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四季折々の雑記

 30年以上在籍したメディアでは「公」の動きを、その後10年以上は「民」の活動を中心に世の中を見てきた。先行き不透明な縮小社会に中にも、時に「民の活力」という、かすかな光明が見えてきた気もする。そんな思いを記したく思います。


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日本の新型コロナ対応をめぐって [2020年05月18日(Mon)]

死者数が奇跡的に少ないのは何故?
感染者死亡率も 各国から驚きの声
医療関係者の奮闘と国民の自律意識?

世界的大流行(パンデミック)となった新型コロナウイルス禍で日本の死者数、感染者死亡率の低さが各国の注目を集めている。PCR検査の実施率が低く、中国や欧州各国のような罰則付きの外出禁止やロックダウン(都市封鎖)がとられていないのに「何故」という訳だ。感染者死亡率はともかく、人口100万人当たりで見た死者数は確かに欧米各国に比べ驚くほど低い。

▼死者数は各国の実態占う指標

死者の数え方は国によって若干の違いがあるようだが、PCR検査の実施数などに大きなバラつきがある現状を踏まえると、死者数こそ各国の感染実態を占う合理的な指標と考える。今後、専門家によって解明されるべきテーマであり、第2波・第3波の感染拡大の可能性も有り得る状況で拙速な判断は避けるべきだが、死者数を見る限り、日本はウイルスとの戦いでよくやっている、というのが率直な感想だ。

共同電によると、米外交誌フォーリン・ポリシーは5月14日付の電子版に「奇妙な成功」と題する東京発の論評記事を掲載。「死者数が奇跡的に少ない」日本の現状について「結果は敬服すべきものだ」とする一方、「単に幸運だったのか、政策が良かったのかは分からない」と驚きと疑問を呈している。

一方、翌15日のNewsweek日本版。「日本の『生ぬるい』新型コロナ対応がうまくいっている不思議」との見出し記事で、「感染者の死亡率が世界で最も低い部類に入り、医療システムの崩壊も免れ、感染者数も減りつつある」日本の現状について、「PCR検査の実施件数は極端に少なく緊急事態宣言には強制力が伴わないのに感染者数が着実に減りつつあるのは何故か」と問い掛けている。

PCR検査の少なさだけでなくソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)も要請ベースで中途半端、国民の過半数も政府の対応に批判的で何から何まで間違っているように思えるのに、すべてがいい方向に向かっているように見える現状は理解し難い、と指摘。その上で人口100万人当たり死者数を取り上げ、アメリカ258人、スペインは584人、ウイルスとの闘いに成功したと見られているドイツでさえ94人なのに日本は5人に過ぎない、としている。

5月17日現在の日本の感染者数は1万6336人、死者数は756人。感染者の死亡率は4・6%。少な過ぎると批判があるPCR検査の実施人数は5月15日現在で約23万人に留まっており、実施率が高まれば感染者(陽性者)の数はほぼ間違いなく増加する。母数が増えることで感染者の死亡率がさらに低下する可能性も高い。焦点の死者数は4月1日現在の日本人口(1億2596万人)で100万人当たりに換算すると6人。今後も増えるが、それでも欧米に比べ、あまりにも低い。

▼指摘される様々な要因

様々な要因が指摘されている。@日本には国民皆保険制度による質の高い医療があるA手洗いやマスクなどが習慣化しているB高齢化が進み呼吸器疾患の治療が進んでいるC欧米のようなハグやキス、握手の習慣が少ないDCTやMRIが広く普及し肺炎患者の早期発見につながっているEBCGワクチンが新型コロナウイルスの予防に役立っているーなどだ。@~Dに関してはなるほどと思う。特にDに関しては、人口100万人当たりで見た日本のCTやMRIの保有数はOECD(経済協力開発機構)諸国の中でも断トツ。具体的な活用数は示されていないが大きな力を発揮したと思う。Eは医療の専門分野の話であり、期待を持って今後の研究結果を待ちたい。

その上で、日本の現状について特筆すべきはやはり病床や防護具の不足で医療崩壊が懸念される中、日夜、奮闘を続ける医療関係者の努力だと思う。同時に“お願い”ベースの自粛要請に国民が予想以上に協力している現実もあると思う。確かに3月末の花見シーズンに桜の名所に多数の人が押し寄せ、休業要請にかかわらず開店したパチンコ店に客が列をなした、といった事実もあった。しかし人影が消えた街の風景を前にすると、予想以上に多くの人が3密(密閉、密集、密接)を避ける努力をしたように感じる。

▼新しい日本型モデルを

日本財団が4月、17~19歳の1000人を対象に実施した「18歳の意識調査」でも、78・6%が人との接触を8割程度減らしたとしているほか、30%近くは「全く外出しなかった」と答えている。理由のトップは「自分が感染したくない」(74・8%)、2位には「感染すると家族や他人にうつす恐れがある」(68・1%、複数回答)が続いており、「外出禁止」ではなく「外出自粛要請」であったが故に、かえって個々人が自分の行動を律する結果になったような気がする。

日本は2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群)の被害がほとんどなく、教訓の無さが台湾や韓国に比べPCR検査など備えの薄さにつながった。クラスター(小規模な集団感染)を一つひとつつぶす作戦もその意味で“窮余の一策”であったのではないか。

第2波だけでなく、世界的な温暖化や森林伐採の進行でウイルスや細菌との戦いは今後、大幅に増えると予想されている。抗体検査などで感染の実態が判明すれば、日本はさらに強力な感染防止モデルを確立することが出来る。そんな期待を込めて事態の推移を見守りたいと思う。
新型コロナウイルス禍対策を考える [2020年04月02日(Thu)]

カネはいくらあっても足りない
企業の内部留保を活用できないか?
まずは雇用の維持・確保を!

