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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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色あせる「不正義から逃げた」のゴーン主張 [2020年01月14日(Tue)]

“意に沿わないメディア”を意図的に排除
日本メディアの出席はわずかに3社
批判する以上、「当事国排除」は理を欠く


特別背任などの罪で起訴された日産自動車前会長カルロス・ゴーン被告の言動に世界の注目が集まっている。豊富な資産を背景に、今後も日本批判が繰り返される事態も予想され、少々タイミングがずれたが、一言、感想を記しておきたく思う。

ゴーン被告は、レバノンで行った“記者会見”で「私は正義から逃げたのではない、不正義と政治的迫害から逃れたのだ」と大見得を切った。日本の刑事司法制度は長期に身柄を拘束し、取り調べにあたり弁護士の立ち合いも認めず、保釈中も妻との接触を禁止するなど、被疑者・被告の基本的人権を侵害しており、「公正な裁判が受けられない」とも述べ、保釈中の逃亡を正当化した。

2時間余、ひたすら自説を展開する“ゴーン劇場”だったと報じられている。世界から60社のメディアが出席したが、日本メディアの出席は新聞、テレビ、出版各1社の3社のみ。大半の日本メディアの出席は拒否され、「日本のメディアを排除しているわけではない」とする一方で3社に関しては「客観的な報道に努めていると判断された」と語り、意図的な選択だったことを自ら認めている。

ゴーン被告が選んだメディアだけが参加できる「メディア懇談会」として設定されたとの報道もあり、「記者会見」の位置付けが妥当か議論の余地が残るが、日本の司法制度を世界に向かって一方的に非難する以上、当事国である日本のメディアの出席は広く認められなければ公正さを欠く。結果的に“意に沿わない日本メディア”を意図的に排除して質問を封じたことになり、これでは逃亡後の「声明」も色あせる。

日本の刑事司法制度では、逮捕に伴う身柄拘束だけでなく、起訴後も長期の勾留が認められ、保釈も厳しく制限される。公判開始に先立つ証拠開示も被告にとって不十分で、「自白偏重」、時に「人質司法」とさえ形容される現実もある。現役時代、10年近く検察を含めた司法取材に携わった経験から言えば、日本の刑事司法制度には見直すべき点が間違いなく、いくつかある。

しかし、司法制度はその国の歴史や宗教、時代の変化を背景に改正や見直しを重ねた結果、現在の姿があり、その形は当然、国によって違う。従って何らの問題点がない司法制度も存在しない。それ故に、たえず改善に向けた努力が欠かせないが、犯罪の疑いを指摘され、違法な手段で逃亡した人物から一方的に非難される謂れもない。

個人としてはゴーン被告の逃亡によって保釈を認めた裁判所に対する批判が強まり、拡大傾向にあった保釈率が再び低下する事態を懸念する。伝えられるようにGPS装置が逃亡防止に有効なら、まずは、そうした機器の活用による対策強化が優先されるべきだと思う。

役員報酬の過少記載や特別背任などゴーン被告が問われた起訴事実、さらに今回の逃走の詳細については知る立場にはないが、今後、ゴーン被告が日本の法廷の被告席に立つことは考えにくく、「自分に正義があるというのなら日本の法廷で主張すべきだ」というのは正論であっても通じない。

ゴーン被告は自己の逃亡を正当化するためにも「日本の刑事司法の犠牲者」との発信を一層、強めよう。一部外国メディアには「日本で公正な裁判を受けられたかどうか分からない」といった報道もみられる。その都度、国を挙げて、すべき反論を行うしかないが、身勝手な主張が司法制度の意味ある改正論議につながるとは思えない。法は国の要であり、それを変えていくのは国民である。
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