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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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「七起八をき」山本玄峰老師 [2023年09月01日(Fri)]
「七起八をき」山本玄峰老師
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禅は不立文字(ふりゅうもんじ)で
文字や言葉を読んで分かったつもりになってはダメと知りながら、
なぜ「七転び八起き」でなく「七起八をき」なのか

「七」は単に7の数量でなく、数多くの意味の象徴とのこと。
 ―― 七変化、七光り、七度生まれて、七難八苦、七転八倒、などなど

ところが、
7回の攻撃だけがラッキーセブンでなかろうに、
満月だけがお月さまでなかろうに、
雲に隠れて見えなくてもお月さまだろうに、
めでたい、めでたい
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昨夜のお月さま(2023/8/31)

以下、岡本太郎『自分の中に毒を持て』より――
ぼくは壇上に立つと問いかけた。
「道で仏に逢えば、と言うが、
 皆さんが今から何日でもいい、
 京都の街角に立っていて御覧なさい。
 仏に出逢えると思いますか。
 逢えると思う人は手を上げて下さい」
誰も上げない。
「逢いっこない。逢えるはずはないんです。
 では、何に逢うと思いますか」
これにも返事がなかった。
坊さんたちはシンとして静まっている。
そこでぼくは激しい言葉でぶっつけた。
「出逢うのは己自身なのです。自分自身に対面する。
 そうしたら、己を殺せ」
会場全体がどよめいた。やがて、ワーッと猛烈な拍手。
これは比喩ではない。
人生を真に貫こうとすれば、
必ず、条件に挑まなければならない。
いのちを賭けて運命と対決するのだ。
そのとき、切実にぶつかるのは己自身だ。
己が最大の味方であり、また敵なのである

今日の社会では、
進歩だとか福祉だとかいって、
誰もがその状況に甘えてしまっている。
システムの中で、安全に生活することばかり考え、
危険に体当たりして生きがいを貫こうとすることは稀である。
自分を大事にしようとするから、
逆に生きがいを失ってしまう
のだ。


いつも言っているように、最大の敵は自分なんだ。
前に、禅宗の坊さんたちに「己を殺せ」と言った話をしたけれど、
あれは「禅」じゃなくて人生の極意なんだ。
自分を殺す、そこから自分が強烈に生きるわけだ。
それがほんとうに生きることなんだ。
自信なんていうものは相対的価値観だ。
誰々よりも自分は上だ、とかいうものでしかない。
そうじゃなくて、
人間は生死を越えた絶対感によって生きなければだめだ


「いまはまだ駄目だけれど、いずれ」と絶対に言わないこと。
「いずれ」なんていうヤツに限って、
現在の自分に責任をもっていないからだ。
生きるというのは、
瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。
過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、
現在を本当に生きることはできない

ところが、
とかく「いずれそうします」とか「昔はこうだった」と人は言う。
そして現在の生き方をごまかしている。
だから、
ぼくはそういう言葉を聞くたびに、怒鳴りつけてやりたくなる。
「いずれ」なんていうヤツに、
ほんとうの将来はありっこないし、懐古趣味も無責任だ。つまり、
現在の自分に責任をとらないから懐古的になっているわけだ。
しかし、
人間がいちばん辛い思いをしているのは「現在」なんだ。
やらなければならない、ベストをつくさなければならないのは、
現在のこの瞬間にある

それを逃れるために「いずれ」とか「懐古趣味」になるんだ。
懐古趣味というのは現実逃避だ。だから、
過去だってそのときは辛くって逃避したんだろうけど、
現在が終わって過去になってしまうと安心だから、
懐かしくなるんだ。
だから、そんなものにこだわっていないで、
もっと現実を直視し、
絶対感をもって問題にぶつかって、
たくましく生きるようにしていかなければならない。

人間本来の生き方は無目的、無条件であるべきだ。
それが誇りだ。
死ぬのもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストをつくすことだ。
現在に、強烈にひらくべきだ。未練がましくある必要はないのだ。
一人ひとり、になう運命が栄光に輝くことも、また惨めであることも、
ともに巨大なドラマとして終わるのだ。
人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。
それでよいのだ。無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する

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「七起ハをき」山本玄峰老師

――「過去は引きずるより背負った方が歩きやすい」とか、
  「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」とかでなく、
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通りすがりの居酒屋の店先で

――「過去」は引きずらず、背負わず、捨てて無一文
そして、足るを知り、己を殺して、
「現実」を直視し、未だ来ぬ「未来」で己を誤魔化すことなく、
今この瞬間瞬間、この一歩一歩に、己のベストを尽くす

「七難八苦」
難が無いのは無難な人生、
難があるから有り難く、終わりはなく
そして輝き、最後に爆発する

「七起ハをき」
7回の攻撃だけがラッキーセブンでなく、
今この瞬間、この一歩が真剣勝負で有り難く、終わりはなく
そして輝き、最後に爆発する


残念ながら君の見当違いだね。
いいかい。形式と要点は一つなんだ。
一方がなければ他方も成り立たないんだ。
整理されて明瞭になっていれば、
倹約したり儲けたりする意欲も増してくるものなんだ。
やりくりの下手な人は、曖昧にしておくことを好む
負債の総額を知ることを好まないんだ。
その反対に、すぐれた経営にとっては、毎日、
増大する仕合せの総計を出してみるのにまさる楽しみはないのだ。
いまいましい損害をこうむっても、そういう人は慌てはしない。
どれだけの儲けを秤の一方の皿にのせればいいか直ちに見抜くからだ。

ねぇ、君。
儲けというものは数字にだけあるんじゃないとぼくは思う。
幸福は活動する人間の女神なんだ。その恩寵を心から感じるためには、
われわれは生き、真にいきいきと努力し、
その喜びを体で味わっている人々を見なくてはいけない

ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』第1巻の第10章より

手塚治虫『ファウスト』より――
「そうだ、
わしのさがしていた満足がやっとわかってきたような気がするぞ。
わしゃ どうかして満足しようとしてこれまで努力してきた。
その努力はなんと尊いものじゃ。
努力することがわしのさがしていた満足じゃった exclamation
わしのすごした努力は永遠に消えないだろう。
わしはいま最高の満足をあじわうぞ!」

そしてエンディング
神は すべて努力なすものをすくいたもう

「時計が止まる時、時間は生き返る」ウィリアム・フォークナー
Only when the clock stops does time come to life.
William Faulkner

「時よ止まれ、お前は美しい」ゲーテ『ファウスト』

宮沢賢治『よだかの星』より――
よだかは、実にみにくい鳥です。
(…)
よだかはもうすっかり力を落してしまって、
はねを閉じて、地に落ちて行きました。
そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、
よだかは俄かにのろしのようにそらへとびあがりました

そらのなかほどへ来て、よだかはまるで鷲が熊を襲うときするように、
ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。
その声はまるで鷹でした。
野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、
ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました
もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。
よだかはのぼってのぼって行きました。
(…)
そしてよだかの星は燃えつづけました。
いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています


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生死事大(しょうじじだい)
光陰可惜(こういんおしむべし)
無常迅速(むじょうじんそく)
慎勿放逸(つつしんで、ほういつなるなかれ)

時不待人(とき、ひとをまたず)

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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺

ぼちぼちが一番、ゆっくり急げ、シンプルに、スマートにひらめき
(Slow, Steady, Simple, Smart, Smile)

月が替わって9月、
心新たに「七起ハをき」足跡


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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
「努力」 [2023年06月26日(Mon)]
人生には二通りの生き方しかない。
一つは、奇跡など何もないと思って生きること。
もう一つは、あらゆるものが奇跡だと思って生きること。
アインシュタイン

結果を求めず、自分を信じて今を懸命に真剣に真っ正直に生きるぴかぴか(新しい)
そのこと自体が「奇跡」で「神様のプレゼント」
◆「奇跡」/2023.6.12

「ありがとう」の反対は「あたりまえ」
何事も当たり前と思わず(あらゆるものが奇跡)
すべてに感謝、そして報恩(感謝報恩)
JEAN-FRANÇOIS_MILLET_-_El_Ángelus_(Museo_de_Orsay,_1857-1859._Óleo_sobre_lienzo,_55.5_x_66_cm).jpg
ジャン=フランソワ・ミレー - Google Art Project
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=20110808

