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カーネギーで歌う 老人クラブの奇跡 [2011年12月25日(Sun)]


先月末、小島修氏の出版披露パーティに出席した。
本のタイトルは「老人クラブ、カーネギーで歌う」
彼は河北での3年先輩。とにかく底抜けに明るく
発展家で人を惹きつける吸引力は抜群であった。
私が入社した時は、事業部にいて登山やスキーに
また合唱団「アル・コール」にも誘われて遊んだ。
メガネ越しの丸い目で見つめられ大きな口を開け
「ガハハハ」と笑われると、知らぬ内に彼の話し
に吸い込まれてしまう不思議な力を持っていた。
間も無く大阪に転勤になり、退社してしまった。
大阪では出張の時に社宅に泊めてもらい、また私
が西宮社宅時代に泊まってもらったことがある。
その後何十年もご無沙汰していたところに懐かし
い彼から突如、出版記念会のお誘いをいただいた。
しかも来るなら尺八を吹いてくれとの注文だった。
彼の住いは川崎市多摩区。そこのある町内会長に
就任したところから、この本の物語は始まる。

まず得意の合唱団を立ち上げる。その時に彼は信
じられない言葉を発した。無論、冗談の積もりで
ある。「将来の夢はカーネギーホールですね」
これがわずか4年後に実現してしまったのである。
その奇跡がどうして実現したのか。その後の展開
まで話は及ぶ。まずカーネギーという言葉が何故
発せられたのか。それは彼の幼少時代にまで遡る。
たまたま米国映画「カーネギー」を見て大感激。
胸の奥の神域の座に居座ってしまった。それが
ひょっとした弾みで、口から飛び出てしまった。
出たものは生き物のごとくドンドン成長していく。
偶然も味方する。多摩区老人クラブの50周年と
ぶつかり、地域に募集のチラシを配布。「NY6日
間25万円国際交流ツアー」コーラスの方大歓迎。
カーネギーホールで「千の風」を歌いましょう。
年令も地域も問わず集めた。中には全くの素人も
参加。ここから本格的なレッスンが始まる。途中
からその道のプロが来て指導。見る見る上達する。
カーネギーホールとは何者。120年もの歴史を
誇り、こけら落としにはチャイコフスキーが指揮。
NY屈指の名門の劇場である。果して本番やいか
に。踊りも入れて総勢46名。最高齢は85才。
幕を開けるとバルコニー席の5階まで観客が詰め
ている。ほぼ2千人。一曲毎に潮のような大拍手。
終いにはスタンデングオベーションまで起こる。
舞台上で出演者の誰もが感激に打ち震えたと言う。
「何事もやってみなければわからない。何が起き
るかわからない。このことを真に実感した」と。

ここで終わらないのが彼の真骨頂。歌の力に自信
を持った彼は孫を含む「3世代家族コーラス」へ
と進み、2年前のNHK紅白歌合戦60回記念の
テーマソング「歌の力」動画に応募。見事、関根
麻里賞を獲得。地域でも「子供見守り隊」を結成。
ボランティアで子供健全育成に取り組んでいる。
明日を拓くシニアクラブ像を思い描き、進む姿は
実に逞しい限りである。この8月に軽い脳梗塞で
入院したが、3ヶ月後の記念パーティでは元気で
ビデオの解説や合唱に加わったりしていた。

乾杯前に私の尺八の出番がきた。コーラスの仲間
が圧倒的に多い中で、何か場違いな感じがしたが
思い切って「アメージンググレース」を吹いた。
話し声が止み、場内は静かに聴き入ってくれた。
大きな拍手でやれやれの思いで降壇。
後日、彼からの礼状が届く。その内容は実に飾り
気の無い痛烈なもので思わず苦笑した。「民謡歌手
がオペラを歌ったようだ。積年の芸は感じ入った」
独楽は回転している限り安定している。行動力が
落ちないためには体調管理が何より大事である。
来年は一層元気な小島節が聞けることを期待する。
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