出口が見えない新型コロナウイルス禍で様々な緊急経済対策が議論されている。感染拡大防止と「ヒト」、「モノ」、「カネ」の動きが止まり大不況の様相を深める経済対策が柱であるのは言うまでもない。米国など主要国は相次いで国内総生産(GDP)の10%以上の緊急対策を打ち出し、日本も自民党が企業の資金繰り支援や家計への現金給付を中心にリーマンショック(2008年)を上回る60兆円規模の対策をまとめている。

▼GDPの80%を超す

被害が企業中心だったリーマンショックと違い、今回は医療を含め社会生活の隅々に被害が広がっており、カネはいくらあっても足りない。そんな中で気になるのは2018年度、過去最大の463兆円に積みあがった企業の内部留保の存在だ。我が国のGDPの80%を超え、半数近い223兆円は現預金で保有されている。

株式配当や新規投資、従業員への還元(賃上げ)に充てられるのが普通で、安倍晋三首相も「経済の好循環」の実現に向け、賃上げや設備投資に回すよう繰り返し経済界に協力を求めてきた。しかし配当は上昇したものの賃上げや新規投資に対する経済界の腰は重く、アンバランスを是正する上からも内部留保課税の是非が議論されてきた。

内部留保が経済活動で得られた利益から法人税や配当、給与を差し引いた利益剰余金であることから、新たな課税は二重課税になるとする反対論も根強く、西村康稔・経済再生担当相が昨年11月、「課税は難しい」との認識を示した経過もある。しかし身の回りを見ると、酒やガソリンには酒税、ガソリン税といった物品税をかけた上で、さらに消費税が掛けられており、二重課税が特段、珍しいケースとも思えない。

参考になるケースとして、韓国が2015年から3年間の時限措置として、企業所得還流税制と呼ばれる内部留保課税を導入した例がある。一定規模以上の企業を対象に、配当や投資、賃金還元の合計額が当期利益の80%に達しない部分について10%の追加課税を行い投資や賃上げを促す内容で1000社程度が対象になったといわれる。結果は、配当は増加したものの賃上げや設備投資に関しては期待した効果が得られなかったとされている。

企業経営者が将来に対する不安から大型投資や一度上げると下げにくい賃上げを敬遠したのが原因とみられている。それなら従業員への還元に絞って一定の達成目標を設け、未達成の部分に課税することで賃上げを促すような方法もあっていいような気がするが、この辺りは専門家によって研究される課題である。

▼ “危機”の只中

むしろ素人の立場からは、内部留保がリーマンショックの痛手などを教訓に「将来の危機への備え」として積み上げられてきた経過を踏まえ、企業経営者の使命感と奮起に期待したく思う。内部留保は企業防衛を理由に従業員の賃金を抑制する形で蓄積された。結果、実質賃金はこの20年間、先進国の中で唯一減少し、内需が低迷しデフレ脱却が進まない原因となっている。

ならば未曽有の危機の只中にある今こそ、内部留保を活用する時である。まずは従業員の雇用の維持・確保に充てるのが先決であろう。既に観光や運輸、流通業界、中小零細企業の中には廃業や倒産に至るケースも出ている。内部留保の多くは大企業に集中していると思われるが、社会の公器である企業の立場、CSR(企業の社会的責任)の観点からも、社会全体に広く、公平に活用されるよう望みたい。

主要20カ国・地域の集まりであるG20は3月26日に開催したテレビ会議形式の緊急首脳会合で、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)を克服するため「何でもやる」覚悟を確認しており、経済界も大きな使命を負う。

▼消費税減税には賛成できない

関連して、国民民主党、共産党が5%、維新の会がすべての品目に軽減税率を適用することで実質的に8%、自民党の若手有志やれいわ新選組がゼロにするよう求めている消費税減税について一言。結論から言えば減税には賛成できない。少子高齢化の進行で社会保障費が急増する中、歳入の20%近くを占める消費税に代る安定財源は見当たらないし、これまでの経過を見ても、一度、下げれば元に戻すのは容易ではない。新型コロナウイルス感染は収束しても後遺症が長く続き、消費税収入がなくなれば、その後の経済立て直し遠のき、社会保障制度が一層不安定かするのは避けられないからだ。(了)
恐怖が先行する新コロナウイルス [2020年03月03日(Tue)]

「正しく怖れる」ことの難しさ
防止策が新たな不安を増幅
気になる「黄禍論」の可能性



中国・武漢に端を発した新型コロナウイルスによる感染が3月3日現在で世界71カ国・地域に広がっている。飛沫(ひまつ)感染、接触感染のほか、感染経路が分からない「市中感染」も確認され、現時点では有効な治療法がなく、ワクチン開発の目途も立っていない。先行き不透明の中で恐怖と不安が感染を上回るスピードで拡大し、防止対策を厳しくすれば、それに合わせて不安が増幅する事態も生まれている。

医学・疫学の知識がないまま軽々にモノを言うつもりはないが、1点、どうしても気になる点を記しておきたいと思う。感染の拡大とともに広がりを見せる偏見、差別である。何度か取材したハンセン病の歴史を見ても、偏見や差別は不安や恐怖から生まれる。

一連の報道を見ると、欧州で最初に感染者が確認されたフランスでは新聞に「黄色人種の危険」といった見出しも登場している。中国人だけでなく日本人や韓国人など東アジア系の人々が街中やソーシャルメディアで差別的な言葉を浴びせられるケースが増え、シンガポールやマレーシアでは中国人の入国を全面禁止するよう求めるオンライン署名活動に多くの人が賛同している、と報じられている。

当の中国では、「武漢人」がネット上で疫病の隠語や象徴として使われ、武漢人や武漢ナンバーである「鄂Aナンバー」のプレートを付けた車を歓迎しないと書いた横断幕を掲げる地域や武漢人を「出ていけ」などと罵倒する現象も起きている、といわれる。

日本でも厚生労働省の要請を受け、政府派遣のチャーター機で武漢から帰国した邦人や集団感染があったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」などで医療行為に当たった災害派遣医療チームの医師や看護師、その家族が、「バイ菌扱い」され、保育園・幼稚園から子どもの登園自粛を求められる事態も発生。日本災害医学会が2月22日、偏見や先入観に基づく差別を強く批判する抗議声明を発表している。