先日(6/17)、NHKのBS1で放送の
世界を変えた“愚か者”フラーとジョブズ」で、
番組の残り5分から紹介された大谷翔平さんの言葉。

ジョブズの言葉は元気をくれます
そのとき 自分が思い悩んでいることが
すごく小さなことだと思えたりする
楽になれるというか
自分が変わるための
いいきっかけになってくれる

そこに至ったとき どうなるのか
できるか できないかよりも
誰もやらないことをやってみたい


ジョブズの伝説のスピーチ「Stay hungry, Stay foolish」より――
あなた方の時間は限られています
だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。
ドグマにとらわれてはいけない
それは他人の考えに従って生きることと同じです。
他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように
そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。
あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。
ほかのことは二の次で構わないのです。

児玉光雄『大谷翔平86のメッセージ』より――
どうしてできないんだろうと考えることはあっても、
これは無理、絶対にできないといった限界を感じたことは一度もありません
今は難しくても、そのうち乗り越えられる、
もっともっと良くなるという確信がありましたし、
そのための練習は楽しかったです。


大谷さんの「言葉」を読んで強く感じたのは、
彼が、過去や常識に囚われず、そして未来に生きることなく
自分を信じて、今この瞬間に全身全霊を注ぎ込んで、
弛まぬ努力を積み重ね、道をひらいてきたこと。

ジョブズの伝説のスピーチ「Stay hungry, Stay foolish」より――
将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々はいまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない
運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

松下幸之助『道』より――
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくも
この道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか。
他人の道に心をうばわれ、
思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。

それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。

これまで同様、1日1日を積み重ねていく。
その先に、何かが見えてくるのかもしれないですね。
大谷翔平

心を定めて懸命に「点を打ち続ける」「休まず歩き続ける」
その点と点がつながり(つなげるでなく、つながる)、
そして、線になり(するでなく、なる
結果として、新たな道が開け(他人の道でなく、自分の道)、
日々の努力の過程に、深い喜びが生まれ(努力の結果でなく、過程)、
最高の満足(幸福)を得られる。

時計が止まる時、時間は生き返る」ウィリアム・フォークナー
Only when the clock stops does time come to life.
William Faulkner

時よ止まれ、お前は美しい」ゲーテ『ファウスト』

手塚治虫『ファウスト』より――
「そうだ、
わしのさがしていた満足がやっとわかってきたような気がするぞ。
わしゃ どうかして満足しようとしてこれまで努力してきた。
その努力はなんと尊い(とうとい)ものじゃ。
努力することがわしのさがしていた満足じゃったexclamation
わしのすごした努力は永遠に消えないだろう。
わしはいま最高の満足をあじわうぞ!」

そしてエンディング
神は すべて努力なすものをすくいたもう

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生死事大(しょうじじだい)
光陰可惜(こういんおしむべし)
無常迅速(むじょうじんそく)
慎勿放逸(つつしんで、ほういつなるなかれ)

時不待人(とき、ひとをまたず)

児玉光雄『大谷翔平86のメッセージ』より――
あのアインシュタインも、
「偉大な理論ほど単純な方程式で表現できる」と語っている。
私たちは物事をどうしても複雑に考えてしまい、
結果、迷路に入り込んでしまう。
しかし、進化とは、不必要なものを取り除くことでもある。
「今でもブレない自分が完全にできあがっているわけではありません。
ただ、その時々に感じているものの中から、
おかしいと感じたものを“削除する”ことを繰り返してきただけ
なんです」というのはイチロー選手の言葉だ。


不必要なものを削除せず(すなわち、進化していない)、
積もり積もってゴミ化した不要物の「断捨離に悪戦苦闘」の我が身に
頂門の一針<喝>

「足るを知る」とは、
今の自分にとって本当に必要なものは何かを知る、
すなわち、自分の問題や課題を含めて「己を知る」ことであり、
そして不必要なものを捨てて「今ここに集中する」ことか。
―― 暮らし(人生)をシンプルに、そしてスマートに!
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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺

ぼちぼちが一番、ゆっくり急げ、シンプルに、スマートにひらめき
(Slow, Steady, Simple, Smart, Smile)


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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
「奇跡」 [2023年06月12日(Mon)]
6月9日は横田慎太郎さんのお誕生日。
彼の自伝ノンフィクション『奇跡のバックホーム』の文庫本には、
2度目の闘病を綴った新章が収録され、
そして、鳥谷さんが解説を書いておられます。
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横田慎太郎『奇跡のバックホーム』の
単行本の最後より――
再発の可能性はまったくないとは言いきれませんが、(略)
僕自身に不安はまったくありません。
いずれ視力も完全に回復すると信じています。
完治したとき、僕は何をするのだろうと、楽しみでもあります。
僕の人生は、また新たに始まったばかりなのです

これを受けて、アマゾンに書いた私のカスタマーレビュー
一寸先は闇ではなく、光である
「病気になってよかったこともある」
「僕がやらなければならないのはこれなんだ!」
「僕の人生は、また新たに始まったばかり」
横田慎太郎は青虫からサナギを経て蝶になった
この本を読み終えてそう思いました。
突然の病に倒れてキャンプ離脱までは野球漬けの青虫、
そして甲子園で再び大暴れすることを目指して苦闘の日々を経て、
あの奇跡のバックホームで蝶になった。
青虫と蝶ではDNAは同じでも、その住む世界や生き方は違うように、
横田さんの生き方や考え方は大きく変わられた
ようだし、
蝶になられた横田さんは(今までとは別の形で)
多くの人に勇気と希望の光を照らしていかれることでしょう。
今後のご活躍が楽しみです。お身体に気をつけて頑張ってください。

文庫本に加筆された新章「2度目の闘病」より―-
前回の闘病と今回の闘病で、大きく違うところがあります。
それは「目標」の有無でした。
脳腫瘍の治療はたしかに苦しかった。
でも、あのときは明確な目標がありました。
「もう一度大好きな野球をする」
この目標を達成できなければ、死んでも死にきれないと思った。
そのためには、なんとしても病気を治さなければなりません。
それが病気に立ち向かう強いモチベーションになりました。
加えて、あの時は希望もありました。
「治ればもう一度グラウンドで思いっきり野球ができる」
いまはたしかに苦しいけれど、
治ったらもう一度野球ができるという希望があったからこそ、
治療に耐えることができたのです。
でも、今回はそれがない。病気に打ち克つための
モチベーションとなる目標も希望も見つかりませんでした
たとえ完治しても、
再びプロのグラウンドで野球することは二度とないのです。
さすがに心が折れかけました。(略)
再び前を向くきっかけをくれたのは母でした

そして、文庫本の最後――
僕自身も一日一日を大切にしながら精一杯生きていきたいと思っています。

文庫本の鳥谷さんの「解説」より――
野球の神様という言葉はよく聞くが、
僕自身はその存在を信じたことはなかった。
僕はいつでも、起こる可能性があるあらゆることを想定したうえで、
それに対して自分は何ができるか、何をすべきかを考えて
試合に臨んでいた。実際、想定外のことが起きたことはなかったし、
想定外のことを自分ができたと感じたこともなかった。だから、
自分を野球の神様が見守ってくれているとか、
後押ししてくれたと感じたことはない。
そもそも、がんばっている人全員に神様が味方したら、
野球というスポーツは成り立たない。

ただ、そんな僕でも、あの光景を目にしたら、
神様の存在を認めざるをえなかった

「野球の神様は本当にいて、
 ちゃんとがんばっている人にはごほうびをくれる」
素直にそう思えた。
やはり、何がなんでももう一度グラウンドに復帰したいという
横田の強い気持ちが、あのバックホームを生んだのだろう。
それと彼の人間性だ。
横田は復帰してから、練習は別メニューで、試合にも出られなかった。
それでもベンチでは誰よりも大きな声を出し、
仲間をサポートしていたと聞く。
僕が同じ状況に置かれて同じようにできたかといえば、正直、わからない。
そんななかでも、横田は前向きな気持ちを忘れず、いつも声を出して、
仲間を応援できるだけの人間性をもっていたからこそ
引退試合が催され、
あれだけ多くの人が駆けつけてくれたのだろうし、
神様も認めてくれたのだと思う。

