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母と故郷の山に抱かれ眠る [2010年05月20日(Thu)]




96才の母は大腸がんを切り取ってから元気になった。
食も良く、顔色も良く、体重も増えた。
今は週に4回デイサービスに通っている。
盛岡の弟の誘いもあり、5月の連休に思い切って
岩手の桜を見に行こうと母に話したら即「行く」という。
なにせ若い時代、20年以上住んでいたところだ。
最初、私の車でゆっくりと行くつもりだったが、
周りから長い時間は無理と反対される。
かえって新幹線が良いと勧められる。
車椅子の人を優先的に乗せるシステムがあると聞く。
早速、問い合わせて切符を手に入れた。

当日はスッキリとした青空が広がる良い天気。
仙台駅の事務所に行くと、駅員の人が
TVのある持合室まで案内してくれた。
時間が来ると、駅員が車椅子を押してくれ、
別ルートのエレベーターでホームまで案内。
指定の10号車の中まで入れてくれる。
母は新幹線に乗るのは珍しく、車窓に流れる
若緑の風景にジッと見入っていた。
驚いたことには盛岡駅に小1時間で着くと、
駅員が出迎えてくれ、段差を防ぐ板を渡して、
車椅子を押し、下のタクシー乗り場まで送ってくれた。
帰りもUターンで混む中、同じようにしてくれた。
昔の国鉄時代を知っている身にとっては、
まるで狐にだまされているような感じだった。
本当に手を合わせたいほど、JRの対応に感謝したい。

さて感謝に始まった旅は、弟の車で思い出の街角や
石割桜や不来方城の桜を見て、岩山展望台に登り昼食。
そこから岩手山の北麓にあるプータロー村に向かう。
1時間ほど車に揺られ到着。車から降りると、
目の前に岩手山が迫ってくる。
盛岡から見ると優雅なスロープで女性的だが、反対側は
ごつごつした岩肌をさらし、まったく別の山の印象だ。

プータローとはフィンランド語で「木の家」。
広大な裾野にハウスが沢山立ち並ぶ村だ。
この一軒に泊まる。弟の娘たちや孫も来ていて、賑やか。
温泉につかり気分が高揚、真っ直ぐな道をどんどん歩いた。
ついに突き当たり、またUターンし1時間ほど歩く。
どの家からも焼肉の匂いがする。
外にかまどがあり、バーベキューの道具を貸してくれる。
到着時は薄暗くなり心配をかけてしまった。
腹が満ちた頃は大分寒くなってきた。
中に入り、デザートを食べ、尺八を吹く。
皆も吹いて見る。弟が良い音を出すので歓声が上がる。
昔、私の尺八をいじっていたのでそのせいだと言う。
自転車や泳ぎと一緒で忘れないものだと感心する。
今夜は故郷の山、17才まで眺め育った岩手山の懐に
抱かれて眠ると思うと妙に興奮すら覚える。
翌朝、岩手山をスケッチ。まだ寒い。
朝食後、安比高原に寄る。
雪解け水が道路を川のように流れていた。
しばらく子供らと雪投げで遊ぶ。

さらに1時間ほど奥に走った「七時雨山」で昼食。
ここは岩手山より高い山だったが、ある時、大規模な地磐
沈下のため外輪山だけが残り、真ん中は大平原になった。
ここがまことにもって、のど〜か。
ここに寝転ぶと、まるで天国に安らいでいるようだ。
秋には一日で7回時雨れるのでこの名がついたという。
草原の真ん中に木造の野外ステージがあった。
夏には有名なミュージシャンが音楽会を開くという。

今回は母の回復を確認し、JRに感謝し、
盛岡の弟や一緒に行ってくれた義妹を始め
周りの支えに感謝する旅でした。
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