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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
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ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
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ぶらり松阪 [2022年05月30日(Mon)]
昨日(5/29)のこと
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朝4時、まだ夜も明けないのに、
ユリのツボミが2つ、すでに開き出していました。
開花の瞬間を見届けるのは容易やないです。

始発で梅田に向かい、環状線に乗り換え、
鶴橋から近鉄急行を名張で乗り継ぎ、
伊勢中川で鳥羽行きの各駅停車に乗り換えて松阪へ。

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「自主自律」三重県立松阪高等学校
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収穫前の麦畑と田植えの終わった田んぼを尻目に、
山室山の本居宣長奥墓(おくつき)へ
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小林秀雄『本居宣長』より――
言うまでもなく、宣長は、伊勢松坂の人で、
彼が少年時代から終生住んでいた家は、
蒲生氏郷の松坂城趾近くに、今も保存されている。
鈴屋遺蹟の名で、よく人に知られているもので、
私にも二度ほど訪れる機会があったが、
宣長の墓は、まだ知らなかった。彼の墓は、
遺言状(寛政12年申7月、春庭、春村宛)の指定通り、二つある。
一つは、当時の習慣に従った形式上のもので、
城址に極く近い本居家の菩提寺の樹敬寺に在るのだが、
もう一つの墓、遺言状に「他所他国之人、
我等墓を尋候はば、妙楽寺を教へ遺し可申候
』とあるものは、
町の南方、二里ほどもあろうか、山寺の妙楽寺といふ寺の裏山に在る。
私が、急に尋ねたくなったのは、それである。

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今日は29日
そして12月18日まで残り29週ということで、
11時29分(いい肉)から松阪マラソンの「先行」エントリー開始。
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みえ松阪マラソン(2022.12.18)

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朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
我に勝つ道 [2022年05月27日(Fri)]
五木寛之・大塚初重『弱き者の生き方』より――
五木「あるアサガオの研究者の文章に、
すごく興味をそそられるものがありました。私たちは
アサガオの蕾は朝の光によって開くと思っていますけど
けっしてそれだけでなく、それに先立つ夜の時間の冷たさと
闇の深さが不可欠であるという話なんです。
それと同じように、本当に明るく生きるためには、
暗さを直視する勇気をもたなければいけない。
ほんとうのよろこびというものを知る人間は、
深く悲しむことを知っている人間なのではないかと思うんです。
そう考えますと、やはり私たちも重い過去、辛い経験があってこそ
いまの生き方がある
と思いますね」
大塚「辛いところから逃げないで
ぶつかっていったらいいと思いますよ」
五木「私はそれを「あきらめる」っていうんですよ。
あきらめるというのは投げ出すことじゃなくて、
明らかに究めること。
たとえばガンを宣告された人がいたとします。
そのときはそれを曖昧にしたり、いい加減な希望をもったりせず
自分はガンであるということから逃げない。では、
次によりよい手を打つためにどうしたらよいのかというふうに、
現実を受け入れることが大事だと思うんです。
あきらめる、とはそういうこと。
そのためには、いまの自分の置かれた現状を明らかに究める、
勇気をもって直視する
ことが必要です。
私が「究極のマイナス思考から出発せよ」というのは、
人間はあきらめなくてはいけない、そして、
人は皆いつか必ず死ぬということを、
現実のこととして向き合う姿勢が大切だということです」

朝顔は、夜の闇のなかに咲くのです。
人間も希望という大輪の花を咲かせるのは、
かならずしも光の真っただなかでも、
暖かい温度のなかでもなかろう。
冷たい夜と、濃い闇のなかに
私たちは朝、大輪の花という希望を咲かせる。
夜の闇こそ、花が咲くための大事な時間なのだ
と、私はそう考えました。
いまの時代というのは、まさにそういう時代かもしれません。
五木寛之『朝顔は闇の底に咲く』

あとだしの「言い訳
過去は変えられないと「居直り」「申し開き
―― そんなことが平然とまかり通る人、組織、世の中に
明日(未来)はあるか?

走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか、
それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。
同じことが仕事についても言える
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

柳生殿の『人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり』と申され候由。
昨日よりは上手になり、今日よりは上手になりして、
一生日々仕上ぐる事なり。これも果はなきといふ事なり。
三島由紀夫の『葉隠入門』

今日一日、一生懸命に生きれば、明日は自然に見えてくる。
明日を一生懸命に生きれば、一週間が見えてくる。
一週間を一生懸命に生きれば一カ月が見えてくる。
一カ月を一生懸命に生きれば一年が見えてくる。
今年一年を一生懸命生きれば、来年が見えてくる。
見ようとしなくても、見えてくるのだから、
その瞬間瞬間に全力を傾注して生きることが大切だ。
「高い目標をもつ」/稲盛和夫『京セラフィロソフィ』

「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
一大事と申すは、今日ただいまの心なり
それをおろそかにして翌日あることなし
正受老人