そして、文庫本の鳥谷さんの「解説」の最後――
横田ほど、物事にまじめに真正面からぶつかって
突破しようとする人間を僕はあまり見たことがない。だから、
何をするにせよ、これからも自分が正しいと思うこと、
やりたいことをまっすぐにやっていってほしい。あのバックホームも、
神様がこう言って横田の背中を押してくれたのではないか。
これからも、いままでと同じようにまっすぐ、一生懸命に生きていきなさい
僕にはそんな気がしている。

文庫本に加筆された新章、そして鳥谷さんの解説を読んで魂を揺さぶられ、
リレーフォーライフ神戸のキャンドルラン(チャリティーラン)にエントリー。

当初は単独走の予定でしたが、
横田さんの引退試合をご一緒した小山さんとご一緒しました。

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リレーフォーライフ神戸/みなとのもり公園
(2023.6/10〜11)
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ミュージックバトンのステージに飛び入り参加
鼻笛で、上を向いて歩こうるんるん
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「がんばってください」足跡

考えてみれば横田さんとのご縁も含めてすべてのご縁が「奇跡」だし、
もっと言えば、この世に生を受けたこと、
そして今この瞬間に命があることも「奇跡」であり、
これらすべての奇跡が「神様のプレゼント」なのでしょう。

奇跡のバックホーム、奇跡のサブフォー、ミラクル丹後
◆サブフォー達成♪/2019.3.5
◆Miracle on the Tango(丹後の奇跡)/2019.9.17

奇跡は2度起きない、それがなんだ、それがどうした

結果を求めず、自分を信じて今を懸命に真剣に真っ正直に生きる
そのこと自体が「奇跡」で、「神様のプレゼント」の恩恵にあずかる


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
今日は再び来らず [2023年05月08日(Mon)]
城山三郎『静かに健やかに遠くまで』より――

「青年老い易く、学成り難し。
 中年老い易く、楽成り難しですよ」

 ―― ならば、老年は?
佐藤一斎なら「老年、老いて学べば死して朽ちず」か

「スコアのためだけだったら、ボールを低目にころがせばいい。
われわれの年輩なら、年の功でうまく行く。
だが、わたしはそれをやらない
どんな短い距離でも、弧をえがいて、高くボールを上げ、
ぴちっときまるきれいな球で攻めたい。
ごろごろころがすようなぶさまなゴルフは、わたしはとらない」
「球の身にもなってみたまえ。
きれいに空高くとんでこそ、白さが光ろうというもの。
よたよたごまかされちゃ、清純無垢の球がかわいそうだ」

 ―― うーん、シューズの身にもなってみたまえ、
ちんたら走られちゃ、シューズがかわいそうだ、ってことか

「目標さえ突破できればいい、というかも知れませんが、しかし、
その間にも、人間的に成長して行けるようでなくてはいけない。
今日は再び来らず、といいますからね」

 ―― うーん、明日がある、明後日がある、また今度なんて
抜けたことを言って呆けてるようでは話にならず、
毎日が真剣勝負ってことか

「人生の持ち時間に大差はない。
問題はいかにして深く生きるか、である。
深く生きた記憶をどれほど持ったかで、
その人の人生は豊かなものにも、貧しいものにもなるし、
深く生きるためには、ただ受身なだけではなく、
あえて挑むとか、打って出ることも肝要
となろう」

「人間には、慣れというものがある。
慣れによって救われる場合もあるが、
慣れによってスポイルされることの方が、はるかに多い。
慣れを防ぐには、つとめて初心に返ること、
自らを空しくして事にとり組むことである」

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メダカたちも大きくなりました

丹後ウルトラ(9/17)まで19週、残り132日
篠山マラソン(3/3)まで43週、残り300日
城山三郎さんの箴言をしっかり肝に銘じて

”Slow but steady wins the race”
「ぼちぼちがいちばんや」




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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
あせらず、コツコツ持続する [2023年05月07日(Sun)]
経済学者ワルラスが好んだという言葉がある。
静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く
わたしもこの言葉が大好きで、ひそかにこれまでの人生の支えとしてきた。
これからもそうして行きたい。
ぼちぼちが一番」/城山三郎『打たれ強く生きる』

城山三郎『静かに健やかに遠くまで』の「終わりに」より――
―― 一つの箴言の力
本書のタイトルにした『静かに健やかに遠くまで』は、
私の最も好きな次の言葉を縮めたものである。
静かに行く者は   健やかに行く
 健やかに行く者は   遠くまで行く

いまとなっては、その書名も著者名も思い出せないが、
高名の経済学者の業績と人物を紹介した本の中に出てきた言葉で、
学生時代の終わりか大学教師になって間もない私が読み、
すっかり、その虜になった本の中に出てきた言葉である。
(中略)
私の場合、結果的には一つの箴言が
人生のコースを変えさせることになったのである。
そのおかげで、私は悔いのない人生を送ることができた
箴言には、それほど大きな力がある。(後略)

静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く
出だしからすでに心をつかまれた。それは
ひとりの人間の生きる言葉として私の胸に飛び込んできた。
遠くまで行きたいのなら、
行いに意図的なアピールなど要らない。
あせらず、コツコツと持続することが大切だ

よし、私もそう生きていこう。
当時の自分に重くのしかかっていた様々な悩みや迷いさえもが、
この寸言の前でそのくすんだ容貌をかえていったのである。
「座右の銘」/城山三郎『嬉しうて、そして…』

城山三郎『嬉しうて、そして…』より――
「あとがき」井上紀子
JR茅ヶ崎駅の目の前にありながら、
潮風がダイレクトに吹き抜けるマンションの一室。
つい数ヵ月前までこの仕事場の主であった父は、もういない。
しかし、不思議と喪失感はない。
そこかしこに父の気配を感じるからか。
(中略)
そういえば、父の晩年に、
私がこれほどまで寄り添って生きるとは思ってもいなかった。
父は、「助かるよ、ありがとう」と言ってくれたが、
公私の私の部分ではもっと父のフォローができたのではないか、
と悔やむことがある。
(中略)
ひと月余りの完全同居に、ちょうどひと月間の入院生活。
亡くなる前のこの2ヵ月間が、
城山三郎の娘として生きた最も濃密な時間となった。そのお陰で、
私は父の死としっかり向き合うことができたのだと思う。
亡くなり方まで気を遣ってくれたのか。
「その日」を迎えるまでに、
心の準備と孝行の真似事までさせてくれた父。
それも、一番心配していた長患いをすることもなく……。
気持ちのいい春風に乗ってさらりと逝ってしまった。(後略)
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"If today were the last day of my life,
would I want to do what I am about to do today?"
And whenever the answer has been "No" for too many days in a row,
I know I need to change something.
Remembering that I'll be dead soon is the most important tool
I've ever encountered to help me make the big choices in life
.
Stay Hungry. Stay Foolish./Steve Jobs

「もし今日が最後の日だとしても、
今からやろうとしていたことをするだろうか」
「違う」という答えが何日も続くようなら、生き方を見直せということです。
自分はまもなく死ぬという認識が、
重大な決断を下すときに一番役立つ
のです。
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

与えられた命を、ただ生きるのでなく「よりよく生きる
ウェルビーイングで悔いのない人生を「日々」送る

明日ありとおもうこころのあだ桜
夜半に嵐の吹かぬものかは
(親鸞聖人が9歳で得度された時に詠まれた歌)

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない

かんじんの「今」さえないんだから。
(東井義雄)

人間は何度も何度もこの世に生まれてくることはできない。
この大切な一生を、
何の願も立てずに空しく過ごしてしまうということは、
まことにもったいないことである。
高い願を立て、その願を成就しようと努力してゆく、
そこにこの世に生きて行くはげみがある
のです。
澤木興道『禅談』

