊の紙面に
写真が掲載された。姉妹での合奏が二つあった。
「小さな影」は赤間梨花・早貴姉妹。「きぬた」は千葉美
緒・七瀬の姉妹。いずれも息のあった演奏。山田流の参加
は前述の「ひぐらし」と本手替手の本格合奏をした「三段
の調」。これを安海七那・也子姉妹と岡崎柾汰君の3名が
演奏。今回多かったのは学校で教えていた子供たちの演奏。
越後谷恵美氏指導の原町小学校の4名による「四季の日々
より〜春の日」。菊池文恵氏指導の幸町中学校三名による
「子供の為のメドレーサザエさん 鉄腕アトム」また田村
雅楽徽氏指導の生徒による「水面」そして高筝連の白石高
校2年生4名による「みずほのうた第二番」また佐藤佳世
子氏が指導した佐沼中・佐沼高校生を中心とした「千鳥の
曲」。いずれもまとまりのある良い演奏を聴かしてくれた。
白石高校と佐沼高校は3月10日に大阪に招かれて演奏し
てきただけあって落ち着きがあった。特に最終曲の「千鳥
の曲」は本格的な古曲で、筝だけでなく菊地真亜子さん
(高1)の歌は会を締めくくるにふさわしかった。

若い芽をさらに大きく
この会の準備に企画委員会は何度か会合を重ねたが、一番
重要な点は子供たちが楽しくまた出たいと思う会にしたい
ということ。そのためには自分の演奏だけでなく他人の演
奏もリハから聴くことに心掛けた。自分の演奏が終わると
子供たちは会場で聴いていたが、緊張から開放され、生き
生きとした無邪気な子供に戻っていた。子供らを演奏会に
向けて長い間ご指導いただいた先生方、本当にご苦労様で
したと言いたい。しかし、この活動は緒に就いたばかり。
長く継続しなければ効果はない。少子化・多様化による伝
統音楽の衰退を食い止めるには今、三曲をやっている若い
芽を宝物のように我々三曲関係者が大切に育てていかなけ
ればならない。今回の開催に自信を持ち、至らぬところを
反省しもっと裾野を広げ、若い芽を育てる土壌・土俵にし
たいもの。

このコンサートを聴いた校長先生の感想
このコンサートに来られた原町小学校の遠藤和彦校長が
学校だより「柿の木」に感想を書かれておりました。
ご紹介します。
「残心」という言葉が頭をよぎったのは、三月末に行われ
た「こどものための邦楽コンサート」で筝を演奏する子供
たちの所作を見たときです。左の指で絃を大きく弾き、そ
れによって生み出された音が消えるまで左手は挙げたまま
なのです。絃を弾くという行為に心を途切らせることなく、
音とともに所作にも余韻を残そうという姿勢をとても美し
く感じました。〜途中略〜  

子供たちの動作は「残心」という認識はなくとも、絃を弾
き終えたときの一つの所作として身に付けられてきたので
しょう。筝という習い事を通じて、子供たちが「美しい所
作」を積み重ねていることに素晴らしさを感じました。
それとともに、指導なされている方々への感謝の思いを強
くしました。   校長室から

わざわざ会場に聞きに来られ、貴重な感想と共に会を紹介
していただいたことに深く感謝申し上げたい。
「源氏物語」を多角的に演出、好評 [2013年03月11日(Mon)]

筝曲の調にのせて「源氏物語の世界U」が2月16日
(土)、仙台の三越141ビル6Fホールで開催。

生田流筝曲家の橘寿好さんが中心になって企画され、
昨年に次いで2回目。世界最古の長編小説「源氏物語」。
解説をしてくれるのはご主人で高校教諭である佐々木隆
氏。歯切れ良く、実に分かりやすく、うる覚えの内容が
お陰でスッキリと整理された。

