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何と「六段」はキリシタン音楽だった [2012年08月28日(Tue)]


日本の古典音楽である「六段」がキリシタン音楽。
之を「邦楽ジャーナル」で取り上げた時に紹介した。
さらに確信を深めることがあった。「題名の無い音楽
会」の夏休み特別企画、もう一度見たい名曲リクエス
トの中でこのことが取り上げられた。

今年の7月にローマのオラトリオ・デル・カラビータ
音楽堂においてグレゴリオ聖歌「クレド」を筝曲家の
野坂操寿さんが筝の「六段」で伴奏した。この実験的
な演奏は現地で大絶賛された。

この時に指揮をした音楽学者の皆川達夫氏のお話。
九州の筝曲家の坪井光枝さんの指摘を受けて検証し、
確信するに至った。「クレド第一番」と「六段」は
見事に合致する。

「六段」は従来の古典曲と違い、歌が無い純器楽曲。
構成も西洋的、作曲者も諸説ある。これから推測する
に、これは音楽によるマリヤ観音ではないか。

秀吉のバテレン追放令そして徳川のキリスト教禁止に
よって信仰は地下にもぐって続けられた。
礼拝で聖歌を歌うキリスト教。そこで聖歌を「六段」
に隠して演奏することで心の中で聖歌を歌っていたの
ではないか。

番組の司会者で指揮者の佐渡裕氏に「六段」と「クレ
ド」とは作曲的にはどうかと問うたところ、「ピッタリ
です。隠し絵みたいです。偶然としたらあまりに不思
議です」と答えている。

「六段」は八橋検校が作曲したと伝えられているが、
九州の筝曲家賢順がキリシタン大名の大友宗麟の所で
聖歌を聴き、筝の曲にしたのを八橋がまとめたとも言
われている。国情が変わったためか「六段」は秘伝と
され表には出にくくなった。

私も何故「六段」を始め段物は唐突に前からの脈絡が
無く、この時に、歌の無い器楽曲が見事に完成された
のか不思議であった。が、ようやくこの謎が解けた思
いがした。

TVの別な番組で信仰について考えさせられた。
天草・島原の乱でキリスト教は根絶やされ一掃された。
と信じられていたが、どっこい生き続けていたのだ。
250年後、禁教が解かれ、長崎に教会が立ち牧師が
祈っていると、そこに信者が数名訪ねて来たのだ。
なんと教会の隣村の全員が隠れキリシタンであった。
東北でも岩手県や宮城県の県北には隠れキリシタンが
多いと聞く。信仰は生きる支えであり、代々受け継が
れて来たのだ。信仰の深さを心底から思い知らされた。


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