高い願(「欲」でなく「志」)を立て、
その願を成就しようと日夜努力を積み重ね、
頑張った自分を誇らしい気持ちで褒め、
喜びと感謝と明日への希望に満ちた日々を送る
―― 自信を求めて、自信をつなぎ、自信を高める

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

自分のことは、
自分がいちばん長いつきあいやから、
自分がいちばんよう知ってる
ぼちぼちがいちばんや
◆ぼちぼちがいちばんや/2023.5.6

生涯、みずから新しいものを吸収し、勉強するという態度、
よろこんで人びとの教えを受けていくという態度、
そういうような態度を持ちつづける人には、
進歩はあっても停滞はない
一歩一歩、年をへるにつれて着実に伸びていきます。
一年たてば一年の実力が養われ、二年たてば二年の実力が養われる。
さらに十年、二十年とたてば、それぞれの年限にふさわしい力が養われる。
そういう人がほんとうの大器晩成というのでしょうな。
「“学ぶ”ということ」/松下幸之助『人生談義』
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自分の感受性くらい
自分で守れ

ばかものよ
茨木のり子「自分の感受性くらい」
◆ひとのせいにはするな/2023.5.5

いまやわれらは
新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある

宮沢賢治『農民芸術概論綱要』

老いて学べば死して朽ちず
佐藤一斎『言志四録』


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ぼちぼちがいちばんや [2023年05月06日(Sat)]
城山三郎さんの『打たれ強く生きる』
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先日、実家の本棚を整理した時に見つけたのですが、
奥付を見ると昭和60年1月10日発行で、昭和61年1月30日の16刷。
私にとって20代最後の誕生日で、
半年後の7月23日に父が心筋梗塞で死亡。
色んなことが思い出され、過ぎし日を振り返りながら読み直しました。

その中から「ぼちぼちが一番」
(前略)
たまたまつけたテレビで、枝雀がアナウンサーに質問されるままに、
自分の芸や人生について答えていた。
自分のことは、自分がいちばん長いつきあいやから、
 自分がいちばんよう知ってる
」といい、
ぼちぼちがいちばんや」ともいった。
いい言葉だと思った。
(中略)
人生あわてても仕方がない。
まわりはどうあろうとも、自分は自分で、
たったひとつしかない人生を大事に見つけて歩いて行く
それも、家康さんのように
「重荷を負うて遠き道を歩む」などと気負うこともない。
人生はそれほどたいしたものではない。
ごく素直に、ぼちぼちと歩けばいい
また、ぼちぼちだからこそ、歩き続けられるのではないか。

ぼちぼちとは、ともかく、前に向かって歩いていることである。
自分のペースで歩き続けているということである。
マスコミの脚光を浴び、ライバルに負けまいと、急成長し、
急破綻して行った数多くの人たちを、わたしは思い浮かべずには居れない。
それは、マスコミの世界でも、また経営者の世界でも、同様であった。

川上哲治さんは、勝つためのゲーム展開としては、
切れてはいるが、つながっている感じが大切」という。
これも一種の「ぼちぼち」ではないか。
経済学者ワルラスが好んだという言葉がある。
静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く
わたしもこの言葉が大好きで、ひそかにこれまでの人生の支えとしてきた。
これからもそうして行きたい。

横を見る(他者を過剰に意識する)ことを止めて
前を向いて(自分の頭で考え抜く)歩き続ける

北御堂さんの今月の言葉(2016/8)
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「下見て満足、同じで安心、
 上見てねたみと愚痴が出る」

えろう悔やみなはるな。
いや、人間、上を見ればきりがない、下を見ても際限(ほうず)がない。
箱根山、駕籠に乗る人乗せる人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人、
各々その分に応じて楽しみもあれば苦しみもある。
ひとの花は赤う見えるが人情じゃ、
あんた方そうしてマメで稼ぎなはる姿を見て、
羨ましゅうてたまらぬ人も世になんぼあろうやら知れぬ。
年寄りや足弱の苦難を助けて己れの暮らしを立てる、立派な稼業じゃ
卑下せんと稼業大事に励みなされ
(たばこ)の火/上方落語

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 自分では確かにこの道が正しいと
 思ったことなのに、
 なお「他の人に何か言われはしないか」と
 気に病んで、
 足踏みしていることはないか。
 むろん独断に陥ってはならないが、
 一方で、他人の眼にとらわれず、
 自らの信じた道を歩む強さを持ちたい


 Ask advice,
 but do what you think is right
.

松下幸之助日々のことば「道をひらく」より


<世間八法>
誰かに批判されて悩む。
誰かに賞賛されて有頂天になる。
失敗して落ち込む。
成功して喜ぶ。
貧しくなって失意の底に沈む。
財をなしてしあわせだと思う。
人に認められてもらえずに鬱々とする。
名を立てて満足する。

これに対して、ダライ・ラマ法王は
―― 四つの対句はいずれも自然なことに思えます。しかし、
心の訓練を積んだ人にとって、これらは間違った反応です。
賞賛されても、批判されても、
感情を交えずに、その真の意味を評価するべき
です。
正しい目的または動機は、
批判や賞賛を避けたりはしません
正しいことをするのが目的なのですから。

ローレンス・ファン・デン・ムイゼンバーグさんは、
―― これらはすべて自然な反応のように見えるが、
心の訓練を行っていない人間はしばしば状況を読み違える
ということに注目していただきたい。
その一方で、心の訓練をしている人間は、
この瞬間的な分別を避けることができるようになる。
正しい選択は、
現実を見る能力、建設的な解決法を生み出す能力、
落ち着いた冷静な心での決断力にかかっている。

『ダライ・ラマのビジネス入門』“THE LEADER'S WAY” より


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ひとのせいにはするな [2023年05月05日(Fri)]
関西社会人囲碁連盟が発行の「囲碁梁山泊」2019年白秋号。
おそらく、視覚障害者囲碁の全国大会が開催された時に
長居わーわーず囲碁部の精鋭の手引きとして同行した際に
大会参加者に配られた本を頂戴したのだと思います。

私にとって猫に小判、豚に真珠で、詰碁とかは手も足も出ず、
医師の資格を持ちながらプロ棋士になられた坂井八段が
再び京大病院に戻られる記事とか、
夏目漱石「吾輩は猫である」で囲碁対局を見ている猫の述懐を
引用した記事とかを読んだ記憶があるのですが、
表紙をめくって1ページ目に記された茨木のり子さんの詩の一節は
気づいていませんでした。
ページをめくっているはずなのに、文字は目に留まっていませんでした。

時を経て、今回はその3行が目に留まりました。
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ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

心惹かれて全文を確認。ガツンと一撃を食らわされました。

 自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


言い訳無用で、自分の感受性(感性?)を信じて判断し、決断して、
自分を叱咤激励して鼓舞し、自分と切磋琢磨でやり抜いて成し遂げる、
―― ということか

できる、できないを考える前に、すべきかどうかを考える。
私の結論は、すべき、であった。
ただし、理想はそうでも現実は厳しい。どうすればできるか。
『小倉昌男 経営学』

われわれは状況の奴隷であってはならない
稲盛和夫『成功への情熱“PASSION”』

Reasons to quit(やめた方がいいものを考える)
自分が本当に大事なことに取り組んでいるか、自ら問い直す
『小さなチーム、大きな仕事』37シグナルズ成功の法則

茨木のり子さんの詩集『倚りかからず』を久々に再読

 倚りかからず

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある


倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ


あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている
 きっと……
茨木のり子「汲む」より


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Perfect results count [2023年04月10日(Mon)]
先週金曜日(4/7)封切りの映画「AIR」を見てきました。
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アシックス創業者の鬼塚喜八郎さんがバスケットシューズ開発で
ご苦労された話は「ころんだら起きればいい」で有名だし、

ナイキが、創業者のフィル・ナイトが会計士の副業として
取り組んだオニツカタイガーの販売代理店からスタートしたことも、
ビジネススクールのケーススタディや
鬼塚さんの私の履歴書などにも取り上げられている有名な話。
しかし、
エアジョーダン誕生の物語について知りませんでした。
興味深いテーマだったこともあり、
物語の展開に引き込まれて魂を揺さぶられ、感動しました。

早速、フィル・ナイトの『SHOE DOG ― 靴にすべてを。』を手配。
本を読み終えたら(映画も含めて)あらためて書きます。

Perfect results count − not a perfect process.
Break the rules: fight the law.

