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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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★経営のための会計★
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感謝報恩の念で、値打ちを光らせる [2021年02月28日(Sun)]
月曜日の夜に放送のNHK『逆転人生』、
今月15日は「卵かけご飯に大行列、ひねくれ者が夢を実現」
―― 兵庫県の山あいに、
14年間、週末の行列が途切れない卵かけご飯専門店がある。
店主は西垣源正さん。同級生が都市部に出ていく中
「地元で一旗あげる」と養鶏と米作りを継いだ。
「人と違うことがしたい」というひねくれ者だ。
成功への道は予想以上に険しかった。
鶏のエサなどを工夫して生産した卵は買いたたかれ、
自慢の米もコンビニのおにぎりに敗北。メロンの生産でも大失敗。
起死回生をかけた卵かけご飯専門店も大反対される。

番組を見終えて晴れ晴れとした気分になりましたが、
私が一番印象に残ったシーンは、
「品質の良い卵を作れば高く買うてもらえるはず」と
色々と工夫を重ねて努力するも、思うような値では買ってもらえず、
それでは採算が合わないと難儀していたのですが
京都の菓子会社に卵を売り込みにでかけると
社長が卵の質の高さを認めて高い値段で買ってくれることになり、
取引も大きくなったのですが、菓子会社の経営者が交代。
代わった次の経営者は銀行出身者で、
西垣さんの卵の価格が相場よりずいぶん高いので
価格を引き下げるよう一方的に求められ、取引がなくなる。

結果的にここから西垣さんの「逆転劇」が始まったのですが、
八天堂さんの逆転劇の引き金となった「事件」を思い出しました。

逆転劇のテーマとしては、
「困っても困らず」で「窮すれば変ず、変ずれば通ず」でしょうが、
番組を見終えて私が思ったのは、
西垣さんとの卵の取引を切った京都の菓子製造会社のその後です。

皮肉なことに、西垣さんは卵かけご飯だけでなく、
質の高い卵を存分に使った「スイーツ」を手掛けておられて、
地域の人たちの雇用の場になっているとのこと。
皆さんの幸せいっぱいの明るい笑顔がとても印象的でした。

貧すれば鈍する」ということなのでしょうが、お粗末なことです。
サイゼリヤ創業者の正垣さんは、
「粗利益率は60%を超えない水準に保つことが望ましい」
と自著に書いておられます。
また、おべんとうの玉子屋さんも
「仕入原価率は50%以上」に強いこだわりをもっておられることで有名です。

こだわりの食材で原価率を下げない、
―― 自分の利益のために食材の仕入原価を下げるとは真逆です。
「貧すれば鈍する」にならぬよう、日頃からムダやロスの削除を徹底し、
お客様の信頼を裏切らない真っ当な余裕ある経営に取り組む必要ありです。

また、自分で作ったものを自分で消費者に届けなければ、
買い叩かれたり取引を切られたりで下請けではダメという話ではなく、
インテルはパソコンを作ってないし、
シマノは自転車を作ってないし、
日本電産は電気自動車を作ってませんが、
いずれもただの部品メーカーでなく、思いっきり儲けておられます。

どのようなやり方であれ、良いものを作るだけではだめで、
自主自立」なくして事業の継続はないし、共存共栄もありえない。
そして「貧すれば鈍する」で目先にとらわれたら、
末路あわれで物語はおしまいです。西垣さんの卵の物語から学びました。

