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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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日々是新 [2022年06月05日(Sun)]
先週の日曜日(5/29)、まだ夜も明けぬ早朝の4時に
ユリのツボミが2つ、すでに開き出していました。
KIMG1942.JPG

開花の瞬間を見届けるのは容易やない、と思いながらも、
やはり、気になるので、先日(6/1)挑戦!

深夜2時、早くもツボミが開きかけていました。
KIMG1975.JPG

期待して、1時間後の3時に見に行くと、さほど変化なし。
KIMG1979.JPG

5時になって周りが明るくなり、少し開き出しました。
KIMG1986.JPG

KIMG1988.JPG

そして7時半、だいぶ開いてきました。
KIMG1992.JPG

KIMG1993.JPG

先週の日曜日(5/29)に比べると、
その日(6/1)の朝は肌寒さを感じました。

いつ開花するかは、時計の時刻や夜明けの光よりも、
気温やその変化に影響されるのかもです。

朝顔は、夜の闇のなかに咲くのです。
人間も希望という大輪の花を咲かせるのは、
かならずしも光の真っただなかでも、
暖かい温度のなかでもなかろう。
冷たい夜と、濃い闇のなかに
私たちは朝、大輪の花という希望を咲かせる。
夜の闇こそ、花が咲くための大事な時間なのだ
と、私はそう考えました。
いまの時代というのは、まさにそういう時代かもしれません。
五木寛之『朝顔は闇の底に咲く』
.
アサガオの花は、日の出とともに開くものだと
信じている人が多いようだ。
夕方、アサガオを見ても、つぼみは堅く閉じたままであるのに、
朝起きてみると、みごとな花が開いているのであるから無理はない。
しかし、実際にアサガオの花が開く時刻を知っている人は
あまりないのではないか
と思う。
瀧本敦『ヒマワリはなぜ東を向くのか』

松下幸之助『道をひらく』より――
「なぜ」
こどもの心は素直である。
だからわからぬことがあればすぐに問う。「なぜ、なぜ」と。
こどもは一生懸命である。熱心である。
だから与えられた答えを、自分でも懸命に考える
考えて納得がゆかなければ、どこまでも問いかえす。「なぜ、なぜ」と
こどもの心には私心がない。とらわれがない
いいものはいいし、わるいものはわるい。
だから思わぬものごとの本質をつくことがしばしばある。
こどもはこうして成長する。
「なぜ」と問うて、それを教えられて、
その教えを素直に自分で考えて、さらに「なぜ」と問いかえして、
そして日一日と成長してゆくのである。

大人もまた同じである。
日に新たであるためには、
いつも「なぜ」と問わねばならぬ
そしてその答を、自分でも考え、また他にも教えを求める
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、
「なぜ」と問うタネは随所にある

それを見失って
きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く
十年一日の如き形式に堕したとき
その人の進歩はとまる。社会の進歩もとまる
繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくるのである。

ジョージ・バーナード・ショーは、こう言って
人生の生き方を要約したのです。
「多くの人は現実を見て、なぜ?とだけ言う。
私は決して存在しないことを夢見て、
そして言うのです――なぜそうならないのか?
You see things ; and you say, 'Why?'
But I dream things that never were ; and I say, 'Why not?'
ジョン・F・ケネディ/アイルランド滞在中の演説で

「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。