Nike’s 10 Principles

昨日(4/9)、ぶらり京都へ、
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都をどり/祇園甲部歌舞練場
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本日のお菓子「春の日和」とらや
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本日のお抹茶「上別儀」森半

観劇後、箕面の実家に戻る道すがら、早々とフジが花を咲かせ、
クマバチが花の間を飛び回っていました。今年は季節が早いですね。
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かつては実家にも藤棚があり、フジが花を咲かせると熊蜂が飛んできました。
藤の花の蜜は固く塞がれているので普通の蜂では吸えず、
熊蜂の独壇場?だとか。知らんけど(^^)

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今年の春は季節が早いですね

Haste not, Rest not.
「急がず、休まず」新渡戸稲造


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
下り坂はチャンス到来 [2023年04月03日(Mon)]
嵐山光三郎『「下り坂」繁盛記』より――
(…)
だれもが自分が死につつあるということを自覚しているわけではない。
死は意識の彼方に蜃気楼のようにぼんやりとあるもので、
生きているときは、死なんて忘れている。
大切なことは死に至る過程で、
これが下り坂を生きる極意といっていいだろう。
(…)
人は、年をとると「まだまだこれからだ」とか
「第二の人生」とか「若い者には負けない」という気になりがちだ。
そういった発想そのものが老化現象であるのに、それに気がつかない。
下り坂を否定するのではなく、
下り坂をそのまま受け入れて享受していけばいいのだ。
(…)
人生はアミダクジの如し
右へ曲がり、左ヘ曲がり、ギザギザに下って、
さて結果はどこへ行きつくのであろうか。
(…)
下り坂は肩の力が抜けて、リラックスして自然体になる。
黄金のオーラにつつまれています

繁盛するコツは、繁盛している友人とタッグを組むことです。
下り坂であることを受け入れて、
下り坂の快感を楽しむ仲間とつきあえばいい
のです。

下り坂はチャンス到来で、
そこらじゅうにお宝が埋まっています。

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銀杏の新芽が瑞々しく鮮やかです
(4/1:長居公園)
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冬の間、特段の寒さ対策をしませんでしたが、
銀色が3匹、茶色系が5匹、計8匹が元気です。

Haste not, Rest not.
「急がず、休まず」新渡戸稲造


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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常に「今なり」、最後が最善 [2023年03月22日(Wed)]
『内村鑑三所感集』より――
最善の最後
信者の生涯は始めは悪くして終りは善くある、
終りに近づくぼどますます善くある

生命の夕暮れになればなるほど、
かれはなにものかかれの心の奥深きところに結実しつつあるを感ずる。
人あり、
かれにその生涯の中に最も愉快なりし時はいつか? と聞くならば、
かれは常に「今なり」と答うるのである。
しかしてかれの最後(ラスト)が最善(ベスト)である
あたかも年末のクリスマスがかれにとり最も喜ばしきときであるように、
かれの生涯の終りがかれにとり最も感謝多き時である
しかしてかれが特別に感謝して止まざることは、
かれの生涯の計画がことごとく失敗であって、
かれの計画に反せし神の御計画がかれの身において成ったことである。
「このゆえにわれ
 懦弱(よわき)と凌辱(はずかしめ)と空乏(ともしき)
 迫害(せめ)と患難(なやみ)に遭うを楽しみとせり
」。
信者にはこんな感謝があるのである。
(1917/12)

雨上がりの朝、アジサイの芽吹き、
新芽に生き生きと葉の水滴が鮮やかです。
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メダカも目を覚ましたようです

Haste not, Rest not.
「急がず、休まず」新渡戸稲造


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幸福の泉 [2023年03月20日(Mon)]
『内村鑑三所感集』より――
幸福の泉
満足の人とは独立の人である、不平の人とは依頼の人である
神と自己(おのれ)とに頼って生存する人には
この世ははなはだ愉快なるところである。
しかるにこの明白な原理を知らないで、
他人に恩恵を求めてその与えられざるを怒り、
常に世の無情を憤りながら憂き日月を送る者は実に愚かなる者である。
幸福は常にわが腕と心とにある
これを他人の手に求めてわれらに来るものは
ただ失望と恥辱と不平とのみである


丹後ウルトラマラソン
還暦を過ぎて61歳の初挑戦は13時間53分42秒で完走を果たし、
翌62歳の二度目の挑戦は13時間58分57秒。
残りわずか1分3秒とはいえ完走を果たし、
70歳でタイタン達成も夢ではないと意気込むも、
コロナ禍で2年連続で開催されず。

3年ぶりに開催の昨年は、
私にとって高齢者デビュー戦(65歳)でしたが、
諸事情あって心と身体が調わず、
第二関門(54.6キロ)をクリアするも、
碇高原アタックを断念して収容バスに乗りました。

先日、本年開催の案内ハガキが届きましたが、
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諸事情あって今年は参加できないとハガキを破り捨てたつもりが、
昨日、もろもろ片づけていると捨てずに残っていました。

復帰レースに決定ひらめき
―― 2023年9月17日、6カ月、26週、180日

・チャンスは一度きり(二度ない、今ここ自分に全力投球)
・先のことは分からず(タイタンのカウントダウンは不要)
・初心忘るべからず(初心に感謝し、初心を重ねて行く)

諸事情あってすっかり遠のいているので、まずは足馴らし
そして、来月からは下記に参加
・第2日曜は武庫川SCのロード記録会で3時間走
・第4日曜は長居わーわーずの伴走練習会
(追記)・長居で秘密の特訓LSD(毎月開催・日程未定)

七七日、百ケ日、初盆、そして丹後(9/17)

Haste not, Rest not.
「急がず、休まず」新渡戸稲造


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
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ただ一輪の草花にしても [2023年03月13日(Mon)]
先日(3/7)見事な花を咲かせた椿は散りました。
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穏やかな陽気に、
ほかのツボミが次々と花を咲かせてくれ、いずれも見事です。
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椿のほかにも、沈丁花やスミレなど花を咲かせていました。
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ただ一輪の草花にしても、
私心なく、自然に、素直に花を咲かせている
わけです。
そういった花の姿をみて、
もちろん何も感じないという人もいるでしょうが、しかし、
素直な心になりたいというつよい願いをもっている人の場合には
あるいはそこに何らかの偉大なヒントを
見出すかもしれない
と思うのです。
第5条「自然と親しむ」/素直な心を養うための実践10ヶ条
松下幸之助『素直な心になるために』
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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「一期一会」
「脚下照顧」
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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不便だけど不幸じゃない [2023年03月08日(Wed)]
実家の南側の庭の椿、
一気に花を咲かせてくれました。
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それにしても、ツボミを膨らませてから
花を咲かせるまでこんなに日数を要するとは・・・
じっくり力を蓄えただけあって見事です。

(↓)2週間前の2月22日
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大自然の恵みを心から信じ、
時の来るを信じて、着々とわが力をたくわえるがよい

着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。
――「時を待つ心」/松下幸之助『道をひらく』

文藝春秋(2023/2)の記事が目に留まりました。

たしかに、不便だから工夫もするし、新しい知恵も生まれる。
そして不便を分かち合い、楽しく心豊かに暮らす喜び。
ぐっち、はるかさん、ひなちゃん、お幸せに四つ葉

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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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天与の尊い道に生きる [2023年03月05日(Sun)]
内村鑑三「天職発見の途」1913.10.10
己が天職を知らんと欲するもの多し、
言ふ、我にして若し我が天職を知ることを得ん乎、
我は我が全力を注ぎて之に当たらんと。
人よ、汝は汝の天職を知るを得るなり、
汝は容易に之を発見するを得べし。
汝の全力を注ぎて汝が今日従事しつゝある仕事に当るべし、
然らば遠からずして汝は汝の天職に到達するを得べし、
汝の天職は天よりの声ありて汝に示されず、
汝は又思考を凝らしてこれを発見する能はず、
汝の天職は汝が今日従事しつゝある職業に由つて汝に示さるゝなり、
汝は今や汝の天職に達せんとして其途中に在るなり、
何ぞ勇気を鼓舞して進まざる、
何ぞ堕想に耽(ふけ)りて天職発見の時期を遅滞せしむるや