雨上がり、一夜明けて、一気に五つ開花してただいま7つ。
まだまだツボミもたっぷりです。
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(2022.5.27)
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朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
暗さを直視する勇気 [2022年05月26日(Thu)]
五木寛之・大塚初重『弱き者の生き方』より――
「あるアサガオの研究者の文章に、
すごく興味をそそられるものがありました。私たちは
アサガオの蕾は朝の光によって開くと思っていますけど
けっしてそれだけでなく、それに先立つ夜の時間の冷たさと
闇の深さが不可欠であるという話なんです。
それと同じように、本当に明るく生きるためには、
暗さを直視する勇気をもたなければいけない。
ほんとうのよろこびというものを知る人間は、
深く悲しむことを知っている人間なのではないかと思うんです。
そう考えますと、やはり私たちも重い過去、辛い経験があってこそ
いまの生き方がある
と思いますね」(五木寛之)

「冷たい夜と闇の濃さのなかにこそ朝顔は咲くのだ」 
というエピソードは、月並みですがたしかな真実もあります。
暗黒のなかで光を探し求めている人間こそが、
ひと筋の光を見て
心がふるえるほどの感動をおぼえることができるのですから。
その光が見えたときの喜びこそが
啓示のようなはたらきをする
のです。
五木寛之『大河の一滴』

「鳥は飛ばねばならぬ」坂村真民
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
怒涛の海を
飛びゆく鳥のように
混沌の世を
生きねばならぬ
鳥は本能的に
暗黒を突破すれば
光明の島に着くことを
知っている
そのように人も
一寸先は
闇ではなく
光である
ことを
知らねばならぬ
新しい年を迎えた日の朝
わたしに与えられた命題
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
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「闇と苦」坂村真民
闇があるから
光がある
苦があるから
楽がある
闇を生かせ
苦を生かせ

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太陽は 夜が明けるのを待って 昇るのではない
太陽が昇るから 夜が明けるのだ
(東井義雄)
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今朝も、ユリが、また一輪、花を咲かせてくれました。
同じ種類でも、花びらの枚数が違います(多様性?)
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(2022.5.26)
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次はどのツボミが花を咲かせてくれるか楽しみでするんるん
◆花は無心/2022.5.25

朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
花は無心 [2022年05月25日(Wed)]
アジサイの花が次々と咲き出しました。
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そして、ユリの花も
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(2022.5.5)
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(2022.5.19)
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(2022.5.23)
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(2022.5.25)
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一気にツボミが膨らみ、
たくさんの花を咲かせてくれそうですが、
開花を待ちわびるアリたちもツボミに集まっています。

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ミカンの花にはクマンバチが(中央の右寄り)
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そしてカラーにも

――「花無心招蝶 蝶無心尋花
(はなはむしんにしてちょうをまねき
 ちょうはむしんにしてはなをたずぬ)

五木寛之・大塚初重『弱き者の生き方』より――
「明治のころ日本に招かれて来たヨーロッパの学者が、
非常にたくさんの生徒たちを育てて、
日本を去るときの送別会の席で、
「この国で自分は生涯忘れがたい、いい体験を得た。
ただし、一つだけ残念なことがあった。
それは日本の皆さんがたが、
咲いている花のほうだけに一生懸命関心をもって
土のなかに入っている根というものに対して、
いっこうに関心を示してくれなかった
ことであった」
と、こう言って去ったそうなんです」(五木寛之)

自分の見たものがすべてだと決めてかかり、
見えないものは存在しないとばかり、探そうともしない。
「結論に飛びつくマシン」――自分が見たものがすべて(第7章)
/ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』

手持ちの限られた情報を過大評価し、
ほかに知っておくべきことはないと考えてしまう。
そして手元の情報だけで考えうる最善のストーリーを組み立て、
それが心地よい筋書きであれば、すっかり信じ込む。

「わかったつもり」――後知恵とハロー効果(第19章)
/ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』

情報は少ないほうがつじつま合わせをしやすいので、
情報の量と質はほとんど考慮されない。
自信を持つことはたしかに大切ではあるが、
私たちが知っていることがいかに少ないかを考えたら、
自分の意見に自信を持つなど言語道断といわねばならない。

「妥当性の錯覚」――自信はあてにならない(第20章)
/ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』

ドラッカー『プロフェショナルの条件』より――
紀元前440年ころ、彼(ギリシャの彫刻家フェイディアス)は
アテネのパンテオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた。
それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。
だが、彫像の完成後、フェイディアスの請求に対し、
アテネの会計官は支払いを拒んだ。
「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、
 請求してくるとは何ごとか」といった。
それに対して、フェイディアスは次のように答えた。
「そんなことはない。神々が見ている」

今日に至るも、私は到底そのような域には達していない。
むしろ、神々に気づかれたくないことをたくさんしてきた。
しかし私は、
「神々しか見ていなくとも、
完全を求めていかなければならない」

ということを、
その時以来、肝に銘じている。

他の者が行うことについては満足もありうる。しかし、
自らが行うことについては、常に不満がなければならず、
常によりよく行おうとする欲求がなければならない

ドラッカー『現代の経営』

朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
三式簿記でひらく自主自立の道(目次) [2022年05月17日(Tue)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜

----------------------
毎年9月に開催される日本公認会計士協会の研究大会について、
今年は「公認会計士に期待される役割と業務
〜変化し続ける社会に向けて〜」をテーマに開催とのことで
研究論文に応募しましたが、不採択でした。