最初の演奏は「磯千鳥」。筝は橘成子、三絃は橘寿好、
尺八は郷内伶斉の各氏。この演奏に合わせて日本舞踊が
披露された。大柄な女人の艶やかな舞。何とこれが若い
男性、川門恵(かわじょうけい)さん。楽屋の支度部屋
で弁当を食べていると、ジーパンを履いた若い男が大き
な化粧箱を開け、隣りで首周りに白粉をパタパタとやり
だした。粉を避けて弁当を徐々に遠ざけ背を向ける格好。
食べ終えて彼を見ると入念に化粧がほどこされ、美しい
女人が誕生。思わず見とれてしまう。同じ楽屋に一緒に
居ていいのかと違和感を感じるくらいだ。彼女の舞は彼
の創作。好評を博した。

2曲目は山田検校作曲「初音の曲」で光源氏の大邸宅の
春の様子が歌われている。筝の演奏は山田流の若松聡子、
斉藤瑞香能のお二人。東京の先生についているだけあっ
て確りとした歌と演奏を披露。これに合わせて近江桂朝
一派による生け花が披露された。絢爛豪華なお花を脇に
終曲は私の尺八と越後谷恵美氏の三絃、菊池文恵氏の筝
で「新浮船」。何度か下合わせしたが、なかなかピッタリ
こない難曲。リハーサルでもあまりの速さに空中分解の
危険を感じた。「落ち着いていきましょう」とお互いに確
認し合った。本番は大過なく終えることが出来、安堵。

打ち上げは橘さんの三絃のお弟子さんである及川二郎氏
の「鶴屋」に集る。こじんまりとした江戸情緒がある
お店でとにかく酒と料理が旨い。親爺が気に入った酒し
か置かない。粕取り焼酎まで吟味している。下戸に近い
私もついつい勧められるままにあれこれ試し呑みして
すっかりと酔ってしまった。が、良い酒は後に残らない。
翌日の三曲協会の研修の司会は支障無しをご報告します。
学校授業で「仕事とは何か」分かる? [2013年02月18日(Mon)]


原町小学校は筝の越後谷恵美先生のご近所でいわば
彼女の縄張り。筝の体験などをこの学校でよく実施。
今回、仙台三曲協会派遣で彼女とご一緒することに。

1月15日は雪が積もっており、学校の駐車場は一杯。
空いている所に苦労して入れていると、隣にスーッ
と手馴れた感じで入車してきた。目が合い軽く会釈。
この人が校長室に挨拶に行って、校長先生と分かる。

昔の下町風情が残る原町本通り傍にある学校だから
さぞ古めかしい校舎だろうと勝手に予測していたが
見事に外れ、建て直して間もない新校舎。床が木造
で、磨いたように光って、トイレまで続いている。
余裕がある空間もあって、合理的に設計されている。

今日は6年生3クラス96名が対象。陽の当る部屋
で、生徒達が横に広がり私達2人を囲むように座る。
楽譜の下にはこども達の好奇に満ちた目が見上げる。
吹いた息が顔にかかるのではないかと思うくらいだ。

曲は筝の「さくら変奏曲」三絃で「ゆき」、尺八で
「寒月」の一部と「アメージング」それにNHK震災
復興ソング「花は咲く」そして終曲は「春の海」。
初めて聴く生の尺八と筝の演奏にこども達は大喜び。

その感動はいつまでも鳴り止まない大きな拍手に表現
されているが、ここでは違うところで感じた。
授業が終わってから廊下や玄関ですれ違った時にも
笑顔で挨拶をしてくれるのである。普通のお客さんに
会った時に交わす挨拶とは明らかに違うのである。

こちらに伝わってくる温かい感謝の気持ちは本当に
「やって良かったなあ」と満足感に浸れる一瞬である。
大仕事をした人が「何のためにやるのか」と聞かれると
「人に喜ばれることが一番です」と言うのをよく聞く。
そのことが少し分かりかけてきた感じがする。歳か。
 
子供パワー爆発 日本伝統文化フェア [2013年02月15日(Fri)]