智者あり、曰く
  凡て汝の手に堪(たふ)ることは力を尽くして之を為すべし
と(伝道之書9章10節)、
此外別に天職発見の途あるなし、
平々担々たる途なりと雖も其終点は希望の邑(まち)なり、
感謝と歓喜との京城(みやこ)なり

手の及ぶことはどのようなことでも
力を尽くして行うがよい

コヘレトの言葉 9章10節(聖書協会共同訳)

天職を発見するの法は
今日目前の義務を忠実に守ることであります、
左すれば
神は段々と我等各自を神の定めし天職に導き給ひます、
要するに天職は之に従事するまでは
発見することの出来るものではありません、
予め天職を見付け置いて
然る後に之に従事せんと思ふ人は
終生、其天職に入ることの出来ない人であります

凡て汝の手に堪ふることは力を尽くして之を為せ
(伝道之書9章10節)との聖書の教訓が、
之が天職に入るための唯一の途であります、
我等は
時々刻々と我等の天職に向つて導かれて行く者であります、
或る一時の黙示に接して活然として天職を覚る者ではありません

内村鑑三「如何にして我が天職を知らん乎」1904.8.18

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練り切りの男雛/和菓子処 喜楽さん

松下幸之助『道をひらく』より――
「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩む
ことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる


大切なことは、
やはりどのような境遇にいようとも、
精いっぱい人事を尽くすことではないでしょうか。
自分の人生にはどうにもならない面もあるということを知った上で、
信念を持って、自分自身の歩みを力強く進めていく

そうすれば、
大きな成功をおさめても有頂天にならないし、
失敗しても落胆しない

あくまで淡々となすべきことをなしていけるのではないか。
「運命を生かす」/松下幸之助『人生談義』

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります

その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『愛語』


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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
小なるつとめ小ならず [2023年03月03日(Fri)]
矢内原忠雄『内村鑑三とともに』より――
「後世への最大遺物」
考えてみると、われわれの生涯はものを考えることではない。
考えていても世の中は少しもよくならない。
実行しなければいけない。
何でもいいから手近なことを実行することだ

いくら考えましても、あるいは祈りましても、
実行しないならば、自分の生涯は勇ましくも高尚にもならないし、
この世は少しも善くならないのであります。
事業と言うと大げさに聞こえますけれども、
われわれの生活に実践するということであります。

誰でも手近な、自分の手の届く範囲で、
善きことと思うことをしなければならない。

自分の手の届く範囲で、
やろうと思うならば誰にも比較的簡単にできることでありまして、
しかもそれが今日の日本に最も必要なことであります


今日、それはわれわれの義務であり、責任である。
実行の時期である。

たったひとりでも実行できないわけではない。

手近なところになすべき仕事は山ほどころがっている。

事業の価値をその規模の大小ではかることは間違いであります。
事業の価値はその品質にある。その精神にある。

己のために他人を利用しようという考えは、
ただにキリスト教の敵であるのみならず、
人類を破壊するものであります。
自分は他人のために生活するんだ、人類のため生活するんだ、
という考えは、国民を建設し、世界を建設する考えであります

神のためということがわからなければ、
せめて他人のため、人類のために生きるということだけでも、
わかって頂きたいと思うのであります。

小なるつとめ小ならず、世を蓋うとても大ならず、
小はわが意をなすにあり、大はみむねによるにあり。

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また一輪咲きました(3/3)
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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
良いときも、悪いときも、いかなるときも [2023年03月01日(Wed)]
松下幸之助『道をひらく』より――
「心を通わす」
古人曰く、人生はあざなえる縄の如し。
まことにこの世の中、長い人の歩みのなかには、
よいこともあればわるいこともある。
うれしいこともあれば悲しいこともある。
そして、よいと思ったことが実はわるくて、
わるいと思ったことが実はよくて、
つまりはあれこれと思いまどうことは何もなくて、
はじめから素直に謙虚に歩んでおればそれでよかったと、
人の知恵の浅はかさに、いまさらのように胸打たれることがしばしばある。

はじめからしまいまで徹底的にわるいということもなければ、
また徹底的によいということもない
のである。
それでもなお人は、
わるいと思うときには自分で自分の心を閉ざし、
よいと思うときにはまたおごりの心で人をへだてる。
心を閉ざし、人をへだて、心と心とが通い合わぬ姿からは、
おたがいに協力も助け合いも生まれてはこない。
心ひらかぬ孤独の人びとばかりになるであろう。

有為転変のこの世の中、
よいときにもわるいときにも、いかなるときにも
素直に謙虚に、おたがいに心を通わし、思いを相通じて、
協力し合っていきたい
ものである。

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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺
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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
小事か大事かに関係なく、常に忠である [2023年02月28日(Tue)]
新渡戸稲造『人生読本』より――
「何よりも職務に忠実なれ」
(…)
約束は約束、
如何につまらない約束でも、その約束を守るにあらざれば、
他のことに口をきく権利はあらざるものゝ如く思ふ。
世間には、豊太閤が藤吉郎時代既に天下を呑むの野心を懐いたことを
講談に聞き、或は書物で読んで、細事を顧みなかった如く推量して、
我も天下国家の大事に当たらんと企てゝ、
些細な約束を顧みる遑なき如くいふ人あるも、
彼らは、藤吉郎が信長の草履を懐に入れて暖めた、
その小さなことに気をつけたことを忘れてはならぬ

聖書にも教ゆる如く、
小なるものに忠なるものは、大なるものに忠ならん

ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。
ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である
日本聖書協会『共同訳 新約聖書』ルカ 16:10

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります

その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります。
太閤さんの心がけ」/山田無文『愛語』

ドラッカー『プロフェショナルの条件』より――
紀元前440年ころ、彼(ギリシャの彫刻家フェイディアス)
アテネのパンテオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた。
それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。
だが、彫像の完成後、フェイディアスの請求に対し、
アテネの会計官は支払いを拒んだ。
彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、
 請求してくるとは何ごとか
」といった。
それに対して、フェイディアスは次のように答えた。
そんなことはない。神々が見ている
(…)
今日に至るも、私は到底そのような域には達していない。
むしろ、神々に気づかれたくないことをたくさんしてきた。しかし私は、
神々しか見ていなくとも、完全を求めていかなければならない
ということを、その時以来、肝に銘じている。

「神々しか見ていなくとも、
完全を求めていかなければならない」


成功している小売業は、
細部に並々ならぬ注意を払っている

創業当時はとりわけそうだろう。
1日ごとに良い結果を出していかなければ、
閉店のリスクをおかすことになる。
スターバックスのパートナー(従業員)の多くは
細部への配慮を失ってしまった
ハワード・シュルツ『スターバックス再生物語』

何万もの店で、何百万杯ものコーヒーを提供しているのだから、
一杯くらいコーヒーがちゃんとしていなくても、
一人くらい不適格な店長がいても、
一軒くらい立地の悪い店舗があっても、
大したことがないと思うようになる。
そうした「ひとつ」は蓄積されていくことを忘れていたのだ。
ハワード・シュルツ『スターバックス再生物語』

『二宮翁夜話』の 1-14 より――
翁曰、
大事をなさんと欲せば、小さなる事を怠らず勤むべし、
小積りて大となればなり。
小人の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、
出来難き事を憂ひて、 出来易き事を勤めず。
夫故、 終に大なる事をなす事あたはず

