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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
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コモンズの合意形成とサステナビリティ [2021年10月25日(Mon)]
宮沢賢治『なめとこ山の熊』より――
「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。
おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ。
ほかの罪のねえ仕事していんだが
畑はなし木はお上のものにきまったし
里へ出ても誰れも相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしるんだ。
てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。
やい。この次には熊なんぞに生れなよ」
そのときは犬もすっかりしょげかえって眼を細くして座っていた。
(略)
熊は小十郎にやられ小十郎が旦那にやられる。
旦那は町のみんなの中にいるからなかなか熊に食われない。けれども
こんないやなずるいやつらは
世界がだんだん進歩するとひとりで消えてなくなっていく

僕はしばらくの間でもあんな立派な小十郎が
二度とつらも見たくないようないやなやつにうまくやられることを
書いたのが実にしゃくにさわってたまらない。

地理院地図_ナメトコ山.jpg
「ナメトコ山」/地理院地図

先月末に宮沢賢治の童話を読むことを勧められ、
今さら童話なんてと思いながらも、
『銀河鉄道の夜』を丹後ウルトラ旅ランのテント泊の供に・・・

ロジャー・パルバース『英語で読む銀河鉄道の夜』(見開きで和英対訳)でしたが、
それをきっかけに、その後も、図書館で「絵本」を借りて読み、
一日一冊のペースで20冊を超えました。
すっかり宮沢賢治の世界に魅せられ、心惹かれてしまいました。

宮沢賢治『虔十公園林』より――
「伐らなぃ」虔十が顔をあげて少し怖そうに云いました。
その唇はいまにも泣き出しそうにひきつっていました。
実にこれが虔十の一生の間の
たった一つの人に対する逆らいの言だったのです。
(略)
「その虔十という人は少し足りないと私らは思っていたのです。
いつでもはあはあ笑っている人でした。
毎日丁度この辺に立って私らの遊ぶのを見ていたのです。
この杉もみんなその人が植えたのだそうです。
ああ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません。
ただどこまでも十力の作用は不思議です

ここはもういつまでも子供たちの美しい公園地です。
どうでしょう。ここに虔十公園林と名をつけて
いつまでもこの通り保存するようにしては」
(略)
虔十のうちの人たちはほんとうによろこんで泣きました。
全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、
さわやかな匂、夏のすずしい陰、月光色の芝生が
これから何千人の人たちに
本当のさいわいが何だかを教えるか数えられませんでした。
そして林は
虔十の居た時の通り雨が降っては
すき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落し
お日さまが輝いては
新らしい奇麗な空気をさわやかにはき出すのでした。


宮沢賢治『狼森と笊森、盗森』より――
「ここへ畑起してもいゝかあ」
「いいぞお」森が一斉にこたえました。
みんなは又叫びました。
「ここに家建ててもいいかあ」
「ようし」森は一ぺんにこたえました。
みんなはまた声をそろえてたずねました。
「ここで火たいてもいいかあ」
「いいぞお」森は一ぺんにこたえました。
みんなはまた叫びました。
「すこし木貰ってもいゝかあ」
「ようし」森は一斉にこたえました。
(略)
その人たちのために、森は
冬のあいだ、一生懸命、北からの風を防いでやりました。
(略)
みんなはうちに帰ってから粟餅をこしらえて
お礼に狼森へ置いて来ました。
(略)
そこでみんなは、笑って粟もちをこしらえて、
四つの森に持って行きました。
中でもぬすと森には、いちばんたくさん持って行きました。
その代り少し砂がはいっていたそうですが、
それはどうも仕方なかったことでしょう。
さてそれから森もすっかりみんなの友だちでした
そして毎年、冬のはじめにはきっと粟餅を貰もらいました。
しかしその粟餅も、時節がら、ずいぶん小さくなったが、
これもどうも仕方がないと、黒坂森のまん中のまっくろな巨きな巌が
おしまいに云っていました。

