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熱気と汗のほとばしり「鬼太鼓座」45周年 [2014年07月31日(Thu)]



低く唸るような音が続き、やがて雷鳴のような大きな波動が腹に響く。
太鼓座の元祖、鬼太鼓座45周年記念公演「畦道回帰」に立ち会った。

「何故畦道か?」団員が田植えから収穫まで体験し、この集団の創始
者である田耕氏の思想に立ち返り、原初のエネルギーを奮い起こそう
としているのだ。会場の紀尾井ホールの正面いっぱいにこのタイトル
が荒々しく太く墨で書かれている。その前に櫓が組まれ大小の太鼓が
所狭しと並んでいる。そこにねじりハジマキの着物姿の女性や褌姿の
若い男性が乱舞しながら、力一杯太鼓を叩き続ける。

7月の半ば梅雨の時期なのに真夏並みの暑さが続く。わざわざ仙台か
ら出かけるのも躊躇されたが、折角、招待券を送ってくれた座長の松
田惺山氏の活躍を久しぶりに見たい気持ちが勝り、新幹線に乗った。

彼は劇団をまとめ、経営やスケジュール調整、そして尺八や笛の演奏
をしながら舞台進行も務めるまさにスーパープレーヤーである。
「男子三日見ざれば括目して待つべし」というが、彼は無論の事、変
わった。私が尺八を教えていた子供の頃の幼い面影は姿を消し、若い
団員と一緒に世界を駆けた体には贅肉の一かけらも残っていなかった。
50才も半ばの頭髪は白を消すためか濃い茶に染めていたが、日に焼
けた顔は精悍そのものに変貌していた。しかしながら生来の優しさは
隠しようがなく、集団の雰囲気を和やかにしており、観客にも家族的
な雰囲気が十分に伝わってくるのだった。

太鼓の芸は素晴らしく鍛えられ、強弱多様に変化し、聴衆を魅了した。
驚いたのはけん玉である。尺八の音色が追い付かないくらい早く操り
しかも次第に大きなけん玉になり、終いには抱えるくらいの玉を見事
に差し込み場内を沸かせた。けん玉の世界選手権に出ても良い位だ。
太鼓の傍らけん玉までこなすのは大変な修練。まさに芸人である。
最後はチンドン屋に扮し、場内を回り出口で皆を見送るという趣向。
彼は「上を向いて歩こう」を吹いていたが、私を見ると驚いたらしく
吹くのを止めて駆け寄り、笑顔で握手してくれた。余熱を抱きながら
夜の帳の降りた上智大前の並木道を足取りも軽く帰途に就いた。


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