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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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今日は再び来らず [2023年05月08日(Mon)]
城山三郎『静かに健やかに遠くまで』より――

「青年老い易く、学成り難し。
 中年老い易く、楽成り難しですよ」

 ―― ならば、老年は?
佐藤一斎なら「老年、老いて学べば死して朽ちず」か

「スコアのためだけだったら、ボールを低目にころがせばいい。
われわれの年輩なら、年の功でうまく行く。
だが、わたしはそれをやらない
どんな短い距離でも、弧をえがいて、高くボールを上げ、
ぴちっときまるきれいな球で攻めたい。
ごろごろころがすようなぶさまなゴルフは、わたしはとらない」
「球の身にもなってみたまえ。
きれいに空高くとんでこそ、白さが光ろうというもの。
よたよたごまかされちゃ、清純無垢の球がかわいそうだ」

 ―― うーん、シューズの身にもなってみたまえ、
ちんたら走られちゃ、シューズがかわいそうだ、ってことか

「目標さえ突破できればいい、というかも知れませんが、しかし、
その間にも、人間的に成長して行けるようでなくてはいけない。
今日は再び来らず、といいますからね」

 ―― うーん、明日がある、明後日がある、また今度なんて
抜けたことを言って呆けてるようでは話にならず、
毎日が真剣勝負ってことか

「人生の持ち時間に大差はない。
問題はいかにして深く生きるか、である。
深く生きた記憶をどれほど持ったかで、
その人の人生は豊かなものにも、貧しいものにもなるし、
深く生きるためには、ただ受身なだけではなく、
あえて挑むとか、打って出ることも肝要
となろう」

「人間には、慣れというものがある。
慣れによって救われる場合もあるが、
慣れによってスポイルされることの方が、はるかに多い。
慣れを防ぐには、つとめて初心に返ること、
自らを空しくして事にとり組むことである」

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メダカたちも大きくなりました

丹後ウルトラ(9/17)まで19週、残り132日
篠山マラソン(3/3)まで43週、残り300日
城山三郎さんの箴言をしっかり肝に銘じて

”Slow but steady wins the race”
「ぼちぼちがいちばんや」




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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
あせらず、コツコツ持続する [2023年05月07日(Sun)]
経済学者ワルラスが好んだという言葉がある。
静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く
わたしもこの言葉が大好きで、ひそかにこれまでの人生の支えとしてきた。
これからもそうして行きたい。
ぼちぼちが一番」/城山三郎『打たれ強く生きる』

城山三郎『静かに健やかに遠くまで』の「終わりに」より――
―― 一つの箴言の力
本書のタイトルにした『静かに健やかに遠くまで』は、
私の最も好きな次の言葉を縮めたものである。
静かに行く者は   健やかに行く
 健やかに行く者は   遠くまで行く

いまとなっては、その書名も著者名も思い出せないが、
高名の経済学者の業績と人物を紹介した本の中に出てきた言葉で、
学生時代の終わりか大学教師になって間もない私が読み、
すっかり、その虜になった本の中に出てきた言葉である。
(中略)
私の場合、結果的には一つの箴言が
人生のコースを変えさせることになったのである。
そのおかげで、私は悔いのない人生を送ることができた
箴言には、それほど大きな力がある。(後略)

静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く
出だしからすでに心をつかまれた。それは
ひとりの人間の生きる言葉として私の胸に飛び込んできた。
遠くまで行きたいのなら、
行いに意図的なアピールなど要らない。
あせらず、コツコツと持続することが大切だ

よし、私もそう生きていこう。
当時の自分に重くのしかかっていた様々な悩みや迷いさえもが、
この寸言の前でそのくすんだ容貌をかえていったのである。
「座右の銘」/城山三郎『嬉しうて、そして…』

城山三郎『嬉しうて、そして…』より――
「あとがき」井上紀子
JR茅ヶ崎駅の目の前にありながら、
潮風がダイレクトに吹き抜けるマンションの一室。
つい数ヵ月前までこの仕事場の主であった父は、もういない。
しかし、不思議と喪失感はない。
そこかしこに父の気配を感じるからか。
(中略)
そういえば、父の晩年に、
私がこれほどまで寄り添って生きるとは思ってもいなかった。
父は、「助かるよ、ありがとう」と言ってくれたが、
公私の私の部分ではもっと父のフォローができたのではないか、
と悔やむことがある。
(中略)
ひと月余りの完全同居に、ちょうどひと月間の入院生活。
亡くなる前のこの2ヵ月間が、
城山三郎の娘として生きた最も濃密な時間となった。そのお陰で、
私は父の死としっかり向き合うことができたのだと思う。
亡くなり方まで気を遣ってくれたのか。
「その日」を迎えるまでに、
心の準備と孝行の真似事までさせてくれた父。
それも、一番心配していた長患いをすることもなく……。
気持ちのいい春風に乗ってさらりと逝ってしまった。(後略)
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"If today were the last day of my life,
would I want to do what I am about to do today?"
And whenever the answer has been "No" for too many days in a row,
I know I need to change something.
Remembering that I'll be dead soon is the most important tool
I've ever encountered to help me make the big choices in life
.
Stay Hungry. Stay Foolish./Steve Jobs

