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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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孤立主義への扉開いたトランプ発言 [2016年05月20日(Fri)]

避けられぬ新政権への影響
覇権国のプライドより自国利益


米大統領選の共和党候補に不動産王ドナルド・トランプ氏が事実上、決まった。前回、このコラムで米大統領選を取り上げた3月当時、「トランプ発言に共鳴している米国民は日本人の想像以上に多いのではないか」と記したが、最終的に同氏が共和党候補に決まるか半信半疑だった。11月の本選挙もデータ上、民主党候補になると予想されるヒラリー・クリントン氏の優勢は動かないと思うが、意外な結末になってもおかしくない気がする。

トランプ発言を素人解釈すれば、言わんとしているのは「米国は強い軍事力を持った裕福な国だったが、最早そうではない」という一点に尽きる。だからこれからは「米国の利益を最大限に尊重することで強い米国の復活を目指す」ということであろう。

米国弱体化の原因として、「世界の警察官」として国際社会の秩序維持のために米国が負ってきた負担や不法移民の増加に伴う社会経費の膨張を挙げ、前者に関してはNATO諸国や日韓両国の安全保障で米国が片務的な責任を負う現状はアンフェアであるとして、米軍の駐留費を全額負担しなければ米軍を撤退させる、としている。

後者に関しては「ムスリムの入国を規制する」、「メキシコとの国境に壁を作りメキシコに費用を負担させる」など荒唐無稽とも思える発言を重ねた。内政の行き詰まりに対する不満を外に転嫁する古典的な手法であり、世界が注目する大統領予備選にしては、あまりに乱暴な強弁に驚くことはあっても、手法自体は特段珍しいわけではない。

しかし現状認識の内容には問題がある。例えば日米同盟。現実がトランプ氏の指摘通りアンフェアであれば日米同盟はとっくに消滅している。日本財団の姉妹財団である笹川平和財団が米国の戦略国際問題研究所(CSIS)と立ち上げた研究会の最終報告発表会(3月)でジョン・ハムレCSIS所長が「米国こそ日米同盟を必要としている」と指摘したように、米国にも大きな利益があるが故に現在の姿がある。

驚くべきは、陰りが出てきたとはいえ今も軍事、経済両面で断トツの立場にある世界の覇権国・米国において、こうしたトランプ発言が手厚い支持を集め、共和党予備選のサバイバルレースを勝ち抜いた点だ。そこには覇権国としての責任感・プライドを捨てた内向き志向、自分主義があり、いったん封印を解かれれば際限なく広がる恐れもある。

個人としての懸念の域を出ないが、トランプ氏が大統領になった場合は言うまでもなく、クリントン氏が順当に大統領になった場合も無視できない流れとなるのではないか。失業や格差、財政赤字、人種問題などに対する広範な不満や憤りを前に、ひたすら米国の利益を追求することを余儀なくされれば、国際社会のリーダー、「世界の警察官」としての立場は弱まり、世界の不安定化が加速する。

社会が流動化、不安定化するとき、世論は二極化する傾向にある。国内では、対米自立のチャンスと見て自主防衛力の強化を求める声と、逆に非武装中立といった両極端の声が頭をもたげ、トランプ発言に刺激された核武装論が強まる可能性もある。

個人として言えば国のあり様は客観情勢を踏まえた理性的な現実論こそ望ましく、核武装には賛成できないが、潜在的な核開発能力は保持しておくべきだと思う。可能性を保持することが「核なき世界」を主張する力にもなるからだ。

その後の経過を見ると、過激なトランプ発言に対する反発が強まっているのは当然として、支持派の勢力も各種報道から受ける印象より、はるかに大きいのではないかということだ。多数の支持を得れば、いかなる主張も政治的な力を持つ。極端な例えになるが、ヒットラーのナチス、戦前の日本の軍国主義も、「多数の支持」があったが故に国を亡ぼすほどの力を持った。

今回のトランプ現象は「ドナルド・トランプ」という特殊な個性ではなく、戦後70年以上を経た国際社会の新たな転換点と見るのが妥当かもしれないが、どう見ても、それに備えるだけの社会の受け皿は用意されていない。トランプ氏はなおしばらく封印しておくべき孤立主義の扉を開けてしまったような気がしている。(了)
日韓関係を憂慮する [2013年11月19日(Tue)]
韓国大統領に“危うさ”
国民リードする冷静な姿勢こそ