地理院地図_狼森.jpg
「狼森」/地理院地図

地理院地図_狼森笊森黒坂森盗森.jpg
「狼森、笊森、黒坂盛、盗森」/地理院地図

ですから、これらのなかには、
あなたのためになるところもあるでしょうし、
ただそれっきりのところもあるでしょうが、
わたくしには、そのみわけがよくつきません。
なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、
そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
けれども、わたくしは、
これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、
あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、
どんなにねがうかわかりません。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは
銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズ

ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

あらゆることを(なにごとも)
自分を勘定に入れず(私心なく、無私、忘己利他)
よく(常識や経験など先入観や思い込みに囚われることなく)
見る(素直な心で物事の実相をありのままに見る)
聞く(虚心坦懐、謙虚に耳を傾ける)
分かる(相手の立場に立って理解する)
・そして忘れず(自らの心に深く受け止め)
・さらに「行って」なすべきことをなす

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足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
正解を忖度せず、それぞれ主体的に考える [2021年10月18日(Mon)]
宮沢賢治『貝の火』より――
兎のお父さんはそれを受けとって
眼鏡をはずして、よくよく調べてから言いました。
「お前はこんなものを狐にもらったな。これは盗んで来たもんだ。
こんなものをおれは食べない
(……)
みんなはすわって角パンをたべました。お父さんが言いました。
「ホモイ。狐には気をつけないといけないぞ」
ホモイが申しました。
「お父さん、大丈夫ですよ。狐なんかなんでもありませんよ。
(……)
お父さんはたいへんあわてて急いで着物をきかえながら言いました。
「ホモイ。お前は馬鹿だぞ。俺も馬鹿だった
お前はひばりの子供の命を助けてあの玉をもらったのじゃないか。
それをお前は一昨日なんか生まれつきだなんて言っていた。
さあ、野原へ行こう。狐がまだ網を張っているかもしれない。
お前はいのちがけで狐とたたかうんだぞ。もちろんおれも手伝だう」
(……)
お父さんが腕を組んでじっと考えていましたが、
やがてホモイのせなかを静かにたたいて言いました。
「泣くな。こんなことはどこにもあるのだ
それをよくわかったお前は、いちばんさいわいなのだ
目はきっとまたよくなる。
お父さんがよくしてやるから。な。泣くな」

先週木曜日(10/14)に公表された山口FGの調査報告書を読みました。
なぜ、こんなことがまかり通るのか

今回公表された「調査報告書」(2021.9.30)は、
8月10日開催の取締役会決議で設置された社内調査本部によるものですが、
その調査の必要性が判明するに至った内部告発文書について
5月14日開催の取締役会決議で設置された調査委員会
「調査報告書」(2021.7.26)も添付されています。

山口銀行では、かつて、
相談役と親しい第一生命の保険社員に対する顧客紹介について
当時の頭取が問題視したが、問題視した頭取が解任される事件が起き、
『実録 頭取交替』という小説にもなっていますが、
その後、その保険会社の女性営業社員に
銀行の大切なお客様が多額の金銭をだまし取られる事件が起きました。
(24名から19億5100万円)

7月26日付の「調査報告書」には、
上記を含む7つの告発事項に対する調査結果と適切性評価が記され、
適切性評価において複数の問題点が指摘されていますが、
今回の一番の問題である「新銀行設立にかかる案件」については、
調査委員会の設置時に託され調査対象でなかったため、
調査対象とされていません。

「新銀行設立にかかる案件」については、
9月30日付の調査報告書に詳述されていますが、
その案件の協議や交渉のプロセスの「独断専行」や
透明性が確保されていない」などの問題もさることながら、
そもそも、外部コンサルが提案の「利息のみ返済ローン商品」に
飛びついて、そして言われるがままに,,,
―― 宮沢賢治の童話『貝の火』を思い出しました。