「もし今日が最後の日だとしても、
今からやろうとしていたことをするだろうか」
「違う」という答えが何日も続くようなら、生き方を見直せということです。
自分はまもなく死ぬという認識が、
重大な決断を下すときに一番役立つ
のです。
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

与えられた命を、ただ生きるのでなく「よりよく生きる
ウェルビーイングで悔いのない人生を「日々」送る

明日ありとおもうこころのあだ桜
夜半に嵐の吹かぬものかは
(親鸞聖人が9歳で得度された時に詠まれた歌)

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない

かんじんの「今」さえないんだから。
(東井義雄)

人間は何度も何度もこの世に生まれてくることはできない。
この大切な一生を、
何の願も立てずに空しく過ごしてしまうということは、
まことにもったいないことである。
高い願を立て、その願を成就しようと努力してゆく、
そこにこの世に生きて行くはげみがある
のです。
澤木興道『禅談』

高い願(「欲」でなく「志」)を立て、
その願を成就しようと日夜努力を積み重ね、
頑張った自分を誇らしい気持ちで褒め、
喜びと感謝と明日への希望に満ちた日々を送る
―― 自信を求めて、自信をつなぎ、自信を高める

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

自分のことは、
自分がいちばん長いつきあいやから、
自分がいちばんよう知ってる
ぼちぼちがいちばんや
◆ぼちぼちがいちばんや/2023.5.6

生涯、みずから新しいものを吸収し、勉強するという態度、
よろこんで人びとの教えを受けていくという態度、
そういうような態度を持ちつづける人には、
進歩はあっても停滞はない
一歩一歩、年をへるにつれて着実に伸びていきます。
一年たてば一年の実力が養われ、二年たてば二年の実力が養われる。
さらに十年、二十年とたてば、それぞれの年限にふさわしい力が養われる。
そういう人がほんとうの大器晩成というのでしょうな。
「“学ぶ”ということ」/松下幸之助『人生談義』
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自分の感受性くらい
自分で守れ

ばかものよ
茨木のり子「自分の感受性くらい」
◆ひとのせいにはするな/2023.5.5

いまやわれらは
新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある

宮沢賢治『農民芸術概論綱要』

老いて学べば死して朽ちず
佐藤一斎『言志四録』


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ぼちぼちがいちばんや [2023年05月06日(Sat)]
城山三郎さんの『打たれ強く生きる』
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先日、実家の本棚を整理した時に見つけたのですが、
奥付を見ると昭和60年1月10日発行で、昭和61年1月30日の16刷。
私にとって20代最後の誕生日で、
半年後の7月23日に父が心筋梗塞で死亡。
色んなことが思い出され、過ぎし日を振り返りながら読み直しました。

その中から「ぼちぼちが一番」
(前略)
たまたまつけたテレビで、枝雀がアナウンサーに質問されるままに、
自分の芸や人生について答えていた。
自分のことは、自分がいちばん長いつきあいやから、
 自分がいちばんよう知ってる
」といい、
ぼちぼちがいちばんや」ともいった。
いい言葉だと思った。
(中略)
人生あわてても仕方がない。
まわりはどうあろうとも、自分は自分で、
たったひとつしかない人生を大事に見つけて歩いて行く
それも、家康さんのように
「重荷を負うて遠き道を歩む」などと気負うこともない。
人生はそれほどたいしたものではない。
ごく素直に、ぼちぼちと歩けばいい
また、ぼちぼちだからこそ、歩き続けられるのではないか。

ぼちぼちとは、ともかく、前に向かって歩いていることである。
自分のペースで歩き続けているということである。
マスコミの脚光を浴び、ライバルに負けまいと、急成長し、
急破綻して行った数多くの人たちを、わたしは思い浮かべずには居れない。
それは、マスコミの世界でも、また経営者の世界でも、同様であった。

