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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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決断の基準 [2020年12月19日(Sat)]
img479.jpg
「雲外蒼天」―― 雲を突き抜けると、蒼く澄み切った天空が拡がっている

実行家として成功する人は、
自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、
実は、反対に、彼には一種の無私がある。
空想は孤独でもできるが、実行は社会的なものである
有能な実行家は、いつも自已主張より物の動きの方を尊重しているものだ。
現実の新しい動きが看破されれば、
直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ

物の動きに順じて自已を日に新たにするとは一種の無私である
小林秀雄『無私の精神』

中竹竜二『判断と決断』より――
判断と決断。
この二つは似たような言葉だが、僕にとっては非なる言葉だ。
両者の違いはそれぞれの基準にある
「判断」の基準は、正しいか正しくないか
「決断」の基準は、強いか弱いか。さらには早いか遅いか

中竹竜二『判断と決断』より――
そして、出発点と終えたあとの状態が違う
「判断」をすべきときは、
ことの大小はあれ、人が「混沌」の中にいるとき
そして、判断を終えたあと、ものごとは
ある指標・基準において整理された状態になる

―― 判断の後には「冷静」がそこにあるべきである。
「決断」すべきときは、
人が選択肢を前に迷っているとき
決断を終えたあと、人は新しい一歩を踏み出し
選んだゴールや方針に向けて行動を起こす
―― 過去の成功事例に引っ張られたり、
リスクに憶病になりがちな不完全な僕らに「勇気」を与え、
見えない未来に踏み出す僕らを不安から救ってくれる。

中竹竜二『判断と決断』より――
「強い決断」とは、単にいくつかの選択肢から方針を決めることではない。
決めたゴールに向かって踏み出し、
それを実現するために行動してくことだと僕は思う。(…)
なぜ、僕が「決断」という言葉に対して、
「正しい」という形容詞を付けずに、「強い」を付けるか。
そもそも正しいかどうかは、目指すゴールに到達できたかどうか
つまり、結果が出てみないとわからない。だから、
決断をする時点で「正しい決断をしょう」と息巻いても意味がない
しかし、下した決断を正しくすることは可能だ
どんな環境に陥ったとしても、自分の決断を信じ、前へ進む、
それによって、ゴールは近づいてくる

そのためには、決断を「強く」する。
換言すれば「覚悟を決める」ことが欠かせない。
強さや覚悟がなければ、壁にぶつかったとき、
すぐにゆらいでくじけてしまうからである。

60パーセントでもよいから、おたがいに、謙虚に真剣に判断し、
それを100パーセントにする果断な勇気と実行力とを
持ちつづけていきたいものである。
「判断と実行と」/松下幸之助『道をひらく』

正しい判断(→)強い覚悟で断を下す(→)不屈邁進(→)成し遂げる
甘い判断、誤った判断(→)無謀な決断、迷って弱い決断(→)出たとこ勝負

自己欺瞞なくして希望はないが、
勇気は理性的であり、あるがままにものを見る。
希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い
希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、
それをやり遂げるには勇気がいる
「希望ではなく勇気」/『エリック・ホッファー自伝』

山ほどある情報のなかから、自分に必要な情報を得るためには、
「選ぶ」よりも「いかに捨てるか」のほうが重要
手は浮かぶものではなくて、消去して残ったものになります。
ひとつの手を選ぶということは、
それまで散々考えた手の大部分を捨てること。
羽生善治『捨てる力』
「運命は勇者に微笑む」

リーダーは、問題が起きた時点で素早く状況判断し
決断を下さなければならない
自分で決断を下し、その結果について全面的に責任を持つのが、
ほんとうのリーダーだ。それくらいの決意を持って
チームを率いていかなければ、強力なリーダーシップを発揮できない。
合議制による意思決定では、
決定するまでにみんなの意思統一がはかられているので、
決定しまえば迅速に行動できる長所はあるが、
それでは状況の変化に対応するフットワークが欠けてしまう。
状況の変化に素早く反応しなければいけない現場のリーダーにとって
決断する勇気が何よりも大切なことだと私は考える。
『ジーコのリーダー論』

「道」松下幸之助
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩む
ことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか。

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。


それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。

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松下さんの創業の地・大開/2011.4.15

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
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旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。