顧客が返せない借金を背負わせることに「罪」の意識を感じない
商いの道に反し、銀行として真っ当なビジネスと言えません。
なぜ、だれも止められなかったのか

シェアハウス投資にかかる不正融資のスルガ銀行もそうでしたが、
山口FGも、厳しい経営環境を強いられる地銀の「改革派」として
高い評価を受けていた
が、スルガにしろ、山口にしろ、
その「実態」は評価に値するものだったのか

以下、調査報告書(山口FG・調査本部:2021.9.30)より――
デジタル化社会である現代は、環境変化が急激で、
企業経営において、従来の常識・正解が通用しない時代である。
「地方では、少子高齢化や都市部への若者人口流出、事業の後継者不足、
急速なデジタルトランスフォーメーション等が進む中において、
いかに地域の企業、産業の活性化を図り、
雇用の確保と地域経済の持続性を高めていくかが課題となっており」
というが、従来の常識は通用せず、
課題解決のための「正解」など誰にも分からない

仮に、「正解」があるのであれば、
トップダウン型の業務運営は有効な方法であるが、
現代は、その真逆の時代である。
そのような中、
企業が諸課題を解決していくためには、役職員一人ひとりが
主体的に「考える」
ことができるプロアクティブな人材となり、
それぞれが現場においてトライ&エラーを繰り返しながら、
実践において課題解決に近づいていく、
そのような組織が理想的と考える。

独立した人格を有する役職員一人ひとりが、
そのプロフェッショナリズムに基づき、
必ずしも「正解」を忖度することなく、それぞれに「考える」ことが、
全てのスタートである


山口FGは、
「志を以って地域の豊かな未来を共創する」というミッションを掲げ、
金融の枠を超え、圧倒的な当事者意識を以って地域を巻き込み、
社会課題を解決するリージョナル・バリューアップ・カンパニー
(地域価値向上会社)を目指す。
そのような誰もやったことがないことに「正解」などあるはずがなく
その「正解」を役職員に聞いて分からないのは、その役職員が、
人より能力がないからでは決してない。
「正解」など誰にも分からないのである。
このような課題は、トップダウン型の従来のやり方で
実現できるものではなく、また同様に、
コンサルのアドバイスにヒントはあっても答えはない

山口FGの役職員一人ひとりが考えることから始まるのである。
役職員は、組織に組み込まれた「駒」などでは決してなく
様々な困難な課題を解決するための原動力であると考える。

こんなことはどこにもあるのだ。
それをよくわかったお前は、いちばんさいわいなのだ
宮沢賢治『貝の火』

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服部緑地(2021.10.17)

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足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
これが最後 [2021年10月11日(Mon)]
昨日(10/10)開催される「水都大阪ウルトラマラニック」について
伴走練習会のブラインドランナーさんのエントリーを
お手伝いさせてさせていただいたご縁で、
皆さんのスタートをお見送りし、
そして応援させていただきました。

応援では、コロナ感染の防止の観点から
飲み物や食べ物を提供する私設エイドはご法度ですが、
用意した消炎鎮痛スプレーは、
多くのランナーの皆さんから喜んでいただきました。

また、日が沈んでからは暗闇になる河川敷を走ることになるので、
ライトを照らして「頑張ってください」と応援の声をかけていると、
最後の力を振り絞って走る皆さんに喜んでいただけたようで、
そんな心の触れ合いが嬉しく、そして楽しかったです。

そして、先日(7/23)のブログでご紹介したブラインドランナーさん、

「僕ももう年です(73歳)最後です
 70キロというより、11時間走を目標に走ります」

水都ウルトラの70キロの制限時間は11時間。
制限時間イッパイ走り続けることを目指すとの決意表明です。

今回は10キロ周回コースのレースでしたが、
6時スタートのランナーが次々と戻ってこられ、
6時半スタートのランナーも戻ってこられるのに、
なかなか姿が見えない。

大丈夫かと心配しているとようやく姿を見せてくれたのですが、
身体は大きく右に傾いて、見るからにしんどそうで、
正直なところ、走り続けるのは厳しいだろうと思いました。

