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80才の大月宗明師の超人的パワー [2012年01月08日(Sun)]

正月3日に、思わぬ人が突如、我が家に現われた。
筝演奏家・作曲家で有名なあの大月宗明師である。
近くに来てから、携帯で連絡を取り我が家に着いた。
昨年、宗家を息子さんに譲って、時間の余裕が出来、
暮れから宮城県に来ていたとのこと。昨年の9月に
大阪中之島公会堂でお会いして以来の再会である。
岡山から東北へは車でチョコチョコ気楽に来ている。
80才とは思えぬパワーに無条件で、驚かされる。

茶の間の炬燵で99才の母を交えて話に花が咲いた。
もっとも母は耳が遠いので適当に合図地を打つだけ。
師は驚異的な博学でどの切り口からでも盛り上がる。
貴重なお話で私だけが聞いただけではもったいない。
なので、ここに断片的であるが記しておきたい。

筝の面では東京芸大邦楽科の4月採用の1期生で、
入試では宮城道雄、中之島欽一師らの前で「春の
海」を演奏。尺八パートを口ずさみながらの演奏に
試験官は驚いたという。宮城道雄師を知る最後の
生徒となった。父親は盲目となり当道会筝曲の一派
を立ち上げ、筝を五線譜で教えることを始めた。

話が古事記の頃の神話の世界に入ると熱がこもる。
なにせご自分の先祖は曽我氏で、橘の姓であった。
天皇家を補佐し、東大寺の大仏を建立したという。
偶然にも、ご自分は青森に大きな仏像を建立した。
曽我氏は朝鮮からの帰化人であり、当時の文化人で
あり、仏教を信奉、普及していた。大化の改新で
藤原氏に追われるまでは日本の中心的存在であった。
天照大御神の前の「イザナギ」「イザナミ」の「イ」
というのは朝鮮から来た人を意味する。その子孫の
天橋立の「海部」(あまべ)の真名井家の家系図は
国宝になっている。10月を神無月といって出雲に
全国の神が集まるとされているが、出雲に集った神
々は実はこの天橋立に集って来るのだという。

次は刀の話。東北は鉄の産地で昔から有名であった。
「俘囚刀」(ふしゅうとう)と呼ばれ、奈良時代に
は名を馳せていた。都を追われた帰化人の技術と結び
ついたものらしい。全国に残る「玉造」という地名は
この鉄の産地の名残と言う。

師は今回の大震災で宮城県北に閉じ込められ、車の
中で寝泊りしていた。頭上に煌く星空を眺めていて
閃いた。お互い助け合い、手を合わせる。この日本人
の国民性。これがあってこそ昔から言われる理想の国
「まほろば国」が誕生するのではないだろうか。
私たちは宇宙の生命であり、宇宙の意志により生かさ
れている。有名な古歌に「いろはにほへと」の終わり
のところに「ういのおくやま」とある。この「うい」
こそ「宇為」であり「人為」でなく超人的宇宙の意図
なのだ。人類皆兄弟はまことである。自分の両親さら
にそのまた両親とさかのぼると自分に関係した人の数
が人類の数に達するのは計算してもそう遠く無いはず。

師のお話はまだまだ続くが知的な脳の容量に脱帽で、
お話について行くのがやっとという状態。「ハアハア」。
しかし私の興味のある部分が多くて話は飽きなかった。
お帰りになった後は頭がしびれ、どっと疲れを感じた。
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