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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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(U)車も人も、ひたすら“前進”―インド [2007年04月17日(Tue)]
3回目のインド

(U)車も人も、ひたすら“前進”―インド


道路は混雑の極み


乏しいインド体験で毎回、驚くのが交通事情である。走行レーンを無視して先を争い、激しくクラクションを鳴らす騒々しさは、昨年1月初めて訪れたコルカタが何といっても強烈だったが、今回のムンバイも基本的には同じ。車の助手席では追突の恐怖に何度も背中がシートに張り付き、時に路肩を逆送してくるオートバイには肝を冷やした。

オートバイの増加は他の周辺諸国と同様、インドでも半端ではないようだ。一人乗りの姿は意外なほど少ない。多くは後部座席に女性が乗る。サリー姿の女性は横乗り、最近増え始めたジーンズ姿の女性は、跨いで乗る。暑熱の中、サリーが風にたなびく様は結構、絵になっている。中には運転する父親を挟んで前後に子供が各1人、そして最後尾に母親の計4人が乗る姿も。目いっぱいスピードを出し、サーカスの如く疾走する。

車以上に驚くのは交差点の横断。ムンバイで宿泊先のホテルの周辺繁華街を1時間半ほど歩いてみた。横断歩道の白線はほとんどなく、あってもかすかな痕跡の残す程度。2ヶ所の信号で計ってみると、青信号の時間は双方とも17〜18秒、片側3車線の広い道路にしてはやけに短い。青信号に変わった瞬間に早足で渡り始めてどうにか間に合う感じだ。

信号待ちの車のうち、まず左折車と直進車が発進し、次いで右折車が動き出すのは日本と同じ。ただし、この3車線の道路には5,6台が隙間なく並び、どの車がどちらに発進するのか分かりにくい。なぜか赤信号時間が長く、黄色信号もない。このため歩行者は信号の色に関わらず、車の流れを縫って果敢に横断を試みることになる。多くはセンターラインまで走り、次いでタイミングを見計らって残りを渡る。

体験を兼ねて、彼らの後について赤信号を渡ってみた。結果は右折してきたバイクに引っ掛けられそうになり、接触寸前、バイクの急ブレーキで難を避けた。どの程度の事故があるのか分からないが、地元の人は当たり前のごとく“信号を無視”しており、交差点には交通整理のためと思われる警察官が2人いたが、特段注意する気配もなかった。

「自分の責任で危険を冒すのなら、それも自由」ということかー。とはいえ歩行者もドライバーもそれが当然と受け止めているようで、双方に“一見の旅行者”には分からないルールと了解があるのかもしれない。

それがインドの文化ということだ。インド人から見れば、赤信号である限り、車が一切来なくてもおとなしく信号が変わるのを待つ日本の交通ルールこそ「不思議」であり、理解し難い習慣ということになるのかもしれない。

ただ、それでも理解できないのは、ひたすら前に突っ走る車社会と、緩慢でスローモーなインドの全体的な街の風景との落差である。インドに対しては自分自身、時空を越えた悠久さを感じる。疾走する車を見ながら、そのギャップに改めて戸惑いと不思議さを感じた。                                   (了)
(T)半端でないふてぶてしさ [2007年04月17日(Tue)]
3回目のインド

(T)半端でないふてぶてしさ
堂々と寝転ぶ犬


4月12日から4日間、日本財団の事業の関係でインドを訪れた。3回目のインド訪問となるが、毎回驚くインドの風景の一つに犬の姿がある。以前、訪れたデリー、コルカタ、そして今回のムンバイでも道路の真ん中に堂々と寝転ぶ犬の姿が目に付いた。ごく稀に飼い主に引かれる犬も見掛けたが、あとは首輪もなく、いわゆる野良犬である。


歩道中央で堂々と昼寝


その姿は“ふてぶてしい”としか形容の仕様がない。有史以来、犬は人間に飼い慣らされてきた、というが、どう見ても媚びるどころか、人間を無視している。時に愛嬌を見せる過保護型の日本の犬と比べると、とても同じ犬とは思えない。20年も前に、中・ソ・モンゴル3国境近くの草原にあるスキタイ民族の遺跡発掘調査に取材で参加したことがある。その時に無人の草原地帯でたまたま見た犬は眼光が鋭く、耳も立ち、黒い全身がそのまま“野生の塊”“これぞ本物の犬”という感じだった。

インドの犬はこれとも違う。とにかく、いつも寝ているのだ。人が頭の直ぐ脇を通っても、身動きもしない。どの犬も小太りの体型をしており、時間帯によっては餌を求めて徘徊しているはずだが、夕方、散策したムンバイの街でもやはり、ほとんどが歩道や空き地で寝ていた。4月のムンバイは昼間温度が40度を超す。暑い昼間は無用な動きをしない、というのが彼らの“哲学”なのかー。