夫、大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり
譬ば百万石の米と雖も、粒の大なるにあらず。
万町の田を耕すも、其の業は一鍬づゝの功にあり

千里の道も一歩づゝ歩みて至る。
山を作るも一簣の土よりなる事を明かに弁へて、
励精小さなる事を勤めば、大なる事必なるべし。
小さなる事を忽せにする者、大なる事は必ず出来ぬものなり


たとえ、どんな細かいところでも、目に見えない部分でも
ごまかしたり、手を抜いたりしてはいけないのである。
それでよしとするなら、
企業全体の体質、従業員一人ひとりの体質が、
たちまちにして、取り返しのつかないもののになっていく
だろう。
本田宗一郎『私の手が語る』

宗一郎は逆に、
一つの細部からその奥の真理(つまり神)を見よう、
とつねに考えていたようだ。
一つの切れ端にしかすぎないかもしれないものにも注意を怠らず、
それを糸口に
背後にある大きな真理の構図を考えようとする姿勢
である。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
(…)
物事がうまくいったときに、
それを自分の力でやったのだと考えると、
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。
実際、成功といっても、それは結果の話であって、
その過程には小さな失敗というものがいろいろある

それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。

反対に、うまくいかなかったときに、
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば
その失敗の経験が生きてこない
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる


そして、そのように
失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができる
ようにもなる。
だから、それだけ失敗も少なくなって
どういう状況下にあっても
経営が順調にいくという姿になってくる
わけである。

―― 小事を疎かにし、研鑽を怠り、失敗に学ばず、過ちを繰り返し、
さらに、過ちに自ら気づかず、気づこうともせず、
指摘された過ちには理屈の通らぬ言い逃れで開き直り、
自らを省みず、謙虚に学ばず、あげくに逆ギレ、
そんな組織に明日などあるはずがない ――「末路憐れ」爆弾

「至道無難、唯嫌揀択」(信心銘)
小事か大事かに関係なく、常に忠である/至道は難しくない

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大自然の恵みを心から信じ、
時の来るを信じて、着々とわが力をたくわえるがよい

着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。
――「時を待つ心」/松下幸之助『道をひらく』

将来をあらかじめ見据えて、
点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々は、いまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない

運命、カルマ…、何にせよ
我々はは何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
Stay Hungry. Stay Foolish.
Steve Jobs, CEO of Apple Computer, on June 12, 2005.

「愚直」に一歩一歩、「積小為大」ひらめき

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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺

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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Be just and fear not [2023年02月27日(Mon)]
『フェアトレードのおかしな真実
――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た』
原題:Unfair Trade: The Shocking Truth Behind 'Ethical' Business
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エシカルビジネス(倫理的なビジネス)がテーマですが、
よくある安直な啓蒙本や暴露本の類とは違い、
章(本当に良いビジネスを探す旅)を追って問題意識を高め、
問題の本質から深く考えさせられました。

「最終的には、私たち全員が責任を担うのだ」
『フェアトレードのおかしな真実』

私たちに問われるのは、まやかしや誤魔化しに惑わされず、
正しい「事実認識」と「思考」、そして「行動」

本田宗一郎『夢を力に』より――
(…)
(こういう)愚劣なことをしている経営者が多いようだ。
ふだんは経営者と従業員は一心同体だなどとおだてておいて、
困ってくると旧軍隊のように転進とかなんとか言って
ごまかし通そうとする
私はつねづね従業員は全部経営者である、
だから経営に参加する権利と義務があると言っている。
生産調整をしなくてはならぬようなときにも、
はっきり実情と今後の対策を明示して
全社員がいっしょに困難を克服することにしている。
こういう姿が真の労使一体というのではないかと思う。
(…)
私はアプレ事業家などと言われているが、アプレもアバンもない、
事業というものは、いうまでもなく
世間の多くの人の支持がなければできるものではない

製品をこよなく愛してくれるお客さん、
アドバイスを与えてくれた友人知己、
ピンチの際にもよく力を貸してくれた銀行、協力工場、販売店、
それに若き従業員たちの後ろ盾も忘れることはできない。

弱点の末の末まで隠し得ないことを心得れば
大いに気が澄んで来る

隠さんとする人はただ一人だがこれを見る人は幾千万人ある。
また隠さんと欲する心を示すものは、
目、口、鼻など頭の頂上より足の爪先に至るまで、
一つとして我々の性質を現す機会とならぬものはない。
これを隠さんとするも、これらの機関はほとんど裏切りするかのごとく、
我々の心情を現すものである。かく考えると、あくせくとして、
あるものを無しと言い、無いものを有ると見ても、
とうてい永続せぬものである。早晩その真相は暴露される

むろんこれ(隠さない)がために迷惑を受け、
他人より多く笑われ、他人より一層多く非難されることもある。
しかし常に心に戸閉まりし、つねに隠さんとする重荷がないだけ気軽で、
大なる利益がある。要するに心のうちさえさっぱり晴れているなら、
何事に逢っても怖いことも恐ろしいこともなくなる

ゆえに人の前に出るにあたり怖気が起こったならちょっと退いて、
「己の心に忌しい点があるか」と反問するが肝腎である。
臆病なる僕に一大興奮剤となった教訓は
沙翁(シェイクスピア)Be just and fear not の一言である。
「心に忌しい点あるか」と反問せよ/新渡戸稲造『自警録』

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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺

抑々(そもそも)真の成功は各自内部の建造にあって、
その標準は各自の内面的感情に存するものと思ふ。
内に自ら顧みて恥ずかしくないと思ふならば、
それが即ち成功といふべきものではないか

慾を棄つれば、赤貧が成功である。
名に執着しなければ微賤が成功である。
(…)
意思は須らく堅固なるべし。
然し意思は馬力の如きものであって、
その強さは尊ぶけれども、その御し方、向け方を過れば、
折角生まれた人間も生まれ甲斐なく終わらしめるのみならず、
その害毒を後世にまで残すことは、世の罪悪史を見れば最も明かである。
ゆゑに、我輩の考へでは、
意思は単に強きをのみ以て尊しとするべきではなくして、
意思を左右する動機如何が先決問題であらねばならぬ

「意思の鍛錬」/新渡戸稲造『人生読本』

意思の方向性(動機)を自らに問い「動機善なりや、私心なかりしか
そして、意思の力で「不屈邁進

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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
道は遠きにあるものではない [2023年02月25日(Sat)]
ツボミが膨らんでも、花を咲かせるまで容易ではないですが、
おかげで、たとえわずかでも日一日と膨らませている姿に感動です。
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3日前の22日
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何ごとをなすにも時というものがある。
時 ―― それは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。
いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。
いかにあせろうと、時期が来なければ事は成就せぬ。

冬が来れば春はま近い。桜は静かにその春を待つ。
それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿といえよう。 
わるい時がすぎれば、よい時は必ず来る。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ。
時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい。
静かに春を待つ姿は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しない
であろう。
時を得ぬ人は静かに待つがよい。
大自然の恵みを心から信じ、時の来るを信じて、
着々とわが力をたくわえるがよい。
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。
時期は必ず来る。

待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。
静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。
「時を待つ心」/松下幸之助『道をひらく』

トマス・カーライル『サーター・リサータス.(衣服哲学)』の
第2巻・第9章「永遠の肯定(The Everlasting Yea)」
――「私の考へではこれがこの書物の真髄であると思ふ
新渡戸稲造『衣服哲学講義』

Our Life is compassed round with Necessity; yet is the meaning of Life itself no other than Freedom, than Voluntary Force: thus have we a warfare; in the beginning, especially, a hard-fought battle.

人生といふものは
必要(Necessity)といふ境遇の中に囲まれてゐるけれども、
 (Necessityに抑へられてゐる間は本当の味が無い)、
人生の本当の意味はFreedomすなわちvoluntary Forceで、
自己自分の判断でやり、責任をもって自分でやること
である。
人生に於て強制されてやるのはNecessityといふものである。
戦争なかるべからず、初めのうちはなほさうだらう
新渡戸稲造『衣服哲学講義』

必然がわれわれの人生を取り巻いている、
しかも、人生そのものの意義は、自由にほかならない、
自発的力にほかならない。
というわけで、われわれは闘わなければならない。
特に初めは苦戦をしなくてはならない。
宇山直亮訳『衣服の哲学』

So true is it, what I then said, that the Fraction of Life can be increased in value not so much by increasing your Numerator as by lessening your Denominator. Nay, unless my Algebra deceive me, Unity itself divided by Zero will give Infinity. Make thy claim of wages a zero, thou hast the world under thy feet.

