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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
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ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
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あれから35年、これから35年 [2021年07月24日(Sat)]
昨日(7/23)は父の命日、
朝から能勢の山中にあるお墓にお参りしてお掃除。
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父の墓も含めて20基以上。
以前は、この墓地内の各所にあって、
中には斜面に倒れていたものもありましたが、
父の墓を建てるにあたり、お寺さんに相談してまとめることにし、
建てられた年代の古い順に並べて整理しました。

あれから35年、もし今なら当時と違う判断をするかも。
その時はベストの判断をしたつもりでも、先のことは誰にも分からないし、
人生経験を重ね、状況も変われば、その判断も変わるものです。

これから35年後には99歳か。
100歳ランナーを目指すぞ!と言ったところで、
そんな先のこと分からず、勝手にどうぞって話ですわ(笑)
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今を真剣に生きずして明日はないひらめき
たっぷり汗をかいて、お墓もきれいになり、気分もスッキリです。

「今日の結果がないと明日はない」
イチロー(4000安打達成の記者会見)

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない。
かんじんの「今」さえないんだから。
(東井義雄)

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

山の中のお墓で、水もなく、監理する人もいないので、
何かと大変で楽ではありませんが、
お参りしてお掃除すれば心が洗われるし、気分もスッキリ。
ありがたいことと思えるようになりました。

感謝の気持ちが原動力になり、私にエネルギーを与えてくれます。
当たり前と思って有り難みに気づかなければ成長しないで停滞するし、
他人に対する不平や不満、愚痴、怒り、侮蔑などは
自分にマイナスにしか働かない。
―― もっと早く気づけば良かったのですが、今からでも遅くないか

松下幸之助『道をひらく』より――
「恵まれている」
人間というものはまことに勝手なもので、
他人をうらやみ、そねむことがあっても、
自分がどんなに恵まれた境遇にあるかということには
案外、気のつかないことが多い。
だからちょっとしたことにも、
すぐに不平が出るし不満を持つのだが、
不平や不満の心から、よい知恵も才覚もわきそうなはずがない
そんなことから、せっかく恵まれた自分の境遇も、
これを自覚しないままに、
いつのまにか自分の手でこわしてしまいがちである。

恵みにたいして感謝をし、その感謝の心で生き生きと働いたならば
次々とよい知恵も生まれて
自他ともにどんなにしあわせな暮らしができることか
思えば愚かなことである。

だが恵みを知ることは、そう容易なことではない。
古来の聖賢が、恵みを知れ、と幾万言を費やしてきても、
実感としてこれを受け取る人はどれだけあるのだろう
頭で理解はしていても、心に直接ひびかないのである
そこに人間の弱さがある
おたがいに修業をしよう
自分は恵まれているということを、直接、自分の心にひびかすために、
日常の立居振舞に、今一度反省を加えてみよう

Our democracy is threatened whenever we take it for granted.
私たちの民主主義は、
そのありがたみを忘れて当然のものとすると
必ず、脅威にさらされる
のです。
オバマ大統領の退任演説(2017/1/10)

足るを知る「吾唯足知」/龍安寺
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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
これが最後かもしれない [2021年07月23日(Fri)]
自宅マンションのベランダから朝焼け(7/17 4時44分)
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この日(7/17)、大阪管区気象台は、午前11時に
「近畿地方が梅雨明けしたとみられる」と発表。
その後、連日、厳しい暑さが続きます。ご自愛ください。

昨日の日の出も見事でした(7/22 5時15分)
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10月10日に開催される「水都大阪ウルトラマラニック」について、
伴走練習会のブラインドランナーさんのエントリーを
お手伝いさせてさせていただいています。

早速にエントリーのご連絡をいただいた方がおられる一方で、
何人かの方からお問い合わせをいただきましたが、
お問い合わせいただいた皆さんに共通する点がありました。
・私(64歳)より高齢
・コロナの環境下で思うように伴走練習ができない
・走り込めてないので完走する自信はない
・けど、挑みたい

その中のお一人は、お住まいが遠方のため、
朝6時のスタートに合わせて前泊して挑むことを決意され、
まだ伴走者が決まっていないのでこれから探されるとのこと。
そして早速、伴走練習会のメーリングリストに投稿され、
大会でのガイドを募集されました。

メールでの問い合わせに私が返事したら、
その回答を読まれて決断し、そして直ちに行動。
見事なクイック・レスポンス、クイック・アクションでしたが、
それと共に感心したのが
「完走は無理かと思うけど、たどり着くまで走りたい。
 挑戦もこれが最後かもしれないから」。

これが最後かもしれない」のメッセージにガツンと一撃くらわされました。

「一日一生」や「一日暮らし」や「一期一会」など、
分かったような口を叩いていますが、
実のところは、明日があるさ、明日できることは今日するなと先送り。
そして進歩ないくせに、アンダーコントロールと虚勢を張って居直る。
甘い、生き方が根本的に甘い。

もしその方にガイドが見つからなかったら、
私でよければとガイドに手を上げる心づもりでしたが、
「ガイドの手を上げてくださった方がおられたので参加します」と
喜びのメールが届きました。

これが最後かもしれない」、まさに「一期一会」であり、
ジョブズの「伝説のスピーチ」にも登場したあの話です。
My third story is about death.
When I was 17, I read a quote that went something like:
"If you live each day as if it was your last,
someday you'll most certainly be right
."
It made an impression on me, and since then, for the past 33 years,
I have looked in the mirror every morning and asked myself:
"If today were the last day of my life,
would I want to do what I am about to do today?
"
And whenever the answer has been "No" for too many days in a row,
I know I need to change something.

