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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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私の今年の一文字「伴」 [2021年01月03日(Sun)]
明けましておめでとうございます。
IMG-8703.jpg


おかげさまで穏やかな年明けを迎えることができました。
去年の正月は年末27日の仕事納めの日に母が検査で緊急入院が決まり、
本人にとっても家族にとっても予定外のことでしたが、
おかげで色々とじっくり考えることができ、
独立開業30周年になる6月末を機に事務所を自宅に移すことを決意。
その後もコロナなど予定外のことが続きましたが、
年齢的に一か月の入院で相当に弱ることを覚悟した母も、
年相応にできなくなってきたことが増えるわが身をボヤキながらも
気丈に日々暮らしてくれて大助かりです。

先の見えない中で心配や憂いは尽きないですが、万事塞翁が馬
今を素直な心で受け止め、懸命に生き抜いていきたいものです。

年始恒例の私の漢字一文字、ことしは「伴」です。
2021_伴.jpg

伴走の「伴」ですが、人偏でなく、糸偏に半だと「絆」。
あらためて「半」の成り立ちに興味をもち、調べてみました。
白川静『常用字解』によると、
「八」は左右にものが分かれる形で、
「半」は犠牲(いけにえ)として供える牛を真中で二つに分ける形で、
「わかつ、わける、なかば」の意味となる。

神様にお供えする牛が語源なら、丑年の今年の一文字に相応しいと決定です。

「伴」には、「同伴」や「随伴」のように
お供する、付き従う、主従関係のイメージありますが、
私が「伴走」を通じて学んだ伴のイメージはパートナーです。

互いに認め合い(共存)、共に高め合って喜びを分かち合い(共栄)、
共に生きる(共生)。リモートを含めた「見える」つながりだけでなく、
その「背後」や「背景」にも心を通わして「共存・共栄で共に生きる」。
そんな思いで、ことしの漢字一文字は「伴」にしました。

先生、律法の中で、どの戒めが最も重要でしょうか。
イエスは言われた。
心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、
あなたの神である主を愛しなさい

これが最も重要な第一の戒めである。第二もこれと同じように重要である。
隣人を自分のように愛しなさい
この二つの戒めに、律法全体と預言者とが、かかっているのだ。
共同訳新約聖書「マタイによる福音書」7・36〜40

「共存共栄」ということは、
相手の立場、相手の利益を十分考えて経営をしていくということである。
まず相手の利益を考える、というといささかむずかしいかもしれないが、
少なくとも、こちらの利益とともに
相手の利益をも同じように考える
ことである。
それが相手のためであると同時に、大きくは自分のためにもなって
結局、双方の利益になるわけである。
「共存共栄に徹すること」/松下幸之助『実践経営哲学』

自利利他円満(じりりたえんまん)

先義後利(先義而後利者栄)
義を先にして利を後にする者は栄える

松下幸之助『道をひらく』より――
「心を通わす」
古人曰く、人生はあざなえる縄の如し
まことにこの世の中、長い人の歩みのなかには、
よいこともあればわるいこともある。
うれしいこともあれば悲しいこともある。
そして、よいと思ったことが実はわるくて、
わるいと思ったことが実はよくて、
つまりはあれこれと思いまどうことは何もなくて、
はじめから素直に謙虚に歩んでおればそれでよかったと、
人の知恵の浅はかさに、いまさらのように胸打たれることがしばしばある


はじめからしまいまで徹底的にわるいということもなければ、
また徹底的によいということもないのである。
それでもなお人は、わるいと思うときには自分で自分の心を閉ざし、
よいと思うときにはまたおごりの心で人をへだてる

心を閉ざし、人をへだて、心と心とが通い合わぬ姿からは、
おたがいに協力も助け合いも生まれてはこない。
心ひらかぬ孤独の人びとばかりになるであろう。

有為転変のこの世の中、よいときにもわるいときにも、
いかなるときにも素直に謙虚に、おたがいに心を通わし、
思いを相通じて、協力し合っていきたい
ものである。

松下幸之助『人生談義』より――
「物と心」
商売でもね、物が動いて、お金が動いて、それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは、
物や金と共に、人の心もまたこれに乗って、
移り動いていかなければならない
ということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは。
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り、
そしてお金と共に心をいただく、
つまり物や金が通いあうだけでなく、
お互いの心というものがお客様との間に通い合う
ことが
きわめて大切なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。

それに、商品の価格にしても、
サービスとかいろいろな便宜とか、
そうした心の面をも総合した価値判断で決めるベき
で、
単によそがいくらだからウチはいくらにするというようでは、
ほんとうの商売はできませんね。
たとえば、よそが1万円のものを、場合によっては、10,500円で売る。
すると、お客さんは「なぜよそより高いのか」と聞かれる。
そんなとき、「同じ製品ですが、私の方はお添え物があるのです」
「何を添えてくれるのか」「魂をお添えするのです」
といったことが言えるかどうか。
そのくらい、自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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