新型コロナウイルスに対するパニックが、欧米では中国人だけでなくアジア系全体、アジアでは発症国である中国や中国に次いで感染者が多い韓国や日本、そして中国や日本では武漢の関係者や感染者に接触した可能性がある人々に対する偏見・差別を生み、さらに激しさが増す気配にある。2月24日から中国などアジア5カ国・地域に続き、日本や韓国からの入国を禁止したイスラエルのようにアジアの人々の入国をシャットアウトする動きも増えそうだ。

2002年に中国・広東省を起源として32の国・地域に広がり世界を揺るがせたSARS(重症急性呼吸器症候群)も新型コロナウイルスの一種だった。遡れば1世紀前のスペイン風邪では、1918年から約2年間に当時の世界の人口の3割に当たる5億人が感染し、2000万人〜4500万人、日本でも当時の人口の0.8%強に当たる45万人が死亡した。ウイルス性感染に対する恐怖は人類のDNAに染みついている。

WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は消極的な印象も受けるが、71カ国・地域に感染が拡大した現状は、どうみてもパンデミック(世界的な大流行)の様相にある。致死率はSARSの9・6%に比べ低く、糖尿病や免疫抑制剤を使用している高齢者らを除けば症状も軽いとされるが、感染力の強さは尋常ではなく、この点が恐怖と不安を深める一因となっている。

中国の工場稼働率の低下でサプライチェーン(部品供給網)が寸断し、世界経済が減速し始めており、経済がさらに悪化すれば偏見・差別がさらに膨張しよう。1月29日付の中国・人民日報は「私たちの共通の敵は疫病であり武漢の人ではない」と訴える記事を掲載しているが、人々が冷静さを取り戻し、染み付いた恐怖や偏見が消えるには時間が掛かる。東日本大震災の被災地、とりわけ原発事故があった福島の農水産物は放射性物質が基準値を下回った今も、購入をためらう人が国内でも10%を超え、風評被害から抜け切れないでいる。

気になるのは、今回の新型コロナウイルスに関連して、19世紀後半から20世紀前半に欧米に現れた「黄禍論」が再び頭をもたげる可能性がいくつか指摘されている点だ。近年の中国の経済大国化や経済摩擦など他の要因もあろうが、冒頭でも触れたように、中国人だけでなくアジア人全体を一括りにして差別する動きが欧米に出ているのは間違いない気がする。日本も含め当のアジア各国にも、同様に差別意識を露わにした書き込みなどが目立ってきている。

「正しく怖れる」という言い方がある。しかし、新型コロナウイルスの正体が解明され、治療法が確立されない限り正しく怖れることは難しい。騒ぎが長引き、被害が拡大すれば、グローバル化で極限まで拡大した格差など他の要素も絡み、偏見や差別は社会の底辺に広く沈潜し、その後遺症も長く残る。

安倍内閣が打ち出した小中高校の一斉休校要請に対し、その根拠を問う声も出ている。しかし、新型コロナウイルスの被害が今後どう進むか、現時点で分からない以上、可能な限りの封じ込め策をとり、関連して発生する不都合にその都度、対処していくしか方法はないのではないか。評価は常に後付けである。結果が悪ければ、それでも手ぬるかったということになる。結局、必要と判断した対策を進めるしかない。そんな思いで事態の推移を見守りたく思う。


色あせる「不正義から逃げた」のゴーン主張 [2020年01月14日(Tue)]

“意に沿わないメディア”を意図的に排除
日本メディアの出席はわずかに3社
批判する以上、「当事国排除」は理を欠く


特別背任などの罪で起訴された日産自動車前会長カルロス・ゴーン被告の言動に世界の注目が集まっている。豊富な資産を背景に、今後も日本批判が繰り返される事態も予想され、少々タイミングがずれたが、一言、感想を記しておきたく思う。

ゴーン被告は、レバノンで行った“記者会見”で「私は正義から逃げたのではない、不正義と政治的迫害から逃れたのだ」と大見得を切った。日本の刑事司法制度は長期に身柄を拘束し、取り調べにあたり弁護士の立ち合いも認めず、保釈中も妻との接触を禁止するなど、被疑者・被告の基本的人権を侵害しており、「公正な裁判が受けられない」とも述べ、保釈中の逃亡を正当化した。

2時間余、ひたすら自説を展開する“ゴーン劇場”だったと報じられている。世界から60社のメディアが出席したが、日本メディアの出席は新聞、テレビ、出版各1社の3社のみ。大半の日本メディアの出席は拒否され、「日本のメディアを排除しているわけではない」とする一方で3社に関しては「客観的な報道に努めていると判断された」と語り、意図的な選択だったことを自ら認めている。

ゴーン被告が選んだメディアだけが参加できる「メディア懇談会」として設定されたとの報道もあり、「記者会見」の位置付けが妥当か議論の余地が残るが、日本の司法制度を世界に向かって一方的に非難する以上、当事国である日本のメディアの出席は広く認められなければ公正さを欠く。結果的に“意に沿わない日本メディア”を意図的に排除して質問を封じたことになり、これでは逃亡後の「声明」も色あせる。

日本の刑事司法制度では、逮捕に伴う身柄拘束だけでなく、起訴後も長期の勾留が認められ、保釈も厳しく制限される。公判開始に先立つ証拠開示も被告にとって不十分で、「自白偏重」、時に「人質司法」とさえ形容される現実もある。現役時代、10年近く検察を含めた司法取材に携わった経験から言えば、日本の刑事司法制度には見直すべき点が間違いなく、いくつかある。

しかし、司法制度はその国の歴史や宗教、時代の変化を背景に改正や見直しを重ねた結果、現在の姿があり、その形は当然、国によって違う。従って何らの問題点がない司法制度も存在しない。それ故に、たえず改善に向けた努力が欠かせないが、犯罪の疑いを指摘され、違法な手段で逃亡した人物から一方的に非難される謂れもない。