3つ目の話は死についてです。
私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば
その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。
それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、
私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。
もし今日が最後の日だとしても
今からやろうとしていたことをするだろうか」と。
「違う」という答えが何日も続くようなら、
ちょっと生き方を見直せということです。
Steve Jobs ”Stay Hungry. Stay Foolish” June 12, 2005

毎日死を心に当てることは、
毎日生を心に当てることと、いわば同じことだ
ということを「葉隠」は主張している。
われわれはきょう死ぬと思って仕事をするとき
その仕事が急にいきいきとした光を放ち出すのを認めざるをえない。
現代に生きる「葉隠」/三島由紀夫『葉隠入門』

日の出を見るのは、これが最後かもしれない。
毎日のおはようジョグも、これが最後かもしれない。
ご飯を食べられるのも、仕事ができるのも、これが最後かも、、、

万物流転で常に変化しているから、
想定外の予期せぬことが起きるのは当たり前のこと。
アンダーコントロールなんて神をも恐れぬおこがましい話で、
自分の力でコントロールできないことがある中で、
「これが最後かもしれない」と自分がなすべきことに集注して力を注ぐ。

73歳のブラインドランナーさんから届いたメールに、
「悔いのない人生」の送り方を教えられました。

今日(7/23)は父の命日、亡くなって35年になります。
まだサラリーマンの現役でしたが、心筋梗塞で他界しました。
当時20代だった私も、
父が死んだ年齢が近づく頃には色々と感じることもありましたが、
その後に出会ったランのおかげで健康な日々を暮らせています。
しかし、世の中は「無常」で、
いつ何が起きるか誰にも分からず「これが最後かもしれない」。
問われるのは「だからどうする」。そして日々の行動。

人生は一度しかない。だからこそ何かを成し遂げたいと思う。
そしてこの世で何かを成し遂げるためには、
世界が無常であることをいつも心に刻んでおかなければならない。
自分を叱咤するためにも、未来に適応するためにも。
三木谷浩史著『成功のコンセプト』

死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れたほうがいい
人はいつも死に直面している。それだけに生は尊い
そしてそれだけに、
与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。
それを考えるのがすなわち死の準備である。
そしてそれが生の準備となるのである。
おたがいに、生あるものに与えられたこのきびしい宿命を直視し、
これに対処する道を厳粛に、しかも楽しみつつ考えたいものである。
「生と死」/松下幸之助『道をひらく』

母からLineで届いた羽化したアブラゼミの写真(7/14)
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日曜日(7/18)、ミニトマトは次々と赤く色づいていますが、
セミが羽化したミニトマトはまだ青いままです。
そして、その手前の枝には別の抜け殻あり。
地面を見ても幼虫が出てきた穴らしきものは見当たらず、
いったいどこから出てきたのか、また、なぜミニトマトなのか、
不思議です。
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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
その厨房には穏やかな時間が流れていた [2021年07月14日(Wed)]
「その厨房には穏やかな時間が流れていた」
―― 昨夜(7/13)のNHKプロフェッショナル、心に沁みました。

一昨日(7/12)の逆転人生も、生き方として素晴らしいし、
見事な逆転劇に感銘しましたが、S社が余計でした。
世の中はきれいごとばかりじゃないことも承知しているし、
物語として悪代官や大企業の横暴にひるむことなく
「正義は勝つ」勧善懲悪のストーリーがいいし、
けど、実のところ、奢るもの久からずは世の常だから、
S社の件は人の振り見て我が振り直せと自分事として考える。
そんなこんなで、一昨日の逆転人生は
見終えてスッキリというより、学びが多い番組でした。

それに対して、昨夜のプロフェッショナルは心に沁みました。
その厨房には穏やかな時間が流れていた
厨房の壁に掛けられた時計が壊れて
長針と短針がぐるぐる回っている中で、そんなことにお構いなく

光を感じながら一つひとつ心を込めて丁寧に菓子を作り上げていく姿に
心が打たれました。そして接客においても、オフタイムでも、
心の通い合う時間をとても大切にされているのが伝わってきました。

物が動いて、お金が動いて、それで一応、商売は成り立つ。
しかしもう一つ、根本的に大事なことは
物やお金とともに、人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということである。
単に物を作り、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことに索漠としたものになってしまう

物と合わせて心を作り、物とともに心を売り
そしてお金とともに心をいただく
つまり物やお金が通い合うだけでなく、
お互いの心が通い合うことがきわめて大切

そこに商売の真の喜びや味わいと言うものがある
松下幸之助『商いの心』

ミヒャエル・エンデ『モモ』より――
6章「インチキで人をまるめこむ計算」
とてもとてもふしぎな、
それでいてきわめて日常的なひとつの秘密があります。
すべての人間はそれにかかわりあい、それをよく知っていますが、
そのことを考えてみる人はほとんどいません。
たいていの人はその分けまえをもらうだけもらって
それをいっこうにふしぎとも思わないのです。
この秘密とは ―― それは時間です。
時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、
はかってみたところであまり意味はありません。
というのは、だれでも知っているとおり、
その時間にどんなことがあったかによって、
わずか1時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、
ほんの一瞬と思えることもあるからです。
なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。
そして人のいのちは心を住みかとしているからです。
(…)
けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。
そして人のいのちは心を住みかとしているのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。