仕入先に感謝して物をつくっているかひらめき
―― 松下幸之助歴史館のメモリアルウィーク特別展(2008)の展示パネルより
昭和30年代のこと、
新製品の決裁に訪れたある事業部の製造部長に、
「この部品の値段はいくらだ」と創業者が聞いた。
「○○円です」
「本当にそうか」
「はい、そうです」と製造部長は言い切った。すると創業者は、
「資材台帳を見せろ」と、台帳を工場から取り寄せさせ、
その台帳を見ながら一つひとつ訊ねた。
しどろもどろで答える製造部長に、創業者が言った。
「君の部下はかわいそうだな。君は感謝して物をつくっとらん
自分の大事な仕入先が、いい部品を納期どおりに下さる。
歩留まりのいい部品ばかりを下さって、作らせていただいてるんだ。
これだけ立派な部品をいただいてありがたいと感謝すれば、
真心のこもった製品ができる
。ところが、
『おい、買ってやろう』とか、
『あそこのメーカーやここのメーカーと比べると君のところは高い。
 もっと安くしないと買えないぞ』
というような上っ調子なことでやっていれば、君の部下も
そういうことをするだろう。それでは本当の資材の人間はできん。
君が本当にこの部品はありがたいと思ったら、
この部品の心が全部自分に移るはずだ

値段から品質、性能まで、全部身体で覚えるんだ。
上っ調子で買っているから身体で覚えていないんだ
下を向いたまま直立不動の製造部長に、創業者はさらに続けた。
「いいか、君は明日から会社へ出てくるな。君の仕事は俺がやってやる。
だから君は部品や材料を供給して下さる仕入先を全部回れ。それで、
『お世話になっております。
部下が失礼なことを申し上げているかもしれませんが、
本当に感謝しております。ついては、この部品は
どういう原料からどういう工程を経てできているんでしょうか』
と、一軒一軒回って勉強させてもらってこい。
そうすれば心の通った話し合いができる
我われが、簡単に『納期どおりに間に合わせよ』と言ったことに対して、
先方は徹夜してでも送って下さっているということが
身にしみてわかるようになってくる。
そういう心を受け取らずに、ただ上っ面だけでやっていてはいかん
翌日から、製造部長は一軒ずつ仕入先を回り、毎日必ず創業者にレポートを送った。
そして、十数日間回った後、創業者のところへ行き、報告した。
世の中は持ちつ持たれつ、本当に皆さんに支えられて、
 自分たちが製品を作らせていただいているということが
 しみじみわかりました

創業者は言った。
「世の中というものはそういうものだ。
 わかったらそれでいい。もう一度、元の職へ戻れ」

感謝の心はものの価値を高めることになる。
一つのものをもらっても、何だつまらない、と思えば、
その価値はきわめて低いことになってしまうが、
ありがたいという気持ちでいれば、
それだけ高い価値が見出せ、よりよく活用できることにもなろう。
だから、「猫に小判」というが、反対に
感謝の心は、鉄をも金に変えるほどのものだと思う。
感謝の気持ちがうすければ、何ごとによらず不平不満が起こり、
みずらの心も暗くし、他をも傷つけることになる。それに対して、
感謝報恩の念の強い人には、すべてが喜びとなり、心も明るく、
また他とも調和し、共存共栄といった姿を生み出しやすい

「感謝する」/松下幸之助『指導者の条件』

「感謝報恩」の念で、値打ちを光らせるぴかぴか(新しい)
  ―― カネの値打ちを光らせる
モノの値打ちを光らせる
ヒトの値打ちを光らせる
時間の値打ちを光らせる
情報の値打ちを光らせる

何事でも感謝の心を持つことが大切だということだと思います。
感謝の心を持てば、それはいろいろな形になって自分に返ってきます。
その自分に返ってくることを期待して
感謝の心を持つというのではいけませんが、
自分の置かれた立場なり他人からの恩恵なりに素直に感謝できる人、
言いかえれば喜びを知る人というのは、非常にしあわせな人だと思います

これは、商売に限らず、私たちの人生すべての面にもあてはまる、
人間としての大事な基本と言えるのではないでしょうか。
松下幸之助『縁、この不思議なるもの』

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
そんなときに、どう考え、どう処置するか [2021年02月21日(Sun)]
月刊PHPの先月号(2021/2)の「私の信条」は、
八天堂の森光孝雅さんの「逆境で気づいた感謝報恩の心」でした。