 朴槿恵韓国大統領の日本批判がとどまるところを知らない。韓国を指す言葉として「反日民族主義」という表現があるが、これでは日本側の「嫌韓」も高まるばかり。年明けには戦時中に日本に徴用された韓国人(徴用工)が日本企業に損害賠償を求めた訴訟の最高裁判決もある。

 最高裁では、原告側の請求を認めた高裁判決が維持されるとの見方が強いようだが、日韓間の賠償請求権問題は1965年の日韓基本条約に伴って締結された日韓請求権・経済協力協定で「完全かつ最終的に解決された」と明記され、特に徴用工の補償問題は従軍慰安婦などを協定の対象外とした慮武鉉政権も協定に含まれる、としていた。

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清々しさ増す冬景色の富士

 仮に個人への賠償を命じたソウル高裁、釜山高裁判決が確定し、賠償金支払い、あるいは被告の新日鉄住金、三菱重工業の資産が差し押さえられる事態となれば、悪化した日韓関係を修復するのは不可能に近い。

 日本は日韓請求権・経済協力協定で無償供与3億j、政府借款2億jの経済協力と3億j以上の民間信用供与を行い、現大統領の父親である朴正煕元大統領はこれを基に「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を実現した。個人補償はある意味で、鉄道やダムなど社会基盤の整備を何よりも優先させた朴元大統領の施策に対する不満の表明かもしれない。しかし、それはあくまで韓国の内政問題である。

条約や協定が簡単に反故にされるのでは、国と国の関係は成り立たない。そんなことは韓国も承知であろうし、国際的な理解も得られまい。むしろ注目したいのは、それでもなお、「反日」にこだわらざるを得ない韓国側の事情である。

背景に「植民地として韓国国民を凌辱した日本に対しては何を言っても許される」という被害者意識、一貫して続けてきた反日政策を転換するのは世論対策上も困難、さらには経済・軍事大国化が目覚ましい中国と組んだ方が得策といった打算があるのかもしれない。事実、朴大統領の言動には「日米韓」より「米中韓」による東アジアの秩序、つまり“日本はずし”を意識した面も多分に目立つ。

しかし体制の違う両国が、中国が強く意識する華夷秩序の中で、どこまで未来志向の関係を築けるか、傍から見るといささか危うさを感じる。いずれにしても最終的に決めるのは韓国国民である。

むしろ、ここで気になるのは朴大統領の姿勢だ。韓国は近年の経済発展で先進国の仲間入りをした。大統領の職責は、この国を健全に発展させていくことにある。反日民族主義にこだわり過ぎるのは、この国の将来にとって不幸であり、視野が狭すぎるのではないか。国民に反日を煽るより、「世界の韓国」へリードしていく冷静な姿勢こそ国のリーダーに求められる姿である。訪問先の国々で日本批判を展開する朴大統領の姿勢に、権威よりもひ弱さを感じるのは、果たして筆者だけかー。

過去の歴史に起因しているとは言え、手を携えて未来志向の関係を築くべき日本にとっても不幸な事態である。「“親日”の烙印を押されたら、売国奴とまでののしられ一切の発言権を失う」と嘆く韓国の知識人、さらには大統領の行きすぎを指摘するメディアの論調を散見するに連れ、果てしない“泥沼”に落ち込んだ日韓関係を憂慮せざるを得ない。(了)
中国のもう一つの顔 [2013年06月25日(Tue)]
日本語で医学教育
旧満州の瀋陽医科大 


中国の医科大学で日本語による医学教育が行われていると聞き、5月中旬、北京への出張の帰途、訪問した。大学は戦前、奉天と呼ばれた旧満州国の中心都市・瀋陽にある中国医科大学。戦前の満州医科大時代の建物も使われ、歴史問題で厳しい日本批判を展開する一方で“利用できるものは利用する”この国の懐の深さ、したたかさを実感した。

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戦前の建物も残す中国医科大

瀋陽は中国東北部(旧満州)遼寧省の省都で人口は約800万。1931年の満州事変で関東軍が占領し奉天市と改称、満州国の首都となったが、1945年の日本敗戦・満州国解体で元の瀋陽市の名に戻った。

