ミャンマー・カレン州の首相に聞く
[2017年02月13日(Mon)]
半世紀超す内戦で豊富な自然残った
民主化の果実、拙速より長い目線で
先月末、ミャンマーのカレン州を訪れ、ドー・ナン・キン州首相(62)に話を聞く機会があった。キン首相は昨春、政権を獲得したNLD(国民民主連盟)の活動家として軍政時代の1997年から2年間、刑務所生活も体験し、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相とも並ぶNLDの重鎮として党の中央委員も務める。
キン首相は州の開発について「カレン州には薬草など自然資源も鉱物資源も豊富にある」とする一方、「早急にやらなければならないことがいっぱいあるが、国民の反対が強く思うように進まない」、「当面、石炭を使った火力発電所の建設を目指したい」などと語った。
カレン州はミャンマー南東部、タイ国境に位置し、1947年の独立後、2012年まで「世界でも最も長い内戦」が続いた。その結果、開発が遅れたが、豊富な自然や資源が残された。開発に向けた州トップとしての決意は理解するが、民意を尊重すればその分、手続きに時間とコストが伴う。拙速を避け、残された自然を生かす長い目線の開発こそ、州の将来に相応しい気がする。
カレン州は人口約160万人。ヤンゴンから車で約6時間の距離にあり大半が中山間地。80%が稲作やトウモロコシ、ゴムなど農業で生計を立てる。英国は植民地時代、カレン族など少数民族を多く重用して人口の7割近くを占めるビルマ族を統治したといわれ、そうした歴史が中央政府軍とカレン民族同盟(KNU)の戦いを長引かせた。
タイの難民収容所に10万人を超す住民が避難しているほか国内難民も多く、彼らが故郷に戻れるような産業基盤、インフラの整備が新政権、州政府の課題となっている。州の大半を占める中山間地には豊富な薬草がそのまま残され、州都パアン郊外では、日本財団が2012年から州政府が用意した40エーカー(約16ヘクタール)に上る広大な用地に薬草園を整備し薬草プロジェクトを進めている。
「薬草の宝庫」に相応しく既に150種に上る薬草・薬木が集められ、近く東京農業大学も保存技術の指導などに乗り出す予定。海外の製薬メーカーも注目し、指導に当たる日本財団の間遠登志郎氏のもとには沖縄の保健食品開発協同組合から、地元で古くから伝統医療に使われてきたウコンに関する問い合わせも寄せられている。
薬草園で開発した保存・加工技術を周辺農家に移転、薬草園が収穫物を買い取って内外のメーカーに出荷し、農家の自立を促すモデル事業とするのが目標で、実現すれば、かなりの数の農家の参加が可能になる。キン首相も「地元の人は石油など鉱物資源ばかりに目が行く。薬草が金になることを日本財団は教えてくれた意味は大きい」とプロジェクトの将来に大きな期待を寄せている。
同時にカレン州にはゼガビン山など観光資源も多く、キン首相は観光産業の育成にも力を入れたいという。そのためには道路や空港、ホテルなどインフラ整備が欠かせない。限られた時間で子細は確認できなかったが、北隣のカヤー州、南に隣接するモン州では、火力や水力発電所の建設計画が、「火力は大気を汚染する」、「洪水が起きたら大被害が出る」といった住民の反対で宙に浮いており、カレン州の火力発電所もこれに関連して構想されているようだ。
ミャンマーの電力不足は深刻で、その必要性は誰もが認める。ただし発電所建設のようなプロジェクトにはODA(政府開発援助)など大きな資金が必要となる。それ以上に地球温暖化が世界の深刻な課題となる中、CO2(二酸化炭素)発生量の多い石炭火力の発電所建設には疑問も残る。そうした点を研究する専門家の育成も遅れているようだ。
テイン・セイン前大統領による2011年の民主化、2015年総選挙でのNLDの大勝を通じてミャンマー経済は大きく発展し、最大都市ヤンゴンなど都市部と少数民族が多く住む周辺の中山間地の格差は一段と拡大している。
国民には「民主政権ができたのだから生活はよくなるはずだ」といった根強い信仰があるようだが、半世紀以上続いた内戦で少数民族が多く住む周辺地域の開発の遅れは教育、医療なども含め尋常ではない。ミャンマーの新しい国づくりは、ある意味で緒に就いたばかり。今後、外国資本の進出も加速しそうだが、方向を決めるのはあくまで国民である。長期の内戦という不幸の産物とはいえ、豊富に残った薬草など自然資源を精いっぱい活用する、長い目線こそ「民主化の果実」につながると思う。(了)