ぼく、まっ赤な顔のおじさんがいる星に、行ったことがある。
おじさんは、一度も花の香りをかいだことがなかった。
星を見たこともなかった。誰も愛したことがなかった。
たし算以外は、なにもしたことがなかった
一日じゅう、きみみたいにくり返してた。
「大事なことで忙しい! 私は有能な人間だから!」
そうしてふんぞり返ってた。
でもそんなのは人間じゃない。キノコだ!
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

きみのバラをかけがえのないものにしたのは
きみが、バラのために費やした時間だったんだ
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

スピードが大事なんじゃない
すぐ役立つことは、すぐに役立たなくなります
自分で見つけたことは君たちの一生の財産になります
そのことはいつかわかりますから――
伊藤氏貴『奇跡の教室』

今朝、羽化したアブラゼミの写真が母からLineで届きました。
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庭先のミニトマトの青い実にセミの抜け殻と羽化したアブラゼミを見つけ、
私が見つけたらきっとスマホで撮るだろうと思って、
自分もらくらくスマホで撮ってわざわざ送ってくれました。
スマホで写真を撮ったことはあってもLINEで送ってきたのは初めてかも。
色々と試行錯誤して苦労したようですが、
91歳3ヶ月にして見事なチャレンジに脱帽です。

セミは朝のうちに飛び立ったようですが、
土の中で7年も暮らしてようやく地上に出たらミニトマトとは
難儀な話やと思うのですが、枝や葉っぱでなく、
よりによってまん丸でツルツルの実で脱皮して羽化とはビックリです。

「その仕事には穏やかな時間が流れていた」
「その走りには穏やかな時間が流れていた」
「そのアブラゼミには穏やかな時間が流れていた」
「そのミニトマトには穏やかな時間が流れていた」

私は知った。
一生の間、喜び、幸せを造り出す以外に
人の子らに幸せはない

また、すべての人は食べ、飲み
あらゆる労苦の内に幸せを見いだす

これこそが神の賜物である。
コヘレトの言葉 3:12〜13(聖書協会共同訳)

天の下では、すべてに時機があり
すべての出来事に時がある

生まれるに時があり、死ぬに時がある。
植えるに時があり、抜くに時がある。
殺すに時があり、癒やすに時がある。
壊すに時があり、建てるに時がある。
泣くに時があり、笑うに時がある。
嘆くに時があり、踊るに時がある。
石を投げるに時があり、石を集めるに時がある。
抱くに時があり、ほどくに時がある。
求めるに時があり、失うに時がある。
保つに時があり、放つに時がある。
裂くに時があり、縫うに時がある。
黙すに時があり、語るに時がある。
愛するに時があり、憎むに時がある。
戦いの時があり、平和の時がある。
コヘレトの言葉 3:1〜8(聖書協会共同訳)

朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない。
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く
きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』


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「日々是好日」

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
今こそ永遠 [2021年07月12日(Mon)]
今年1月末で営業をやめて破産手続きを申し立てた出版社「サンガ」

ジョブズ愛読の『禅マインド ビギナーズ・マインド』や
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心の知能指数を説いた『EQ2.0』とか、
為末大さんの『禅とハードル』や
PHPで文庫化される前の単行本の『孫の二乗の法則』など
有用な良書の出版も多く、
破産手続きの申し立てはとても残念でしたが、
サンガ復活」を決断された元社員が、
5月26日の満月(しかも皆既月食でスーパームーン)の日に
クラウドファンディングをスタートされました。

目標金額の300万円に対して、
開始初日に500万円を越えて目標を達成し、
2日目に700万円を越え、開始1週間で950万円を超え、
昨日(7/11)が募集期間の最終日でしたが、
最終的に848人から16,876,202円の資金が集まりました。
目標に対して562%というから見事です。
あらためて「社会にとって正しいことをする」意義を学ばせてもらいました。

新会社の設立も7月21日に決まり、
(1年前のこの日に創業者が突然の病に倒れて逝去)
新社設立記念のオンラインセミナーの開催も決定(全7回)。
為末大さんも10月26日に登場して
スリランカ仏教のスマナサーラ長老と対談されます。

多くの浄財が集まり、
色々な支援も得られて前途洋々と言いたいところですが、
先日の日経新聞の記事にも記されていたように課題は山積です。
おそらく、
『禅マインド ビギナーズ・マインド』やその続編も、
版権その他の問題で再刊は難しいかもしれません。
書店の在庫が売り切れたら新本は入手できず、
あとは中古本が高値で販売されることになるのでしょう。
残念なことです。

日経新聞の記事には、
元編集長で新社設立に動いている佐藤由樹氏は
「旧社は負債返済のため本を多く刷り、赤字になる悪循環に
陥ってしまった。新社は規模にあった経営を目指す。
旧社で刊行した書籍は電子版で出していきたい」と話す。
と記されていました。
また、クラウドファンディング中の活動報告で、
リアル本の出版についても、在庫を抱えて資金繰りに窮した反省し、
そして今回のクラウドファンディングを通じて
読者との情報交流(互いの心の通い合い)の意義を実感したことから、
新たな本の出版にクラウドファンディング活用も検討とのこと。

物が動いて、お金が動いて、それで一応、商売は成り立つ。
しかしもう一つ、根本的に大事なことは
物やお金とともに、人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということである。
単に物を作り、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことに索漠としたものになってしまう

