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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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「看多機」に見る地域医療の可能性 [2018年06月19日(Tue)]

潜在看護師の復帰あってこそ!
高齢化 多様な医療・介護が不可欠

高齢化に伴う医療・介護需要の増加と40兆円を突破した医療費の膨張、少子化に伴う医療・介護人材の不足―。医療制度の危機が叫ばれる中、日本の医療はこれまでの病院中心から医療、ケア、生活が一体化した「地域包括ケアシステム」に軸足を移しつつある。

加えて核家族化の進行で老人夫婦世帯、一人暮らしの老人が増え、90%以上の高齢者が人生の締めくくりを「自宅で迎えたい」と望む現実もある。今後も多様なシステムが検討されると思うが、地域に密着・共生する医療こそ不可欠と思う。地域包括ケアシステムの一環として2015年度の介護報酬改定で新たに登場した「看護小規模多機能型居宅介護」(通称・看多機)が現時点では最もその可能性を秘めた制度と思われ、過日、その一つ「結の学校」を福島市南沢又に訪問ねた。
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「結に学校」と所長の沼崎美津子さん


「結の学校」の母体は2005年に開設された「訪問看護ステーション結」。所長の沼崎美津子さん(59)は南東北福島病院の元看護部長で、2014年、笹川記念保健協力財団が日本財団の支援でスタートした「在宅看護センター起業家育成事業」の研修に参加。8ヶ月間にわたり地域社会における保健医療の在り方から企業経営に必要な財務・税務・労務などを学び、翌年、「日本財団在宅看護センター結の学校」と「看多機」を併設した。

看多機は「訪問看護」と「小規模多機能型居宅介護」を合わせた複合型サービスで、「小規模」の名の通り、1事業所当たりの利用可能数は「登録」が29人以下、「宿泊」9人以下、「通い」18人以下となっている。現在、全国約350ヵ所に開設され、日本財団の育成事業に参加した研修生50人で見ると39人が全国に立ち上げた計45の事業所のうち2ヶ所が看多機(残りの大半は訪問看護ステーション)となっている。

福島市の郊外のブドウ畑の跡地に立つ「結の学校」には現在、助産師や社会福祉士、管理栄養士らを含め23人のスタッフが所属し、医師とも連絡を取りながら24時間365日、「通い」、「泊まり」、「訪問看護」、「訪問介護」といった多彩な方法で患者を見守っている。病院中心の医療に比べ選択肢が多く、本人だけでなく家族の心労や負担も間違いなく軽減すると思われる。

介護保険料、診療報酬、本人の自己負担が“収入”となるが、沼崎さんによると「経営的には何とか採算が取れ、看護師が患者と密接に接触し症状を把握することで余分な薬剤がカットされ、結果的に医療費の抑制効果も出ている」という。

新しい地域医療の形として注目されるが、問題は同種の施設をどこまで増やせるかー。母体となる訪問看護ステーションは現在、全国約9000ヶ所に整備されているが、65歳以上の高齢人口は2013年の4人に一人から2035年には3人に一人に膨張する。

看多機を支えるのは文字通り看護師・介護師となるが、当の看護師は団塊世代が75歳以上となる2025年に50万人、介護師は30万人不足すると見られている。政府は外国人労働者の受け入れ拡大を検討しているが、看護・介護人材の多くは途上国出身者で、経済発展に伴う各国の看護・介護人材の需要の高まりを前にすると、多くを期待するのは難しい。

結局、将来の医療・介護人材不足は国内で解決するしかなく、その場合に切り札となるのは約60万人に上る潜在看護師しかない。政府が目指す地域包括ケアシステムの構築もこの一点にかかり、潜在看護師の社会活動復帰を促す抜本策こそ必要との思いを一層強くする。(了)
不毛な世代間論争 [2007年03月08日(Thu)]
不毛な世代間論争
やる気と才能、健康こそ基準


 団塊の世代の大量退職が始まる2007年を迎え、定年制問題が改めて論議を呼んでいる。改正高年齢者雇用安定法も高年齢者の雇用確保措置を企業に義務化したものの定年制の廃止までは打ち出しておらず、大企業で見ると、定年の定めを廃止したのは0・5%、定年齢を引き上げたのは6・3%に留まり、大半の93・2%は継続雇用制度の導入で対応している。

 企業経営の観点に立てば、最も理想的な会社組織は「才能とやる気、健康」を基準にした組織であろう。もちろん、この場合は成果中心の給与体系を前提にしており、高齢者が若年者より給与が高い、という年齢加算的要素は考慮しない。しかし、それは従業員の雇用形態が終身雇用型から単年度契約型にでも移行しない限り無理な話だ。各企業の継続雇用制度の導入も、こうした限界を前提にした選択である。

 日本の定年制はもともと明治初期、西洋の先進文化・技術を導入するため、国費で留学させた人材を一定期間、引き止めておくためにスタートしたと記憶する。高い国費を使って留学させた以上、投資分を回収するためにも、定年を定め、最低その年齢に達するまでは国に尽くすよう義務付けるのが狙いだった。

 定年は時を経て「義務」から「権利」に変質したことになるが、やはり社会全体を考えても健康でやる気のある高齢者が、その才能・能力に応じて社会に参加し貢献するシステムこそ最も自然で本来の形と思う。

 年齢を基準にした議論は、いたずらに世代間の対立を増幅することにもなりかねない。崩壊しつつある年金問題ひとつをとっても、「高い負担を強いられてきた以上、それに見合う給付を受けるのは当然」とする高齢者の主張にも、「将来的な受給の保証もないのに払えるか」といった若年層の反発にも一理あり、これでは世代間の反目が強まり社会は荒廃する。

 人種差別撤廃に始まった米国の差別廃止の動きはその後、性による差別、性愛の形による差別の廃止と続き、最近では年齢による差別廃止に発展した。各種調査によると、日本の高齢世帯のうち、悠々自適で暮らせる貯蓄のある世帯は25%、その他は引き続き何らかの労働で収入を得ない限り安定した老後を送れないという。

 団塊世代を見ても、多くは健康で労働意欲も高い。人間社会は、元気な人間が働き、高齢や健康上の理由で働けない人を支えることで成り立ってきた。ともすれば世代間の対立をあおる最近のメディアの論調を見て、もう少し冷静で建設的な議論の場を設けることこそ必要な気がする。
                                     (了)
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