ところが、その後も走り続けられて、
最終的に5周50キロを見事に走り切って、
ご自身が目標とされた11時間走を達成。スゴイです。

また、あの崩れたフォームをずっと一人で支えて
11時間を一緒に走り切ったガイドも見事です。
もし私だったら、どこかの時点でタオルを投げてしまい、
ランナーが目指された11時間走は達成できていなかったかもです。
お二人の走りに深い感銘を受けました。

ブラインドランナーとして恵まれた練習環境とは言えないのに、
これが最後かもしれない」と挑戦され、
10月と言うのに30度を超える厳しいコンディションの中を
自ら掲げた目標「制限時間イッパイ走り続ける」を達成されました。
ただただ驚嘆で、頭が上がらないです。

最後の周回を終えてゴールに向かうランナーとガイドを見送りながら、
明日がある、明後日がある」と呑気に暮らすわが身を反省。
不平や不足や不満などで泣き言を言わず
何ごとも「これが最後」と思ってやらなあかんと学ばせてもらいました。

明日がある、あさってがあると思っている間は
なんにも ありはしない

かんじんの「今」さえないんだから。
(東井義雄)

明日ありとおもうこころのあだ桜
夜半に嵐の吹かぬものかは
(親鸞聖人が9歳で得度された時に詠まれた歌)


宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』より――
なぜやめたんですか。ぼくらならどんな意気地ないやつでも
 のどから血が出るまでは叫ぶんですよ」と云いました。
「何を生意気な。こんなばかなまねをいつまでしていられるか。
 もう出て行け。見ろ。夜があけるんじゃないか」
ゴーシュは窓を指さしました。東のそらがぼうっと銀いろになって
そこをまっ黒な雲が北の方へどんどん走っています。
「ではお日さまの出るまでどうぞ。もう一ぺん。ちょっとですから
かっこうはまた頭を下げました。
「黙れっ。いい気になって。このばか鳥め。
 出て行かんとむしって朝飯に食ってしまうぞ」
ゴーシュはどんと床をふみました。
(略)
その晩遅くゴーシュは自分のうちへ帰って来ました。
そしてまた水をがぶがぶ呑のみました。それから窓をあけて
いつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くのそらをながめながら
「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ
 おれは怒ったんじゃなかったんだ」と云いました。

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足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ぶらり丹後でウルトラ旅ラン♪ [2021年10月04日(Mon)]
2年連続で中止になった丹後ウルトラマラソンの代わりとして、
京丹後市さんが企画された「丹後でウルトラ旅ラン」

「特産品コース」は応募するも残念ながら抽選に外れましたが、
せっかくの機会なんで、
「京丹後市内で合計60km以上のラン」に挑戦です。

60キロを走るだけなら、100キロコースの比較的平坦な前半を走るか、
あるいは60キロコースを走ればよかったのですが、
これまたせっかくの機会だからと、
まったく走り込んでないのに、気持ちだけは自分に厳しく、
あえてコース後半の碇高原を巡る周回コースを設定。

弥栄(やさか)あしぎぬ温泉から丹後ウルトラ第2関門の弥栄庁舎を経て、
第3関門の碇(いかり)高原にアタックし、
第4関門の間人(たいざ)の丹後庁舎を経て、
琴引浜から弥栄あしぎぬ温泉に戻るぐるっと周回コース。
60キロに足りなきゃ翌日に帳尻合わせすればOKと大甘のソロバンです。

何はともあれ、「あしぎぬ温泉」をスタート。
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目標は、いつも足が止まって歩くことになる碇高原への山道を、
前半をスキップしている今回は、できるだけ「走り続ける」こと。

