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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
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ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
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一刻一瞬が勝負、油断することなかれ [2022年07月24日(Sun)]
夾竹桃の花言葉は「油断大敵」
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松下幸之助『道をひらく』より――
「仕事というものは」
仕事というものは勝負である。一刻一瞬が勝負である。
だがおたがいに、勝負する気迫をもって
日々の仕事をすすめているかどうか
まず普通の仕事ならば、
ちょっとした怠りや失敗があったとしても、
別に命を失うというほどのことはない。
それでも、ともかく日は暮れて、その日の仕事はまず終わる。
だから、つい気がゆるむ。油断する
きょうはきのうのくりかえし、あすもまた同じで、
別段とくに変わったこともなし。
しかし、これではいい知恵はうかばない
創意も生まれなければ、くふうも生まれない
そして何の緊張もないかわりに、何の喜びもないということになる。

平穏無事なときには、これでも日はすごせるが、
しかしいつもそうはまいらない。
わが国の情勢は、
世界の動きとともに今や刻々と変わりつつある。
一刻の油断もならぬ状態におかれている。
このときにこそ、勝負する大勇気をもって仕事にあたらねば、
それこそ真の繁栄は生まれないであろう。
仕事を勝負と心得る人と心得ない人とのちがいが、
ハッキリとあらわれてくるときではなかろうか。

わかりきったことながら、
世の中にはそして人生には、
晴れの日もあれば雨の日もある。
好調の時もあれば、不調の時もある。
にもかかわらず、晴れの日が少しつづくと
つい雨の日を忘れがちになる
好調の波がつづくと、ついゆきすぎる。油断する
これも、人間の一つの姿であろうか。
このことをいましめて昔の人は「治にいて乱を忘れず」と教えた。
仕事にしても何にしても、この道理はやはり一つである
「雨が降れば」/松下幸之助『道をひらく』

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旧豊郷小学校(滋賀県豊郷町)

目前の事柄、行動、信念、
または意味されるところのものに注意を向けよ

君がそんな目に遭うのは当たり前さ。
君は今日善い人間になるよりも明日なろうというんだ。
【自省録】8-22

あたかも一万年も生きているかのように行動するな
不可避のものが君の上にかかっている。
生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。
『自省録』4-17

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(千里川:猪名川との合流直前)2022.7.23
昨日は父の命日。
1986年、あれから36年。
当時まだ二十代だった私も父の没年を越えて高齢者の仲間入り。
母も達者でありがたい限りです。

厳しい暑さが続きます。ご自愛ください。
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みんな生きている
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
人の心と頭があってできることをやる [2022年07月20日(Wed)]
先週木曜日(7/14)の夕方、関西ローカルのニュースで
大阪の「介護リフォームの詐欺」事件が報じられていました。

一本3,500円程度の手すりを何本かつけたリフォーム代を
介護保険適用の上限20万円近い金額で請求。

本人負担は介護保険の適用で1〜3割で、残りは公的負担。
介護保険の適用を受けるには、リフォームに先立って(事前に)
有資格者が作成した申請書を提出する必要があるところ、
知人の有資格者の名義を借りて申請。
申請件数は5年間で約370件
介護保険適用の自己負担を除く大阪市の負担が約6千万円とのこと。

世の中に悪事を企む者はいるにしても、
リフォームに先立って事前に届け出を要するのに
なぜ、こんなことがずっと見過ごされないまま罷り通ったのか?

・ご本人にとって本当に必要なリフォームか
・そのリフォームの工事内容や価格は適正で妥当か
・ご本人にとってほかに支援を要することはないか、などなど

事前の届け出の確認が、
相手の立場に立って相手のことを思って取り組むチェックなら、
こんな事件が長年にわたって何百件も起こることはない
と思うのですが・・・

昨日(7/19)の朝日新聞の記事(地方版)によると、
大阪市の介護保険の担当者は
「申請書にはコーディネーターの証明書の写しも添付されており、
 悪意をもって申請されると見抜くのは難しい
さらに、厚生労働省の高齢者支援課の担当者も
これまで詐欺事案の把握はなく
 申請内容に疑義がなければ作成者の確認はしない」
◆介護予防の改修費、詐取容疑/朝日新聞(2022.7.19)