もとより学者でもなく、
日頃から研究しているわけでもない田舎侍で、
論文の体をなしていないのは百も承知。しかし、
取り組んだおかげで、頭の中を整理できてスッキリ。
自分の会計人の原点に立ち返ることができ、
今後の方向性も明確になり、
「各論」に展開させていきます。
論文を書き終えて提出期限に提出、
その翌日のブログ
◆人生には何ひとつ無駄なものはない/2022.3.1

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(2022.5.3)
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(2022.5.7)
巣作りから子作り、そして子育て
順調に育って、お父さんやお母さんは大忙し
巣立ちもそう遠くなさそうです♪

朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
三式簿記でひらく自主自立の道(8) [2022年05月16日(Mon)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
4.おわりに
 劇的に加速するデジタル化に抵抗して既得権益を守ろうとする者もいるだろうし、変化に気づかない者もいるだろうが、変化に取り残されてから行動したのでは遅い

 セオドア・レビットの「ドリルの穴」が説くように、ドリルが売れるのは穴を開けるニーズがあるからで、穴を開ける必要がなければ誰もドリルを買わない
 ブロックチェーンによる三式簿記によって取引がリアルタイムに検証可能で不正や改ざんが困難になり、高い安全性と透明性が実現して数字が信頼できるようになれば、信頼を買う必要がなくなるのは自明である。

 ブロックチェーンは「分散型台帳技術」(DLT:Distributed Ledger Technology)と言われるように、取引データをブロック(台帳)に記録してチェーンのようにつなぐ技術だが、ブロックチェーンがつないでいるものは「台帳」や「取引データ」でなく、それらをつなぐことで得られる人と人との「信頼」と解すべきである。
 今後、ブロックチェーン技術が多様な分野で活用が進むと、社会の価値観や文化が大きく変わっていく予感がする。
@ クローズから、オープン
A 中央集権から、分散
B 被搾取・依存から、自立・共存
 いずれも、SDGsの基本理念である「誰一人取り残さない」に適うものである。

 本論のまとめとして、デジタル化が加速する中で「人間が出来ることは何なのか」「公認会計士にとって最も重要なことは何か(27)、柳井氏の問いかけに答える。
 デジタル化が加速化してデジタルが当たり前の社会になれば、デジタル化の価値はなくなり、デジタル化できない「非デジタル」の価値が高まるのは事の理である。
 私たち公認会計士が「事の理に因るとき、即ち労せずして成る」(28)を望むのなら、まずは個々人がそれぞれの非デジタルの価値を高めて、そしてパートナーシップ(29)で社会が抱える多様な問題の解決にデジタル技術を最大限に活用して全力で取り組み、経済性と社会性の両立で「誰一人取り残さない」持続可能な社会の実現を目指す
 ―― 独立自尊の本心は百行の源泉にして、源泉滾々到らざる所なし。
是れぞ智徳の基礎の堅固なるものにして、
君子の言行は他動に非ず、すべて自発なりと知るべし。(30)
(『福翁百余話』第8話 )

----------------------
(27) 柳井、前掲講演録
(28) 竹内照夫『新釈漢文大系12 韓非子・下』明治書院、1978、pp.589
(29) SDGsの17番「パートナーシップで目標を達成しよう」
(30) 福澤諭吉『福翁百話』慶應義塾大学出版会、2009年、pp.301

この続きはまた明日四つ葉

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(2022.5.7)
巣作りから子作り、そして子育て
順調に育って、お父さんやお母さんは大忙し
巣立ちもそう遠くなさそうです♪

朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
三式簿記でひらく自主自立の道(7) [2022年05月15日(Sun)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
3.ブロックチェーンによる三式簿記とSDGs
 持続可能な世界を実現するために、2030年までの世界共通の目標として17のゴールと169のターゲットで構成される持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の基本理念は「誰一人取り残さない」(Leave no one behind: LNOB))である。
 その意味で、近江商人の経営哲学である「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の「世間」は自分たち以外の世間すべてだから、普遍的に正しい哲学である。
 そして、宮沢賢治が『農民芸術概論綱要』(25)の序論に書き示した「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない/自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する」、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである/われらは世界のまことの幸福を索ねよう」も普遍的に正しい思想である。
 
 ブロックチェーンによる三式簿記は、借方・貸方の複式簿記に加えて3つ目の欄にブロックチェーンを追加する(26)ことで、当事者以外の第三者が常にそしてリアルタイムに取引をチェックし、高度の安全性と透明性を確保して信頼を高めるものである。
 売り手、買い手以外の第三者として世間がかかわることで世界ぜんたいが幸せな社会の実現を目指すという意味で、ブロックチェーンによる三式簿記は「三方よし」の簿記であり、SDGsの基本理念「誰一人取り残さない」に合致するものといえる。
 あらためて言うまでもなく、どんなに素晴らしい技術でも、技術を使う者の思想が社会にとって正しくなければマイナスになる。ブロックチェーンも然りであり、それゆえ、技術の活用を論じる以前の問題として思想が問われるのである。