物と合わせて心を作り、物とともに心を売り
そしてお金とともに心をいただく
つまり物やお金が通い合うだけでなく、
お互いの心が通い合うことがきわめて大切

そこに商売の真の喜びや味わいと言うものがある
松下幸之助『商いの心』

失敗や新たな経験から学んだことを次に生かす姿勢は素晴らしく、
今後が楽しみです。
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昨日(7/11)実家に行くと、
ご近所の方がお庭で咲いたユリをくださったとのこと。
まだツボミが4つあり、花瓶の中で咲いてくれますようにぴかぴか(新しい)

【アイリスオーヤマの企業理念】
1.会社の目的は永遠に存続すること
  いかなる時代環境に於いても利益の出せる仕組みを確立すること。
2.健全な成長を続けることにより社会貢献し、利益の還元と循環を図る。
3.働く社員にとって良い会社を目指し、会社が良くなると社員が良くなり、
  社員が良くなると会社が良くなる仕組みづくり。
4.顧客の創造なくして企業の発展はない。
  生活提案型企業として市場を創造する。
5.常に高い志を持ち、常に未完成であることを認識し、
  革新成長する生命力に満ちた組織体をつくる。

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
物事がうまくいったときに、それを自分の力でやったのだと考えると、
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。
実際、成功といっても、それは結果の話であって
その過程には小さな失敗というものがいろいろある
それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。

反対に、うまくいかなかったときに
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば
その失敗の経験が生きてこない
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。

そのように「失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができるようにもなる
だから、それだけ失敗も少なくなって
どういう状況下にあっても経営が順調にいくという姿になってくる
わけである。

禅マインド ビギナーズ・マインド』より――
「正しい努力」
修行で、もっとも大事なのは、正しい、もしくは完全な努力です。
正しい努力が正しい方向へ向かっていることが必要なのです。
努力が間違った方向に向かってしまい、
しかも、それに気がつかない場合は、それは幻の努力です。(略)
なにかを達成するために特別に努力しようとすると、
余計な性質、過剰な要素が加わってしまいます。
余計なものは除かなければなりません
修行がうまくいっているなら、
気がつかないうちに、自慢したくなるでしょう。
その自慢は余分なものです。
修行自体はよいのですが、それに余分なものが加わってしまいます
この余分なものは取り除かなければなりません
このポイントはとても、とても大事です
しかし、私たちは、普通鈍いので、それに気がつかず、
間違った方向へ行ってしまうのです。みんな同じことを行い、
同じような間違いをするので、それに気がつかないのです。
つまり、気がつかないまま、私たちは多くの間違いを犯します
そして、たくさんの問題を犯します。(略)
修行にはどのような努力が必要なのでしょうか、と聞かれます。
答えは、修行から余分なものを取り除く努力です。
もし余分な考えがやってきたら、それを止めます
あなたは純粋な修行にとどまります
それが、私たちが努力を向ける方向です。(略)
なにか特定のものを見ようとしないこと、
なにか特別のものを達成しようと思わないことです。
(略)
―― 上記の「修行」を
「仕事」や「商売」あるいは「練習」に読み替えて読み直す(6箇所)

事が成るか成らないかは、神のみぞ知る
今なすべきことをなし、今なすべからざることをしないで、
今をを懸命に生きる。今こそ永遠ひらめき

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河井寛次郎「何といふ今だ 今こそ永遠

朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない。
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く
きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
何が起こるかを知る者は一人もいない [2021年07月11日(Sun)]
昨日(7/10)雨上がりの朝、ぶらり篠山へ。
篠山マラソンで残り1キロを切ってゴールへラストスパートの
篠山城外堀にはハスが咲いています。
品種が違うのか、服部緑地のハスより大ぶりで色も鮮やかに感じました。

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来年3月の篠山マラソンが待ち遠しいでするんるん

確かに、すべての出来事には時と法がある
災いは人間に重くのしかかる。
やがて何が起こるかを知る者は一人もいない
確かに、何が起こるかを誰が人に告げることができるだろう。
息を支配し、息を止められる人はいない。
また、死の日を支配できる人もいない。
戦いからの免除はなく、不正はそれを行う者を救えない。
コヘレトの言葉 8:6〜6(聖書協会共同訳)

すべては神のみぞ知る
だから、今なすべきことをなし、今を懸命に生きるひらめき

朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)

You can't connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.

You have to trust in something ― your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down,
and it has made all the difference in my life.
将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々は
いまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって
実を結ぶと信じるしかない

運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
Steve Jobs ”Stay Hungry. Stay Foolish” June 12, 2005

わたしは常に将来に夢をもっています
けれども足元は一歩ずつの歩みしかやりません。だから、
希望をもってコツコツと逐次近づいていくということに歓喜をおぼえます
それを二歩ずつやれば途中でくたびれてしまいます。
それは同時に社会をも多少混乱させるでしょう。
混乱までいかんでも、悪い影響を与えます。
そこを見きわめることが、経営者として、非常に大事なところです。
「成長する会社の条件」/松下幸之助『繁栄のための考え方』

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない。
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く。
きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
一人より二人で日に新たな活動を続ける [2021年07月09日(Fri)]
一人より二人のほうが幸せだ。
共に労苦すれば、彼らには幸せな報いがある
たとえ一人が倒れても、もう一人がその友を起こしてくれる。
一人は不幸だ。倒れても起こしてくれる友がいない。
また、二人で寝れば暖かいが、一人ではどうして暖まれよう。
たとえ一人が襲われても二人でこれに立ち向かう。
三つ編みの糸はたやすくは切れない。
コヘレトの言葉 4:9〜12(聖書協会共同訳)