先に紹介したMBSの放送によると、
「容疑者は過去に同様の手口で業務停止命令を受けた業者の営業担当」
とのことなのですが・・・

提出された申請を受理するだけなら、わざわざ人がやらんでもええ話で、
申請内容に疑義があるか否かも、単に形式的なチェックで留まらず、
ご本人の立場に立って内容の検討が求められるはずなのに・・・

今回の搾取容疑に限らず、
コロナ関連の給付金や支援金の搾取事件といい、
仕事に対する「責任感」「使命感」「目的意識」を感じさせない
最近、間抜けで「他人事」の粗末な話が多いように感じます。
いったい、どうなっているのか。

システムに任せれば済む形式的なチェックを人がやり、
人が心を通わせて誠意を尽くしてやるべきことをやっていない。
―― 機械やシステムができることはすべて任せて、
人は、人が(心を通わせて頭をつかって)できることをやる

人間としていちばん尊いのは、
誠実に最善を尽くしつつみずからをも生かしてゆく
という態度ではないだろうか。
また実際、お互いのそういう態度や精神というものが
知らずしらずのうちに社会生活を支え
職場の生活を支えているのである。
誠意と真心」/松下幸之助『思うまま』

「商売で一番大切なのは、信義を曲げんちゅうことや。
つまらんわる知恵を駆使してお客様を騙すような商いは
必ず失敗する
もんや。お客様だけやないで、
うちの仕事を請け負う業者、従業員にも
正直でなければ成り立つもんやない
楡周平『再生巨流』

誰も最初から不正や犯罪を犯そうと思っていたわけではない
この意味で私は会計の果たす役割はきわめて大きいと考えている。
なぜなら会計において万全を期した管理システムが構築されていれば、
人をして不正を起こさせないからである。
また、万が一不正が発生しても、
それを最小限のレベルにとどめることができる
からである。
「不正に対する会計の役割」/『稲盛和夫の実学』

「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
「初心」を重ねて行く。くりかえしはない [2022年07月18日(Mon)]
丹後ウルトラ(9/18)まで2カ月、
今日も朝ランはぶらり猪名川の河川敷へ♪

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神崎川と猪名川の合流(左手の橋は山陽新幹線)
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0キロポイント(手前は山陽新幹線)
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阪急神戸線
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まもなく千里川と合流
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右手は豊中伊丹クリーンランド、対岸は園田競馬場
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まもなく箕面川と合流

ちょっとことわっておくが、
初心忘るべからず」という、有名な世阿弥のことばは、
現在どうも間違って使われることが多い。
(…)
これは言いかえれば、
常に、現在の自分に安住したがってはいけないということだろう。
一つのものを手に入れたと思ったら
更にもう一つ先のものに目をつける
それが、次々の実験、新しいものへの挑戦という、
つまり「初心」を重ねて行くことになるのだろう。
観世寿夫『心より心に伝ふる花』



人生には、日とともに高まりはあっても、くりかえしはない
くりかえしと思ったとき、進歩への道をみずから閉ざす。
くりかえしはないのである。
「春がきた」/松下幸之助『続・道をひらく』

「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
正しくやり抜いて成し遂げる [2022年07月18日(Mon)]
ぶらり朝ラン、猪名川の河川敷へ
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(2022.7.17)
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毎回石橋を叩いていたら 勢いも流れも絶対つかめない
羽生善治『捨てる力』より
勝負におけるリスクについて。「画期的なイノベーションとか、
今までになかったようなアイデアというのは、
やはりハイリスクなんです。
だから、あまりリスクの管理がうまくなりすぎるとか、
賢くなりすぎちゃうのも、ちょっと考えものかな」

立石義雄『未来から選ばれる企業』より――
リスクをとらず変化を恐れるところから、大企業病が始まる。
何かにチャレンジして失敗するより、
これまでやってきたことを守り続けて自分の保身を図ろうとする
――こうなると生活習慣病のような「慢性的な大企業病」の発病。

組織が大きくなるにつれ、
会議や決裁の数も増え、管理職は官僚化する。
物事を決めるための多くの社内手続きに、
膨大なエネルギーと時間が費やされている。
その間に市場はどんどん変化しているにもかかわらず……
その結果、市場や顧客への対応が遅れ、
技術や商品の開発スピードが鈍る。
組織は管理や統制を強めたら環境の変化に遅れる

