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母の百寿と理髪店M3の開店 [2013年06月14日(Fri)]



母は今年12月20日に満100歳を迎える。
お祝いは早めにまた子供の春休みに合わせて4月1日(月)。
秋保温泉「きよ水」に兄弟5人と孫やひ孫の25名が集結。
こんなに大勢が集ったのは久しい。残念だったのは現役の
勤め人は新年度で欠席せざるを得なかったこと。

主役のマサ子さんはいたって元気。孫の琴江が作った金紙
の帽子とチャンチャコを身に付けて記念写真におさまった。
写真には男と女の肖像画の額が2つ並べられた。最近描い
た母の絵に合わせて、50年前に他界した父の顔を描いた。
若いときの写真を元に母と釣り合いが取れるように描くの
に苦労した。どうしても57才で他界した父にもこの祝い
に出席して欲しかった。愛妻家の父、子煩悩であった父。
働き者の父は身体を壊し、肺を病み、闘病生活が長かった。
その間も母は角五郎丁の自宅で学生相手にお汁粉やお好み
焼きを出す店をやり繰りして五人の子供を育ててきた。

この店を4番目の息子である優が妻と理髪店を開いて継続。
しかし大震災で被災し建て直すことになった。その開店が
4月6日。兄弟は会場に行く前、新装の店に立ち寄った。

店の名前を見て首を傾げた。丸印の中の宮はかっての屋号
「まるみや」ということは分かったが、リラクゼーション
ヘアと英語であり、その後に大きくM3とある。
このM3は一体なんだろう?なかなか回答が出ないが私は
ピンときた。これは母が1号、2号が優、今回の3号は娘
の祐子が理髪店を継いで行くことでM3と命名したのだ。
新しい店は内装をはじめ、若いセンスで設計されている。
今回の開店に際し母の店を継いだことを肝に銘じている。

土地は父の名義だが、今回融資を受けるに当り優の名義に
することで他の兄弟4人が同意した。感激した優は兄弟の
部屋を作り、いつでも兄弟が寝泊りできるようにした。

祝いの宴では「マサ子百寿祝い歌」を全員が合唱した。
桃太郎さんのメロデイに合わせて6番まで歌詞がある。
作詞は小生。歌詞をご紹介しましょう。

「マサ子さんマサ子さん おんとし百才おめでとう     
元気に達成 おめでとう」
「マサ子さんマサ子さん 夫と別れて五十年
一人でがんばり ご苦労さん」
「マサ子さんマサ子さん 子供を五人育てます
 子供も元気で おめでとう」
「マサ子さん マサ子さん 孫もひ孫も出来ました
 皆に元気を ありがとう」
「マサ子さん マサ子さん 齢を忘れてこれからは
 毎日大いに 遊びましょう」
「マサ子さんマサ子さん 皆も体に気をつけて
 百才目指して がんばるよ」

尺八伴奏は私と弟の徳雄、私の次男の豊明の3名。
歌唱指導は妹の恒子。ぶっつけだったが盛り上がる。

翌日は新寺小路の東秀院で父の50回忌を執り行う。
供養の尺八は本曲「青葉」を寒月君と2部合奏した。

9月には兄弟でまた「母を囲む会」を企画している。
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