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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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そんなときに、どう考え、どう処置するか [2021年02月21日(Sun)]
月刊PHPの先月号(2021/2)の「私の信条」は、
八天堂の森光孝雅さんの「逆境で気づいた感謝報恩の心」でした。

あのくりーむパンが、倒産寸前の崖っぷちからの大逆転で生まれたことは、
知る人ぞ知る話で私も知っていました。絶頂期から奈落の底に落とされ、
弁護士事務所で民事再生の手続き書類を渡されたところに
自分の弟さんから救いの手が差し伸べられ、
様々な制約の中で選択と集中で経営に取り組む。

その過程に学ぶことが多いのですが、弁護士事務所に行くきっかけが
銀行の次長さんだっとは、今回の記事で初めて知りました。

 「社長、この事態をわかっていますか?」
激しい口調で私を問い詰めたのは、弊社を担当する銀行の次長さんです。
(…)
冒頭の言葉を投げつけられたのは、その時です。
「明日、一緒に行ってください」
翌日、行き先も知らされずに出かけたのは、
広島市内の弁護士事務所でした。
「こちらが民事再生の破産手続きの書類です」
弁護士の言葉に、倒れそうになりました。
そんな時、
(…)
心を入れ替えた私は、皆さんに感謝し、その恩に報いるべく
社員とともに必死で励みました
。(…)

テーマとしては「地獄に仏」で「感謝報恩」「至誠一貫」、
「困っても困らず」で「窮すれば変ず、変ずれば通ず」でしょうが、
ビックリしたのは問答無用の死刑宣告
ずいぶん手荒いことをするものと思いました。

結果として、これを転機に逆転劇が始まり、万事塞翁が馬になるのですが、
銀行による死刑宣告は「銀行自身の債権保全のため」だったのか、
それとも真に「お客様のことを思って」の行動だったのか、
気になるところです。
どちらにせよ、今となっては社長にとって何ごとも「感謝」でしょうが、
「何をするか」より「何のためにするか」が大事とあらためて思いました。

大切なことは、主人が何をしたかではなく、
何のためにしたかということではございませんか。
あなたたちのような木偶の坊にはおわかりいただけないでしょうが…
映画『雨あがる』(山本周五郎原作)

―― 後日、真相「恩人である熱血銀行担当者」を知る

今月(2021年2月)で131号になる「八天堂便り」、
その真摯な経営姿勢に多くの気づきと学びを得られて勉強になります。

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「困っても困らない」
ひろい世間である。長い人生である。
その世間、その人生には、
困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。
程度の差こそあれ、だれにでもある。自分だけではない。
そんなときに、どう考えるか、どう処置するか
それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。
困ったことだ、どうしよう、どうしようもない、そう考え出せば、
心が次第にせまくなり、せっかくの出る知恵も出なくなる。
今まで楽々と考えておったことでも、
それがなかなか思いつかなくなってくるのである。
とどのつまりは、原因も責任もすべて他に転嫁して、
不満で心が暗くなり、不平でわが身を傷つける

断じて行えば、鬼神でもこれを避けるという。
困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、
困難がかえって飛躍の土台石となるのである。
要は考え方である。決意である。困っても困らないことである
人間の心というものは、孫悟空の如意棒のように、まことに伸縮自在である。
その自在な心で、困難なときにこそ、
かえってみずからの夢を開拓するという力強い道を歩みたい。

「心配またよし」
何の心配もなく、何の憂いもなく、何の恐れもないということになれば、
この世の中はまことに安泰、きわめて結構なことであるが、
実際はそうは問屋が卸さない。
人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。
しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを
懸命にそしてひたすらに乗り切って、
刻々と事なきを得てゆくというところに、
人間としての大きな生きがいをおぼえ、
人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。
この心がまえがなければ、この世の中はまことに呪わしく
人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう
憂事に直面しても、これを恐れてはならない。
しりごみしてはならない。「心配またよし」である。
心配や憂いは新しくものを考え出す一つの転機ではないか、
そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。
力をしぼる。知恵をしぼる

するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが
生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである

まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、
人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。

何事でも感謝の心を持つことが大切だということだと思います。
感謝の心を持てば、それはいろいろな形になって自分に返ってきます。
その自分に返ってくることを期待して
感謝の心を持つというのではいけませんが、
自分の置かれた立場なり他人からの恩恵なりに素直に感謝できる人、
言いかえれば喜びを知る人というのは、非常にしあわせな人だと思います

これは、商売に限らず、私たちの人生すべての面にもあてはまる、
人間としての大事な基本と言えるのではないでしょうか。
松下幸之助『縁、この不思議なるもの』

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。