個人としてはゴーン被告の逃亡によって保釈を認めた裁判所に対する批判が強まり、拡大傾向にあった保釈率が再び低下する事態を懸念する。伝えられるようにGPS装置が逃亡防止に有効なら、まずは、そうした機器の活用による対策強化が優先されるべきだと思う。

役員報酬の過少記載や特別背任などゴーン被告が問われた起訴事実、さらに今回の逃走の詳細については知る立場にはないが、今後、ゴーン被告が日本の法廷の被告席に立つことは考えにくく、「自分に正義があるというのなら日本の法廷で主張すべきだ」というのは正論であっても通じない。

ゴーン被告は自己の逃亡を正当化するためにも「日本の刑事司法の犠牲者」との発信を一層、強めよう。一部外国メディアには「日本で公正な裁判を受けられたかどうか分からない」といった報道もみられる。その都度、国を挙げて、すべき反論を行うしかないが、身勝手な主張が司法制度の意味ある改正論議につながるとは思えない。法は国の要であり、それを変えていくのは国民である。
国際社会に広がる“スー・チー批判” [2019年12月24日(Tue)]

解決の糸口見えぬロヒンギャ難民問題
将来見据えた息の長い視点こそ!


ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問に対し、欧米を中心に国際社会で「ノーベル平和賞を裏切った」、「色あせた『民主化のシンボル』」といった批判が広まっている。国の最高指導者として、ミャンマー国軍の掃討作戦で90万人に上るベンガル系イスラム教徒(ロヒンギャ)がバングラデシュに避難している問題の解決に向け積極的に動いていないというのが理由で、一部ではノーベル平和賞の取り消しを求める署名運動も進められているようだ。

難民が置かれた厳しい現実からも「待ったなし」の課題であるのは言うまでもないが、宗教、民族、歴史が複雑に絡み一朝一夕で解決できる問題ではない。性急なスー・チー氏批判は拙速な気もする。政治的解決を図る一方で、長期的視野に立ってロヒンギャの人々とミャンマー、バングラデシュの住民の相互理解、融和を模索する必要がある。

日本財団200万ドルの教育支援に意義

その意味で今月11日、日本財団とバングラデシュに本拠を置くNGO「BRAC」が現地で発表した教育プログラムは、日本ではあまり報じられていないが、将来を見据えた取り組みとして注目されていい。プログラムが実施されるのは、30を超す難民キャンプで約90万人のロヒンギャが暮らすバングラデシュ東南部のコックスバザール地域。日本財団が200万米ドル(約2億2000万円)を支援して、4〜14歳の児童・生徒8000人の教育の場として鉄製2階建ての学習センター50棟を建設するほか、BRACが運営する学習センターで、難民を受け入れている周辺地域の5〜6歳児3000人に就学前の教育プログラムを提供する。

難民が最終的にどこに住むことになろうと、その地域の住民との相互理解がなければ問題は解決しない。将来を担う子どもの教育に重点を置いた今回のプログラムは双方に配慮した融和策と言え、記者会見でBRACのサレー常務理事は「教育機会のない難民子供には夢や将来がない。日本財団と一緒に活動していくのが楽しみだ」と期待を語り、笹川陽平日本財団会長も子どもの教育の重要性を指摘した上で、「金だけでなく共同で人道支援ができるよう期待する」と意欲を語った。

ロヒンギャはミャンマー西部のラカイン州からバングラデシュにかけ約200万人が住むと言われるが、ミャンマーでは「インド東部やバングラデシュのベンガル地方から流入した不法移民」、バングラデシュでは「ビルマ(現ミャンマー)の民族集団」として、ともに外国人の位置付け。マレーシア、タイ、インドネシアなど周辺国も「経済移民」として扱っており、難民条約の適用にも難しい面がある。

アジアにはアジアのやり方がある 

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「ミャンマーが責任を負うべき問題」として市民権を与えるよう求めているが、スー・チー氏は12月11、12両日にオランダ・ハーグ国際司法裁判所(ICJ)で開催された公聴会で、国軍がロヒンギャにジェノサイド(集団虐殺)を行ったとの訴えを「不完全で不正確」と一蹴、Webを検索すると「かつて敵だった軍と手を組んだ」とする批判記事も目に付く。

2015年の総選挙で国民民主同盟(NLD)を率いて圧勝したスー・チー氏に期待が集まるのは当然として、ミャンマーには国民の60%以上を占めるビルマ族のほか135に上る少数民族が住むが、ロヒンギャはこの中に入っていない。ミャンマーを訪れロヒンギャ問題に触れると、普段、冷静な通訳や政府関係者が別人のように激高するケースをしばしば目にする。それだけ国民感情も深刻で、ミャンマー、バングラデシュ両政府が18年11月に合意した難民の帰還に関しても、多くが「ジェノサイドがまだ続いている」として応じていないようだ。

憲法で国会議席の4分の1を占める軍との関係もあり、もともと「野党にあってこそ輝く」と評されるスー・チー氏は“動くに動けない立場”にあるのではないか。欧米の世論は、自らの主張を押し付ける傾向が強いが、アジアにはアジアのやり方もある。拙速を避けるためにも、もう少し冷静な視点が必要な気がする。「きれいごと」の批判を承知で言えば、将来を見据えた息の長い視点が弱いような気がする。

遅れる比残留日系人2世の国籍取得 [2019年11月07日(Thu)]

「生あるうちに、日本人の証を」
なお1000人以上が無国籍状態
政府・国会が一歩、踏み出すとき


戦前から終戦にかけ日本人の父親の子として生まれ、戦後、フィリピン人の母親とともに現地に残されたフィリピン残留日系人2世が日本国籍の取得を求め家庭裁判所に「就籍」の申し立てを始めてから15年近くが経過した。しかし就籍の審判で日本国籍を取得できた残留2世は計240人に留まり、なお1000人以上が無国籍状態にある。当の残留2世は終戦の年に生まれた最も若い2世でも来年は後期高齢者の仲間入りをする。