 ブロックチェーンによる三式簿記が実現すれば、不正や改ざんは直ちに発覚する。やっても無駄とわかればやらないので、審査や監査の業務も自ずと変わる。
 助成金や制度融資も、事前確認に手間や時間を要せず実行されるし、金の流れが透明になるので実行した助成金や融資のフォローも容易になり、制度の趣旨に沿わない使われ方がされていないか確認できる。設備投資に係る税額控除や特別償却の適用を受けた資産も、適用後の状況を容易に追跡できる。
 たとえば、コロナ感染拡大で2020年春から導入された無利子無担保融資(いわゆるゼロゼロ融資)も、融資実行後のフォローがないので、既存の借入の返済に充てても、銀行が紹介する金融商品に運用してもお咎めなしである。一方で、融資を受けた中小企業の経営が改善されていないと、返済猶予期間が終わって返済が開始されると資金繰り悪化の懸念がある。すでに厳しい状況に直面している中小企業も含めて、支援の対応が必要だが、個々の状況を確認できないと手が打てず、問題先送りである。

 お金や会計と直接関係のないと思われる分野でも色々な活用が考えられる。
 トレーサビリティ、在庫情報の共有などはよく知られたところだが、それ以外にもたとえば、学校などの教育、医療、介護や後見人などの福祉、社会保障、年金、保険、農林、畜産、水産、土木や建設、解体、不動産の売買や管理、マンションの管理組合、空き家や空き地、空き店舗など地域の活性、子どもや高齢者の見守りなどなど。
 ブロックチェーンによる三式簿記は、このような社会が抱える多様な問題の解決に有用で、その可能性は無限にある。
 問題(gap)に気づいて、問題解決のためにやるべき課題(action)を考え抜くには、社会に対する「関心」を高めねばならない。無関心は損である
----------------------
(25) 『新・校本宮滓賢治全集』第13巻(上)、筑摩書房、1997
(26) タプスコット、前掲書、pp.96

この続きはまた明日四つ葉

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(2022.5.7)
巣作りから子作り、そして子育て
順調に育って、お父さんやお母さんは大忙し
巣立ちもそう遠くなさそうです♪

朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
三式簿記でひらく自主自立の道(6) [2022年05月14日(Sat)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
(5) ブロックチェーンによる三式簿記
 「単式簿記」では複数の帳面があっても相互につながっていなかったが、「複式簿記」は同じ金額を二つの帳簿に記録することでつながり、その結果、期末の財産の増減による業績評価とは別に、期間損益による業績評価が可能になった。
 そして「時制的三式簿記」は過去・現在・未来を因果の関係でつなぎ、「微分的三式簿記」はストックとフローでつないで微分・積分で新しい次元に展開した。
 ならば「ブロックチェーンによる三式簿記」がつなぐものは、なにか?

 ブロックチェーンを端的に言えば、取引(トランザクション)に係るデータを、ブロックに記録して管理し、チェーンのようにつないで保管する「分散型台帳技術」(DLT:Distributed Ledger Technology)である。
 取引の都度リアルタイムで台帳に記録。その内容は借方・貸方の出入りと残高の複式簿記に加えて、3つ目の欄としてブロックチェーンが追加される(20)
 台帳の記録が途切れることなく連続して「つながる」ことに価値があり、暗号やタイムスタンプなど最先端技術を駆使して高い安全性と信頼を確保し、検証可能で不正や改ざんを困難にする仕組みが講じられている。

 ブロックチェーン技術について論じるのは本論の趣旨とするところではない。
 会計の視点からブロックチェーンを捉えると、稲盛和夫氏が説く「京セラ会計学」の7つの基本原則のうち「一対一対応の原則」と「ダブルチェックの原則」と「ガラス張り経営の原則」の3つの原則の徹底といえよう。
 ちなみに、稲盛氏の『稲盛和夫の実学』(21)では7つの基本原則のうち「一対一の対応」は2番目で「ダブルチェック」は5番目だが、『アメーバ経営』(22)ではそれぞれ1番目と2番目であり、そして「ガラス張りの経営」はいずれの本においても7番目、大トリである。

 稲盛氏は、『稲盛和夫の実学』で次のように書いている。
 管理システムは、決して複雑で最先端のものである必要はない。人間として普遍的に正しいことを追究するという経営哲学がベースにあれば、それは「一対一の対応」、「ガラス張りの経営」、「ダブルチェック」などの原則にもとづくきわめてシンプルでプリミティブなシステムで十分なのである。
 このような会計の考え方やシステムは、不正を防ぐというだけでなく、企業の健全な発展のために不可欠であり、逆にこのような会計システムがなければ、いくら立派な技術力があろうと、また十分な資金があろうと、企業を永続的に成長させていくことはできない。(23)

 ブロックチェーンは最先端技術を取り入れ、その進化は止まることを知らない。しかし、会計的には「一対一の対応」、「ダブルチェック」、「ガラス張りの経営」の徹底であり、その徹底を追及するための「きわめてシンプルでプリミティブなシステム」の「分散型台帳技術」がブロックチェーンである。
 稲盛氏は、「一対一の対応」について「非常にプリミティブな手法に見えるが、それを徹底させることによって社内のモラルを高めると同時に、社内のあらゆる数字を信頼できるものにすることができる」(24)と指南している。