あのくりーむパンが、倒産寸前の崖っぷちからの大逆転で生まれたことは、
知る人ぞ知る話で私も知っていました。絶頂期から奈落の底に落とされ、
弁護士事務所で民事再生の手続き書類を渡されたところに
自分の弟さんから救いの手が差し伸べられ、
様々な制約の中で選択と集中で経営に取り組む。

その過程に学ぶことが多いのですが、弁護士事務所に行くきっかけが
銀行の次長さんだっとは、今回の記事で初めて知りました。

 「社長、この事態をわかっていますか?」
激しい口調で私を問い詰めたのは、弊社を担当する銀行の次長さんです。
(…)
冒頭の言葉を投げつけられたのは、その時です。
「明日、一緒に行ってください」
翌日、行き先も知らされずに出かけたのは、
広島市内の弁護士事務所でした。
「こちらが民事再生の破産手続きの書類です」
弁護士の言葉に、倒れそうになりました。
そんな時、
(…)
心を入れ替えた私は、皆さんに感謝し、その恩に報いるべく
社員とともに必死で励みました
。(…)

テーマとしては「地獄に仏」で「感謝報恩」「至誠一貫」、
「困っても困らず」で「窮すれば変ず、変ずれば通ず」でしょうが、
ビックリしたのは問答無用の死刑宣告
ずいぶん手荒いことをするものと思いました。

結果として、これを転機に逆転劇が始まり、万事塞翁が馬になるのですが、
銀行による死刑宣告は「銀行自身の債権保全のため」だったのか、
それとも真に「お客様のことを思って」の行動だったのか、
気になるところです。
どちらにせよ、今となっては社長にとって何ごとも「感謝」でしょうが、
「何をするか」より「何のためにするか」が大事とあらためて思いました。

大切なことは、主人が何をしたかではなく、
何のためにしたかということではございませんか。
あなたたちのような木偶の坊にはおわかりいただけないでしょうが…
映画『雨あがる』(山本周五郎原作)

―― 後日、真相「恩人である熱血銀行担当者」を知る

今月(2021年2月)で131号になる「八天堂便り」、
その真摯な経営姿勢に多くの気づきと学びを得られて勉強になります。

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「困っても困らない」
ひろい世間である。長い人生である。
その世間、その人生には、
困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。
程度の差こそあれ、だれにでもある。自分だけではない。
そんなときに、どう考えるか、どう処置するか
それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。
困ったことだ、どうしよう、どうしようもない、そう考え出せば、
心が次第にせまくなり、せっかくの出る知恵も出なくなる。
今まで楽々と考えておったことでも、
それがなかなか思いつかなくなってくるのである。
とどのつまりは、原因も責任もすべて他に転嫁して、
不満で心が暗くなり、不平でわが身を傷つける

断じて行えば、鬼神でもこれを避けるという。
困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、
困難がかえって飛躍の土台石となるのである。
要は考え方である。決意である。困っても困らないことである
人間の心というものは、孫悟空の如意棒のように、まことに伸縮自在である。
その自在な心で、困難なときにこそ、
かえってみずからの夢を開拓するという力強い道を歩みたい。

「心配またよし」
何の心配もなく、何の憂いもなく、何の恐れもないということになれば、
この世の中はまことに安泰、きわめて結構なことであるが、
実際はそうは問屋が卸さない。
人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。
しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを
懸命にそしてひたすらに乗り切って、
刻々と事なきを得てゆくというところに、
人間としての大きな生きがいをおぼえ、
人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。
この心がまえがなければ、この世の中はまことに呪わしく
人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう
憂事に直面しても、これを恐れてはならない。
しりごみしてはならない。「心配またよし」である。
心配や憂いは新しくものを考え出す一つの転機ではないか、
そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。
力をしぼる。知恵をしぼる

するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが
生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである

まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、
人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。