年始恒例の私の漢字一文字、ことしは「伴」でしたひらめき

昨年の暮れに去年一年を振り返ると、
母の入院や独立30年を機に事務所を自宅に移したことなど色々あった中で、
私にとって一番インパクトあって自分の心と身体を大きく変えてくれたのが、
去年の今頃から始まった服部緑地での伴走練習でした。

最初は走れないし、暑いし、しんどいし、ほんま辛かった。
ひとりだったら間違いなく続いてなかったです。
いや、続く以前に、走り始めていなかったでしょう。

ブラインドランナーさんになだめすかされながら、
―― どちらがガイドかわからない
走れる距離も少しずつ伸びるようになり、
11月にはフル完走を果たし、
結果として年齢別マラソンランキングに堂々のランクイン。

伴走練習がなければ、おそらく走ってなかったし、
前向きな気持ちになれず鬱々して、
身体もそれなりにぶよぶよのぶくぶくになっていたでしょう。
そんなこんなで、今年の私の漢字一文字を「伴」にしたのですが、
それが今では走ることが習慣化するのですから、人は変わるものです。

そして先日、別のブラインドランナーさんから連絡をいただき、
今年の暮れ(12/12)に青島太平洋マラソンをご一緒することになりました。
一昨年の4月の水都ウルトラ70キロをご一緒して以来のレースでの伴走ですが、
果たして完走できるか。楽しみです。

何の工夫もなく漫然と同じ毎日を繰り返し、
新たなチャレンジの意欲を持とうとしなければ、
たとえ肉体は若く健康であっても、青春とはいえない。
青春とは、心の若さである
信念と希望にあふれ、勇気にみちて
日に新たな活動を続けるかぎり

青春は永遠にその人のものである。
松下幸之助

松下幸之助のもっとも基本的で、潜在的にもっとも力強い思想は、
生涯にわたって学び続ける根源に関するものである。
重要なことは、確かな習慣と、その習慣を支える理想なのだ
彼は繰り返し人々に説いた。
謙虚な心と開かれた心を持てば
人はどんな経験からも、どんな年齢でも学べると。
人間的な大きな理想を抱けば、成功も失敗も克服し、
そのどちらからも学び、成長し続けることができると。
彼の驚異的な人生は、これらの主張の力強い証明にほかならない。
ジョン・P・コッター『限りなき魂の成長
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朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
まず自分が先にリスクを取る [2021年07月06日(Tue)]
日曜日の朝5時からNHK-Eテレで放送の「こころの時代」、
一昨日(7/4)は「今 互いに抱き合う−コロナ禍に読む聖書」でした。
昨年7月に放送された番組の再放送ですが、
私は一年前には縁がなく、今回が初めての視聴です。

北九州の教会で牧師をされている奥田さんは、
路上で暮らしておられる方の支援を長く続けておられるのですが、
語られる言葉の一つひとつが心に沁みました。
以下、その中からいくつか紹介。

お酒を飲まないなら引き受けるのではなく、
 引き受けるから飲まないでね

ある事件の裁判で、裁判官から「酒を止めることを条件に、
奥田さんが引き受けるということでよろしいですね」と訊かれて、
それに対する奥田さんの回答です。
奥田さんの回答に裁判官も「あ、そうか」と気づかれたそうです。

私が引き受けるのが先か、あなたが酒をやめるのが先か
ある意味、「先義後利」「サービスが先、利益は後」と同じで、
相手に自己責任を求めるより先に、まず自分がリスクをとる

実際、このケースも、釈放されて奥田さんの施設でお世話になり、
きっぱりお酒を止められたそうです。
「お客様大事」と言いながら、自らはリスクを取らず、
客に自己責任を求めるのはお客様大事ではないということか。
そもそも、「自己責任」は相手に求めるものではなく
自ら負うものであり、まず自分が先に相手のためにリスクを取る

困っている人か、困った人か
「あの人困ってるね」なら「じゃ、みんなで助けようね」になるが、
それが「あの人困った人だね」に変わると「排除」になる。

たとえば、4年前の都議選の最終日に当時の首相がヤジに逆ギレして
「こんな人たちに負けるわけにいかない」と言い返したけど、
こんな人たちを「困った人」と思うと、
そこに生まれるのは「分断」や「対立」で「排除」になる。
それが「困っている人」と思えば、
なにがお困りなのか、なにかお役に立てないかと
相手の立場に立って考え、そして相手を思いやる行動ができる。
となれば、こんな人たちに問題があるのではなく
こんな人たちを見て私がどう思うか、私自身の意識や心が問われれる

事故に逢ったことは不幸だったし、娘の介護でずっと大変だったけど、
 決して不幸じゃない

娘さんが無免許で無保険の車にはねられて大きな障害を受けられ、
三十数年お世話を続けてこられたお母さんが、
相模原の障害者施設で起きた殺傷事件の後に奥田さんに語られた言葉。

色々と苦労もあってとても大変だけど決して不幸じゃない。
逆に、楽チンだからといって幸せなわけではない。
自分のためはもとより、自分以外の誰かのために尽くして
苦労や大変な思いをすることに
心からの喜びを感じない、そのことが人間として不幸なんでしょう


