CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
ようおこし (^_^)
ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
道しるべ★カテゴリー
Google

WWW このブログ
<< 2021年01月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新の記事
最新のコメント
https://blog.canpan.info/miya38ts/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/miya38ts/index2_0.xml
What to Do,What Not to Do [2021年01月21日(Thu)]
松下幸之助『実践経営哲学』より――
「自然の理法に従うこと」
経営というものはまことにむずかしい。
いろいろな問題がつぎからつぎへと起こってきて、
それに的確に対処していかなくてはならない。
考えるべきこと、なすべきことがいろいろあり
それを過たないということは、確かに容易なことではない
しかしまた、考えようによっては、
経営はきわめてやさしいともいえる。というのは、それは
本来成功するようにできていると考えられるからである。

私は自分の経営の秘訣というようなことについて
質問を受けることがあるが、そういうときに
「別にこれといったものはないが、強いていえば
『天地自然の理法』に従って仕事をしていることだ」
という意味のことを答える場合がある。
天地自然の理法に従った経営などというと、
いかにもむずかしそうだが、たとえていえば
雨が降れば傘をさす」というようなことである。
雨が降ってきたら傘をさすというのは、
だれでもやっているきわめて当然なことである。
もしも、雨が降ってきても傘をささなければぬれてしまう。
これまた当然のことである。
(…)
そのように、私のいう『天地自然の理に従った経営』というのは、
当然なすべきことをなすということである。
それに尽きるといってもいいかもしれない。
その、なすべきことをキチンとなしていれば、
経営というものは必ずうまくいく
ものである。
その意味では、経営はきわめて簡単なのである。
いい製品をつくって、それを適正な利益をとって販売し、
集金を厳格にやる。そういうことをその通りやればいいわけである。
ところが実際の経営となると、そのとおりやらない場合も出てくる。
(…)
そういう例が世間には実際少なくない。
要するに、なすべきことをなしていない姿であり、それはすなわち、
天地自然の理に反した姿である。経営の失敗というのは、
すべてそういうところから出ているといってもいいであろう。

私自身についていえば、そういう点で、なすべきことをなし、
なすべからざることをしない
ようにということを心がけて、
ずっと仕事をしてきた。
時として判断を誤って、なすべきことをしなかったり、
なすべきでないことをしたりしたこともあった。
しかし、心がまえとしては、なすべきことをなし、
なすべからざることをしない
ということに
極力、努めてきたつもりである。

限りなき生成発展というのが、この大自然の理法なのである。だから、
それに従った行き方というのは、おのずと生成発展の道だといえよう。
それを人間の小さな知恵、才覚だけで考えてやったのでは、
かえって自然の理にもとり、失敗してしまう。大いに知恵を働かせ、
才能を生かすことも一面きわめて大切であるが、やはり根本は
人知を超えた大きな天地自然の理に従って経営をしていく
ということでなくてはならないのである。

素直な心になれば、物事の実相が見える。それに基づいて、
何をなすべきか、何をなさざるべきかということもわかってくる。
なすべきを行ない、なすべからざるを行なわない真実の勇気も 
そこから湧いてくる。
「素直な心になること」/松下幸之助『実践経営哲学』

松下幸之助 日々のことば「道をひらく」より――
「なずべきことをなす」(12日)
不安や焦り、あるいは恐れにとらわれて、
自分を見失ってはいないか。
一発逆転の妙手策ばかりを追いかけて、
今ここでなすべきことをおろそかにしてはいないか。
困難にあればこそなお勇気をもって
なすべきことをなすべきときにきっちりとなしていく
そのたゆみない歩みこそが
着実に成果を高め、成功にいたる道ではないか。

なすべきことをなすという勇気と、
人の声に私心なく耳を傾けるという謙虚さがあったならば、
知恵はこんこんとわき出てくるのである。
わが知恵の乏しきを嘆く前に、
お互いにこの勇気と謙虚さを、あわせ持っていたか、三省、四省してみたい
そして、もうこれでおしまいなどと、安易に言うのはやめにしたい。
知恵は無限にわき、無限に集まるのである。
「知恵は無限」/松下幸之助『続・道をひらく』

『松下幸之助 一日一話』より――
「なすべきことをなす」(8/25)
治にいて乱を忘れずということがある。太平のときでも、
乱に備えて物心ともの準備を怠ってはならないということで、
指導者としてきわめて大切な心がまえである。
とはいえ、人間というものは、とかく周囲の情勢に流されやすい。
治にあれば治におぼれ、乱に会えば乱に巻き込まれて
自分を見失ってしまいがちである。そういうことなしに、
常に信念を持って主体的に生きるためには、
やはり心静かに、われ何をなすべきかを考え
そのなすべきことをひたすらなしていくことが大切である。
指導者の要諦とは、見方によっては、
この「なすべきことをなす」ということに尽きるとも言えよう。



10年前の富士山(2011.1.22)七面山


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
| 次へ