 何事も「当たり前のことを当たり前にやる」ことほど難しいことはなく、そもそも「当たり前」のレベルは人それぞれに違うし、「徹底」となると至難である。
 この至難な「凡事徹底」を、ブロックチェーンは「三式簿記」で基本を疎かにすることなく忠実に、社会的レベルで実現を目指すのである。
 ブロックチェーンによる三式簿記は、簿記の原点に立ち返って、私たち公認会計士の社会的使命が問われていると受け止めるべきであろう。
----------------------
(20) タプスコット、前掲書、pp.96
(21) 稲盛和夫『稲盛和夫の実学』日経ビジネス人文庫、2000年
(22) 稲盛和夫『アメーバ経営』日経ビジネス人文庫、2010年
(23) 稲盛、前掲『稲盛和夫の実学』、pp.152
(24) 稲盛、前掲『稲盛和夫の実学』、pp.67

この続きはまた明日四つ葉

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(2022.5.3)
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巣作りから子作り、そして子育て
順調に育って、お父さんやお母さんは大忙し
巣立ちもそう遠くなさそうです♪

朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
三式簿記でひらく自主自立の道(5) [2022年05月13日(Fri)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
(4) 微分的三式簿記
 「時制的三式簿記」は過去・現在・未来の3元性を有するも、同次元の中の展開で複式簿記を二度適用したに過ぎないので本当の三式簿記とは言えないと考えて、現在と過去の二元性に立ち返って「新しい次元」の導入を求めたのが、井尻先生の「微分的三式簿記」である(16)
現 在 = 過 去
財 産(ストック)= 資 本(フロー)
 ここにフローは、一定時点のストックについて2時点の差異(増減)を釈明するものであり、ならば、フローについて2期間の変動(増減)を釈明するものとして利益を微分した「利力」を導入された。
財 産 = 資 本(利 益)= 利 力
 「財産をかえるのが利益で、利益をかえるのが利力(17)ということになる。

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 井尻先生は、利益を時間で微分した利益の速度(利速)を測定の基本とし、「目まぐるしく移り変わる21世紀の経営においては、距離計のデータだけでは駄目で、たえず速度計のデータに目を配りながら行なうことが必要(18)で、「よりきびしい環境のもとで運転している人には速度計ではまどろしくて加速度計が必要になってくるかもしれません」(19)と述べておられる。
 たとえばウルトラマラソン100kmに挑むとして、気温や風など天候は変わり、体調の変化もある。上り坂はペースが落ちて減速し、下り坂では加速する。知りたいのは刻々と変わる現在の速度と自分の余力で、過去の結果の平均速度ではない。自動車の速度計も現時点の速度であって、平均速度ではない。結果の後追いで計算された平均速度のメーターを見て運転しているドライバーはいない(はずだ)。
 また、利速会計は業績を(利益でなく)速度の向上で評価するので、現状維持は慣性に便乗しているだけだから業績ゼロになる。さらに、利益慣性の衰えについて「まさつ」率を使って検討するなど、色々と興味深い示唆を与えてくれる。
 井尻先生ご自身も述べておられるように、利速会計の実務化には課題が多いが、過去・現在・未来をストックとフローの微分・積分でつなぐ「微分的三式簿記」による利速会計(Momentum Accounting)は、持続的な成長や給与の引上げといった前向きな経営課題の検討に極めて有用な情報を提供するものであり、変化の激しい(加速的に変化する)時代に立ち向かう意欲的な組織には必須であろう。
----------------------
(16) 井尻、前掲『三式簿記の研究』、pp.43-45
(17) 井尻、前掲『三式簿記の研究』、pp.49-57
(18) 井尻、前掲『「利速会計」入門』、pp.2
(19) 井尻、前掲『「利速会計」入門』、pp.38

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三式簿記でひらく自主自立の道(4) [2022年05月12日(Thu)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
(3) 時制的三式簿記
 井尻先生は、複式記入によって「現在が過去によってもれなく釈明する」ことが可能になり、これが複式簿記の最も基本的な貢献であると述べておられる(13)
現 在 = 過 去

 そして、未来の計画や予算についても、同様に、継続的な取引記録に基づいて、もれなく釈明することを要求するのが「時制的三式簿記」である(14)
未 来 = 現 在 = 過 去

 「時制的三式簿記」を読んで思い出したのが、北御堂(浄土真宗本願寺派本願寺津村別院)(15)の正面階段横の掲示板に記された法語(2015年1月)である。
過去の因を知ろうとするならば、現在の果をみよ。
未来の果を知ろうとするならば、現在の因をみよ。

 まさに、これぞ「時制的三式簿記」の思想であり、この思想を継続的な取引記録に基づいて「もれなく」釈明することを要求するのが、井尻先生の時制的三式簿記と考える。

 たとえば、
 明日のために、今日、種をまく。その種は、昨日、市場で買ってきたものである。
(昨日) 材  料 ×× / 支払勘定 ××
(今日) 材 料 費 ×× / 材  料 ××