何事でも感謝の心を持つことが大切だということだと思います。
感謝の心を持てば、それはいろいろな形になって自分に返ってきます。
その自分に返ってくることを期待して
感謝の心を持つというのではいけませんが、
自分の置かれた立場なり他人からの恩恵なりに素直に感謝できる人、
言いかえれば喜びを知る人というのは、非常にしあわせな人だと思います

これは、商売に限らず、私たちの人生すべての面にもあてはまる、
人間としての大事な基本と言えるのではないでしょうか。
松下幸之助『縁、この不思議なるもの』

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
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旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
この時にこそ、すべてのものに幸あれ [2021年02月15日(Mon)]
昨日(2/14)は長居公園で伴走練習。ほぼ半年ぶりでしたが、
伴走練習会わーわーずの皆さんと久しぶりに再会したり、
互いにエールを交わしたりと楽しい一日でした。

おかげで、お天気に負けないぐらい気分も晴れ晴れでしたが、
過信は禁物です。暑い中のランにもかかわらず、
水分やエネルギーの補給が十分でなかったようで、
ラン後の銭湯でのぼせてしまいました。
風呂上がりに、お風呂をご一緒したブラインドさんの
お世話もできずにぼーっとしている私を見かねて、
見知らぬ方が親切にも、自販機で冷えたポカリスエットを
二つ買って私たちに渡してくださいました。
お礼の言葉もポカリの代金もお返しできず申し訳なかったですが、
心から感謝です。銭湯の方も番台からかけつけて、
冷たいタオルやバスタオルをかけて横になるよう勧めてくださり、
おかげでしばらくして元気復活しましたが、
日頃からもっと自分の身体を労わらなければと反省です。

昨夜のNHKのスポーツニュース、
野村克也さんが亡くなられて一年ということで、
野村さんの座右の銘「希望に起き、努力に生き、感謝に眠る」を
紹介していましたが、そんな日々を送りたいものと心に沁みました。

「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る」

朝に発意、昼に実行、夕べに反省
日々のそうした地道な活動の積み重ねが商売繁盛につながっていく。
松下幸之助「商いの心得十カ条」第十条

きょう一日を振り返ってみると、反省すべきことがいくらでもある。
その反省に徹したとき、あらゆる面に革新が生まれてくる。
松下幸之助・述 『松翁論語』

プロ棋士の夢を断たれてから、ぼくはいっさいの自信を失っていた。
自信とは、文字どおり自分への信頼である。
介護のおかげで、ぼくは自信を取り戻すことができた。
心境の変化は、将棋にも劇的に表れた。
今泉健司『介護士からプロ棋士へ』

一昨日(2/13)、ワークマンでランニングシューズを新調。
服部緑地に出かけると、中学生でもナイキの厚底を履いてるのを見て、
負けてたまるかと自宅近くのワークマンへ。
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お目当ての厚底は税込1,900円にまったく文句なし、
靴底にはWとMの字の滑り止めがびっしりです。
軽量150グラムのランニングシューズ税込980円に、
長袖の速乾ストレッチシャツも税込980円でわくわくワークマン
IMG-9078.jpg

IMG-9082.jpg

昨日の長居公園では、税込980円の軽い方を履いて出かけましたが、
軽さを実感し、自宅から最寄り駅まで歩いて15分ほどを小走りジョグ、
黒色なら仕事とかでも気軽に使えそうです。
私の幅広の足にはホールド感も悪くなく、
あとはスピードを上げたとき、そして長い距離を走った時に
脚にどの程度の負担があるかでしょうか。
耐久性も気になるところですが、レースや練習中に
クツの底がいきなり抜けても困るけど、
もっと過酷な工事現場とかでも使われるワークマンですから、
そんな心配は無用でしょう。
以上、個人的な感想をご参考までに。

昨日はゆっくりペースの伴走で2時間ほど走りましたが、
足に疲れなく痛みもありません。
日々の練習で足を馴らし、月末予定のオンラインのフルで
今回購入のいずれかを履いて走る予定です。