大学のパンフレットによると、中国医科大は中国工農紅軍軍医学校など2校が前身。1940年、毛沢東の建議により中国医科大の名に変わり、中国人民解放軍が中国東北地方を解放した1948年に瀋陽に移転したのを機に、国立瀋陽医学院と名称を変えていた満州医科大と統合した。

教授など大学スタッフは1万1千人、学生数は約4万人。中国で最も優秀な医科大学10校のひとつとされ、市の中心・和平区にあるキャンパスには満州医科大時代のレンガ造りや石造りの建物も残り、病棟や学長官舎に使われている。

▼教科書にはカタカナも

日本語で7年間、医学を学ぶ定員30人のクラスが2つあり、訪問した日は「抗不整脈」に関する合同講義が行われていた。教室内の学生は約70人。男女ほぼ半々で、ペットボトルや携帯電話を持つ姿は日本と同じ。定員より多い理由を聞くと、日本に住む華僑の子弟や日本からの留学生が別枠で出席しているという。

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日本語で行われる医学授業

学生が持つ薬理学の教科書にはアドレナリンなどの片仮名も使われ、正面のスクリーンには「心筋細胞内の電位は細胞外より低い」、「興奮伝導組織の場合、緩徐な脱分極を見られる」といった難解な日本文が並び、白衣姿の金万宝教授が淡々と日本語で講義した。

学生たちは日本語の授業も受けているというが、話してみるとタドタドしく、ただでさえ難解な内容を日本語で理解できるのか、休憩時間を利用して金教授に問うと「以前から繰り返しやっている内容なので大丈夫」との答え。「今日は日本のお客さんが参観されたので全部日本語でやりました。普段は中国語も交えて講義します」と笑った。

▼100人を超す日本留学経験者

金教授は新潟医科大に4年間、留学経験を持ち、同様に日本への留学体験のある教授・助教授ら職員は大学全体で108人に上るという。学長の趙群氏も日中医学協会が日本財団の支援を受けて進める笹川医学奨学制度で1年間、札幌医科大で学んだ。

現在は学長のほか、約2200人の笹川奨学生OBでつくる「同学会」の理事長も務め、日本語授業の意義を問うと「医学の世界では、中国が日本に学ぶべき点がまだまだ多い。もっと日本語クラスを拡充したい」と語った。

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教科書も日本語

現在、中国で日本語による医学授業を行っている大学は他にない。唯一の日本語授業が、中国から見れば歴史的に否定すべき旧満州国の首都で、しかも日本が建てた医科大学を事実上、継承した大学で行われている点に驚きを感じる。

前述の笹川医学奨学制度も1987年のスタート以来、25周年の節目を迎え、尖閣諸島問題に伴う日中関係の冷え込みもあって、日本側は「ここで一段落させる」考えだった。ところが継続に向けた中国側の熱意は強く、これまで日本側が大半を負担していた関連費用の多くを中国側が負担する形で、さらに5年関、継続することになった。

▼歴史が培ったしたたかさ

中国の長い歴史の中で周辺の胡族が繰り返し王朝を建てた。しかし元王朝のモンゴル族を除けば、ほとんどが王朝崩壊後、「中国」といいう大きな塊に飲み込まれ、民族の痕跡すら消している。

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瀋陽に残る大和旅館のプレート

2000人余の「同学会」は100万人を超す中国医学会の中で、数の上では小さな存在でしかないが、質と結束の高さで存在感を示している。留学制度も見方を変えれば、外国の進んだ技術を“安価”に導入できる側面を持つ。

中国政府が尖閣問題を中心に強硬な反日宣伝を展開する一方で、こうした点を評価して継続を決めたとすれば、長い歴史の中で培われたしたたかさと感服するしかない。(了)
エスカレートする日本叩き [2013年05月31日(Fri)]
韓国の将来にも“足かせ”
反日一辺倒 冷却期間必要


韓国の日本批判がとどまるところを知らない。5月上旬には韓国・中央日報の論説委員による「原発投下は神の懲罰」との、およそジャーナリストとは思えない暴論まで飛び出した。背景には、かつてこの国を植民地支配した日本に対しては何を言っても許される、といった怨念、風潮があるが、これをバネにこの国が発展するには限界がある。