2月9日(土)孫3人と娘、嫁の6人で旭ヶ丘に行く。
内孫の里ちゃんがお琴に出演するとのことで皆楽しみ。

館内のレストランは満員だったが、何とか座れて注文。
1年生2人はたいして食べないと見て女性2人は遠慮。
ところが何と大人分の定食をほとんど完食してしまう。
気の毒に食事を追加する時間が無く、会場へと向かう。

舞台が始まるまで時間があり、会場の青年文化センタ
ーの交流ホールには意外に人が少ない。会場の周囲は
お花やお茶や囲碁コーナーまである。まずお茶を飲む。
無論孫たちは初めての体験。男の子がお手前を披露。
着物を着た小さな女の子が菓子やお茶を運んでくれる。
200円でお抹茶を頂き、お茶をたてる体験まで出来る。

囲碁のコーナーでは何と女の子が手ほどきをしている。
人差し指と中指で碁石を挟んで石を置く仕草が綺麗だ。
6年生のナオと1年生のタイが教えてもらった上に、
碁石と碁盤マットのセットまでいただいて来た。
何と気前が良いことだと感心。しかし効果はてきめん。

帰宅後、タイは相手をつかまえては碁の対戦に夢中だ。
おかげで宮澤家は時ならぬ囲碁ブームが巻き起こった。
どうやら夢中だったゲームより面白くなったらしい。
しかし1年のタイの悩みは4年生の姉や6年の兄が少し
覚えてくるともう勝てなくなるのだ。次の標的はママや
パパになる。その先は百才のばあばまで行き着きそうだ。

会場に話は戻る。いよいよリッちゃんの出番だ。せり出
した舞台一杯にこども達が筝の前に並んだ姿は壮観だ。
「チューリップ」と「うれしいひな祭」を演奏する。
とても華やかに開幕を飾り、大きな拍手が送られた。

目を引いたのは大勢の女の子が浴衣姿で出演してきた。
その浴衣はすべて自分達が手縫いしたもの。さらに驚い
たことに、「花は咲く」の曲に合わせ、踊りながら帯
を締める。優雅に流れるような一連の動作は実に見事。
小学4年から6年生の子供達の息の合った演出は最高。

津軽三味線に合わせた女子中学生の書道の演舞はTVで
見た「書道ガールズ甲子園」を彷彿とさせる。「東北魂」
と大書した熱演に拍手。予め、墨が飛ぶのを防ぐために
前のお客さん達に配られた新聞紙は幸いにも用無し。

子供たち中心の出し物の中に地唄舞「ゆき」があった。
良く合奏でご一緒する越後谷恵美さんの三絃と歌は落ち
着いた感じが出ていて良かったが踊りはいけなかった。
舞台上を下駄で歩く度にガタガタと大きな音を立てる。
これではシンとした雪の景色が台無しである。下駄で
強行した神経は理解不能で残念。踊りもいけなかった。

最後の「茶音頭」はお茶のお手前と生け花のコラボで
とても豪華な雰囲気を醸しだし、最後を飾ってくれた。
ただ期待した尺八が今一つ音量足らずであったのは残念。

文化庁の助成で市の文化財課が手足となって日本の文化
を活性化し、振興を図ることは大いに結構なこと。
今後、市民に広くこの事業をPRしていって欲しい。

榴岡小で熱い「和」を感じる [2013年02月02日(Sat)]


寒さがゆるみ日射しのまぶしく感じる1月31日、
榴岡小学校に到着。校庭で何やら大きな工事があり
敷地を一回りして駐車する。地盤が低く、水はけを
良くするための大きな水槽を掘っているらしい。

今日は5年生85名と6年生82名に分けて2回の
鑑賞会。糸方の越後谷恵美さんと待ち受けていると
椅子を抱えた子供達が部屋に入ってきた。他所では
子供らは冬でも床に直に体育座りをして聴いていた。
確かに椅子の方が楽であるが、見づらいかなと心配。