そして番組の最後に紹介されたのが、ヨハネによる福音書1:5
光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった」。
光は闇の先にあるのではなく、闇の中にすでに輝いている、
そして、闇は光に勝たなかった。

たとえ今は闇の中にあっても、
希望の光を見失わず、今なすべきことを懸命になす


そのほかにも色々と気づきが多い1時間でした。
来週日曜日(7/11)の朝6時までNHKプラスで見逃し配信中ですが、
今週土曜日(7/10)の昼1時からEテレで再放送あります。

求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。 
叩きなさい。そうすれば、開かれる。 
誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれる
あなたがたの誰が、
パンを欲しがる自分の子どもに、石を与えるだろうか。
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、
自分の子どもには良い物を与えることを知っている。まして、
天におられるあなたがたの父は、求める者に良い物をくださる。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも
あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。
マタイによる福音書 7:7〜12(聖書協会共同訳)

年始恒例の私の漢字一文字、2021年は「伴」ですひらめき
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◆私の今年の一文字「伴」/2021.1.3
◆他山の石をもって玉を攻むべし/2021.1.4
◆世界はもっと素晴らしくなる/2021.1.5
◆お互いが社会的責任を強く自覚して果たす/2021.1.6
◆サービス第一、まず奉仕せよ/2021.1.7
◆サービス第一主義の徹底を妨げるもの/2021.1.8
◆サービス第一の考え方を共有し、実践する/2021.1.9
◆黄金律を実践し、人をつくる/2021.1.10
◆すべての人をウィン-ウインにする/2021.1.11
◆官僚主義を排除してシンプルにする/2021.1.12
◆それでもわざわざやるのか?Of course!/2021.1.13
◆エンドツーエンドの財務システム/2021.1.14
◆目標はサービス、正しいことをする/2021.1.15


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
私の待つ時間が試されている [2021年07月04日(Sun)]
文藝春秋6月号の下重暁子さんのエッセイが目に留まりました。
【下重暁子】人生に迷ったら「待ちなさい」より――
(…)
ササゴイのひたすらに待つ姿は私の目に焼きついた。
いつやってくるか、来ないかもしれぬ獲物を、待ち続ける。
自然界の生物はこうやって真剣に生きるために闘っているのだ。
私たち人間はそのことを忘れたのではないだろうか
物は溢れ、手をのばせばすぐそこにある。
スマホを開いて注文すれば、たいてい手に入る。
待つ必要などほとんど無い。結果が先に待っているのだ。
人間が待つのではなく、物が先にある。金を払ってそれを手に入れる。
経済成長の循環の中でぬくぬくと、
しかし、イライラしながら暮らしている
ほんとうに必要なもの、命にとって大切なものを待つことなど、
ほとんどなくなってしまった。
なんと弛緩した怠惰な暮らしに馴れてしまったのか、
いや馴らされてしまったのか

自然界の生物として身につけていたはずの必要な能力すら
失ってしまったのだろうか。それを人は繁栄と呼ぶ
対価として失ったものがいかに大きいか、知ろうともしない。
---------------------
いつも、もう少しというところで待てない
慌てて策を打つのが裏目に出る。
---------------------
待つエネルギー、それは行動するエネルギーよりしんどい
動いている場合には
それなりの満足感と体力の消費による疲れもあるのだが、
待つためにはじっとして忍耐を強いられる。
それを黙ってしのぶだけのエネルギーの蓄積が必要だ。
---------------------
私の待つ時間が試されている


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ササゴイでなく、ヒヨドリ(中之島図書館 2021/7/1)

松下幸之助『人生談義』より――
「春を待つ心」
(…)
お互いの人生においては、このように
耐えて時を待つことによって好ましい結果に結びつくことが
少なくないのではないかと思うのです。
皆さんの中には、何かをやり始めたけれど、
つらいことやままならぬことがつづいて、
「もう投げ出してしまいたい」とか、あるいは、
「何も悪いことなどしていないのに、どうして自分だけが
 こんなつらい目にあわなければならないのだろう」とか、
悩んだ経験をお持ちの方があると思います。
いや、いま現に悩んでいる方もあるでしょう。
そうしたときにやはり大切なのは
桜が力をたくわえつつ冬の寒さに耐えているように
努力を重ねつつ、苦しさ、つらさに耐え、
時が来るのを待つ
ことではないでしょうか。
もちろん、世の中には成るものと成らないものがあります。
いくら時を待っても人間の力ではどうしようもないこともある
でしょう。しかし、たとえ成るものであっても
時が来ないために成らないという場合が少なからずある
ですから、つらく、苦しいというときにも
いたずらにあせることなく、静かに時を待ち、自分を磨いてゆく
そうした姿が人間として尊く、大切なことではないか
という気がするのです。
そして、そうした人たちには、
必ずや春の陽光が暖かくふりそそくのではないでしょうか

まだしばらくは厳しい寒さがつづくことでしょう。
お互い、風邪には十分用心しつつ、
ときには肌さす寒さの中に自分の身体をさらして、
春を待つ桜の心に思いを馳せてみたいものだと思います。

松下幸之助『道をひらく』より――
「時を待つ心」
何ごとをなすにも時というものがある。
時 ―― それは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。
いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。
いかにあせろうと、時期が来なければ事は成就せぬ。
冬が来れば春はま近い。桜は静かにその春を待つ。
それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿といえよう。 
わるい時がすぎれば、よい時は必ず来る。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ