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高松・栗林公園

筆者は共同通信社在籍中の1986年、アジア大会の取材で2ヵ月半、ソウルに滞在。2年後のオリンピック開催を向け躍動する韓国社会を取材したことがある。その際、地元韓国メディアから「韓国の今」に対する感想を聞かれ、概ね以下のような意見を述べた。

「韓国は五輪を開催するまでに経済も発展し、国際社会での存在感も増している。そうである以上、世界に広く目を向けるべきである。いつまでも日本との過去にこだわるのは、韓国が世界に雄飛する上で“足かせ”になりかねない」

「各国の記者に聞く」といった企画で、ほかの国の記者の意見と並べて掲載されたと記憶する。もちろん当時も歴史問題を中心に日本叩きは激しく、現在と同様、「反日がインテリの証明」みたいな社会の気分もあった。

それから4半世紀。反日世論は一層、激しさを増し、根拠のない強弁や論拠を欠く感情論が増えたように感じる。5月、就任後初めて訪米した朴槿恵韓国大統領がオバマ大統領との首脳会談で日本の歴史認識への不満を訴える姿や北朝鮮問題などで日本外しを図る姿を見るに付け、日韓関係の改善は極めて困難と感じる。

日本の非営利組織・言論NPOと韓国のシンクタンク・EAI(東アジア研究院)が今春、行った共同世論調査によると、韓国人の8割、日本人の4割近くが「相手によくない印象を持っている」。日本では韓国映画やゴルフでの韓国選手の活躍に拍手を贈る人が多いが、韓国による一方的な日本叩き・批判が進めば、日本人の反韓、嫌韓気分も進もう。

過日、韓国人の知人と最近の日本外交を話題にした際、普段、冷静なこの人物が突然、「日本の政治家やマスコミは中国との関係を心配し改善しようとするのに、日韓関係については関心を示そうとしない。われわれは、そうした日本の態度が我慢できないのだ」と激高し驚いた。

率直な感想を言えば、韓国人との対話は感情論が先行し、どちらかといえば合理的で打算的な中国人に比べ、冷静な議論・対話の糸口が見つけにくい気がするし、対話をすればするほど、関係が悪化する気もする。これ以上の悪化を避けるためにも、しばらくは接触を避け、頭を冷やしてみるのも一考ではないかー。決して好ましい策とは言えないが、そんな気さえする。(了)
旅の思い [2012年11月15日(Thu)]
トルコ人は商売上手!
あふれる日本語、きめ細かい演出


11月初旬、旅行社が募集したトルコ・ツアーに夫婦で参加した。イスタンブールからエーゲ海沿いに進みトロイ、エフェス、パムッカレ、ヒエラポリスなどを見学、さらに近年、若者を中心に人口増加が著しい内陸の街・コンヤを経て奇岩で有名な中央アナトリア地方のカッパドキアを訪問、イスタンブールに戻る計8日間の周遊。8000年近くにわたる文明の興亡が堆積した名所・旧跡に対する感動とは別に、行く先々で展開されるトルコ石や絨毯など特産品の圧倒的な売り込みと“商売上手なトルコ人”にほとほと脱帽した。

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イスタンブールの夕焼け

Webなどによると、トルコを訪れる観光客は現在、約3千万人。全体の4分の1近くを占めるドイツを中心にEU各国、さらにロシアなど近隣国の観光客が大半を占め、日本人客は2002年時点で9万人。その後、かなり増加していると見られるが、全体で見ればさしたる数字ではない。一行のガイドを務めてくれたアルベルさん(36)によると、ガイドの数もドイツ語約1万人に対し日本語は約500人(本人は双方の国家資格を保有)に留まるという。

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今も発掘が続くトロイ遺跡

なのにツアーの行く先々では、ごく普通の土産物店も含めほぼ100%、日本語で声を掛けてくる。仕事で20ヶ国近くを訪問しているが、これほどまでに日本語が飛び交う旅行を経験したことはない。もちろんツアーを企画した日本の旅行会社が、日本語の話せるスタッフがいるホテルや販売店と契約しているといった事情もあろう。