▼現状の就籍手続き 年20人程度

戦後の厳しい反日感情の中で、父親との関係を示す資料を捨てるなど「日本人の子」であることを隠して生きざるを得なかった残留2世も多い。戦後の長い空白期間を経て、証拠を重視する司法の場で親子関係を立証するのは難しく、就籍手続きで日本国籍を取得できた残留2世は多い年で年間20人程度に留まる。このままでは「生あるうち」に「日本人の証」を手にするのは難しい。

残留2世問題は国の名で行われた戦争の結果、生まれた。そうである以上、残留2世の国籍問題も国の名で解決される必要がある。しかも彼らが求めているのは損害補償や慰謝料ではなく、日本人の父親から生まれた人間として当然、認められるべき日本国籍である。残された時間は少ない。政府、国会が早期解決に向け早急に一歩踏み出すよう求めたい。

残留2世の国籍取得に取り組む「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)
によると、これまでに判明した残留2世は3806人。うち父親の身元が分かり日本国籍を持つ2世は1181人(うち死亡433人)、身元は判明しているものの日本国籍を取得できていない2世1738人(同885人)、身元が未判明で日本国籍がない2世887人(同563人)。日本国籍を取得できていない生存中の2世は1177人に上る計算だ。

▼比・外務長官の呟き

関連して近年、フィリピン政府が残留2世の「無国籍認定」に前向きに取り組む動きが出ている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が世界で1000万人に上ると推定される無国籍者をゼロにする方針を打ち出したのを受けた動きで、8月には残留2世103人がフィリピン法務省に無国籍認定を申請した。

残留2世は納税も行い選挙権も持つが国籍はなく身分は不安定、パスポートを取得できず海外にも出られない。無国籍と認定されればフィリピンに居住する権利が正式に認められ、渡航証の発行手続きなどを経て出国の機会も保障される。日本政府による残留2世の日本国籍認定が遅々として進まない現状を前に、まずは残留2世の立場を安定させ、日本政府に早期の対策を促す狙いも込められている。

そんな中、フィリピン外務省のテオドロ・ロクシン外務長官が残留2世問題に関連して9月19日付けのツイッターに記した呟きが関係者の間でひとしきり話題となっている。「私たちはフィリピン国籍をいつでも提供するよう用意があるし、登録手続きはいつでも始められる。とはいえ、彼らの願いは日本人になることである。ところが日本の国会はどうやらその声を聴こうとはしていない。そんな状況にあってもなお、彼らは近代の日本の侍の末裔たちなのである。不思議な国である」という内容だ。

歴史的経過を見ても、残留2世が日本人の子であるのは明らか。何故、日本政府や国会は前向きに対応しようとしないのか、「侍」の国として潔さを欠くのではないか、といったフィリピン政府担当者としての“問い掛け”が込められている気もする。

それではフィリピン法務省が無国籍認定をする場合、その理由をどうするかー。「(残留2世が)日本国籍を持っている」と書くのは無理として、フィリピン政府の見解として「彼らは自分が日本人であると信じるが故に長い間、フィリピン国籍ではなく日本国籍を求めてきた」といった表現がされるとすれば、少なくとも就籍の審判の疎明資料にはなる。残留2世と同じように戦地に取り残された「中国残留孤児」の場合は、日中両国政府の合意の下に作成された「孤児名簿」が就籍を加速する決め手となった。

ただし中国残留孤児の肉親捜しは1972年の日中国交正常化を機に大きく前進した。これに対しフィリピン残留2世関係は、外務省の実態調査自体がそれより20年以上遅く、就籍の申し立てが始まるまでに、さらに10年近くを要している。30年の差はあまりに大きく、同じ手法で残留2世の国籍取得が実現するには残された時間が少なすぎる。何としても政治の後押しが必要と考える所以だ。時間切れで残留2世が無国籍状態のまま人生を終えるような事態は何としても避けるべきである。

▼「民」の力だけで解決するには限界

一足早く対策が進んだ中国残留孤児が満蒙開拓団など国策によって中国に渡った両親とも日本人の子であるのに対し、残留2世は自由意志でフィリピンに渡った日本人男性と現地の女性との間にできた子、といった違いを指摘する声もあるが、父親が日本人の子は日本国籍を持つとされた当時の戸籍法からも何らの違いはない。

残留2世の日本国籍取得はこれまで、日本財団の支援を受けたPNLSCの活動を中心に進められてきた。しかし「民」の活動だけで現状を大きく前進させるのは限りがある。現在、この問題を外務省、厚生労働省、法務のどこが主務するのかさえ、はっきりしない。早期解決には特別立法など、政府や国会の取り組みが欠かせない。こんな事情を受け10月末には「フィリピン日系人会連合会」のイネス・マリヤリ会長ら6人が来日、日本、フィリピン双方で集めた4万人余の著名を添え、国会に早期解決を求める請願書を提出した。

同行者の一人、カルロス寺岡・連合会前会長(88)は1930年、ルソン島バギオで山口県出身の父(1941年病死)とフィリピン人の母の3男として生まれ、長兄はスパイ容疑で日本の憲兵隊に銃殺され、次兄はフィリピンゲリラに殺害された。さらに米軍の攻撃を逃れ山中に避難していた1945年春、母と妹、弟を米軍の砲撃で失い、結局、もう1人の妹と2人が残された。

2000年から12年まで日系人連合会の会長を努め、2006年だったか、初めて会った際、残留2世問題を知る日本人が極めて少ない現状に「われわれは棄民なのか?」の怒りの言葉を漏らされた。戦後処理は敗戦に伴い海外から引き揚げる日本兵や邦人対策など極めて膨大。本来なら専門の省なり組織が欠かせない。旧厚生省(現厚生労働省)の援護局を中心にした戦後処理は徹底を欠き、遺骨取集など、なお残された課題は多い。「棄民」の一言に戦後処理から長く取り残された残留2世の無念を聞く思いがした。

▼天皇陛下の言葉に涙した残留2世

一夜、東京都内の宿泊先に寺岡氏を訪ねると、残留2世の国籍問題が日本国民に広く知られるようになった現状を「隔世の感がある」としながらも、日本政府や国会のあと一歩の後押しがほしいと語った。同時に一番の思い出として16年1月、国交正常化60周年を記念してフィリピンを訪問された天皇・皇后両陛下(当時)の思い出を語った。

