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新年明けましておめでとう [2012年01月03日(Tue)]

「新年明けましておめでとう」と笑顔で挨拶される。
今年は東日本大地震の津波で被災された人に遠慮し
て祝いを自粛する人が多い。年賀状にも「おめで
とう」の言葉を封印している。優しい心の表れだ。
しかし、生きて新年を迎えられることはお目出度い。
考えてみると宇宙誕生から茫漠たる時が流れている。
その流れを1年毎に区切って時間を作り出した人間
の叡智はドエライと思う。「時間は棒のように貫いて
いる」と言った先人がいたが、1年を区切ることに
よって、そこに新たな気持が生まれる。この精神の
切り替えは凄い。忘れることは能力の一つであるが
つらいことは気持ちの奥深く突き刺さった棘のよう
にいつまでも尾を引く。だが、新年を繰り返してい
る中に状況も変わり、心痛も薄らいでいくことがあ
るのではないだろうか。「歳月が傷を癒す」と言うが
新年という言葉が時間を意識させ、癒す効果がある
と思えて仕方ない。「新年明けましておめでとう」

当初の天気予報では初日の出は望み薄で諦めていた。
それが元日に近づくにしたがい、仙台は晴れマーク。
大晦日は孫ら3人が寝袋を抱えてきて泊まると言う。
炬燵にささって紅白歌合戦を観戦。狭い座敷に4人
の雑魚寝となった。賑やかに騒いでいたが、さすが
23時を回る頃には静かになった。これでは明日は
起きられるか不安であったが、6時半に目覚めた。
カーテンを開けると空が白んでいる。最初の希望地
の泉ヶ岳を諦めて、町内の展望台に車で行って見る。
早くも車が道路左右に列をなしている。諦めて高台
になっている鶴ヶ谷の北東の端に向かう。やはり
人が15〜6人いたがゆっくり眺められた。太陽は
残念ながら見えず、薄くたなびく雲の合間から光を
放っていた。しかし、時間の経過と共に光が増して
きて周りの世界を黄色や薄紫に染め出した。あ〜
新年の幕開け。神秘の光に思わず合掌。平和を祈願。
家に戻ると孫たちは希望に満ちた顔でお年玉を待つ。
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