新しいことにはリスクがあるに決まっています。
「石橋を叩いて渡る」とか「渡らん」とかいうけれども、
石橋を完全に叩いてから、
渡るか渡らんか決心しようなんて思っていたら、
おそらく永久に石橋は渡らんことになるだろうと思います。
西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない

松下幸之助『道をひらく』より――
「判断と実行と」
どんな仕事でも、仕事をやるからには判断が先立つ。
判断を誤れば、せっかくの労も実を結ばないことになろう。
しかし、おたがいに神さまではないのだから、
先の先まで見通して 、すみからすみまで見きわめて、
万が一にも誤りのない100%正しい判断なんて
まずできるものではない。
できればそれに越したことはないけれど、100%はのぞめない。
それは神さまだけがなし得ること。
おたがい人間としては、せいぜいが60%というところ。
60%の見通しと確信ができたならば、
その判断はおおむね妥当とみるべきであろう。

そのあとは、勇気である。実行力である。
いかに的確な判断をしても、
それをなしとげる勇気と実行力とがなかったら
その判断は何の意味も持たない

勇気と実行力とが、60%の判断で
100%の確実な成果を生み出していくのである。
60%でもよいから、おたがいに、謙虚に真剣に判断し、
それを100%にする果断な勇気と実行力とを
持ちつづけていきたい
ものである。

実行こそが
成功に導く戦略のなかで決定的な部分なのだ。
やり遂げること、
正しくやり遂げること、
競争相手よりうまくやり遂げることが、
将来の新しいビジョンを夢想するより、はるかに重要である。
世界の偉大な企業はいずれも、
日々の実行で競争相手に差をつけている。
市場で、工場で、物流で、在庫管理で、
その他もろもろすべての点で差をつけている。
ルイス・ガースナー『巨象も踊る』

実行家として成功する人は、
自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、
実は、反対に、彼には一種の無私がある。
空想は孤独でもできるが、実行は社会的なものである。
有能な実行家は
いつも自已主張より物の動きの方を尊重しているものだ
現実の新しい動きが看破されれば
直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ
物の動きに順じて自已を日に新たにするとは一種の無私である。
小林秀雄『無私の精神』

「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
旬の京丹後 [2022年07月17日(Sun)]
先日(7/15)、自宅近くのローソン(新御堂筋上新田店)の前を通ると、
「旬の京丹後」の赤いのぼり。なにごと?と思って立ち寄ると、
本日(7/15)からローソンで京丹後の野菜を販売する記念に、
本日限り店頭にて野菜を袋に詰め放題で税込500円で販売とのこと。
そしてこれまた偶然にも、
私が着ていたTシャツが「丹後ウルトラ」で話が弾む、弾む、、、
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ローソン新御堂筋上新田店
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べじたぶるプロ」さんは
京丹後の峰山で京丹後産のお野菜、お米などを取り扱っておられ、
この度、ローソンさんとコラボで「からだと地球にやさしいコーナー」を出店。
7月13日に豊中上野東一丁目店、
翌14日に阪急御影駅前店と神戸岡本坂店、
そして15日に新御堂筋上新田店で取り扱いスタート。

また、「やさいの駅・京丹後店」は峰山警察のお近くらしく、
丹後に出かけた時のお楽しみが増えました。

遅ればせながら、9月18日開催の丹後ウルトラにエントリーるんるん
京丹後とのご縁に感謝!
贔屓にさせていただきます。

なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも
それがただしいみちを進む中でのできごとなら、
峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
その時その時、その場その場に全力を注ぐ [2022年07月12日(Tue)]
リレーフォーライフ神戸のチャリティウォークイベント、
「セルフウォークリレー」に参加して、
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以前なら、
まだ雨が降ってないのに今にも降りそうだからとか、
コロナワクチンを接種して筋肉痛だからとか、
体温を測ってないけど微熱っぽいからとか、
別に用がなくても連絡があるかもとか、
自分に言い訳をてんこ盛りで走らなかったのが、
えらいもので、「誰かのため」に走るとなると
言い訳無用で走っている自分がいました


