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炎暑に石の記憶を聞く   宮城県芸術協会海外研修 アンコールワットの旅 [2013年12月08日(Sun)]



出発の11月25日、空港で見送りに見えた早坂理事長は
「大いに遊びなさい。芸の肥やしになりますから」と挨拶。
一行13名を乗せたアシアナ機は仁川に寄り、3時間待ち。
目的地のシェムリアップまで9時間20分かかる。ホテルで
足を伸ばして熟睡。今回の旅の特徴は3日間、同じホテル。
荷物の詰め替え無しで超余裕。
翌朝、夏服に脱皮。半ズボン姿で表に出る。南国の空の下
は気温30度近くで蒸暑い。まずはアンコールトムに出発。
12C後半の城街で巾220mの堀が1.5km四方に巡らさ
れている。石の建造物は傷みが激しい。
当時の王は仏教に帰依していたため、後にヒンズー教によ
って破壊された。
午後からは近くのアンコールワットを見学。12C初め、
ヒンズー教の寺として建造。見上げる高さは65m。
町の建造物は皆これより低くする規則いなっている。
下から見上げる塔は迫力満点だ。50度超の勾配は手摺が
あるとはいえ、かなりキツイ。汗が目に入る。下を見ない
ようにして一段ずつよじ登る。
重いカメラを持った先輩は「イヤー来てえがったな」と
満足気にシャッターを切る。
ホテルで一眠りして夕日鑑賞に出る。プレループは小ぶり
の寺院ながら、大きな石段だ。この上も観光客が多いが、
赤い夕日は憎いほど二人のシルエットを浮き上がらせる。
ロマンな気分で夕食時に伝統舞踏の「アップサラダンス」
を鑑賞。民族衣装に身を包み、指先をしなやかに曲げて踊る。
ラマヤナー影絵と共に10年前に世界遺産に登録された。
3日目、早朝5時に出発。アンコールワットから昇る朝
日を見るために暗い道を懐中電灯で足元を照らして進む。
すでに観光客は蓮のある池の周りにびっしりとたむろして
いる。日の出前からしだいに明るくなり始め、アンコール
の遺跡のベールを明けていく。
朝食後、東洋のモナリザと呼ばれる石彫が有名なバンデ
アイスレイを見る。ここの彫刻はすべて女性の手による。
細かい細工が特徴。これも世界遺産。
午後からプロームというおじいさんが守り通したという
古代寺院タ・プロームへ出発。
巨木の根に崩され傾きながらもしっかりと支えられており、
微妙なバランスの上にある。まさに木との共生の世界遺産。
翌日のベン・メアリ遺跡は昔の王の墓所。黒檀の花の意。
黒檀の名所であったが高価なので伐採され、現在は入口に
ある一本だけになった。この遺跡は見事なまでに朽ち果て、
苔むした石が山になり、まさに石の墓場の様相。
王様の石棺も壊れたまま表に無造作に放り出されていた。
この破壊は木だけでなく33年前にポルポトが金のために石
彫を無残に剥がし捨てたため。
シェムリアップは世界遺産の宝庫であり、これを歴史的
に系統的に展示・説明してくれたのがアンコール博物館。
実に明るく綺麗な建物の中に1〜8世紀に栄えたクメール
文化が展示されていた。国外に散逸した国宝の多くが
無傷で戻されていた。残るは仏とタイからの返還だけ。
汗を拭き拭き石ばかり見てきて、さすがに食傷気味。
今度は水を見ようとトンレイサップ湖に出かけた。
雨季の終わりで、今は湖が琵琶湖の10倍という東南アジア
で最大の湖。船に乗り、水上に浮かぶ家並みを見学。
警察や学校、教会もあり、ここだけで2千人が浮草生活。
想像を超えた生活を垣間見ることが出来た。
傾いた石や細い木で支えられた家などは地震や台風が無
いからだと現地ガイドの説明。
ここの生活は戦後の日本を彷彿とさせる。物売りの子供達、
3人を乗せたバイクや二人乗りの車をバイクで引っ張る
バイクタクシーの氾濫など。少し外れると、バナナ、やし
の木、原始稲作そしてジャングル。ハンモックでの昼寝姿
など自然との共生。
今回も山盛りの楽しい研修と交流をすることが出来た。
佐々木光一団長始め、ご同行の皆さんに感謝である。
宮城県の気温は帰国の日、零下を記録。30度近い温度差。
暖房部屋で河北の夕刊を見て目が釘付けになった。
大石芳野氏の「レンズが捉えた現場」の連載の最初にポト
派による惨劇を生々しく掲載。
人間の業の虚しさを石の記憶と共に深く思い知らされた。
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