それにしても、感覚的にはやはり日本語が多すぎるように思う。各国の観光客で混雑するイスタンブールのバザールを歩いても「見るだけでいいから、ちょっと入って」「安くするから」と四方から日本語が飛び交い、つたない英語で「どこで日本語を覚えたの」と聞くと、「日本人なら日本語で話して」と切り返してくる始末。“値引き交渉”もすべて日本語。もともと一定の値引きを前提に価格が設定されていると思うが、分かりやすさと何がしかを値引きできた“達成感”が、日本人観光客の自己満足と購買意欲の高揚にもつながっているようだ。

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犬ものんびり戯れる

トルコ石や毛皮商品、絨毯販売の大型専門店となると、さらに手がこんでいる。大型バスで店に向かう途中、ガイド役のアルベルさんが、その伝統や品質の素晴らしさ、イスタンブールのバザールや外国のショップで売られる品物との違いなどを学者はだしの口調で滔々と述べ、催眠商法とまでは言わないが、店に着いた頃には「折角トルコまで来たのだから何か買って帰るか!」といった気分にもなる。

店に入ってからもすごい。例えば毛皮店。まずはステージ付きの建物に一行を案内し、専属モデルがファッションショー。途中、客をステージに誘い、応じた客には“いざ買い物”の段階で「ショーに協力していただいたから特別割引をさせてもらう」とささやく。「パリや東京なら30万円」と説明された品が、「なんだかんだ」と交渉しているうちに3分に1近くに。店を出ると次のツアー客を乗せたバスが店先に控えており、同じ“セレモニー“が繰り返されるようだ。

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広大なヒエラポリス遺跡

さらに上を行くのが絨毯店。ツアー一行が案内された大部屋に落ち着くとまずはチャイで歓迎。店長らしき男性が流暢な日本語で歓迎のあいさつをした後、トルコ絨毯の歴史を説明。繭玉からの生糸つむぎ、織り子による実演、記念撮影と続き、気分が盛り上がったところで絨毯をオープン。どこにいたのか十数人の男性が次々に登場して絨毯を広げ、「トルコの絨毯は空も飛ぶ」の掛け声で、器用に絨毯を宙に回す従業員も。「トルコの絨毯は世界一」「子々孫々まで100年は使える」といった手の込んだ演出に「何か買わないと・・」といった気分も出てくるから不思議だ。

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雨上がりのボスフォラス海峡

世界遺産など観光スポットや専門店で中国人や韓国人の一行に会うことは滅多になく、念のため絨毯専門店の店長に聞くと、「中国人や韓国人は日本人と色合いなど好みが違い、別の場所に専門店を用意している。でも日本のお客さんが一番」と持ち上げた。

“商売熱心”は専門店に限ったことではない。観光バスを降りた時、トルコ伝統の魔よけナザール・ポンジューを「20個で1000円」で売っていた街頭の売り子は、帰り際、何事もなかったように「40個1000円。ここが一番安いよ」と声を張り上げていた。

ツアーを終わってみれば、一行23人の大半がそれなりの買い物をしていた。トルコ人の商売上手にほとほと感心するばかり。背後には格安ツアーを可能にする業界内部のシステムもあろう。帰国後、トルコ事情に詳しい友人に聞くと、それでもトルコ石や毛皮商品、絨毯は価格に見合うだけの品質の高さがある、とのこと。それを聞いて何故か一安心した。

――――――――――  ――― ――――――――――

トルコは親日国として知られる。関連して今も語られるのが、オスマントルコが派遣したエルトゥールル号の座礁・沈没事故(1890年)とイラン・イラク戦争の最中の1985年に起きた邦人の救出劇。

エ号は紀伊半島南端の和歌山県・串本沖で台風に遭遇して沈没、地元村民が総出で救助活動に当たり、なけなしの食糧や衣類で重傷者を介護した結果、乗組員69人(残る587人は死亡)が助かり、日本海軍の軍艦でイスタンブールまで送り届けられた。邦人救出劇は、エ号事故のほぼ100年後。215人の邦人がイランに取り残され、危険を理由に日本航空が救援機の派遣を拒否、自衛隊法の制約で自衛隊機の派遣もままならぬ中、トルコ政府が救援機を派遣し“エ号に対する恩返し”として大きく報じられた。アルベルさんによると、エ号事故は現在も教科書に載っているという。