今朝、枝の葉先にぶらさがったセミの抜け殻に気づきました。
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地面から1メートル近くあるでしょうか。
ずいぶん高く、そして葉の先端まで、
ご苦労なことで思わずセミの抜け殻に合掌。

しかし、おそらく、セミは「誰かのために」やっていない。
自分に言い訳するのは論外だが、
誰かのためにするとか、感動を与えるとか、
ご満足いただくとか、喜んでいただくとかなんてことを
意識することも邪道で、他人の評価などにとらわれず、
「無心」で自然体に今なすべきをなす
、ということか。

観世寿夫『心より心に伝ふる花』より―
自然の花は、見せるために咲いているのではない
自から然るべきところ―空間―に、然るべき時節―時間―に、
花開くのである。つまり自然に
それを、さまざまな発見の仕方をした人間がさまざまにめでるわけである。
宇宙的時空の絶対的必然の瞬間に、ふと、咲く、
誰かのためにではない
、それが「花」だ。
役者も舞台の上でそういう状態で存在できないものか。
役者も見せようと思って舞台に上がってはだめだ。
多岐にわたる観客の中の誰に向けて見せようと思うなど本当は出来ないこと。
しかも観客に対して演技するという絶対条件は果たさなければならない。
時節当感(感に当る)」と世阿弥が言うのもここのことだろう。
必要なものが要求されるとき生まれ出づる
花は花のタイミングで咲き、人は人のそれぞれの条件で行動する
その咲いた「花」と人との出会い一期一会である。

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自然は急がない」山本有三

無心招蝶  花は無心にして蝶を招き
無心尋花  蝶は無心にして花を尋ぬ
花開時蝶来  花開くとき 蝶来たり
蝶来時花開  蝶来たるとき 花開く 
吾亦不知人  吾もまた 人を知らず
人亦不知吾  人もまた 吾を知らず
不知従帝則  知らずして 帝則に従う

完全に自分を忘れ、自分は何もないとわかれば、
そこに、すべてから解放された自由な自分が発見されます。
何ものからも解放された、いわゆる無心の境地です。
その時その時、その場その場に全力を注いで、あとに何も残さない
そういう自由な心境というものがわかるならば、
結局それが人生の最高のものではないかと思いますね。
山田無文・中内功『あきないと禅』
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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他人事ではない。自分のこと [2022年07月11日(Mon)]
リレーフォーライフ神戸のチャリティウォークイベント、
「セルフウォークリレー」に参加しました。

先月11日から昨日(6/10)まで30日間で、
35人が参加して、合計の歩数は7,163,674歩だったようです。
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リレー・フォー・ライフ(RFL)は、
がん患者やご家族を支援するのためのチャリティ活動で、
セルフウォークリレーは、コロナ感染拡大を機に、
2020年から始まったスマホのアプリを使ったチャリティイベントです。

エントリーの際に、参加費に上乗せして寄付もできるし、
自分の歩数に応じて協賛企業からマッチング寄付もあって、
これらの寄付は、がん患者支援のため、
主に「がん相談ホットライン」の運営に使われるとのこと。

約7万歩で一人のご相談を支援できるとのことで、
私も参加しました。506,453歩
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参加して実感したのが、以前なら、
まだ雨が降ってないのに今にも降りそうだからとか、
コロナワクチンを接種して筋肉痛だからとか、
体温を測ってないけど微熱っぽいからとか、
別に用がなくても連絡があるかもとか、
自分に言い訳をてんこ盛りで走らなかったのが、
えらいもので、「誰かのため」に走るとなると
言い訳無用で走っている自分がいました


松下幸之助『続・道をひらく』より――
「心のぬくもり」
人の心は暖かくもなれば冷たくもなる。
手にとってその暖かみ、冷たさをはかるわけにはいかないけれど、
心の冷暖は温度計ではかる以上の正確さで、
人から人につたわっていく。
そのつたわり方は、口先でもなければジェスチュアでもない。
心と心のジカのふれあいである。

それにしてもきょうこのごろの世の中、
心のぬくもりの何とうすくなったことか。

頭がよくて、口先が巧みで、理が立って、それでなお
寒々とした心の気配しかつたわらない人の何と多いことか。
そうした人と人との交わり。そこには、
ジーンと胸にひびく感動もなければ
互いに募い寄る情感も生まれてこない