散策の途中、通路に寝そべる茶色の大型犬の頭の脇で足を踏み鳴らしてみた。2度、3度と繰り返すと、ようやくうっすらと目を開けたが、うるさいと言わんばかりに直ぐ目を閉じた。ふてぶてしいというより、ふてくされている、という印象ですらある。

インドは人と動物が共存する社会といわれる。人間から過度の干渉をされることなく、犬は犬なりに自分達の生き方を築き上げてきたのかもしれない。しかしガイドブックを見ると、最近、狂犬病対策が強化されつつあるという。滞在中も「野良犬が子供を襲った」として対策強化を求める記事が地元紙に出ていた。インド社会も経済躍進に伴って急速に変化しつつある。インドの犬にとって、今が気ままに生きられる最後の時かもしれない。
                                        (了)
インド体験記(下) 美の基準 [2006年02月16日(Thu)]
インド体験記(下) 美の基準

スリム志向


 IT部門を中心に経済が活況を呈し、外資系企業の参入が相次ぐインド。車がひしめき合うデリー、コルカタの幹線道路脇には欧米企業の看板広告が並び、スリムな金髪女性が通行人に微笑み掛ける。
 「ふっくらとした体型こそインド美人」と、素朴に信ずる身にはいささかの違和感も。
価値観は時代とともに変化し、女性の美しさに対する基準も例外ではない。欧米文化の流入でインドの伝統美も変わりつつあるのかー。わずかな体験を基に予断を持って言えば、その兆しはあるものの、大勢は依然、インドの伝統美の中にある。

デリーに住むNGO関係者によると、経済自由化に伴い欧米文化の流入が進むに連れ、若者を中心に太った女性より痩せた女性を美しいとする美意識が台頭。デリー市内ではフィットネスクラブやエステが大盛況という。そう言えば、日本でも、ダイエット効果が高いといわれる「ホットヨガ」が女性に好評と聞く。

伝統美

ガイドブックや資料によると、同じインドでも北と南では民族、風土が違う。美人の定義も、アーリア人が多く住む北インドでは、南に比べ色白を良しとする美白信仰が強いというが、日本流に言えばやや小太りのふっくら型に美の基準を置く点では大きな違いはないようだ。

 ヒンズー教の女神も、ふっくらとした体型をしており、日本の吉祥天女に当たる「ラクシュミー神」、さらに世界遺産であるカジュラホの寺院外壁に彫られた天女象やミトゥナ像(男女交合像)も太目の官能的な体型をしている。

それでは大衆文化の象徴でもある映画はどうか。インドは年間1000本近い製作本数、30億人近くに上る観客数とも世界1。最大の娯楽であり、影響も大きい。日本でも時々,BSなどで放映され、見る限り女優は長い黒髪、くっきりとした目鼻立ちとともに、どちらかと言えば、ふっくら系である。

実際に街を歩いてみた。ガイドブックが「ふくよかで人懐っこい」と記す南部、コルカタの都心。女性の大半は、ゆったりしたワンピースにズボン、ドゥパタと呼ばれる長いスカーフからなるパンジャビスーツかサリー姿。サリーを辞書を引くと「ヒンズー教徒の女性が着る巻き布。幅1メートル、長さ5〜11メートル。ペティコート、チョリと呼ぶ半そでブラウスを着た上、腰から肩に巻き、余りを肩から後ろにまわしたり、頭にかぶる」とある。余りを頭にかぶるのは、年上の男性の前で顔を隠すのが本来の目的とも。

ノーマルサイズ

コルカタでハンセン病の式典が開かれた1月30日。会場近くの広場で談笑するサリー姿の2人の女性が目に付いた。ともに30歳前後でぽっちゃりとした体型。上質のサリーなのか、全体にカラフルな刺繍が施され裾には金色の縁取りがある。柔らかなサリーの布地が体に沿って柔らかなラインを描く。笑顔で話す姿は「これぞインド美人」といった趣き。

一緒にいたWHOの地元関係者は両脇の腹部にのぞく素肌を指した上、「ここがふっくらしているのが美人の条件」と解説した。解説に従えば、やや肥満型の腹部が好ましい、ということになる。確かに腹線が透けて見えるようなスリムな体型とサリーはマッチしないような気もする。

 ホテルに戻り茶店で、現地を案内してくれたコルカタ在住30年の日本婦人にこの話題を持ち掛けた。インド人のウエイター2人も話しに加わり、やはり「痩せすぎの女性は駄目だ」と言う。そこに、インド訪問メンバーのうちの女性が一人、パンジャビスーツ姿で帰着した。日本流に言えばやや太め。本人に失礼を承知でホテルマンに感想を求めると、そろって「何の問題もない。かわいい」との返事。同席した日本婦人も「インドでは彼女こそノーマルサイズ」と言い切った。
                                   (了)
インド体験記(中) 聖なる牛 [2006年02月14日(Tue)]
インド体験記(中) 聖なる牛