今回のツアーでは、もうひとつ驚くことがあった。トルコとの関係では2010年、筆者がアドバイザーをしている日本財団がトルコ建国の父アタチュルク初代大統領の像を新潟県柏崎市から串本に運んだことがある。新潟県柏崎市のテーマパークがトルコ政府から提供を受けたものの閉園に伴い放置され、対応に苦慮していた駐日トルコ大使館に日本財団が支援を申し出てエ号遭難記念碑のある串本に運んだ。何かの機会にこの話をすると、アルベルさんは、この事実を知っていたばかりか、その後、日本を訪問した折、串本に出向きアタチュルク像を見てきたと言うのだ。「除幕式には小生も出席した」と付け加えると、笑顔で握手を求めた。(了)

フン・セン首相 [2009年09月17日(Thu)]
欧米への不信露わ
自信みなぎるフン・セン首相


9月初旬、カンボジアの首都プノンペンを訪問した。初訪問だった前回はポルポト派による虐殺の記念館「トゥルスレン政治犯収容所」を見学、今も生々しく残る床の血痕などを見るうち「人間が同じ人間に対しかくも残虐になれるのか」と悪寒に襲われ、体調を崩したのを記憶している。



今回の訪問では笹川陽平・日本財団会長のフン・セン首相表敬訪問に同行、首相の口からポルポト裁判に対する思いを聞くことができた。当のポルポト裁判は現在、特別法廷でトゥルスレン政治犯収容所・元所長の裁判が進められ年明けにも判決の見通しとなっているほか、4人が逮捕・拘束され、追って起訴される見通しだ。

欧米各国は170万人もが犠牲となった虐殺の責任をさらに幅広く問うよう求める声が強く、外電はフン・セン首相が7月、フランスを訪問した際、サルコジ大統領に「これ以上の混乱を起こさないためにも被告は5人で十分」と答えた、とされている。この辺りについて首相は笹川会長との懇談で以下のように語った。

「一部の国からは裁判(刑事責任の追及)をもっと広く行うように、中にはシアヌーク元国王も裁判にかけるよう求める意見が出ているが、カンボジア、私個人としても、これには同意できない。特別法廷のアドバイザーをしている米国人はあと数人、(被告を)立てなければ(特別法廷の)予算を追加できない、と圧力を掛けてきている。それならば今残っている予算を早急に使い切り、すべて帰国してもらって結構。その時はカンボジアの国内法を適用してカンボジアの裁判官が裁く」

背景には民族大虐殺の責任追及を広く、徹底するよう求める欧米と、個人の責任追及よりも国内の安定を優先するフン・セン首相の考え方の違いがある。一連の内乱では内部告発、密告が慫慂された。「友人が友を、子が親を売った」とまで言われ、誰もが被害者であると同時に加害者でもあった。そうした状況の中で目いっぱい刑事責任を追及すれば、国内は動揺し、民族の和解、国内の安定は達成できないというわけだ。

首相は個人の責任を過度に追及した失敗例としてイラクを引き合いに出し「フセイン一人を死刑にするためにどれだけ多くのイラク国民、米英軍の兵士が命を落としたか」と指摘、「一番悪いのは米国だ」とまで言い切った。

フン・セン首相に関しては、その強権を指摘する西側の声もある。しかし、当の首相はここ数年、10%近い経済成長率を達成、国内も安定してきたとして自信満々。在籍年数から行くとASEAN(東南アジア諸国連合)のリーダー的存在になりつつあり、約2時間に及ぶ笹川会長の懇談では「欧米の干渉を排し、アジアはアジアの手で」といった心意気を強くにじませた。

そうした考えを踏まえてのことであろうー。懸案のミャンマー情勢に関しても「今、自分が動く時ではない」としつつも、日本に関しては「自民党政権は米国の意向もあって動きにくかったかもしれない。しかし、その米国もミャンマー政策の見直しに入っている。加えて日本は政権も変わった。今こそ動く絶好のチャンスだ」と鳩山新政権がミャンマーとの新たな対話に乗り出すよう進言、ASEANとの友好関係の継続を強く求めた。(了)
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