感謝の心がないのである。
ありがたく思う心がうすれたのである。
米一粒にも天地の恩を感じ、人の情けに涙した
あの日本人の心のぬくもりはどこへ行ったのであろう。

音もなく崩れゆくこの日本人の心を、慄然とした思いで省みたい。
このままでよいのかと問いかえしてみたい。
他人事ではない。自分のことなのである。

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(2022.7.10)
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「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
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親切で、丁寧で、客の後ろ姿に手を合わす [2022年07月09日(Sat)]
闘病中のラン友に点字で書いた手紙、

早速に、奥様から看護師さんに託したと連絡いただきました。
専門外ゆえ勝手な憶測ですが、点字の手紙を預かったところで、
診療報酬の点数が上がるわけではないと思われます。

面倒で余計なことと思えば、
コロナ感染防止とか、適当な理由をつけて断ることもできたはず。
けど、そうしなかった。

病院の看護師さんの対応に、親切心というか、
患者さんやご家族のことを大事にする思いを感じます。

そして、奥様のお話では、衣類の交換で接した看護師さんに、
点字で書いた手紙のことをお尋ねしたところ、
「お預かりします」とのことで
「面会時でなくても、衣類交換の時でも預かりますよ」
とおっしゃってくださったそうです(面会は月イチの制限あり)。

上司に相談してとかでなく、
現場の一人ひとりがその場その場で的確に対応されているのが見事で、
素晴らしいです。

何ごとも「相手の立場に立ってとことん親切」の大切さを再確認。
「サービスが先、利益は後」なんて頭で分かっていても行動が伴わず、
ソロバンが先に立つ我が身を反省です。

松下幸之助『道をひらく』より――
「手を合わす」
うどんの値段は同じであっても、
客を大事にしてくれる店、まごころこもった親切な店には、
人は自然に寄りついてゆく。
その反対に、客をぞんざいにし、礼儀もなければ作法もない、
そんな店には、人の足は自然と遠ざかる。

客が食べ終わって出て行く後ろ姿に、
しんそこ、ありがたく手を合わせて拝むような心持ち、
そんな心持ちのうどん屋さんは、必ず成功するのである。

こんな心がけに徹したならば、もちろん、うどんの味もよくなってくる。
一人ひとりに親切で、一ぱい一ぱいに慎重で
湯かげん、ダシかげんにも、親身のくふうがはらわれる。

そのうえ、客を待たせない。
たとえ親切で、うまくても、しびれが切れるほど待たされたら、
今日の時代では、客の好意もつづかない。
客の後ろ姿に手を合わす心がけには、
早く早くという客の気持ちがつたわってくるはずである。

親切で、うまくて、早くて、そして客の後ろ姿に手を合わす――
この心がけの大切さは、何もうどん屋さんだけに限らないであろう。
おたがいによく考えたい。

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たなばた祭りの練り切りの和菓子(2022.7.7)
「かわいらしくて食べるのがもったいないね」と言いながら、
美味しくいただきました。
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
その日その日の出逢い、ご縁を大事にする [2022年07月07日(Thu)]
一年前から入院して闘病中のラン友に点字で手紙を書きました。

自宅近くに住む彼から連絡をいただき、
服部緑地で朝ランをご一緒するようになったのは2年前のこと。
パラトライアスロンのアスリートの彼にとっては調整練習でも、
私にとってはハードな伴走練習でしたが、
おかげで、足腰は鍛えられました。
また、伴走練習で彼と交わすおしゃべりが有意義で、
量子コンピューターや量子暗号など、色々と勉強になりました。

その彼が昨年6月に入院して闘病。
手術した後は電話やメールができなくなり、
コロナ禍の感染防止のため面会もできませんでしたが、
点字でメッセージを届けることを教えられて書くことにしました。

振り返れば、私が初めて点字を「書く」体験をしたのは、
2012年7月のこと。

それまで、点字を目にすることはあっても、
点字を「読む」ことも、
実際に「触る」こともありませんでした。

たまたま開催されていた「点字体験」に参加して、
自分の名前を点字で書き、
その点字を目で読んで確認し、
さらに、さわってびっくりです。
あれから10年、
その後、縁あって伴走練習会に参加するようになり、
また、自宅近くの公民館の点字教室で点字を学んだりしましたが、
日常生活で点字を使うことはありませんでした。