両陛下は当初、日系人協会の関係者ら数人の代表と会われる予定だったが、宿舎となったホテルには80人を超す残留2世が詰め掛け、両陛下は日本国籍の有無とは無関係に、「苦労されたことでしょう」、「皆さんを誇りに思います」と声を掛けられ、多くの残留2世が涙を流した。寺岡氏は両陛下から直接声を掛けられた当時の写真を見せながら「両陛下が声を掛けてくださり涙が止まらなかった」と語る。当日の情景は、両陛下が政府より一足早く、残留2世を等しく「日本人」と認められた姿でもあった。あらためて政府の勇断を期待するー。
中国東北部で今も活用される日本建造物 [2019年10月01日(Tue)]

「残してこそ真実の歴史伝わる」の考えも
“日帝残滓”として解体進める韓国と対照


中国も韓国も日本との間に「歴史問題」を抱えている。しかし日本が戦前、現地に残した建造物に対する姿勢はかなり違う。中国では東北部(旧満州)を中心に日本ゆかりの建物の多くが「文物保護単位」(文化財)として保存・活用されており、「日帝残滓」(捨て去るべき廃棄物)として建物の解体を進める韓国と対照を見せている。他の旧址(史跡)と同様、歴史的、文化的価値に応じて「国家級」、「省級」、「市級」に分類され、表向き日本と関係が特に問題にされていることはないようだ。

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旧奉天中央郵便局

もちろん、国内の意見は「利用価値があれば当然使うべき」といった割り切った意見から、「侵略された歴史の証として残すべき」、さらには「忌まわしい過去について思い出したくない」といった声まで幅がある。そうした中で近年、残された建物を純粋に建築学の立場から再評価する動きや歴史の一断面として保存を目指す動きも出ているようで、中国の“懐の深さ”を垣間見る思いもする。

9月末、久し振りに訪れた遼寧省の省都・瀋陽市。人口830万人。旧満州時代、奉天と呼ばれ、日本人が多く住んだ旧大和区などを中心に外観が東京駅とそっくりな瀋陽駅や旧奉天中央郵便局、奉天警察署、横浜正金銀行奉天支店など多数の日本ゆかりの建造物が文化財として残され、公安局や銀行支店など当時と似た用途で利用されている。

このうちの一つ旧奉天ヤマトホテル。戦前の満州鉄道が大連や長春(新京)、ハルビンなどで経営した最高級ホテルチェーンのひとつで、白っぽいタイル仕上げの建物はほぼ当時のまま残され、現在は遼寧賓館として使われている。省級文物保護単位(文化財)に指定され、正面入り口には「遼寧省人民政府 2007年5月26日公布 大和旅館旧址」のプレートも。戦前は蒋介石、戦後は中華人民共和国の指導者、毛沢東やケ小平も訪れている。

今回の遼寧省訪問は、同市で開催された日本財団の日中医学交流事業関連のフォ−ラム取材が目的。一夜、遼寧賓館で懇談の機会があった。アール・デコ調の内装は格調が高く、たまたま結婚式の披露宴が行われていた大ホールには戦後、参院議員にもなった李香蘭(山口淑子)がロシア人歌手のリサイタルの前座を務め、奉天放送局がスカウト、俳優・歌手として活躍するきっかけとなった舞台(李香蘭・私の半生 新潮社)もそのまま残されていた。

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旧奉天ヤマトホテルに当時のまま残る大ホール舞台

瀋陽に先立って訪問した重慶市、雲南省昆明でも、日本ゆかりの建造物保存を話題にしてみた。一番多かったのは「建物が立派で利用価値があったから残った」という現実的な説明。次いで「歴史の一部だから残す。残さなければ歴史は失われる」といった指摘も目立った。金泳三大統領時代の1995年、爆破解体された朝鮮総督府を引き合いに「建物を壊したからといって支配されたという歴史は消えるものではない」、「後世に残してこそ真実の歴史を伝えることができる」といった声も聞かれた。

関連して友人に中国の若者の反応を聞いてもらうと、「どんな立派な建造物であろうと、日本人の統制下で強制的につくられた憎い歴史を思い出させる存在であることに変わりはない」といった返事も。その一方で、大連など瀋陽以外の都市も含め、建物の様式や技術、工法など純粋に建築学の分野から価値ある近代建築として、あるいは歴史的な古い建物群として保存する動きも出ているようだ。

確かに旧満州地域に残る日本ゆかりの建造物は、日本の若き建築家たちが、日本方式、中国方式にとらわれることなく全く新しい発想で、この地に合う石造り、鉄骨構造の洋風建築を目指したと言われる。都市開発や老朽化で古い住宅や関連の建物が姿を消す中、新しい保存の取り組みが、どう発展するかー。歴史問題は今も敏感なテーマであり、どう向き合うかは日本を含めそれぞれの国の問題である。軽々しく言うつもりはないが、そんな思いも込め今後の動きに注目したいと思う。

70年を経てなお語り継がれる不思議 [2019年09月11日(Wed)]

ビルマ・南機関とインド・藤原機関
独立に果たした役割を今も評価


日本人が忘れ去った存在について、外国で高い評価を聞き驚くことがある。旧日本軍の特務機関だった「南機関」と「F(藤原)機関」もその一つであろう。前者はミャンマー国軍の原点でもある「ビルマ独立義勇軍」(BIA)を育て、後者は「インド国民軍(INA)」の創設に尽力し、ともに両国が長い英国支配から脱する原動力となった。戦後70年以上経た現在もその貢献が語り継がれ、親日的な両国の対日観にも繫がっている。

以前、このコラムでも触れたが、8月末から9月上旬にかけ日本・ミャンマー将官級交流プログラム(日本財団主催)でタン・トゥン・ウー中将を団長とするミャンマー将官団10人が来日、8月26日に過去5回と同様、静岡県浜松市にある南機関の機関長・鈴木啓司大佐(当時)の墓を訪れたのを受け、改めて記しておきたいと思う。