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「この時に幸あれ」
きょうはきのうのつづきではない。照る陽、吹く風に変わりはなくとも、
きのうの風ときょうの風はちがう。すでにその味わいは変わっている。
すべてが刻々に変わっているのである。同じ姿は一つとしてない
刻々に変化している。それでいいのである。
それがあたりまえである。自然の理である。
ただ自然の理の変わりようは、それが生成発展の理に立つ
変わっていくことが、そのまま新たな発展を生み出す理法なのである
赤子が元気な声で泣き出す。
きのうまでいわば無であったような存在が、
きょうは元気に手足をバタつかせ、大声で泣きわめいている。
眼を見はるような変化のなかでの、新たな人生の誕生である。
この子らの前途を何ものがさえぎることができようか。
たとえさまざまの困難があったとしても、この子らは
これをのりこえのりこえ元気で人類の運命をあゆみ出す。
ふまれてもふまれても、頭をもたげる野生のタンポポのように

それが自然の理である。人類の歴史である
激動のこのとき、激変のこの時代、変わることを恐れてはならない
すべてが発展への理に立つのである。
この時にこそ、すべてのものに幸あれ


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
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旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
誇りと心意気、泣き言はいわない [2021年02月14日(Sun)]
山本周五郎『ちゃん』より――
(…)
重吉のまわりで、冬は足踏みをしていた。
季節はまぎれもなく春に向かっていた。
霜のおりることも少なくなり、風の肌ざわりもやわらいできた。
梅がさかりを過ぎ、沈丁花が咲きはじめた。
歩いていると、ほのかに花の匂いがし、
その匂いが、梅から沈丁花にかわったこともわかる。ーー
けれども、そういう移り変わりは重吉には縁が遠かった。
いま、昏れがたの街を歩いている彼には、
かすかな風が骨にしみるほど冷たく、道は凍ててるように固く、
きびしい寒さの中をゆくように、絶えず胴ぶるいがおそってきた。
------------------
「おらあ、それをいのちに生きて来た」と重吉は云った。
身についた能の、高い低いはしょうがねえ、けれども、
低かろうと、高かろうと、精いっぱい力いっぱい、
ごまかしのない、嘘いつわりのない仕事をする、
おらあ、それだけを守り本尊にしてやって来た

ところが、それが間違いだっていうんだ、
時勢が変った、そんな仕事はいまの世間にゃあ通用しねえ、
そんなことをしていちゃあ、女房子が可哀そうだっていうんだ」
重吉は顔をあげ、唇をゆがめながら、少し意地悪そうな調子で云った、
「いまは流行が第一の世の中だ、
めさきが変わっていて安ければ客は買う、
一年も使ってこわれるかあきるかすれば、また新しいのを買うだろう、
これが当世だ、しょせんは火鉢は火鉢だって」
おめえ、どう思う」と重吉は喜助を見た、
そんなこっていいと思うか、みんなが流行第一、売れるからいい、
儲かるからいいで、まに合わせみたいな仕事ばかりして、
それでまっとうにゆくと思うか、ーー それあ、いまのまに合う、
そういう仕事をすれあ、金は儲かるかもしれねえ、
現におめえも知ってるとおり、(…)
------------------
「おめえたちは」と重吉はしどろもどろに云った、
「おめえたちは、みんな、ばかだ、みんなばかだぜ」
「そうさ」と良吉が云った、
「みんな、ちゃんの子だもの、ふしぎはねえや」
おつぎが泣きながらふきだし、次に亀吉がふきだし、
そしてお芳までが、わけもわからずに笑いだし、
お直は両手でなにかを祈るように、しっかりと顔を押えた。
------------------
いうまでもなく、一家はその長屋を動かなかった。
お直と良吉の意見で、重吉は「五桐」の店をひき、
自分の家で仕事をすることにした。
(…)いずれにせよ、やってみるだけの値打はある
ということになったのであった。
それが思惑どおりにゆくかどうかは、誰にも判断はつかないだろう。
長屋の人たちはうまくゆくように願った。かれらはみな
重吉とその家族を好いていたからーー
(…)
山本周五郎『泣き言はいわない』

