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豪快な花火に祈る心 [2011年08月13日(Sat)]


「ドーン」と腹に響く音。「パーツ」と開く大輪の花。
広瀬川の土手に出て花火を見るなんて、何十年振りだ。
いつもは角五郎丁に住む弟ユタカの二階でビールを傾
けながら窓越しに眺めるのが定番だった。久し振りの
再会に話が盛り上がり、花火はつまみ的な存在だった。
今回もそんな流れだったが、ふと連れて来た孫4人に
間近で花火を見せたくなりゾロゾロと引率し出かけた。
昔、50年も前に遊んだ界隈をゆっくりと下りて行った。
大きなマンションが多く建ち、夜目にも変化が分かった。
突き当たりの土手に上がると、沢山の人が座っていた。
花火の音はさえぎる物の無い川原に、響き渡っていた。
大輪の花も夜空一杯に開いてはパチパチと散って行く。
これぞ花火の醍醐味だ。酒のつまみに窓枠の中を見て
いるのとは全然違う。真面目に上げている花火師に対し
「スンマセン」と反省。これからは飲み食いや話は先に
済ませ、花火を純粋に楽しもうという気になった。
「シュルシュルシュルー パー ドーン パチパチパチ」
眺めていると、何か人生の縮図のような気がしてくる。
闇に生まれ、華やかさを求めて生きて、ドンと咲きまた
闇にパラパラと散って、消えていく。
色の鮮やかさや形の斬新さも魅力だが、日本人の無常観
にピッタリなのも花火の捨てがたい魅力ではなかろうか。
無邪気にはしゃいでいるこのチビたちも一生懸命に生き、
自分の思う花を咲かせて、悔いのない人生を送って欲しい
ものと願わずにいられない。
また来年の夏も来られることを期待して、花火終了前に
ユタカ宅を辞した。帰りの車中では興奮が冷めやらない
のか子供たちの甲高い声で耳が壊れそうになった。
この元気はあの忌まわしい思いをどっかに吹っ飛ばし、
夏休みの良い思い出を心の防波堤に一つ積み上げたこと
の証だろう。
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