 複式簿記ならこのように会計処理すれば完結するが、因果の論理で過去と現在と未来をつなぐ時制的三式簿記では、取引の都度、過去・現在・未来を原因と結果でつなぐことが求められる。

 種を買ったら、買った種はいつまき、どのように育て、いつ収穫して、いくらで販売し、販売代金をどう回収するのか、未来の予定を種の購入と同時に処理する。貸方の支払勘定も、未来の予定を、実際に振込や手形決済になってから処理するのでなく、購入と同時に処理する。
 現実には予定通りにならないことも多いと思われるが、現実と予定の差異を継続的な記録の簿記の仕訳で処理し、日々確認を積み重ねていくことで、予実の管理や予測の精度は向上し、経営の質は高まるであろう。

 複式簿記に慣れ親しんだ身には一々面倒なことと思うだろうが、かつてコンピューターのない時代にソロバンと手書きで処理していた先人が、使い慣れた大福帳を廃止し、同じ金額を二つの帳面に記録する複式簿記に切り替えた決断と苦労とその後の繁栄を思い起こせば、時制的三式簿記は無用と切り捨てられるだろうか。
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(13) 井尻、前掲『三式簿記の研究』、pp.22-25、pp.103-104
(14) 井尻、前掲『三式簿記の研究』、pp.29-30、pp.104-105
(15) 北御堂(浄土真宗本願寺派本願寺津村別院)https://www.kitamido.or.jp/

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三式簿記でひらく自主自立の道(3) [2022年05月11日(Wed)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
2.複式簿記から三式簿記へ
(1) 帳合之法
 福澤諭吉が翻訳した『帳合之法』(11)は、わが国最初の西洋簿記の教科書として明治6年(1873)6月に初編2冊が出版され、翌年6月に二編2冊が出版された。
 漢字カナ交じりで、見返しの上部には天秤秤と黒板、下部に算盤が描かれ、右側には毛筆と3冊の帳簿、左側には天秤棒と3冊の帳簿が描かれて、毛筆には「筆端能ク一世ヲ経緯シ」と、天秤棒には「努力以テ天下ヲ冨実ス」と墨書されている。左右それぞれに配置された3冊の帳簿は、初編の右側は「大帳」「金銀出入帳」「仕入帳」で、左側は「日記帳」「手形帳」「売帳」である。二編では「売帳」が「清書帳」になっている。

 清書帳は「ジョルナル」Journalで仕訳帳のことで、帳合は「ブックキィピング」Bookkeepingで簿記のこと。それ以外では、略式(単記)「シングル・エンタリ」、本式(複記)「ドウブル・エンタリ」、借「デビド」、貸「クレジト」などと訳され、単式簿記から複式簿記まで学べる実学の書である。初編の凡例に記された翻訳の趣旨は、簿記を学ぶ意義が具体的かつ詳細に説かれて現代でも有用である。

(2) 単式簿記から複式簿記へ
 滋賀県豊郷町にある伊藤忠兵衛記念館(12)は、伊藤忠商事や丸紅の創始者である初代伊藤忠兵衛が暮らし、二代忠兵衛が生まれた旧邸で、一般に公開されている。
 玄関を入って右手にある「店の間」の帳場には、実際に使われていた振替伝票や帳簿が展示されていた。「振替伝票」には借方と貸方に分かれて勘定科目を記して複式簿記で仕訳され、連番も付されて、この伝票から転記した証である記入済印も押されていた(横書き)。一方、「帳面」は取引ごとに摘要が記されて金額が借方と貸方に分かれて転記され、残高も記されていた(縦書き)。
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 展示の説明書きには以下の記載があった。
洋式帳簿・洋式伝票―明治27年、初代忠兵衛が使い慣れた大福帳を廃止して採用した洋式帳簿と伝票。洋式簿記の採用は当時の呉服問屋としては極めて革新的なことでした。

 電卓もパソコンもない時代、制度で求められたわけでもないのに、他に先駆けて使い慣れた大福帳(単式簿記)を止め、複式簿記に切り替える。
 現場の抵抗は相当あったと思われるが、自らの商いが繁昌し、持続的に繁栄するために必要と判断したからであろう。手書きの伝票と帳面に魂を揺さぶられた。

 「単式簿記」では、金銭出入帳、得意先別や仕入先別の台帳、在庫出入帳などの複数の帳面を継続的に記録して残高を管理するが、それぞれの帳簿は相互につながっていない。そのため、一定期間の業績を把握するには、財産の棚卸しを行い、すべての帳簿を集計して財産目録を作成し、正味財産の増減で確認することになる。

 しかし、帳簿が相互につながっていないので、記帳の誤りや計算の間違いとか、不正があっても容易に発見できず、数字の信頼性に問題がある。
 そこで、一つの取引の数字を二つの帳簿に記録する「複式簿記」が登場する。
 その結果、記帳ミスや計算間違いのチェックだけでなく、一定時点の財産の増減による業績評価とは別に、一定期間の損益による業績評価が可能になった。
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(11) 慶應義塾大学メディアセンター「デジタルで読む福澤諭吉」『帳合之法』
 https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/fukuzawa/a19/68
(12) 伊藤忠兵衛記念館 http://toyosatosaibikai.or.jp/