本日、2月14日は山本周五郎さんのご命日

松下幸之助『道をひらく』より――
「時を待つ心」
何ごとをなすにも時というものがある
時 ― それは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。
いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。
いかにあせろうと、時期が来なければ事は成就せぬ。
冬が来れば春はま近い。桜は静かにその春を待つ。
それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿といえよう。

わるい時がすぎれば、よい時は必ず来る
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ。
時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい。
静かに春を待つ姿は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しない
であろう。

時を得ぬ人は静かに待つがよい。大自然の恵みを心から信じ、
時の来るを信じて、着々とわが力をたくわえるがよい。
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る

待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。

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和佐遊園(松下幸之助翁生誕の地)2010.4.3

松下幸之助『道をひらく』より――
「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
あきらめろと言うのではない
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ

それがたとえ遠い道のように思えても
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる
深い喜びも生まれてくる

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
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旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
石もダイヤもみんなほんとうの宝になる [2021年02月07日(Sun)]
月曜日の夜に放送のNHK『逆転人生』
1月25日放送の「西成高校の挑戦」に魂を揺さぶられました。

どうやって子どもたちを学校に通わせるか、ではなく、
「どうすれば子どもたちに学校へ通ってもらえるか」

実のところ、番組冒頭の再現シーンでそんな会話が出た時、
えらい大変な学校やなと他人事で見ていましたが、
西成高校の先生と子どもたちの「心が通い合う」姿に、
校長先生が番組の最後に語られた「伴走」の真髄を受け止めました。

貧困家庭の子供たちの支援に限らず、
中小企業の経営支援、そして
すべてのビジネスに通じる大切なテーマと受け止めました。
――「どうすれば売れるか、どうすれば買えるか」、
  それとも「どうすれば買ってもらえるか、売ってもらえるか」
「どうすれば借りられるか、どうすれば貸せるか」、
  それとも「どうすれば貸してもらえるか、借りてもらえるか」

「どうすればできるか」に対して、
「どうすればしてもらえるか」は受け身で弱いイメージがありましたが、
西成高校の先生方の真心こもった熱意ある取り組みや
その先生の熱い思いに応える子どもたちの真摯な姿を見ていると、
むしろ力強く、そして希望を感じました。

その意味では、オリンピックの開催についても、
内村航平さんの「どうやったらできるかをみんなで考えてほしい」より、
新谷仁美さんの「アスリートとしては賛成だけど、
一国民としては反対という気持ちです」が大切なのかもです。

「お客様は来てくださらないもの」
「お取引先は売ってくださらないもの」
「銀行は貸してくださらないもの」
だからこそ、信用を大事にしなければならないのです。
来てくださらなくて当たり前のお客様に来ていただくために、
お取引先に売っていただくため、
銀行に貸していただくために、
精一杯の努力を日々傾けなくてはいけないのです。
信用の担保はお金やモノではありません。
人間としての誠実さ、真面目さ、真摯さがあって初めて、
信用していただける
のです。
伊藤 雅俊『ひらがなで考える商い』

松下幸之助『道をひらく』より――
「手を合わす」
うどんの値段は同じであっても、
客を大事にしてくれる店、まごころこもった親切な店には
人は自然に寄りついてゆく。その反対に、
客をぞんざいにし、礼儀もなければ作法もない
そんな店には、人の足は自然と遠ざかる
―― 生徒を大事にしてくれる先生、まごころこもった親切な先生には、
人は自然に寄りついてゆく。その反対に、
生徒をぞんざいにし、礼儀もなければ作法もない、
そんな先生や学校には、人の足は自然と遠ざかる。
客が食べ終わって出て行く後ろ姿に、
しんそこ、ありがたく手を合わせて拝むような心持ち