“過保護”

 デリー、コルカタ(旧カルカッタ)両市では街中や公園でリス、サル、犬から牛、ラクダ、象まで結構、多くの動物に出会った。中でも興味をひかれたのは牛。しかもその表情である。

牛はヒンズー教徒にとって聖なる動物である。由来は、ヒンズー教の3つの最高神のひとつ、シヴァ神の乗物がナンディンと呼ばれる牛である点にあるようだ。もちろん農耕、運搬にも役立つし、雌牛は牛乳も提供する。ガイドブックには糞は燃料に、尿は薬にもなると記されている。

 そんな訳で、人間に食べられることもないし、虐待もされない。街中で前の車を怒鳴り散らすかのように激しくクラクションを鳴らすドライバーも、牛が道路を横切る際は、黙って通り過ぎるのを待っていた。ヒンズー教の誕生以来、インドの牛が世界の牛の中で最も人間から大切に扱われてきたのは間違いない。

 長期間の“過保護”がなせる業か、その表情は驚くほどおっとりしている。上下線とも道路いっぱいに車があふれ返るデリーの幹線道路。その中央分離帯のところどころに牛の姿が目に付く。座っている牛、立っている牛―。一様に物憂げな表情で、激しい騒音を気にする気配もない。コルカタの裏町では人と荷車、タクシーでごった返す路地を悠然と歩き、慌てて急ブレーキを掛けたタクシーを一瞥し、ゆっくりと雑踏の中に消えた。まるで“俺はお前たちとは違う”といわんばかりだ。




極貧のスラム

 一方、コルカタで訪れた郊外のスラム。人がすれ違うのがやっとの細い路地の両側に、崩れかけたレンガ造りの粗末な住居が軒を連ねる。ハエが飛び交い、異臭が鼻を突く。近くのゴミ投棄所をあさる住民の生活の貧しさは半端ではない。見学者を見つめる住民の目も、どこか虚ろだ。子供の笑顔が唯一の救い。スラム入り口では茶色の大型の犬が死んだように寝ていた。果たして生きているのかー。頭の脇で2,3度、強く靴を踏み鳴らすと、ようやくわずかに目を開け、当方をちらっと見た後、無視するかのようにまた寝入った。時に大声で吠え、またある時は尻尾を振って愛嬌を見せる日本の飼い犬に比べると図太く、居直っているかにも見える。

 ヒンズー教には輪廻転生の考えがある。善行をすれば死後よい境遇に生まれ変わり、悪行をすれば地獄に落ちたり低いカーストに生まれるという「善因善果、悪因悪果」の考えだ。カースト制度には、最下層のカーストにも入れないアウトカーストと呼ばれる不可触賎民の存在もある。1947年の独立の際、インド政府はカースト制度の廃止を宣言した。

さらに仏教の輪廻、因果応報の延長には「他生の縁」という言葉もある。因縁がひとつ違えば自分も同じ運命あった、と不幸な立場にある他人を思いやる考えだ。しかし今回の訪問で会ったNGO関係者の多くは「高学歴の知識階級ほど身分差別の改善に冷淡だ」と指摘した。

差別、貧困をどう克服

ITを中心に急激な経済発展が進行、新旧が混在し「コンピューターカフェの門前に牛が立つ」とまで形容されるインド。厳しい身分差別と貧富の差をどう克服していくのかー。いくら“神秘の国”とはいえ、これを温存したまま先進国の仲間入りをするのは難しい。

表面的に見る限り、悠然とした牛の態度は、最下層の住民より尊厳に満ちているかのような錯覚さえ覚える。人間は犬のように居直るわけにもいかない。誰もが現世より来世を信じ、懸命に生きているということかもしれないが、来世、人間より牛に生まれ変わりたいという人がいても決しておかしくないー。スラムを見て回るうち、そんな気さえした。

もっとも牛にも異論はあろう。飼い主のいない「野良牛」の規制が進み、残飯や生ゴミが詰められたポリ袋を一緒に食べ、のどに詰まらせて死ぬ牛も多いという。交通事故に遭遇する牛も少なくなく、中にはやせ細った牛もいる。傍が想像するほど、恵まれた立場ではないのかもしれない。

コルカタ市内の市場に立ち寄った際、門前に1頭の牛がゆったりと座っていた。通訳にあれは野良牛か聞くと「いや違う」との返事。「何故か」と重ねて問うと「顔を見れば分かる」と確信を持って言う。筆者には飼い主のいる牛と野良牛の違いが最後まで分からなかった。インド人と外国人では牛を見る目も違うらしい。
                                   (了)
インド体験記(上)驚愕の道路事情 [2006年02月13日(Mon)]