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三式簿記でひらく自主自立の道(2) [2022年05月10日(Tue)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
(昨日のつづき)
 それにしても、万物流転で生成発展する社会の中で、なぜ複式簿記は500年を超えて不変であり続けられたのか。井尻先生の三式簿記は複式簿記の完全仮説の否定から出発するが、私は複式簿記が不変であることに疑問を持つことなく、過去の慣行のままに日々仕事してきた。
 しかし、「あらゆるビジネスが進化している時代に、500年前と同じやり方を使いつづける必要がどこにあるだろうか?(7)と問いかけられて強烈な衝撃を受け、触らぬ神に祟りなしで済む話ではないと強い危機感を抱いたのである。

 たしかに、仕訳を振替伝票に起こして総勘定元帳に転記し、試算表を作成するなど簿記一巡の手続きは手書きからパソコンに変わり、情報システムの管理もオンプレミスからクラウドに移行して、日々の仕事の効率化は進んだ。しかし、ベースとなる複式簿記は進化せず、不変である。
 手書きの文書からワープロへ、ファックスから電子メールへ、はんこから電子署名へ、紙媒体からペーパーレスへ、請求書からデジタルインボイスへ、手形から電子債権へ、給与の支払いは現金や振込からデジタル払いへ、対面からテレワークやオンライン授業へ。IT化やデジタル化の取り組みによって社会は変化し続けているが、その変化changeは、improveか、reformか、innovationか、transformationか、それともrevolutionなのか。言葉遊びでなく、物事の本質が問われる
 たとえば、DX(デジタルトランスフォーメーション)について、デジタル技術を使ったビジネスモデルの「変革」と言われるが、単にIT化やデジタル化といった技術の進化に留まらず、蝶が青虫からサナギを経て成虫に変態するように生きる世界や生き方がすっかり変わって意識や行動が大きく変わるものである。であれば、レボリューションは「革命」だから、命を革めてまったく別のものに生まれ変わるのか。
 2018年7月23日に開催された公認会計士制度70周年の記念講演会で、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は、私たち公認会計士にこのように問いかけた。

 RPAやAlの時代になると数字はすべて自動的に計算出来るようになります。人間が出来ることは何なのか今、それを深く考えないといけない時代になったのではないかと思います。単純計算や分析・整理ではなくて、計算された数字を見て、どのように解釈するのか、どのような可能性があるのか、企業の経営理念や目標に基づいて数字をどう見て何を考えて、何を実現していくのか、そういう仕事として組み立て直したらどうでしょうか。そういうことが、本当は公認会計士にとって最も重要なことではないでしょうか。(8) (下線は筆者による、以下同じ)

 柳井氏は、この講演の2年前、2016年10月の決算説明会で「企画、デザイン、生産、販売までの一貫したサプライチェーンを改革し、『情報製造小売業』になる」と製造小売業(SPA)から「情報製造小売業」に変わることを宣言していた(9)。そして、その後も、改革を加速化するために様々な手を打っている。

 好むと好まざるとにかかわらず、社会は変わり、劇的に変化する。今までのコンピューターとまったく違う原理で圧倒的なスピードで処理を実現する「量子コンピューター」の実用化が進み、一方、暗号化されたデータ送信の解読を困難にする「量子暗号」の開発が進む。社会やビジネスに新たな可能性が生まれ、劇的に変わるであろう。
 すべての取引は三式簿記でブロックチェーンにリアルタイムで記録され、圧倒的なスピードと低コストと低リスクで透明性と正確性は劇的に向上し、取引に信頼を付与する役割は「ブロックチェーンによる三式簿記」が担うといわれている。

「たいていの技術は末端の仕事を自動化しようとしますが、ブロックチェーンは中央の仕事を自動化します。タクシー運転手の仕事を奪うのではなく、Uberをなくして運転手が直接仕事を取れるようにするんです」(10)

 柳井氏の問いかけを真摯に受け止めて真の改革に向けた行動をするのか、それとも電子帳簿保存法の改正やインボイス制へ移行といった制度改正や行政からの支援要請の対応で事足れりとするのか。私たち公認会計士の覚悟と本気が問われていると受け止め、以下、簿記の原点に立ち返って、今後いかに行動すべきかを考えるものである。
----------------------
(7) タプスコット、前掲書、pp.95
(8) 柳井正「会計士が世界を変える」『会計・監査ジャーナル』第30巻第11号(2018年11月)、pp.14-15
(9) ファストリ、「3本の矢」で描く再加速の青写真『日経・電子版』2016年10月13日
(10) タプスコット、前掲書、pp.22