そんな心持ちのうどん屋さんは、必ず成功するのである。
こんな心がけに徹したならば、
もちろん、うどんの味もよくなってくる。
一人ひとりに親切で、一ぱい一ぱいに慎重で、
湯かげん、ダシかげんにも、親身のくふうがはらわれる。
そのうえ、客を待たせない。
たとえ親切で、うまくても、しびれが切れるほど待たされたら、
今日の時代では、客の好意もつづかない。
客の後ろ姿に手を合わす心がけには
早く早くという客の気持ちがつたわってくるはずである
親切で、うまくて、早くて、そして客の後ろ姿に手を合わす――
この心がけの大切さは、
何もうどん屋さんだけに限らないであろう。
おたがいによく考えたい。

石は石でいいんですよ、ダイヤはダイヤでいいんです
そして、監督者は部下の得意なものを早くつかんで、
伸ばしてやる、適材適所へ配置してやる。
そうなりゃ、石もダイヤもみんなほんとうの宝になるよ。
企業という船にさ 宝である人間を乗せてさ
舵を取るもの 櫨を漕ぐもの
順風満帆 大海原を 和気あいあいと 一つ目的に向かう
こんな愉快な航海はないと思うよ。
「得手に帆を上げ」/本田宗一郎『夢を力に』

この世の中はまさに無限の宝庫である。
すべての物はもちろんのこと、
マイナスでしかない人間など、本来この世にあろうはずがない
お互いに、もうすこし謙虚でありたい。
もうすこし勇気をもちたい。
そして、もうすこし寛容の心を持って、
すべての物が、すべての人が、時と処を得て、
その本来の値打ちが活かされるようつとめたいものである。
「無限の宝庫」/松下幸之助『続・道をひらく』

心身統一合氣道の五原則」
一、氣が出ている
二、相手の心を知る
三、相手の氣を尊ぶ
四、相手の立場に立つ
五、率先窮行(そっせんきゅうこう)

平和を求める祈り
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を 疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を 絶望のあるところに希望を
闇に光を 悲しみのあるところに喜びを
もたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを わたしが求めますように
わたしたちは 与えるから受け ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に 永遠のいのちをいただくのですから

正月に今年の漢字一文字を「伴」にしましたが、
方向性に間違いなさそうです。
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◆目標はサービス、正しいことをする
/2021.1.15


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
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旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない


この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
今日は自分の力を出しきれるかな? [2021年02月01日(Mon)]
「おまえのことはおまえがよく知っている。おまえができることもだ。
今日は自分の力を出しきれるかな?
ファウジャは一歩一歩を大切に、人生の道を歩いていきました
『100歳ランナーの物語、夢をあきらめなかったファウジャ』
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松下幸之助『道をひらく』より――
「勤勉の徳」
天災地変をまつまでもなく、粒々辛苦の巨万の富も、
事あらば一朝にして失われてしまうことがしばしばある。
形あるものはいつかは滅びるにしても、まことに
はかない姿であるといえよう。だがしかし、
身についた技とか習性とかは、これは生あるかぎり失われはしない。
たよりになるのは、やはり自分の身についた技、身についた習性
だから、何か一つでもいいから、
よき技、よき習性を身につけたいものであるが、
なかでもいわゆる勤勉の習性は、何にもまして尊いものに思われる。
勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む
人間のいわば一つの大事な徳である
徳であるかぎり、これを積むには不断の努力がいる
相撲に強くなるためには、不断に真剣なけいこを積まねばならないように、
勤勉の習性を身につけるためには、
まず日々を勤勉につとめる努力がいるのである。その努力が重なって
勤勉の習性が身につき、その習性からはじめて徳が生まれてくる

おたがいに勤勉の徳を積みたいものである。

Connecting the Dots.(点と点をつなげる)
将来をあらかじめ見据えて点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから我々は、今やっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない

Steve Jobs, on June 12, 2005

今日を完全に生きれば明日が見える。 
今日を懸命に生きる」/稲盛和夫『心を高める、経営を伸ばす』

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての「価値」をもたなくてはならない

――坂村真民さんが好きなゲーテの言葉――

松下幸之助発言集・第7巻の「誇りうる仕事の達人になろう」より――
「自分で自分をほめられるか」
私は、今も覚えておりますが、
ちょうど5、6人で仕事をしておりました時分に、
夏でしたから、仕事を終わって行水をいたします。
風呂もないことはありませんが、その当時は湯を沸かしまして、
たらいで行水をするということが、広い習慣になっておりました。
私は日いっぱい働いて、それから行水で汗を流すわけです。
その行水をしたときにふっと
きょうは、朝から自分ながらよくやったな
という感じがしたことを覚えておりますが、
そのときには非常に満ち足りた気分を味わったように思います
私はそのときに
ああ、きょうは自分ながらよくやったなあ」と、
自分で自分の仕事をたたえるような気分になって行水をつかっておった
そのときの心持ちというものは、
今も忘れることのできないうれしいものです。

人から評価してもらうということも、
むろんそれによっていろいろ感慨もありますけれども、それよりも
自分で自分をほめるとでも言いますか、
そういうような心境がずっと続いたならば
その人はいわゆる世の成功者であるという感じがいたします。
仕事の量ですとか、そういうものは第二にいたしまして、
どんな仕事でありましても、
私はそういう心境のもてる人は、必ずその仕事に、
小は小なりに大は大なりに立派な成果があがるものだと思います。

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

松下幸之助『道をひらく』より――
「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
あきらめろと言うのではない
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ

それがたとえ遠い道のように思えても
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる
深い喜びも生まれてくる

人間は本来偉大なものである。みごとなものである。
しかしそのみごとさは、放っておいてはあらわれない
易きにつくのが人間の情であるとしても、
易きがままの日々をくり返すだけならば、そこにはただ、
人間としての弱さが露呈されるだけであろう。
おたがいに与えられた人間としての美しさをみがきあげるために
きびしさを苦痛と感じないまでに心を高めたいものである
心を高める」/松下幸之助『道をひらく』

さあ、前進あるのみexclamation
ライバルは過去の自分、昨日の自分です。
s-img454.jpg「限りなき魂の成長」

松下幸之助『道をひらく』より――
「一陽来復」
ひろい世の中、長い人生、いつも心楽しいことばかりではない。
何の苦労もなく何の心配もなく、ただ凡々と泰平を楽しめれば、
これはこれでまことに結構なことであるけれど、
なかなかそうは事が運ばない。ときには悲嘆にくれ、
絶体絶命、思案にあまる窮境に立つこともしばしばあるであろう。
しかし、それまたよし
悲嘆のなかから、人ははじめて人生の深さを知り、窮境に立って、
はじめて世間の味わいを学びとることができるのである。
頭で知ることも大事だが、
身をもって知るということが何よりも大事。
塩の辛さはなめてみてはじめてわかる。
知るということにも、いろいろあるのである。
窮境に立つということは、
身をもって知る尊いチャンス
ではあるまいか。
得難い体得の機会ではあるまいか。
そう考えれば、苦しいなかにも勇気が出る。元気が出る。
思い直した心のなかに新しい知恵がわいてくる。
そして、禍いを転じて福となす
つまり一陽来復、暗雲に一すじの陽がさしこんで
再び春を迎える力強い再出発への道がひらけてくると思うのである。

毎日が新しく、毎日が門出、毎日が誕生日ひらめき
Every day is a new beginning.
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過ぎ去ったことは、もはや言うまい。かえらぬ月日にグチはもらすまい
そして、今まで他に頼り、他をアテにする心があったとしたならば、
いさぎよくこれを払拭しよう。
大事なことは、みずからの志である。みずからの態度である。
千万人といえども我ゆかんの烈々たる勇気である。実行力である。
志を立てよう。自分のためにも、他人のためにも、
そしておたがいの国、日本のためにも。
「志を立てよう」/松下幸之助『道をひらく』


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。