川上哲治さんは、勝つためのゲーム展開としては、
切れてはいるが、つながっている感じが大切」という。
これも一種の「ぼちぼち」ではないか。
経済学者ワルラスが好んだという言葉がある。
静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く
わたしもこの言葉が大好きで、ひそかにこれまでの人生の支えとしてきた。
これからもそうして行きたい。

横を見る(他者を過剰に意識する)ことを止めて
前を向いて(自分の頭で考え抜く)歩き続ける

北御堂さんの今月の言葉(2016/8)
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「下見て満足、同じで安心、
 上見てねたみと愚痴が出る」

えろう悔やみなはるな。
いや、人間、上を見ればきりがない、下を見ても際限(ほうず)がない。
箱根山、駕籠に乗る人乗せる人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人、
各々その分に応じて楽しみもあれば苦しみもある。
ひとの花は赤う見えるが人情じゃ、
あんた方そうしてマメで稼ぎなはる姿を見て、
羨ましゅうてたまらぬ人も世になんぼあろうやら知れぬ。
年寄りや足弱の苦難を助けて己れの暮らしを立てる、立派な稼業じゃ
卑下せんと稼業大事に励みなされ
(たばこ)の火/上方落語

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 自分では確かにこの道が正しいと
 思ったことなのに、
 なお「他の人に何か言われはしないか」と
 気に病んで、
 足踏みしていることはないか。
 むろん独断に陥ってはならないが、
 一方で、他人の眼にとらわれず、
 自らの信じた道を歩む強さを持ちたい


 Ask advice,
 but do what you think is right
.

松下幸之助日々のことば「道をひらく」より


<世間八法>
誰かに批判されて悩む。
誰かに賞賛されて有頂天になる。
失敗して落ち込む。
成功して喜ぶ。
貧しくなって失意の底に沈む。
財をなしてしあわせだと思う。
人に認められてもらえずに鬱々とする。
名を立てて満足する。

これに対して、ダライ・ラマ法王は
―― 四つの対句はいずれも自然なことに思えます。しかし、
心の訓練を積んだ人にとって、これらは間違った反応です。
賞賛されても、批判されても、
感情を交えずに、その真の意味を評価するべき
です。
正しい目的または動機は、
批判や賞賛を避けたりはしません
正しいことをするのが目的なのですから。

ローレンス・ファン・デン・ムイゼンバーグさんは、
―― これらはすべて自然な反応のように見えるが、
心の訓練を行っていない人間はしばしば状況を読み違える
ということに注目していただきたい。
その一方で、心の訓練をしている人間は、
この瞬間的な分別を避けることができるようになる。
正しい選択は、
現実を見る能力、建設的な解決法を生み出す能力、
落ち着いた冷静な心での決断力にかかっている。

『ダライ・ラマのビジネス入門』“THE LEADER'S WAY” より


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ひとのせいにはするな [2023年05月05日(Fri)]
関西社会人囲碁連盟が発行の「囲碁梁山泊」2019年白秋号。
おそらく、視覚障害者囲碁の全国大会が開催された時に
長居わーわーず囲碁部の精鋭の手引きとして同行した際に
大会参加者に配られた本を頂戴したのだと思います。

私にとって猫に小判、豚に真珠で、詰碁とかは手も足も出ず、
医師の資格を持ちながらプロ棋士になられた坂井八段が
再び京大病院に戻られる記事とか、
夏目漱石「吾輩は猫である」で囲碁対局を見ている猫の述懐を
引用した記事とかを読んだ記憶があるのですが、
表紙をめくって1ページ目に記された茨木のり子さんの詩の一節は
気づいていませんでした。
ページをめくっているはずなのに、文字は目に留まっていませんでした。

時を経て、今回はその3行が目に留まりました。
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ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

心惹かれて全文を確認。ガツンと一撃を食らわされました。

 自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


言い訳無用で、自分の感受性(感性?)を信じて判断し、決断して、
自分を叱咤激励して鼓舞し、自分と切磋琢磨でやり抜いて成し遂げる、
―― ということか

できる、できないを考える前に、すべきかどうかを考える。
私の結論は、すべき、であった。
ただし、理想はそうでも現実は厳しい。どうすればできるか。
『小倉昌男 経営学』

われわれは状況の奴隷であってはならない
稲盛和夫『成功への情熱“PASSION”』

Reasons to quit(やめた方がいいものを考える)
自分が本当に大事なことに取り組んでいるか、自ら問い直す
『小さなチーム、大きな仕事』37シグナルズ成功の法則

茨木のり子さんの詩集『倚りかからず』を久々に再読

 倚りかからず

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある


倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ


あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている
 きっと……
茨木のり子「汲む」より


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。