途中の道端で、生け捕りの罠に捕らえられて暴れまくる雄鹿と遭遇。
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思わず足を止めてしまいましたが、
それ以外はスピードは遅いながらも一度も立ち止まらず、
一つ目のトンネルを抜け、さらに登り続け、
二つ目のトンネルを抜けたら下りに入るので足は自然に前へ前へ。

再び登りに入っても足は前へ進むので、
ひょっとすればひょっとして碇高原まで走り続けられるかと思ったけど、
世の中そんなに甘くはなかったです。
あしぎぬ温泉から走り出して15キロを過ぎて、
一つ目のヘアピンカーブの手前で走れなくなりましたが、
それでも、そこからスイス村との分岐まで1.7キロを早歩きです。
KIMG0116_2.JPG

再び走り出し、碇高原の関門に到着で20キロ。
本番ではいつも関門閉鎖の時計を横目で見ながら大休止ですが、
まだまだ余裕があり、水分と栄養を補給して一気の下りへ。

しかし、次第に暑くなってきたのと睡眠不足に加えて、
夏の間にロング走の練習をしていないこともあり、
徐々にお疲れモードに。

すると、碇高原から一気に下りきったところにあるバス停に、
おじさんが腰をかけておられたので、
思わず「バス来ますか?」と声をかけると、
まもなく来るとのこと、
しかもラッキーなことに弥栄病院前経由で峰山駅行き。
(弥栄経由は2時間に一本、料金はどこまで乗っても200円)

あしぎぬ温泉に戻りたいと伝えると、
病院前より、分校前で下車した方が近いと教えてくださる。
だいぶ歩かなきゃいけないよと言われたけど、
いやいや、ほんとはもっと走るつもりだったんでと会話が続いて、
同じバスでご一緒させていただくことに。
60キロ走る予定でしたが、25キロで終了です。
(当然のことながら、翌日の帳尻合わせもあきらめました)

バスを待ちながら色々おしゃべりし、乗ってからも話は尽きず、
道中の見どころもガイドしてくださってありがたい限り。
丹後ウルトラの胸突き八丁も楽しく走れること間違いなしです。
(おじさんとの会話から思い出したことは後ほどあらためて)

あしぎぬ温泉に戻り、まったり湯につかってリラックス。
今宵の宿の「天女の里」へ
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川沿いのキャンプサイトにソロテントを張って、
今宵の友は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。
あいにくのお天気で満天の星は諦めるとして、
天女さんたちとの楽しい一夜を過ごせますように...zzz
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天女の里で一夜を過ごすも、残念ながら天女は舞い降りず。
テントを撤収して、まずは乙女神社にお参り。
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お参りすると美女が授かる」とあっては、
昨日のうちにお参りしておけばよかったと悔やんだところで
過ぎた日は戻らず、今後に期待してしっかりお参りです。

その昔、天女が舞い降りた伝説が残る磯砂山(いさなごさん)の頂上から
丹後半島が一望できるとのこと。
そして中腹には、天女たちが水浴びした「女池」あり。Goです。

天女の里から登山口まで4キロ、さらに山頂まで1000段の階段道。
KIMG0143_2.JPG

階段が途切れたところに「女池」の案内板あり。
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「極めて格調の高い」羽衣伝説か否かはともかく、
何はともあれ、8人の天女が舞い降りて水浴びした池に行かねば……

道標には200mとあったのに池らしきものは見えず。
諦めて引き返そうと思ったら、すり鉢状になったところに
地面が黒くなっているのを発見。もしかしてこれが「女池」か?
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昨夜の雨でぬかるんだのか、いつもこんな状態なのか、
いずれにせよ、ここで8人の天女が水浴びする姿はイメージできず。