久々に点字器を使って文章を書きましたが(4行×5=20行)、
分かち書きも適当ですし、
書き間違いや仮名遣いの間違いもたっぷりでしょうが、
その方が彼にとって頭のリハビリになると開き直りです(笑)
---------------
松下幸之助『初めに思いありき』より――
正直なところ、
私はそう遠い計画性を持ってやっておらなかったと思います。
まあ、その日その日を大事に仕事をしてきたということが
私をして今日を成さしめたように思うのであります。
ひとつ大きな工場を建ててやろうというような遠大な計画は、
当時を振り返ってみますと、私は持っておらなかったように思うのです。
創業当時は1日1円の売り上げが
2円になることを望み、2円が3円になるようにと

その日その日を熱心に努力したにすぎませんでした
青年にして大志を抱くこと、まことにけっこうですが、
しかしそれを達するには、
その日その日の仕事を大事にすることによって
そこに一歩一歩の進歩というものが積み上げられていく
それがついに大きな仕事となってくる。
こう平凡に解釈していったらいいんじゃないかと思います。

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話

The first story is about connecting the dots.
(…)You can't connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust
that the dots will somehow connect in your future.
You have to trust in something
― your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down,
and it has made all the difference in my life.
Stay Hungry. Stay Foolish.
Steve Jobs, CEO of Apple Computer, on June 12, 2005.

まずは、点と点をつなげる、ということです。
(…)将来をあらかじめ見据えて
点と点をつなぎあわせることなどできません
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです
だから、我々は、いまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない
運命、カルマ…、何にせよ
我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」
◆スピーチ全訳/日経

遠藤周作『人生には何ひとつ無駄なものはない』
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高校で国語を教えていただいた森田昭二先生。
64歳で失明されましたが、失明から1年半後の65歳から、
視覚障害リハビリ施設「日本ライトハウス」に入所されて、
つえで歩くことや点字を学ばれ、
そして、目の見えない人生をもう一度生きるため、
67歳で関西学院大学の聴講生として学び、
69歳で大学院に進まれ、71歳で修士号を取得。

(2008.3.31/朝日新聞夕刊)
さらに、目が見えなくなっても新しい人生を前向きに進みたいと、
博士課程へ進まれ、78歳で博士号を取得されました(2014年3月)。

その年の9月、森田先生の講演に参加。
先生がお話の最後に紹介された相田みつをの詩『道』
道はじぶんでつくる
道は自分でひらく
人のつくったものは自分の道にはならない


さらに、それに続けて、森田先生のメッセージ
道はいつしか不思議な力で私を導く

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く。
きょうを大事にしようではないか

松下幸之助『松翁論語』

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(2022.7.6)雨上がりの朝、実家の玄関先で

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滝道「延命」阿弥陀如来

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たなばた祭りの練り切りの和菓子(2022.7.7)
「かわいらしくて食べるのがもったいないね」と言いながら、
美味しくいただきました。
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Hokusai's 'Great Wave' [2022年07月04日(Mon)]
昨日(7/3)、コロナワクチンの4回目接種を終えた後、
電車を乗り継いで和泉市の「久保惣美術館」へ

お目当ては、Hokusai's 'Great Wave'です。
新しい千円札の裏面は北斎の「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」
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千円券には、日本を代表し国民にも馴染みの深い「富士山」を
モチーフとした富嶽三十六景・神奈川沖浪裏としています。
本図は、江戸時代の浮世絵師葛飾北斎の代表作で知名度も高く、
世界の芸術家に影響を与えた作品でもあります。
◆紙幣の裏面の図柄の選定理由/財務省

◆Hokusai's 'Great Wave' to feature on new Japanese banknotes
/CNN(9th April 2019)


世界的にも評価の高い浮世絵ですが、今まで本物を見たことがなく、
また、今年4月に映画「HOKUSAI」を見て魂を揺さぶられ、

ぜひ、本物の『富嶽三十六景』を見たいと思っていました。

先月まで大宰府の九州国立博物館で開催の北斎展は、
諸事情あって叶わず残念に思っていましたが、天は我を見捨てず、
九州国立博物館の北斎展に出品所蔵の久保惣美術館で展示です。
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お目当ての「神奈川沖浪裏」は会期の前期(7/24)に展示、
そして「凱風快晴」は後期(7/26〜8/21)の展示。
後期も楽しみです。