南機関は1940年、中国・重慶の蒋介石政権に対する連合国からの軍事物資輸送ルート(援蒋ルート)のうち、ビルマルートの遮断を目的に大本営陸軍部が設置、鈴木大佐は後にビルマ国民に「建国の父」と仰がれるオンサン(アウンサン)将軍=アウンサン・スー・チー国家顧問の父=ら30人を海南島で訓練しBIAを結成した。組織はビルマ国防軍(BDA)、ビルマ国民軍(BNA)などに形を変えながら苦難の末、48年1月に独立を果たした。
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鈴木大佐の墓前で敬礼するミャンマー国軍将官団一行

南機関は旧日本軍(南方軍および第15軍)と意見対立しながらも最後までビルマ独立運動を支援したといわれ、ビルマ政府は81年、鈴木大佐未亡人ら南機関関係者7人にアウンサン勲章を贈っている。旧日本軍の影響はミャンマー国軍に今も色濃く残り、3月の国軍記念日には軍艦マーチが演奏されるほか、日本語の訓練用語も多く使われている。

ミャンマー将官団が訪れた鈴木大佐の墓は、「ビルマゆかりの碑」とともに浜名湖を一望する舘山寺大草山の頂上にあり、鈴木大佐やオンサンらがこの地でビルマ独立の秘策を練ったと伝えられる。一行が来日した際、東京都内のホテルで行われた歓迎レセプションで将官の一人に感想を求めると、「われわれは昔も今も(南機関に)恩を感じ、国民の多くも日本の協力に好感を持っている」と語った。

一方のF機関は1940年、陸軍参謀本部がマレー半島の情報収集を目的に設置。機関長だった藤原岩市少佐(当時)による「F機関-アジア解放を夢みた特務機関長の手記-」(出版社・バジリコ)などによると、日本軍の進撃で取り残されたインド兵などを中心にINAが組織され、シンガポールが陥落した42年2月には、英軍部隊に所属していたインド兵約5万人を前に藤原少佐が大演説を行い、自らの力で自由と独立を戦い取るよう呼び掛け、インド兵に熱狂と感動を呼んだ、とされている。

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藤原少佐が暮らしたコヒマ近郊の民家

藤原少佐は同4月に南方戦線を離れるが、44年3月に始まったインパール作戦では、ビルマ方面軍第15軍、31師団が進攻したインド・ナガランド州の州都コヒマの近郊に約1000人の部隊と布陣、作戦にはインド独立の英雄チャンドラ・ボース率いるINAも参加したが圧倒的な装備を誇る英軍の前に大敗した。しかし独立運動は終戦後さらに勢いを増し、インドは47年、独立を勝ち取った。

日本財団の支援で完成したインパール平和資料館の開館式が行われた6月末、藤原少佐らが展開したコヒマ郊外の村を訪ねると、古老が「日本がわれわれを解放してくれると信じた。メイジャー・フジワラ(藤原少佐)は村人と気さくに話し誰もが好感を持った」と語り、出てきた子供も「コンニチワ」と日本語であいさつした。親から教えてもらったそうで、「われわれが今あるのは日本のお陰」と繰り返し、藤原少佐が地元女性と暮らした古い民家にも案内してくれた。

南機関、藤原機関の活動は英国に勝つための諜報工作であり、そのまま肯定的に評価するのは難しい。ただし、軍の方針に反してまで独立運動を支援した鈴木大佐やインド兵を熱狂させた藤原少佐の大演説を見ると、二人にはミャンマー、インドの独立に向けた強い信念と情熱があったように思う。ともすれば内向きが指摘される戦後外交を前にすると、あの時期にどうして、このような動きが可能だったのか、不思議な気さえする。
パラリンピック 中国のメダル何故多い! [2019年08月07日(Wed)]

厳しい競争「メダル獲得こそ生きる道」
日本でも高まる競技性 東京の結果は?


2020年の東京・パラリンピックまで残すところ1年余、テレビCMに毎日のように登場するパラアスリートを見ながら、前回リオ・パラリンピックで中国と日本のメダル獲得数のあまりの違いに驚いたことを思い出した。金メダルで見ると中国は107個、22競技528種目のうち5分の1を占めたのに対し日本はゼロ。ことさらメダル数にこだわるつもりはないが、両国の取り組みのどこに、これだけの差が生まれる原因があるのか、にわかに信じ難い思いもあった。

参考までに、前回2016年のリオ五輪での中国のメダル数は金26、銀18、銅26(計70)。米、英両国に次いで全体の3位。日本は金12、銀8、銅21(計41)で6位だった。ところがパラリンピックの結果となると、中国は金107、銀81、銅51(計239)と金メダル数、全体数とも圧倒的なトップ。対する日本は銀10、銅14、金メダル数を優先したランキングでは全体の64位。2004年のアテネ大会の金17、銀16、銅20(計53)をピークに減少傾向にある。

中国の強さについて思いつくまま何人かに聞くと、人口13億人のこの国の障害者スポーツ人口の多さ、国が選手を選抜して育成するステート・アマの伝統、障害者用大型トレーニングセンターの整備など様々な要因とともに、メダリストに対する報奨金の多さを指摘する声も多かった。

報奨金は多くの国が導入しており、前回リオ・パラリンピックで日本は金メダル150万円、銀100万円、銅70万円を「日本障がい者スポーツ協会」(JPSA)が支給、自国開催の2020年は金300万円、銀200万円、銅100万円に増額する予定という。ちなみにリオ五輪のメダリストに日本オリンピック委員会(JOC)が支給した報奨金は、金が200万円アップの500万円、銀200万円、銅100万円。2020年には、さらに上乗せも検討されているという。

