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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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大震災支援 [2011年05月06日(Fri)]
伝説の名器 復興支援に
ストラディバリ製のレディ・ブラント


日本音楽財団が3年前に手に入れたばかりのストラディバリ製のバイオリン「レディ・ブラント」を東日本大震災の被災地支援のため売りに出すことになった。レディ・ブラントは1721年製。英国の詩人バイロンの孫娘レディ・アン・ブラントが一時、所有したことから、この名で呼ばれる。6月20日、ロンドンで行われるオークションで売却が成立すれば290年の歴史に「大震災の復興支援」という新たなページが刻まれることになる。



資料によれば、アントニオ・ストラディバリ(1644−1737)はイタリア北西部クレモナの工房を拠点に約1100挺のバイオリン、約60挺のチェロ、ビオラを製作した。今も存在が確認されているバイオリンは600〜700挺。日本音楽財団は1993年から楽器の購入を始め、ストラディバリ製バイオリン15挺、チェロ3挺、ビオラ1挺のほかストラディバリと並び称される名工ガルネリのバイオリン2挺を持つ。全体の購入価格は100億円を超えるとみられ「世界の文化遺産」とまで評される。

レディ・ブラントが購入されたのは2008年。音楽財団としては最も新しい購入で21挺の中でも極め付きの一品。400年の歴史を持つロンドンの世界的な楽器商で音楽財団のアドバイザーでもあるアンドリュー・ヒル氏は同財団の冊子の中で、レディ・ブラントは英アシュモレアン博物館が所有する「メシア」(1716年製)と同様、未使用に近く製作当時とほぼ同様の保存状態にあり未来のバイオリン製作者にも最高の指標となる、と記している。

購入額は明らかにされていないが1000万ドルを超えたのは間違いないようで、同財団の塩見和子理事長はあえてレディ・ブラントを売却対象に選んだ理由を「最高の楽器を手放すことで、未曾有の被害を受けられた被災者の皆さんに対する支援の気持ちを少しでも伝えたい」と語っている。

持った感じも音色も違う

一般競争入札における最低落札価格と同様、ネット・オークションでも売り手側の最低希望価格が設定されるようで売却が不発に終わる可能性も否定できないが、世界の名器といわれるストラディバリ製のバイオリンがオークションに登場すること自体、極めてまれ。増して今回は「単に世界的に有名な弦楽器のオークションというだけでなく、日本の復興という特別な意味が込められている」(担当する弦楽器専門商タリシオ)であり、関係者の間でも大きな注目が集まっているという。

ところでストラディバリ製のバイオリンは、どれほどの名器なのか。各種資料には「至上の名器」「神秘の音色」といった言葉が並ぶが、音楽知識のない身には実感がない。木材や接着剤、形状などに名器の秘密を求める様々な議論があり、この楽器の神格化に一役買っているようだ。中でも有力視されている表面のニスに関しては「現在の科学技術を持ってしても再現できない」といった指摘の一方で「当時の工芸家の間で一般的に使われていたごく普通の油と松ヤニ」といった研究成果まで発表されており、よく分からない。



音色に関しても、もともと名器を聴くほどの耳は持たない。音楽財団は将来性豊かな内外の若手音楽家に保有するバイオリンを貸与しており、3年ほど前、1736年製の「ムンツ」の貸与を受ける有希・マヌエラ・ヤンケさんの演奏会を聴く機会があった。演奏前に取材を兼ねて楽屋に訪ねると、ヤンケさんは「他のバイオリンとは全く違う」「音色も持った感じもすべて違う」と手放しで絶賛した。そんなこともあって、懸命に耳を傾けたが、素晴らしい演奏であるのは分かっても、「ストラディバリの音色」を感じ取るのはハナから無理な話であった。

▼「遍歴のアラビア」の著者

資料を読むうち思い出した話だが、レディ・ブラントに関しては、もう一つ驚いた事実がある。19世紀末、アラビア奥地に白人女性として初めて入り「遍歴のアラビアーベドウィン揺籃の地を訪ねて」を記した著者こそ、このバイオリンの名前の由来となったレディ・アン・ブラントその人であった。資料によれば夫が有名なアラビストで克明な観察と豊かな体験を基に「アラビア半島の夜明け前」を記録した、とある。



この本を直接読んだ記憶はないが、一時期、イザベラ・バードやシュリーマンなどの紀行文を読み漁り、関連の解説書か何かにレディ・アン・ブライトが紹介されていたと記憶する。Webで調べると、日本語版は417頁。法政大学出版局から出版されているようで、著者がアラビア半島に入ったのは1878〜1879年とされている。

一方、レディ・アン・ブライトはこのバイオリンを30年以上所有し、1895年、ドイツの楽器商に売却したという。となるとアラビア半島を訪れていた時代にも所有していたことになるが、彼女は音楽家でもなく、ほとんど未使用の楽器の状態などから塩見理事長は「仮に弾くことがあったとしても、趣味の域を出なかったのではないか」と推測する。

このほかにも、このバイオリンは一時期、世界的な保険市場ロイズの関係者がバイオリニストとして将来を嘱望された息子のために購入したが、第一次大戦で息子が不慮の死を遂げたため手放したーなど波乱の歴史を刻んできている。オークションで果たしてどのような人物の手に渡るか、興味は尽きない。(了)
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