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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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今日は自分の力を出しきれるかな? [2021年02月01日(Mon)]
「おまえのことはおまえがよく知っている。おまえができることもだ。
今日は自分の力を出しきれるかな?
ファウジャは一歩一歩を大切に、人生の道を歩いていきました
『100歳ランナーの物語、夢をあきらめなかったファウジャ』
IMG-9064.jpg

松下幸之助『道をひらく』より――
「勤勉の徳」
天災地変をまつまでもなく、粒々辛苦の巨万の富も、
事あらば一朝にして失われてしまうことがしばしばある。
形あるものはいつかは滅びるにしても、まことに
はかない姿であるといえよう。だがしかし、
身についた技とか習性とかは、これは生あるかぎり失われはしない。
たよりになるのは、やはり自分の身についた技、身についた習性
だから、何か一つでもいいから、
よき技、よき習性を身につけたいものであるが、
なかでもいわゆる勤勉の習性は、何にもまして尊いものに思われる。
勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む
人間のいわば一つの大事な徳である
徳であるかぎり、これを積むには不断の努力がいる
相撲に強くなるためには、不断に真剣なけいこを積まねばならないように、
勤勉の習性を身につけるためには、
まず日々を勤勉につとめる努力がいるのである。その努力が重なって
勤勉の習性が身につき、その習性からはじめて徳が生まれてくる

おたがいに勤勉の徳を積みたいものである。

Connecting the Dots.(点と点をつなげる)
将来をあらかじめ見据えて点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから我々は、今やっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない

Steve Jobs, on June 12, 2005

今日を完全に生きれば明日が見える。 
今日を懸命に生きる」/稲盛和夫『心を高める、経営を伸ばす』

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての「価値」をもたなくてはならない

――坂村真民さんが好きなゲーテの言葉――

松下幸之助発言集・第7巻の「誇りうる仕事の達人になろう」より――
「自分で自分をほめられるか」
私は、今も覚えておりますが、
ちょうど5、6人で仕事をしておりました時分に、
夏でしたから、仕事を終わって行水をいたします。
風呂もないことはありませんが、その当時は湯を沸かしまして、
たらいで行水をするということが、広い習慣になっておりました。
私は日いっぱい働いて、それから行水で汗を流すわけです。
その行水をしたときにふっと
きょうは、朝から自分ながらよくやったな
という感じがしたことを覚えておりますが、
そのときには非常に満ち足りた気分を味わったように思います
私はそのときに
ああ、きょうは自分ながらよくやったなあ」と、
自分で自分の仕事をたたえるような気分になって行水をつかっておった
そのときの心持ちというものは、
今も忘れることのできないうれしいものです。

人から評価してもらうということも、
むろんそれによっていろいろ感慨もありますけれども、それよりも
自分で自分をほめるとでも言いますか、
そういうような心境がずっと続いたならば
その人はいわゆる世の成功者であるという感じがいたします。
仕事の量ですとか、そういうものは第二にいたしまして、
どんな仕事でありましても、
私はそういう心境のもてる人は、必ずその仕事に、
小は小なりに大は大なりに立派な成果があがるものだと思います。

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

松下幸之助『道をひらく』より――
「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
あきらめろと言うのではない
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ

それがたとえ遠い道のように思えても
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる
深い喜びも生まれてくる

人間は本来偉大なものである。みごとなものである。
しかしそのみごとさは、放っておいてはあらわれない
易きにつくのが人間の情であるとしても、
易きがままの日々をくり返すだけならば、そこにはただ、
人間としての弱さが露呈されるだけであろう。
おたがいに与えられた人間としての美しさをみがきあげるために
きびしさを苦痛と感じないまでに心を高めたいものである
心を高める」/松下幸之助『道をひらく』

さあ、前進あるのみexclamation
ライバルは過去の自分、昨日の自分です。
s-img454.jpg「限りなき魂の成長」

松下幸之助『道をひらく』より――
「一陽来復」
ひろい世の中、長い人生、いつも心楽しいことばかりではない。
何の苦労もなく何の心配もなく、ただ凡々と泰平を楽しめれば、
これはこれでまことに結構なことであるけれど、
なかなかそうは事が運ばない。ときには悲嘆にくれ、
絶体絶命、思案にあまる窮境に立つこともしばしばあるであろう。
しかし、それまたよし
悲嘆のなかから、人ははじめて人生の深さを知り、窮境に立って、
はじめて世間の味わいを学びとることができるのである。
頭で知ることも大事だが、
身をもって知るということが何よりも大事。
塩の辛さはなめてみてはじめてわかる。
知るということにも、いろいろあるのである。
窮境に立つということは、
身をもって知る尊いチャンス
ではあるまいか。
得難い体得の機会ではあるまいか。
そう考えれば、苦しいなかにも勇気が出る。元気が出る。
思い直した心のなかに新しい知恵がわいてくる。
そして、禍いを転じて福となす
つまり一陽来復、暗雲に一すじの陽がさしこんで
再び春を迎える力強い再出発への道がひらけてくると思うのである。

毎日が新しく、毎日が門出、毎日が誕生日ひらめき
Every day is a new beginning.
img38.jpg


過ぎ去ったことは、もはや言うまい。かえらぬ月日にグチはもらすまい
そして、今まで他に頼り、他をアテにする心があったとしたならば、
いさぎよくこれを払拭しよう。
大事なことは、みずからの志である。みずからの態度である。
千万人といえども我ゆかんの烈々たる勇気である。実行力である。
志を立てよう。自分のためにも、他人のためにも、
そしておたがいの国、日本のためにも。
「志を立てよう」/松下幸之助『道をひらく』


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。