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小林秀雄『美を求める心』より――
例えば、諸君が野原を歩いていて
一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。
見ると、それは菫(すみれ)の花だとわかる。
何だ、菫の花か、と思った瞬間に
諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。
諸君は心の中でお喋りをしたのです。
菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入って来れば、
諸君は、もう眼を閉じるのです。
それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。
菫の花だと解るという事は、
花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えて了うことです。
言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを
そのまま、持ち続け、花を黙って見続けていれば
花は諸君に、かつて見た事もなかった様な美しさを、
それこそ限りなく明かすでしょう。
画家は、皆そういう風に花を見ているのです。
何年も何年も同じ花を見て描いているのです。
そうして出来上がった花の絵は、やはり
画家が花を見たような見方で見なければ何にもならない
絵は、画家が、黙って見た美しい花の感じを現しているのです。
花の名前なぞを現しているのではありません。
(…)
画家が花を見るのは好奇心からではない。花への愛情です
愛情ですから、
平凡な菫の花だと解りきっている花を見て、見厭きないのです。

美しい「花」がある、
「花」の美しさという様なものはない。
小林秀雄『当麻』

美しい「絵画」がある、「絵画」の美しさという様なものはない。
美味しい「料理」がある、「料理」の美味しさという様なものはない。
楽しい「仕事」がある、「仕事」の楽しさという様なものはない。
幸せな「人生」がある、「人生」の幸せという様なものはない。
--------------

最寄りの和泉中央駅から美術館に向かう道すがら、
マンホールの蓋に一羽の鳥、
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さすが久保惣美術館の和泉市、
てっきり宮本武蔵のモズかと思ったら大きな勘違い、カワセミでした。

こちらは美術館の前に設置されたマンホールの蓋
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宮本武蔵「枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず )
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
真剣勝負で昨日の自分に負けない [2022年07月01日(Fri)]
パナソニックミュージアムで昨日(6/30)まで開催の特別展
「松下幸之助『日々是新』〜誰にも負けない立派な仕事をするために〜」
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これは損得の問題ではない産業人としての使命なのである。
われわれの使命は、事業を大きくするとか利益を追うことではない。
社会に貢献することである。
この使命をわれわれが真剣に果たしていけば
当然社会の支持を得て報酬をいただけるはずである。
われわれが伸びるか伸びないかは、すべて社会が決定してくれる。
事業というものは、力でできるとか、
資本が大きいからできると考えるのは間違いである。
やはり、縁あってその企業に集まった従業員一人ひとりが、
ほんとうに産業人の使命を体で自覚し、
責任ある仕事をそれぞれの持ち場で遂行していってこそ、
社会から報酬が得られる

私は、ただそれだけを考えて、何の迷いもなくやってきたのである。
高橋荒太郎『語り継ぐ松下経営』

「よそさまに負けない」
  →「誰にも負けない」
     →「昨日の自分にも負けない
        →「日々是新」
           →「毎日が真剣勝負


僕は日々走りながら、あるいはレースを積み重ねながら、
達成規準のバーを少しずつ高く上げ、
それをクリアすることによって、自分を高めていった。
少なくとも高めようと志し、そのために日々努めていた。
僕はもちろんたいしたランナーではない。走り手としては 
きわめて平凡な――むしろ凡庸というべきだろう――レベルだ。
しかしそれはまったく重要な問題ではない
昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、
それが何より重要なのだ

長距離走において勝つべき相手がいるとすれば
それは過去の自分自身なのだから
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

KIMG2155.JPG(2022.6.30)

松下幸之助『道をひらく』より――
「真剣勝負」
剣道で、面に小手、胴を着けて竹刀で試合をしている間は、
いくら真剣にやっているようでも、まだまだ心にスキがある。
打たれても死なないし、血も出ないからである。
しかしこれが木刀で試合するとなれば、いささか緊張せざるを得ない。
打たれれば気絶するし、ケガもする。死ぬこともある。
まして真剣勝負ともなれば、一閃(せん)が直ちに生命(いのち)にかかわる。
勝つこともあれば、また負けることもあるなどと
呑気なことをいっていられない

