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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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「成功物語」の罠に陥らない [2021年01月01日(Fri)]
明けましておめでとうございます。

2021年の幕開け、朝6時半に箕面の実家を出て、
ほぼ満月のお月さんを西の空に仰ぎ見ながら
石橋を経て国道171号を伊丹方面へ。
軍行橋の手前の温度計は氷点下、−1℃
IMG-8681.jpg
2021年はマイナスからスタートです。

橋を渡って猪名川の堤防には救急車、
何事かと思ったらバイクに乗ったお巡りさん登場。
新年早々の交通事故、注意一秒、怪我一生、お互いご用心!

今年も見事な日の出に合掌exclamation
IMG-8703.jpg

IMG-8766.jpg
2021年の一番機は伊丹側のB滑走路から離陸
IMG-8929.jpg

去年5月、コロナの緊急事態宣言を解除する際、
政府は「日本モデルの力を示した」と表明しましたが、
文藝春秋12月号の民間臨調「検証・コロナ対策」によると、
民間臨調のヒアリングに官邸スタッフは
泥縄だったけど、結果オーライだった」と証言したとのこと。

「日本モデル」の形成過程は、
戦略的に設計された精緻な政策パッケージのそれではなく、
様々な制約条件と限られたリソースの中で、
持ち場持ち場の政策担当者が必死に知恵を絞った
場当たり的な判断の積み重ねであった。
場当たり的でも結果が出れば政治的には評価されます。
ただ、それでは将来に同様の危機が到来した時の再現性はありません

つまり、「日本モデル」の基礎は危ういものであることが
浮かび上がったのです。
----------------
この時(2009年の新型インフルエンザ)の水際作戦が成功したという
「成功体験」を「成功物語」にしてしまったことが
「備え」の欠如につながったと思うからです。
(…)
学ぼうという意思はあったのです。
しかし、学べなかった。危機感がなかった。
「成功物語」の罠と言っていいでしょう。
政府は、今回の新型コロナウィルス対応を成功したととして
「日本モデル」の力であると宣言しました。
ただ、圧勝も快勝もしていない。
ここまでのところではせいぜい辛勝といったところではないですか。
自作自演の「成功物語」にさせないことが大切だと思います。
官邸スタッフがいみじくも言ったように今回の対応は
「泥縄だったけど、結果オーライだった」のに過ぎないのですから。
----------------
しかし東日本大震災後、私たちは
教訓を学ぶことが苦手になってはいないでしょうか
目の前にある問題への対処ばかりに気を取られ、
未来に備えて投資するという危機意識と責任感が薄れている

ように感じます。

「再現性がない」といえば、私のサブフォーと同じ。
再現性がないどころか、的確に適切な手を打たないので、
コロナの状況は第2波、第3波と深刻化し、
私のその後の記録もサブフォーからどんどん遠のく。

自作自演の「成功物語」にさせない
ということで、今年の目標はサブフォー復活。
しかも、奇跡と言わせぬ実力をつけて、どんな気象条件や体調でも、
そしていくつになっても、楽々サブフォーできるようになりたいものです。
本年もよろしくお願いします。

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
物事がうまくいったときに、それを自分の力でやったのだと考えると
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい
実際、成功といっても、それは結果の話であって、
その過程には小さな失敗というものがいろいろある

それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる


反対に、うまくいかなかったときに、
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば、
その失敗の経験が生きてこない。
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。そして、
そのように「失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができるようにもなる。
だから、それだけ失敗も少なくなって、どういう状況下にあっても
経営が順調にいくという姿になってくる
わけである。

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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