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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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体調の悪さで歳を知る [2009年07月25日(Sat)]
体調の悪さで歳を知る
「前向き」に内なる“転向”


体力の衰えで歳を知ると言うが、むしろ体調の悪さで歳を知ると言うのが最近の実感だ。とにかく還暦を過ぎてから、やたら障害が出るようになった。未明の帰宅、徹夜、なんでもありの記者時代の疲労蓄積とでも言うのだろうか、まず歯がぼろぼろになった。50歳を過ぎてから歯周病が出始め病院通いを続けても次々に歯が抜けた。普及しつつあったインプラントも考えたが、土台となる骨がもろく無理との診断でしばらく抜けるにまかせた。



見てくれの悪さに加え、残りも歯茎がぐらつき固いものには歯が立たない。リンゴ丸かじりは遠い夢、口の中を鏡で見るにつけ、気力も萎えた。そんな折、骨を再生し、その上でインプラントを植付ける歯科の紹介を受け、3年経った現在も治療が続いている。口内手術を重ね、主治医によれば「ようやく折り返し地点まできた」とのこと。時間も費用も予想以上に過大で、「これでは治療が終わった時には寿命も尽きる」と思わず愚痴が出た。

次いで高血圧。もともと低血圧だったのが4年ほど前から急に上がった。朝方は上が150〜160、下が100前後。昼間は180を超えた。特段の自覚症状はないが医師の勧めで降圧剤の服用を始めた。これ以上に意外というかショックだったのは糖尿病。目下、指標となるヘモクロビン値は7・5前後。自分なりの知識では精々「糖尿病予備軍」の数字であり、もちろん何の自覚症状もない。

軽い気持ちで医師に相談すると、そんな不遜さが見てとったのか、「なめてかかると5年後には片足がありませんよ」と脅された。「毎日1万歩」または「節食で体重を身長マイナス110まで落とせ」というのが医師の指示。そんなわけで現在は間食をやめ、食事の量を抑える一方、毎食後、「栄養摂取を抑制する薬」(主治医)を服用している。



不調はさらに続いた。年明けから右手指の関節や右肩の痛みがひどく、下手なゴルフ、取り分け月に3,4回行っていた打ちっぱなしの練習が原因と考えていた。ところが春先から両足の膝と付け根が猛烈な痛み、うまく歩けなくなった。近くの整形外科を訪ねると、大学病院での精密検査が必要との判断。専門医の診断はリュウマチ性関節炎。難病に指定されている膠原病もリュウマチの一種で、医療費の扱いの違いを除けば、ともに原因は不明で、目下、確定した治療法はない。「気長に一生付き合うしかない」とのご宣託だった。

現在は痛み止めのステロイド剤と抗リュウマチ剤を併用しているが、高血圧に糖尿病を合わせると毎日、服用する薬は8種類。アレルギーか、体中に湿疹が出ることも多く、どうも具合が悪い。そうなくとも糖尿病の主治医は「歩け歩け」とひたすら運動を求め、リュウマチ・膠原病の専門医は「激しい運動は関節の骨を痛める」と言う。どちらも、ごもっともと思うがこれでは症状が深刻になった場合、判断に迷う。そろそろトータルな立場から相談に乗ってくれる主治医が必要なような気もしている。

そうでなくとも歳とともに階段を登れば息が切れ、本を読めば目がかすむ。声だってうまく出ない。もともと声が口にこもるタイプなのか、誰からも「聞き取りにくい」と言われ、最近では自分でも声がのどに引っ掛かるような違和感があった。ポリープでもできたかと耳鼻咽喉科で診てもらったところ、診断は「加齢」の一言。帰途「それはないだろう。加齢が原因というのなら、それで何がどう変わり、その結果、どうなったのか、分かりやすく説明するのが医師の務めだろう」と毒づいた。

しかし60歳を過ぎれば誰もが多かれ少なかれ、同じような症状を抱え、体の不調に直面しているはずだ。私は、コップ半分の水に例えれば「あと半分しか残っていない」と自ら危機感をあおることで次なる行動につなげてきた。常に「まだ半分もある」と前向きにとらえる女房とは全く逆。その一言に励まされることも多く感謝しているが、その一方で楽観は新たな行動につながりにくいと考えてきた。

だが最近はどうも違うように思えてきた。体調が悪化、体力が低下し老化が進む最近は「半分しかない」という考え自体が次なる行動のバネどころか、諦めと引きこもりを生み、結果において何もしないことにつながりかねない。やはりこの歳では「半分もある」と前向きに考えた方が新たな行動につながる気がする。そんなわけで平均余命に照らし「自分には、まだ15年もの長い時間がある」と考えることにした。自分流の内なる転向のつもりである。(了)
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