人生といふ分数は分子を増すことによってより、
分母を減ずることによって、其の価を大きくすることができる。
慾の方を減らせば分配が殖える。
もし慾を零にしたならばその零で割れば答は無限大になる
零はプラスでも零だ。マイナスでも零だ。
みな上の方の品物とか名誉とか冨とかいふものを仰ぎ視てゐるから、
infinity(無限)にまでは行かない。
お前の慾を零にすれば分子は只の一であっても、直ちにinfinityになる。
だから汝の要求を零にせよ。さすれば
世界全体が自分のものになったといふものだ

新渡戸稲造『衣服哲学講義』

私がかつていったこと、すなわち、人生という分数は、
その分子の数を増すよりも、むしろその分母を減ずることによって、
その数値を増すことができるということは、あくまでも真理である。
いや、私の代数学が私を騙さないならば、
一(イチ)そのものでも、ゼロで割れば無限大になる。
そうならばお前の賃金の要求をゼロにせよ。
お前は世界を足下に踏み抑えることになる。
宇山直亮訳『衣服の哲学』

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「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺

But indeed Conviction, were it never so excellent, is worthless till it convert itself into Conduct.

Conviction(確信)なるものは、
行為に現れるまでは理屈だ。しゃべっている間は理屈だ
新渡戸稲造『衣服哲学講義』

しかしまったく、確信は、たといいかにすぐれた確信でも、
変じて行為となるまでは、無価値である。
宇山直亮訳『衣服の哲学』

Nay properly Conviction is not possible till then; inasmuch as all Speculation is by nature endless, formless, a vortex amid vortices: only by a felt indubitable certainty of Experience does it find any centre to revolve round, and so fashion itself into a system.

いや、すべての思索が、本来、限りがなく、形がなく、渦巻の中の渦巻であり、
感じ取られた疑うべからざる経験の確実性によってのみ、
それは、回転の軸となる中心を見出し、自ら体系を形づくるのである限り、
確信は、行為に化するまでは、存在不可能である
宇山直亮訳『衣服の哲学』

Most true is it, as a wise man teaches us, that Doubt of any sort cannot be removed except by Action.”

ある賢人(ゲーテ)が教えているとおり、
いかなる種類の疑惑も、行為によるのでなければ、除くことができない
ということはきわめて真実である。
宇山直亮訳『衣服の哲学』

"Do the Duty which lies nearest thee," which thou knowest to be a Duty! Thy second Duty will already have become clearer.

一番汝に近い義務をやれ
さうすればその次の義務は自ら明らかになってくる。
新渡戸稲造『衣服哲学講義』

お前が義務なりと心得る「最も手近の義務をなせ。」
お前の次の義務は、その時には、すでに明らかになっているであろう。
宇山直亮訳『衣服の哲学』

I too could now say to myself: Be no longer a Chaos, but a World, or even Worldkin. Produce! Produce! Were it but the pitifullest infinitesimal fraction of a Product, produce it, in God's name! 'Tis the utmost thou hast in thee: out with it, then. Up, up! Whatsoever thy hand findeth to do, do it with thy whole might. Work while it is called Today; for the Night cometh, wherein no man can work.

自分は今はかういふことを言ひ得るやうになった。
混沌たる勿れ。自ら宇宙となれ。大きな宇宙でなく小さくてもよい。
調和した完成した円満な宇宙となれ、
何でもよい、作れ! 創造せよ!

たとへそれがProductの何万分の一、何億万分の一の
微々たるものであってもよい。神の名に於て作れ!
それがお前の為し得る最上の仕事だ。
さらばそれを行へ!
おまへの手の見出すところの為すべきことを全力を以て為せ
今日といわれる間に働け。夜が来れば誰も働くことはできないから。
新渡戸稲造『衣服哲学講義』

私もまた、私自身に向って、こういうことができる。
もう混沌であることをやめ、一つの世界―小世界でもよい―になれ。
生み出せ! 生み出せ!
一つの産物の、最もつまらぬ微小な一かけらでもよいから、
神の名にかけて、産み出せ!
それはお前のもつ最大限度である。では、それを出せ。起て、起て!
お前の手でやれる仕事は、なんでもよい、全力を尽くしてやれ。
今日と呼ばれる日の中に、働け。
誰も働くことのできない夜が訪れるからである。
宇山直亮訳『衣服の哲学』

毎日死を心に当てることは、
毎日生を心に当てることと、いわば同じことだ
ということを「葉隠」は主張している。
われわれはきょう死ぬと思って仕事をするとき、
その仕事が急にいきいきとした光を放ち出すのを認めざるをえない

現代に生きる「葉隠」/三島由紀夫『葉隠入門』

私は17歳のときに
「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」
という言葉にどこかで出合ったのです。
それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、
私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。
もし今日が最後の日だとしても、
今からやろうとしていたことをするだろうか
」と。
「違う」という答えが何日も続くようなら、
ちょっと生き方を見直せということです。
自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。
(…)
あなた方の時間は限られています。
だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

◆台湾民主化の父・李登輝氏の遺言「大切なことは武士道にある」
/日経ビジネスオンライン


「確信はいくら立派なものでも、
行為に移されるまでは何の役にも立たない」

「確信はそれまではあり得ない。
なぜならば、すべての思弁は本来果てしなく、
形が定まらず、渦巻きにすぎないからである」

「立て、立て、
何でもおまえのできることを、全力をもってなせ。
今日といわれる間に働け。
夜が来れば誰も働くことはできない」

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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
真面目なる信徒 [2023年02月24日(Fri)]
生まれてこの方、自己流で泳いできましたが、
思うところあって年明けから自宅近くの市民プールの水泳教室へ、
55歳以上の中高齢者クラスに参加。
回を重ねるごとメキメキ上達!と言いたいところですが、
世の中、そんな甘い話はなく、
せっかく教えていただいても理解できずに手と足がバラバラで
動きはぎこちなく、無駄に力が入って力が抜けず、トホホ

新参者ゆえ、進んで最後尾に並び、
ほかの皆さんの泳ぎに対するコーチの指導を見て
学びながら練習を続けているのですが、
私の前に泳がれるのが御年85歳のご婦人で、
力を感じさせない泳ぎが美しく見事。

そんなこんなで、
20年後に自分もあんな泳ぎができることを夢見て、
4月からの新年度の水泳教室に継続して参加すべくエントリー。
当選しますように!

内村鑑三『後世への最大遺物』より――
(…)
この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、
われわれが何か遺しておって、
今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、
今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、
また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、
しかしそれよりもいっそう良いのは
後世のために私は弱いものを助けてやった、
後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、
後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、
後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、
後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、
という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、
われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして

実に水の辺ほとりに植えたる樹のようなもので
だんだんと芽を萌ふき枝を生じてゆくものであると思います。
けっして竹に木を接つぎ、木に竹を接ぐような
少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。
(…)
われわれは神がわれわれに知らしたことを
そのまま実行いたさなければなりません。
こういたさねばならぬと思うたことは
われわれはことごとく実行しなければならない。
もしわれわれが正義はついに勝つものにして
不義はついに負けるものであるということを
世間に発表するものであるならば

そのとおりにわれわれは実行しなければならない
これを称して
真面目なる信徒と申すのです。
われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに
後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、
アノ人はこの世の中に活きているあいだは
真面目なる生涯を送った人である
といわれるだけのことを後世の人に遺したい
と思います。


他の人の行くことを嫌うところへ行け。
他の人の嫌がることをなせ。
メリー・ライオン
Go where no one else will go.
Do what no one else will do.
Mary Lyon

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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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