演奏曲は初めに筝の独奏で藤井凡大編曲「さくら変
奏曲」。そして筝の説明。次に三絃と歌で「ゆき」を
前半だけ演奏。初に歌詞を黒板に書いて置いて説明。
「花も雪も払えば清き袂かな ほんに昔の昔のこと
よ 我が待つ人は我を待ちけん」この後の雪の降る
描写を弾いて終わる。なかなか上手い所で終わった。
この後は延々と女の繰言が続くが、小学生では無理。

次に尺八が登場。世界一単純な楽器で穴が5つしか
ないが、33音階を指や首を調節して吹いて見せると
みんな「へえ〜」といった顔をする。本曲の「寒月」
のさわりと「アメージンググレース」そして「花は
咲く」を吹く終える。最後は尺八と筝の2部合奏で
お馴染の「春の海」。大きな拍手が鳴り止まない。
鳴り止むのを待つ間が何か気恥ずかし思いである。

体験は時間がなく、少し楽器に触るくらいで終わる。
生徒達が引き揚げた後に一人の女生徒が戻ってきて、
私に名刺を差し出したので驚く。見ると小畑あすか
とあり、「元気にし隊」のマネージャーとある。戸惑
っていると、先生が東京に行って雀踊りなどをやり、
会社の社長さんに褒められ名刺の交換をしたとの事。
私も慌てて名刺を差し出した。手書きの名刺には
「よろしくお願いいたします」としっかり書いている。
逆にあすかちゃんに大きな元気をもらった感じがした。

校長室に挨拶に行くと、お好み焼きが用意されていた。
何でも社会学級で広島の人がいて指導しているという。
かって居た大阪の「ぼてじゅう」を思い出した。久能
校長は生徒の名前をよく知っていると感心。聞くと6
年間いたので、今の6年生の入学から今度、一緒に卒
業するとのこと。感慨も一入のことと推察する。

指導者を得、県内の小学校で初めて「なぎなた部」創設。
全国3位の実績を持つ。自分の名前は和夫。さらに校長
室には「和をもって尊し」の額を掲げ、和を盛んにしたい
と言う。担当の先生も偶然に十和子。好奇心旺盛な先生。
和楽器をやる身にとって、大きな期待を持たせてくれた。


枡江小で思わぬ洋楽とのコラボ [2013年01月30日(Wed)]


昨年12月14日、枡江小学校6年生40名とその父兄
20名への三曲鑑賞会が開かれた。PTAの主導で開催。
協会派遣講師は筝の小林幸子、氏家桂子の両先生と私。

曲は合奏もの「六段」「春の海」「かすみ草の詩」「いつ
も何度でも」そして尺八の「アメージンググレース」。
最後に「ふるさと」を合奏する段になってサプライズ。

男先生が何とエレキギターを準備すると、女の先生が
クラリネットを持ち出してきたのである。そして一緒
に合奏しようという。ギターとは聞いていたがまさか
エレキとは。またクラリネットまでは入るとは想定外。
生徒は大喜び。まあ音が合えばいいかと開き直る。

こんな組合せは無論、世界初かもしれない。始まると
エレキは音を絞っているので苦にならない。昔やった
というクラリネットもメロデイがうまく合っている。

そのうちに生徒たちも乗ってきて、お母さんたちと一緒
に歌い出した。終わると「アンコール」の声が湧き起こ
り、「ふるさと」はさらに音量が上がって、歌い終わる。
いや〜こんなに父兄共々盛り上がりを見せたのは初めて。

ただ残念だったのは尺八の体験がインフルエンザやノロ
ウイルスの予防のため中止になったこと。代わりに尺八
のお話や私の尺八を触らせる程度しか出来なかった。

いつも思うことだが学校はそれぞれ個性があって面白い。
それは先生、父兄、生徒の3つの要素が生み出すのか。
また、想定外の出来事への遭遇。「わくわく感」が良い。
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