期待が大きかった分、期待外れのがっかりも半端なく(苦笑)
しかも山道に戻ると「頂上まで残り780段」。
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途中、南無妙法蓮華経のデカい石碑あり。
誰が、いつ、何のために、どうやって運び上げたのか興味津々。
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ほどなく頂上へ。
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雲海は内陸部で見るもので、
海に面して開けた京丹後で見れるとは思ってなく、
「羽衣伝説」を訪ねてのまったり歩き。
1000段の階段坂を登り切って頂上にたどり着いても、
前方の丹後半島と日本海の雄大な眺めに感動して、
後方の雲海に気づきませんでした。

展望台に上がろうと振り返って見事な雲海に気づいてびっくりです。
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かつて山歩きをしていた頃は、
雲海をカメラのリバーサルフィルムに収めていましたが、
山歩きとご無沙汰になって雲海ともすっかりご無沙汰です。

この近辺でも、大江山や竹田城の雲海ならクルマで近くまで行けるし、
奈良の吉野あたりでも雲海を楽しめますが、いずれも内陸部です。
「雲海」と「ほんまもんの海」の両方の眺望を楽しめるなんて
そんな贅沢できる所は珍しい
と思います。

場所に加えて、季節や天候、時間などの条件が揃わないと
見れない雲海を、羽衣伝説を訪ねてのまったり歩きで拝めたとは、
天女が舞い降りてくれたのかもです。

実のところ、頂上に着いたのが9時頃だったこともあり、
雲海に気づいて写真に収めてしばらくすると
雲海は徐々に消えてしまいました。
下界の気温の上昇によるものでしょうが、
天女たちが羽衣をまとって天上に戻っているように思えました。
次の機会はもっと早くに歩き出して、女池に寄り道せずに直行です。

そして、展望台に設置された望遠鏡で見ると、
久美浜湾から碇高原までぐるっと見渡すことができ、
丹後ウルトラのコースの長さを実感し、感慨もひとしおです。

結果的に、私の「丹後でウルトラ旅ラン」は、
60キロ走る予定が25キロで終わりましたが、大満足です。

練習のそれなりの成果を確認できたし、今後の課題も見えて、
走る目的というか目指す方向性も明確になりました。
そして何より、単に走るだけでなく
地域に暮らす皆さんとの様々な触れ合いを通じて、
多くの気づきを得られました。

たとえば、バス停で腰掛けてバスを待つおじさんにお声がけすると、
京丹後市内のバスは上限200円で乗れると教えていただきました。
便数は限られていますが、朝夕は通学する高校生で多いし、
昼間の乗客は少なくても住民の貴重な足。
おじさんもクルマの運転免許はすでに返上されていて、
入院中の奥様(私の母親と同い年で91歳)の洗濯物を取りに
バスを利用されているとのこと。
日々のお買い物するにも周りに店がなく、
バスがないと不便で、タクシーを利用すると5千円を超えるとか。

バスを待ちながらそんな話をしながら、
そういえばと思い出したのが、
丹後町でUberのシステムを利用したライドシェアの取り組み。

たしか2016年、今から5年前のこと。
2月にアメリカ出張でUberを利用したその翌月だったか、
朝のNHKニュースの特集で報じられていました。
このブログにも書いた記憶があります。

私にとって丹後ウルトラに初挑戦が2018年(61歳)で、
翌2019年(62歳)も京丹後市の丹後町を走っているのに、
そんなことなどすっかり忘れて、
ただゴールを目指してひたすら走っていましたが、
モッタイナイ話です


タイタン達成(10回完走)まであと8回、
どうせ走るなら、ただ走るだけでなく
もっと丹後のことを知りたいし、
そこに暮らしておられる人たちと触れ合いを大切にしたい。
そのためにも、しっかり走れる足腰を鍛えて、
心身ともに健康な暮らしを心がけなきゃと思いました。

走り終えた翌日に1000段の階段道は厳しいので、
日をおいて(雪が降り出す前に)再び訪れてみるのもいいかも。
そうだ、ウルトラを走り切った自分へのご褒美に
磯砂山からの眺望をあと8回楽しむぞexclamation

なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも
それがただしいみちを進む中でのできごとなら、
峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

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足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。