勝つか負けるかどちらか一つ。負ければ生命がとぶ。
真剣になるとはこんな姿をいうのである。

人生は真剣勝負である。だからどんな小さな事にでも
生命をかけて真剣にやならければならない
もちろん窮屈になる必要はすこしもない。しかし、
長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえていられない。
これは失敗したときの慰めのことばで、
はじめからこんな気がまえでいいわけがない。
真剣になるかならないか、その度合によってその人の人生はきまる
大切な一生である。尊い人生である。今からでも決しておそくはない。
おたがいに心を新たにして、
真剣勝負のつもりで、日々にのぞみたい
ものである。

稽古という「古(いにしえ)を稽(かんが)える」おこないは、
単純な反復練習とは一線を画す
極端ないいかたをすれば、
稽古は、本番のための準備ではない
すべての稽古は本番である
有松遼一『舞台のかすみが晴れるころ』

松下幸之助『道をひらく』より――
「仕事というものは」
仕事というものは勝負である
一刻一瞬が勝負である。だがおたがいに、
勝負する気迫をもって、日々の仕事をすすめているかどうか
まず普通の仕事ならば、ちょっとした怠りや失敗があったとしても、
別に命を失うというほどのことはない。
それでも、ともかく日は暮れて、その日の仕事はまず終わる。
だから、つい気がゆるむ。油断する。
きょうはきのうのくりかえし、あすもまた同じで、
別段とくに変わったこともなし。しかし、これではいい知恵はうかばない。
創意も生まれなければ、くふうも生まれない。
そして何の緊張もないかわりに、何の喜びもない
ということになる。

平穏無事なときには、これでも日はすごせるが、
しかしいつもそうはまいらない。
わが国の情勢は、世界の動きとともに今や刻々と変わりつつある。
一刻の油断もならぬ状態におかれている
このときにこそ、勝負する大勇気をもって仕事にあたらねば、
それこそ真の繁栄は生まれないで
あろう。
仕事を勝負と心得る人と心得ない人とのちがいが、
ハッキリとあらわれてくるときではなかろうか。

日に新たであるためには、
いつも「なぜ」と問わねばならぬ。
そしてその答を、自分でも考え、また他にも教えを求める。
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、
「なぜ」と問うタネは随処にある

それを見失って、
きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、
十年一日の如き形式に堕したとき、
その人の進歩はとまる。社会の進歩もとまる。
繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくるのである。
松下幸之助『道をひらく』

松下幸之助『道をひらく』より――
「何でもないこと」
何事においても反省検討の必要なことは、今さらいうまでもないが、
商売においては、特にこれが大事である。
焼芋屋のような簡単な商売でも、一日の商いが終われば、
いくらの売り上げがあったのか、やっぱりキチンと計算し、
売れれば売れたでその成果を、売れなければなぜ売れないかを、
いろいろと検討してみる。そして、仕入れを吟味し、焼き方をくふうし、
サービスの欠陥を反省して、あすへの新しい意欲を盛り上げる
これが焼芋屋繁盛の秘訣というものであろう。

まして、たくさんの商品を扱い、たくさんのお客に接する商売においては、
こうした一日のケジメをおろそかにし、
焼芋屋ででも行なわれるような毎日の反省と検討を怠って
どうしてきょうよりあすへの発展向上が望まれよう
何でもないことだが、この何でもないことが何でもなくやれるには、
やはりかなりの修練が要る
のである。
平凡が非凡に通ずるというのも、この何でもないと思われることを、
何でもなく平凡に積み重ねてゆくところから、
生まれてくるのではなかろうか。

走り終えて
自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか

それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。
同じことが仕事についても言える
自分の設定した基準に到達できているかいないかというのが
何よりも大事になってくるし、
それは簡単には言い訳のきかないことだ。
他人に対しては何とでも適当に説明できるだろう
しかし自分自身の心をごまかすことはできない
モチベーションは自らの中に静かに確実に存在するものであって、
外部にかたちや基準を求めるべきではない

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

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祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え
夏越(なごし)の大祓/千里の氏神様・上新田天神社
(2022.6.30)
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。