時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい
静かに春を待つ姿は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しないであろう。
時を得ぬ人は静かに待つがよい
大自然の恵みを心から信じ、時の来るを信じて
着々とわが力をたくわえるがよい
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである
おたがいに時を待つ心を養いたい。

光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった
ヨハネによる福音書 1:5(聖書協会共同訳)

―― 光は、闇の先にあるのではなく闇の中に輝いている
   そして、闇は光に勝たなかった。

「果報は寝て待て」ということわざがあるが、
あれは私の祖先かだれかそそっかしいやつが間違えたと思う。
あれは「果報は練って待て」で、反省して待つことだ。
いくら反省しても運否天賦ということがあるが
よく反省して待つことがわれわれの問題だと思う
本田宗一郎『俺の考え』

―― ただ待つのではなく、よく反省して待つ。

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(2021/7/4)
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雨上がりの朝、実家の庭先の菜園で
本日の収穫はミニトマト4個とキュウリ2本。
そして母のスマホの万歩計は朝の散歩で3,697歩、
まもなく91歳と3カ月ですが、達者に暮らしているようです。
ミニトマトやキュウリも青い実や花芽もまだまだ多くて楽しみです。

「急いては仕損じる」とか
「慌てる乞食は貰いが少ない」とも言いいますが、
一大事の時こそ、時を待つ心のゆとりが肝要であり、
そしてそれを可能にするのは、良き習慣の日一日の積み重ね
淡々と日々暮らす母を見て、そんなことを思いました。


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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明らかに変わるということ [2021年07月03日(Sat)]
昨日(7/2)のNHKあさイチのプレミアムトークに
『マイノリティデザイン』の澤田智洋さんが登場されていました。
仕事に出かける準備をしながら時計代わりにテレビをつけたのですが、
思わず見入ってしまいました。
時計とにらめっこで、お楽しみは家に帰ってからと、
仕事を終えて家に帰ってから、あらためて見直しましたが、
見応えあって色々と深く考えさせられました。

澤田さんのプレミアムトークに続いて登場は、
葉っぱの切り絵アートのリトさん。これまた見事でした。

Weak Is the New Strong
だれかの弱さは、だれかの強さを引き出す力
すべての「弱さ」は、社会の「伸びしろ」

澤田智洋『マイノリティデザイン』
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表紙カバーには「点字」表記で「マイノリティデザイン」
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番組の中で、澤田さんの元同僚の方が登場するのですが、
二回目に登場された時に語られた言葉がとても印象に残りました。
「お子さんが生まれてから、
言っていることのウソくささが一切なくなった。
彼は言っていることはやるんだろうな。実際、やっている。
昔の澤田くんでも、ゆるスポーツはやれたかもしれないけど、
単発で終わっている気がする、昔の澤田くんだったら
たとえばトントンボイス相撲を発明したら、次の別の分野に行くけど、
ゆるスポーツは継続してどんどん世界を広げて深めている
全然違う人になっているんだね。明らかに変わった
前もカッコよかったけど、今はメッチャカッコいい」

「泣きそうになっていたな、あの人、
飲み会の最後、酔っぱらっていた時に言っていた、
息子がこの世界に生まれてきてよかったと思う世界に
今なっていないから本当に悔しいんだ

強烈な動機というのはすごいと思うし、うらやましいなと思いますね」

---------------------
ミヒャエル・エンデ『モモ』より――
17章「大きな不安と、もっと大きな勇気
モモは逃げる気がなくなりました。
いままで逃げまわったのは、じぶんの身の安全をはかってのことです。
ずっとじぶんのことばかりを考え、じぶんのよるべないさびしさや、
じぶんの不安のことだけで頭をいっぱいにしてきたのです!
ところがほんとうに危険にさらされているのは、
友だちのほうではありませんか。
あの人たちを助けることのできる人間がいるとすれば
それはモモをおいてはほかにはないのです。
(…)
そこまで考えてきたとき、
モモはきゅうにじぶんの中にふしぎな変化がおこったのを感じました。
不安と心ぼそさがはげしくなってその極にたっしたとき、
その感情はとつぜんに正反対のものに変わってしまったのです。
勇気と自信がみなぎり
この世のどんなおそろしいものがあいてでもまけるものか
という気持ちになりました
というよりはむしろ、じぶんにどんなことがふりかかろうと
そんなことはちっとも気にかからなくなったのです。

自己欺瞞なくして希望はないが、
勇気は理性的であり、あるがままにものを見る。
希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い
希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが
それをやり遂げるには勇気がいる
「希望ではなく勇気」/『エリック・ホッファー自伝』

財産を失ったのは――いくらか失ったことだ!
すぐ気をとりなおして、新しいものを手に入れよ。
名誉を失ったのは――多くを失ったことだ!
名声を獲得せよ。そうすれば、人々は考えなおすだろう。
勇気を失ったのは――すべてを失ったことだ!
そのくらいなら、生まれなかった方がいいだろう。
ゲーテ「温順なクセーニエン」高橋健二訳

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(2021/6/26)
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(2021/6/30)
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実家で91歳の母が育てるミニトマトです。
恥ずかしながら、パックに入った色も大きさもそろった状態しか知らず、
根っこに近い枝から赤く熟していき、
同じ枝なら茎に近い方から赤くなるとは、この歳になって初めて知りました。


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
主もなく客もなく、真の主客合一 [2021年07月01日(Thu)]
朝ランの道すがら、千里の氏神さま「上新田天神社」で、
西田幾多郎の言葉に出合いました。
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「物を知るにはこれを愛さねばならず、
 物を愛すにはこれを知らねばならない」。