各種資料によると、リオ五輪の報奨金はシンガポールの金メダル7530万円を筆頭に、台湾6400万円、マレーシア6000万円などが上位に並ぶ。パラリンピックに関し中国の報奨金を関係者に調べてもらうと、リオ大会では金メダルが20万元(約301万円)。2000年のシドニー大会の15万元から毎回増額され、2012年のロンドン大会では50万元になったが、リオ大会で半分以下に減額されたという。中国は報奨金額などを公表しておらず、額、理由とも今一つはっきりしないが、数字を見る限り、中国の強さを支える要因はむしろ報奨金以外にありそうだ。

中国の障害者アスリートは訓練中に負傷した元軍人らも含め200万人を超すともいわれる。国として障害者支援を内外にアピールする狙いもあり、日本に比べ訓練施設も整っている。メダリストになれば報奨金だけでなく、日本と同様、競技団体などからの賞金、報奨金が上乗せされるケースも多い。コーチ就任やコマーシャル出演の機会も増え、勤務先の給与が上がれば最終的に年金にも跳ね返る。すそ野が広い分、生き残り競争は激しく、「メダル獲得こそ生きる道」といった厳しい競争原理が、多分に強い選手が育つ環境を作り出している気がする。

中国の人口は約13億人。都市戸籍を持つ4億人と農民戸籍の9億人に分かれる。急速な経済成長で発展した沿岸部の大都市と内陸部の農村都市では所得、教育、医療福祉に大きな差がある。裕福な上位10%が全国の総資産の60・9%を保有する、といったデータがあるように、格差は一層拡大しており、日本と同様、急速な高齢化で現役世代の保険料負担だけで年金支給額を賄えない時代を迎えつつある。

それだけ障害のある人たちの生き残りは厳しい。関係者の一人は「中国ではパラリンピックのメダル獲得が多い分、日本のようにメダリストが新聞やテレビで取り上げられる機会は少ないが、日本より厳しい環境の中で勝ち残り競争を戦っている。2020年の東京でもいい成績を上げるのではないか」と語る。

当の日本ではインクルーシブな社会の建設に向け道路のバリアフリーや駅のエレベーター設置など障害者や高齢者に配慮したハード面の整備が進んでいるが、障害者スポーツへの対応は遅れ気味。昨年6月、東京都品川区東八潮に日本在財団パラアリーナが完成しているが練習施設も限られている。

しかし、パラスポーツの競技性の高まりを受け2014年以降、障害者スポーツ事業の所管が厚生労働省から文部科学省に移管し、国の補助金も増えつつある。関係者からは「東京・パラリンピックはかなりのメダル獲得が期待できるのでは・・」といった声も聞かれる。果たして各国、とりわけ中国、日本のメダル数がどうなるか、注目したい。

「海の日」はやはり固定すべき! [2019年07月26日(Fri)]

ハッピーマンデーの現状に違和感
海洋プラごみで高まる国際連帯

「海の日」は、わが国が世界で唯一設けている国民の祝日である。3連休を増やすためのハッピーマンデー制度で昨年は7月16日、今年は7月15日、いずれも月曜日だった。観光振興を否定する気はないが、海水温の上昇や酸性化、漁業資源の枯渇など危機に瀕する海を前にすると、海の日をハッピーマンデーとする現状には違和感がある。

海の劣化に対する国際社会の取り組みはこれまで、温暖化防止に対する先進国と途上国の対立など足並みの乱れが目立った。ところが急増する海洋プラスチックごみ対策を軸に連帯の輪が急速に広がりつつある。先進国、途上国を問わず誰もが日常的に接する問題だけに、国際社会が足並みをそろえる格好のテーマとなった形。2016年には世界フォーラムの年次総会・ダボス会議が「放置すれば2050年にはプラごみが魚の量をしのぐ」と各国の迅速な対応を求めた。

プラスチック製品の製造・使用制限から植物を原料としたバイオマスプラスチックの開発、多くの市民が参加するごみ拾いまで様々な活動が拡大しており、6月に開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議ではプラごみによる新たな海洋汚染を2050年までにゼロにする「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」も打ち出された。

海の日は1996年の施行以来7年間、7月20日に固定されたが、ハッピーマンデー制度の導入に伴い2003年から7月の第3月曜日に変更された。来年は、東京五輪開会式(7月24日)前後を4連休とする特例措置で7月23日の木曜日となる。再度、固定するには「国民の祝日に関する法律」の改正が必要。超党派の国会議員でつくる「海事振興連盟」は21年以降の固定化を求め改正案の国会提出を目指し、観光業界は経済的損失が大きいとして、こうした動きを牽制している。

昨年5月、観光5団体が行った記者会見で田川博己・日本旅行業協会会長は「連休と3連休は海外旅行に行くかどうかの境目となる」とした上で、海の日を固定化すると関連業界の売り上げを含めた経済波及効果が2000億円以上減少する、と語った。詳しい数字は手元にないが、ハッピーマンデーが観光振興に一定の効果を挙げているのは間違いない事実だろう。

年間16日の「国民の祝日」のうち現在、海の日のほか、成人の日、敬老の日、体育の日がハッピーマンデー制度の対象となっている。「山の恩恵に感謝する」と、海の日とほぼ同じ趣旨で16年に始まった「山の日」は8月11日 (20年に限り8月10日)に固定されている。盆休みとの関係などが考慮されたと聞くが、扱いの違いはバランス感を欠く。

そうでなくとも、法律で「国民の祝日」と定める以上、その趣旨や期日は明確にされる必要がある。3連休を増やすため、年によって「その日」が変わる現状は感心しない。観光政策を否定するつもりはないが、3連休とすることで飲食業界やタクシー業界など他のサービス業にどのような影響が出ているのか、高齢者や急病で医療機関を利用する人に不都合が出ていないのか、検証してみる必要もあろう。

人類による野放図な利用が危機を招き、これ以上の猶予が許されない海の現状を前にすると、海の日と観光振興に伴う経済効果を同列に論ずる段階は過ぎた気もする。海に関連する事業に幅広く取り組む日本財団の笹川陽平会長ら海の日固定を求める民間の声も多い。海の恩恵を受け、海洋国家として発展してきた日本が、海洋プラごみ対策で世界の先頭に立つためにも、海の日は再度、当初の「7月20日」に固定するのが相当と考える。

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