インド体験記(1)
      驚愕の道路事情



100年、200年の文化が激走

1月末、日本財団が進めるハンセン病対策に関連して初めてインドを訪問した。わずか6日間の滞在だったが、まさに驚きと戸惑いの連続だった。
その際たるものは道路事情。到着初日、ハンセン病患者や回復者が暮らすコロニーを見学するためミニバスでデリー郊外に出掛けた。特有の霧とスモッグに霞む早朝のデリー。片側3車線の幹線道路は、人が引く荷車、牛車、オートリキシャと呼ばれる3輪車、乗用車、タクシー、オートバイ、バス、大型トラック、時にラクダに引かれた荷車が渾然一体となって進む。新車が圧倒的に多い日本の道路を「10年間の文化」とすれば、まさに100年、200年の文化が一体となって激走している、というのが実感だ。

喧騒

どの車も激しくクラクションを鳴らしながら、わずかな隙間に割り込む。これに脇道から出てくる車が合流、3車線の道路は5車線に膨らむ。誰もがひたすら「前」だけを見ている感じ。譲り合う気配は全くない。その後、訪れたコルカト(旧カルカッタ)は、混雑も喧騒もデリーに輪を掛けた。事前に目を通したガイドブックで、ある程度、予想していたが、聞くと見るのでは大違い。乗車したタクシーが急ブレーキを掛けるたびに腰がシートにへばりつき、冬と言うのにホコリにまみれた顔を汗が伝う。

最初に通り抜けたのが日本で言えば歩行者天国とも言うべき裏道。幅は4メートルほど。曲がりくねった道路は行きかう人と店頭からはみ出した商品、雑然と並ぶ自転車、荷車でほぼ満杯。時に物憂げな表情の牛もー。そんな雑踏をタクシーがクラクションを鳴らしながら縫うように走る。時に2列、間隙にさらに自転車やオートリキシャが入り込み、真正面から対向車が突進してくる。並行する車、急ブレーキを掛けた時の前の車との間隔は20−30センチ。接触、追突を恐れてか、ほとんどの車にサイドミラーはなく、テールライトには特性の金網が取り付けてある。

一定のルール

比較的広い表通りで信号待ちすると、車列の狭い隙間を頭に籠を載せた物売りが大声で行き交い、幼児を抱いた女性の物乞いが窓を叩く。慣れない身にはいささかの衝撃。視線を合わすと、窓を叩く力に一段と力が入り、思い余って小銭を渡そうとすると「ほかの物乞いがいっぱい来るから駄目だ」と運転手に厳しく注意された。

一見、無秩序に見えるクラクションにも一定のルールがあるようだ。注意して聞くと「ビー」という連続音と「ビッ、ビッ」という間欠音の2種類があり、手信号も使われていた。運転手は開け放った窓から手を出し、振ったり、回すことで前後の車に合図を送る。インドはホコリが多く、夏場は40度を超す。手信号に感心すると同時に、夏場は乗客もさぞかし大変だろうと気になった。

数センチの見切り

懸念した事故は、少なくとも滞在6日間、一件も目撃しなかった。一時期、日本でも「神風タクシー」の言葉があったが、インドのドライバーのテクニックはその比ではない。「数センチの見切り」とでも表現したらいいのだろうかー。横の車をすれすれで避けながら前へ前へと進む技量は並みではない。恐らく世界でも一級ではないかー。

日本では無用のクラクションを鳴らせばひんしゅくを買う。逆に誰もが鳴らし続けるインドでは鳴らすこと自体が、ルールなのかもしれない。換言すれば、鳴らさないドライバーは割り込みの権利も認められない、ということになる。
 
動、騒の文化?

伝統的に「貧と富」「聖と俗」が混在するインドは今、未来の経済大国「BRICs」(ブラジル、ロシア、インド、中国)のひとつとして、中国とともに世界経済を牽引する。伝統の中に急激な経済成長が入り込み、傍目には無秩序にも見えるが、人も車も「明日に向けて精一杯、走っている」というのが素朴な実感。クラクションひとつとっても、初体験の外国人には驚きであっても、地元民にはさほどのことではないのかもしれない。あるいは、日本を「静の文化」とすれば、インドはもともと「動の文化」「騒の文化」と言うことかもー。このあたりはわずか1週間弱の体験では何ともいえない。是非、インド通諸氏の見解をうかがいたいと思う。

 そう言えば、疾走するオートバイの後部座席にはサリー姿の女性が平然と横座りし、タクシー運転手に、「何故、クラクションをあんなに鳴らすのか」と通訳を通じて問うと、「クラクションは鳴らすためにあるのじゃないか」と冗談とも本気ともつかぬ答えが返ってきた。
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