西田幾多郎『善の研究』の
最終編の第4編「宗教」の最終章の第5章「知と愛」より――
(…)
我々が物を愛するというのは、自己をすてて他に一致するの謂である
自他合一、その間一点の間隙なくして始めて真の愛情が起るのである。
我々が花を愛するのは自分が花と一致するのである。
月を愛するのは月に一致するのである。
親が子となり子が親となり
ここに始めて親子の愛情が起るのである。
親が子となるが故に
子の一利一害は己の利害のように感ぜられ、
子が親となるが故に
親の一喜一憂は己の一喜一憂の如くに感ぜられるのである。
我々が自己の私を棄てて純客観的即ち無私となればなる程
愛は大きくなり深くなる

親子夫妻の愛より朋友の愛に進み、朋友の愛より人類の愛にすすむ。
仏陀の愛は禽獣草木にまでも及んだのである。
斯の如く知と愛とは同一の精神作用である
それで物を知るにはこれを愛せねばならず、
物を愛するのはこれを知らねばならぬ

数学者は自己を棄てて数理を愛し数理其者と一致するが故に、
能く数理を明にすることができるのである。
美術家は能く自然を愛し、自然に一致し、自己を自然の中に
没することに由りて甫めて自然の真を看破し得るのである。
また一方より考えて見れば、
我はわが友を知るが故にこれを愛するのである。
境遇を同じうし思想趣味を同じうし、
相理会するいよいよ深ければ深い程同情は益々濃かになる訳である。
しかし愛は知の結果、知は愛の結果というように、
この両作用を分けて考えては未だ愛と知の真相を得た者ではない
知は愛、愛は知である
たとえば我々が自己の好む所に熱中する時は殆ど無意識である
自己を忘れ、ただ自己以上の不可思議力が独り堂々として働いている
この時が主もなく客もなく、真の主客合一である
この時が知即愛、愛即知である
数理の妙に心を奪われ寝食を忘れてこれに耽ける時、
我は数理を知ると共にこれを愛しつつあるのである。
また我々が他人の喜憂に対して、全く自他の区別がなく
他人の感ずる所を直に自己に感じ、共に笑い共に泣く
この時我は他人を愛しまたこれを知りつつあるのである
愛は他人の感情を直覚するのである。
池に陥らんとする幼児を救うに当りては
可愛いという考すら起る余裕もない

人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、
そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、
売れるだろうと言うことが出てくる。
それをつくるために技術が要る。すべて人間が優先している
本田宗一郎『ざっくばらん』

人を動かすことのできる人は、
他人の気持ちになることのできる人である。
そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む
自分が悩まない人は、他人を動かすことができない
本田宗一郎『私の手が語る』

人の心に棲むということを、ここでは宗一郎は
他人の気持ちになることのできる」と表現している。同じことである。
他人の気持ちを「外から観察する」のではない
人間として「その人になってみる」
「内側に自分で棲んでみる」のであるその違いは大きい
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

山田無文『自己を見つめる』より――
川端康成さんが、道元禅師のお歌を引用して講演なさった
美しい日本の私
――この演題そのものにも深い意味があると、わたくしは思います。
国鉄が宣伝している「ディスカバー・ジャパン」、
あのポスターには「美しい日本と私」と書かれておりますが、
それじゃいかんのです
「と」じゃない、「の」でなければならんのです
川端さんの「美しい日本の私」は、
「美しい日本」と「私」は別もんじゃない
美しい日本がそのまま私、私がそのまま美しい日本だということです。
「の」一字にこめられた深い意味がそこにあるのです。
親と子じゃない、親の子です、子の親です。
夫と妻じゃいかん。夫の妻、妻の夫です。
先生と生徒じゃいかん。生徒の先生、先生の生徒です。
社長と社員もいかん。社員の社長、社長の社員と、
すべてこれでなければならんのです。
日本はむかしから「天皇と人民」とは一度もいわなんだ。
天皇の人民、人民の天皇です。そのように、
社会の私、私の社会、日本の私、私の日本となって、
世界の私、私の世界、人類の私、私の人類というように、
対立を超えた純粋な人間性を自覚していかねばならんのであります。
人類がなければ私はない。世界がなければ私はない
人類が、世界が、私という存在を証明してくれているのです。
だから世界を愛し、人類を愛し、その世界の中で人類とともに生きていく
―― そういう偉大なる人間性こそが「真実の自己」だとわかることが、
人生でもっとも大切なこと
なのです。

---------------
(A)「美しい日本の私」よりも、「と」のほうがよかったんですか。
(F)「の」では、美しい日本の中に自分が囲われている感じ。
(A) 要するに、美しい日本と、旅人としての自分は対等であると。

対等の旅人の客人(第三者の他人)か、
それとも、真の主客合一(真実の自己)か、
―― その違いは大きいひらめき

隻手の声は確かに聞けるのです。
聞こえてこなければならんのです。
つまり、自我を捨てよということです。
どこまでも自我で聞こうとするかぎり
両手の音しか聞こえないのは当然です。
山田無文『自己を見つめる』
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毎日の生活の中において
そのものそのものになりきっていくことが禅であります。
学校で勉強すること、会社で働くこと、
三度の食事をいただくこと、いましているそのことに、
いつも無念夢想となって打ち込んでいく
ならば、
立派に坐禅を実践していると申せましょう。
山田無文『自己を見つめる』


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。