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国連防災世界会議 シンポでの雑感 [2015年03月18日(Wed)]


先日3月14日から始まった防災世界会議。名前のごとく世界中の
要人がこの仙台に集まった。天皇陛下も被災地をご視察になられた。

15日(日)に市民会館大ホールでの報道シンポジウムを覗いた。
一力雅彦河北社長の開会の挨拶が始まっていた。事例発表として、
毎日放送、高知新聞、名古屋TV、FM仙台、そして河北の5名が
震災時の報道体験を話す。次に河北の武田真一論説副委員長の司会、
田中淳東大教授のコメンテーターで討議に移る。傍観者的な立場で
聞いていたが、話に説得力と迫力を感じ、つい身を乗り出して聞き
いってしまう。各人に共通しているのはある種の罪悪感である。
「一体、自分たちの仕事は人の命を救うことに役立っていたのか。」

大震災前に津波災害について報道していたにもかかわらず2万人近
い犠牲者が出た。どう伝えればいいのか?いろんな案が出されたが
どれも決定的な決め手は無い。アンケートでも75%が役に立って
いないという。しかし20数%は役立った。4人に1人が役立った
という。これは考えようによってはすごいこと。実際、河北のお陰
で命拾いしたという人がいた。避難所に東部道路を使ったおかげ。
そうしたことに力をもらい、最善と思うことを積みかねるしかない。

しかし私は何か釈然としないものが残った。人間は必ず忘れる。
どんなに先人が書物に詳細に書き残し、記念碑を建てても、時間が
経てば悲惨なことは忘れ去られる。100年経て、震災の現実を語
り継げる人はいるだろうか?報道を継続しても風化を止められない。

だったらどうするか?現在、取れるだけの手当てをして後は自然に
任せる。忘却は人間が生きていくための知恵なのではないだろうか。
悲惨な出来事は自然に薄れさせ、前向きに生きることを心掛けたい。
何百年に一度の震災におびえてびくびく人生を送るより、人生を精
一杯謳歌して生きる方がよっぽど充実してはいないか。

海の見えない防潮堤を延々と築くなど自然に対する傲慢ではないか。
海に生きる漁師はどう思うのか?白砂青松に目隠しとはいかがか?
津波は先人の言う通り、単純に「てんでこ」に逃げることでいかが?

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