民主化の果実、拙速より長い目線で
先月末、ミャンマーのカレン州を訪れ、ドー・ナン・キン州首相(62)に話を聞く機会があった。キン首相は昨春、政権を獲得したNLD(国民民主連盟)の活動家として軍政時代の1997年から2年間、刑務所生活も体験し、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相とも並ぶNLDの重鎮として党の中央委員も務める。
カレン州の将来を語るドー・ナン・キン州首相
キン首相は州の開発について「カレン州には薬草など自然資源も鉱物資源も豊富にある」とする一方、「早急にやらなければならないことがいっぱいあるが、国民の反対が強く思うように進まない」、「当面、石炭を使った火力発電所の建設を目指したい」などと語った。
カレン州はミャンマー南東部、タイ国境に位置し、1947年の独立後、2012年まで「世界でも最も長い内戦」が続いた。その結果、開発が遅れたが、豊富な自然や資源が残された。開発に向けた州トップとしての決意は理解するが、民意を尊重すればその分、手続きに時間とコストが伴う。拙速を避け、残された自然を生かす長い目線の開発こそ、州の将来に相応しい気がする。
カレン州は人口約160万人。ヤンゴンから車で約6時間の距離にあり大半が中山間地。80%が稲作やトウモロコシ、ゴムなど農業で生計を立てる。英国は植民地時代、カレン族など少数民族を多く重用して人口の7割近くを占めるビルマ族を統治したといわれ、そうした歴史が中央政府軍とカレン民族同盟(KNU)の戦いを長引かせた。
タイの難民収容所に10万人を超す住民が避難しているほか国内難民も多く、彼らが故郷に戻れるような産業基盤、インフラの整備が新政権、州政府の課題となっている。州の大半を占める中山間地には豊富な薬草がそのまま残され、州都パアン郊外では、日本財団が2012年から州政府が用意した40エーカー(約16ヘクタール)に上る広大な用地に薬草園を整備し薬草プロジェクトを進めている。
「薬草の宝庫」に相応しく既に150種に上る薬草・薬木が集められ、近く東京農業大学も保存技術の指導などに乗り出す予定。海外の製薬メーカーも注目し、指導に当たる日本財団の間遠登志郎氏のもとには沖縄の保健食品開発協同組合から、地元で古くから伝統医療に使われてきたウコンに関する問い合わせも寄せられている。
薬草園で開発した保存・加工技術を周辺農家に移転、薬草園が収穫物を買い取って内外のメーカーに出荷し、農家の自立を促すモデル事業とするのが目標で、実現すれば、かなりの数の農家の参加が可能になる。キン首相も「地元の人は石油など鉱物資源ばかりに目が行く。薬草が金になることを日本財団は教えてくれた意味は大きい」とプロジェクトの将来に大きな期待を寄せている。
同時にカレン州にはゼガビン山など観光資源も多く、キン首相は観光産業の育成にも力を入れたいという。そのためには道路や空港、ホテルなどインフラ整備が欠かせない。限られた時間で子細は確認できなかったが、北隣のカヤー州、南に隣接するモン州では、火力や水力発電所の建設計画が、「火力は大気を汚染する」、「洪水が起きたら大被害が出る」といった住民の反対で宙に浮いており、カレン州の火力発電所もこれに関連して構想されているようだ。
朝もやに霞むゼガビン山
ミャンマーの電力不足は深刻で、その必要性は誰もが認める。ただし発電所建設のようなプロジェクトにはODA(政府開発援助)など大きな資金が必要となる。それ以上に地球温暖化が世界の深刻な課題となる中、CO2(二酸化炭素)発生量の多い石炭火力の発電所建設には疑問も残る。そうした点を研究する専門家の育成も遅れているようだ。
テイン・セイン前大統領による2011年の民主化、2015年総選挙でのNLDの大勝を通じてミャンマー経済は大きく発展し、最大都市ヤンゴンなど都市部と少数民族が多く住む周辺の中山間地の格差は一段と拡大している。
国民には「民主政権ができたのだから生活はよくなるはずだ」といった根強い信仰があるようだが、半世紀以上続いた内戦で少数民族が多く住む周辺地域の開発の遅れは教育、医療なども含め尋常ではない。ミャンマーの新しい国づくりは、ある意味で緒に就いたばかり。今後、外国資本の進出も加速しそうだが、方向を決めるのはあくまで国民である。長期の内戦という不幸の産物とはいえ、豊富に残った薬草など自然資源を精いっぱい活用する、長い目線こそ「民主化の果実」につながると思う。(了)