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三式簿記でひらく自主自立の道(1) [2022年05月09日(Mon)]
簿記はどこから来て、どこへ行くのか
〜三式簿記でひらく自主自立の道〜
1.はじめに
 平成30年版(2018年版)情報通信白書は、特集「人口減少時代のICTによる持続的成長」のなかで、「組織をつなぐことで生産性向上をもたらすICT」としてAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)やクラウドサービス、そしてブロックチェーンを取り上げた(1)。しかし、当時の私は、ブロックチェーンについて仮想通貨のイメージが強く、胡散臭さから触らぬ神に祟りなしと無関心であった。
 ところが、2年後の2020年の夏、身近な業務の中でブロックチェーンが活用されている事例の教示を受けて興味を持ち、遅ればせながら学び始めた。なかでも、ドン・タプスコットとアレックス・タプスコットの『ブロックチェーン・レボリューション』は学びが多く、ブロックチェーンに対する誤った先入観は氷解して可能性に覚醒するとともに、複式簿記ならぬ「三式簿記」がある(2)ことも教えられた。
 簿記の学び始めから「借方・貸方」の簿記一巡の手続きを学んできて、日々の仕事でも複式簿記を当然のこととして使い続けてきた身には、「3つ目の欄として、ブロックチェーンを追加するのはどうだろう(3)と問いかけられても容易に理解できないが、「イーサリアムを使った三式簿記会計システムに取り組んでいる」(4)とあっては三式簿記を無視できない。
 そこで、井尻雄士先生の『三式簿記の研究』(5)と『「利速会計」入門』(6)を読んだが、三式簿記はもとより、単式簿記や複式簿記についても本質から理解を深めて職業会計人の原点に立ち返ることができ、そして読む度に新たな気づきを得ている。
 『三式簿記の研究』は1982年に出版されたTriple-Entry Bookkeeping and Income Momentum と1983年9月24日に行われた日本会計研究学大会の特別講演の講演原稿で構成されているが、私事ながら、その講演の前々日の9月22日に公認会計士2次試験に合格し、『「利速会計」入門』が刊行された90年7月に監査法人を辞めて独立。その偶然にシンクロニシティを感じる。
----------------------
(1) 平成30年版情報通信白書 本編 第1部 第3章 第3節
(2) ドン・タプスコット、アレックス・タプスコット『ブロックチェーン・レボリューション』ダイヤモンド社、2016年、pp.96-99
(3) 同上、pp.96
(4) 同上、pp97
(5) 井尻雄士『三式簿記の研究』中央経済社、1984年
(6) 井尻雄士『「利速会計」入門』日本経済新聞社、1990年

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習慣(生き方)を変える [2022年05月01日(Sun)]
以下、昨日の記事「動じることなく、正しいことをする」の関連で

先日(4/23)の朝日新聞で、京都の錦市場が
ゴミ捨ての有料化」に取り組まれたのを知りました。
ゴミを捨てるには、
ゴミ箱のQRコードをスマホで読み取って代金決済するとのこと。

レジ袋の有料化も、
有料化することで意識が変わって行動が変わる
(マイバック持参でゴミ削減)ことが主眼で、
レジ袋の値段の多寡は主たる問題ではないのと同様のようです。
記事を読んで、京都らしい先進的な取り組みと感心しました。

昨日(4/30)の朝日新聞の「声」によると、
今月17日に開催された「かすみがうらマラソン」で
給水所で提供されたドリンクの紙コップが散乱しているのを
拾って背負った籠に入れて走り続けたランナーがおられたとのこと。
来年の京都マラソンは、
給水所でドリンクの紙コップを捨てるには
ゼッケンナンバーのチップを読み取って有料化になったりして・・・
(オシャレで先進的な取り組みは京都らしいと思うのですが)

紙コップを捨てる時はゼッケンナンバーのチップでピッ!
ゴミ箱に入れば1回10円で、入らなければ1回100円の自動課金。
あるいは、スタート前に前金を徴収して
ゴミ箱の利用状況に応じてレース後にキャッシュバックとか。
SDGsにも貢献するし、参加者の意識も変わるし、
地域の皆さんやスポンサー企業も応援してくれると思うのですが・・・
もちろん、喜んで参加です。

野村克也『野村メモ』より――
意識が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる

野村克也『野村ノート』より――
心が変われば態度が変わる。
態度が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる。
運命が変われば人生が変わる

人生とは、ひとことで言えば習慣です。
習慣とは繰り返すことにほかなりませんから、
強い意志をもって臨めば
やがて習い性となって大いに人生の助けとなります
それは、生活に限らず、
生きかた、目標のもちかた、仕事への向かいかた、
言葉の使いかたから、ふるまいまで、行為のすべて
です。
その意味で、私の人生は、
まさしく習慣のたまものです。
日野原重明『与命』

生きかた ・・・「一日一生」「一期一会」
目標のもちかた ・・・「日に新た」「不屈邁進」
仕事への向かいかた ・・・「奉仕一貫」「初心不可忘」
言葉の使いかた 、ふるまい・・・「和顔愛語」「和敬清寂」

お茶を売ってお金を儲けるだけなら、
自分の都合でいつ休んでもいいようなものですよ。
しかし、このおばあさんは 
そんな味けない考えは少しもなかった
自分の茶店は 
自分一人のものではない。
この茶店をアテにして 
上り下りする山越えの旅人たちのためのものだ。
その世話をするのが自分の役割なのだ。
きっとおばあさんは 
無意識のうちにもそう考えていたのではないでしょうか。
「無言の契約」/松下幸之助『人生談義』

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花の終わった後についた小さな梅の実が、
一雨ごとに膨らんで、梅っぽくなってきました。
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