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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
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肝心の人間を忘れてはすべて成り立たない [2020年06月21日(Sun)]
本田宗一郎『やりたいことをやれ』 より――
「哲学を使いながら生きる」
哲学という言葉は、
明治になってから輸入された「フィロソフィー」の訳語だというが、
このもともとの意味は「知恵を愛すること」であり、
一人の人間がよりよく生きるための思考や体験を積み重ねていく行為でもある。
私にとっての哲学は、人の心を大切にする、ということに尽きるようだ。
現代は何ごとも事務的に、機械的に処理される風潮が強くなった
そういう中にあって、心と心を通わせるてだてがますます貴重になる
人の心を知るための哲学は必要とされてくるのである。
経営者もそうであるが、すべての人が、哲学者でなくても、
哲学を使いながら生きる人になってもらいたい。

「人を動かすには」
人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である
そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。
自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。
私はそう思っている。また他人を動かすには、
自分が「格好よくなりたい」と思うことも必要である

格好よくというのは、他人によく思われ、よくいわれたい、という意味である
うすっぺらなようだが、これはひとつの真理である。
この格好というのはデザインみたいなもので、
自動車だっていいデザインでなければ売れないのと同じである。
格好いい、ということは、他人に好かれることの基本のひとつなのだ。

「格好いい」、「男前」、「人情と心意気」
高倉健『あなたに褒められたくて』本
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人間というもの、
すべて平等であるべきである。
肝心の人間を忘れては、すべて成り立たない
しかも対等の人格としての人間をだ
人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、
そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、
売れるだろうと言うことが出てくる。
それをつくるために技術が要る。すべて人間が優先している
どんなに逆立ちしたって、人間は神様じゃないのだから、人間以上にはなれない。
だから人間を知らない技術屋、人間勉強をしないような技術屋は危ない
本当の技術屋ではない
本田宗一郎『ざっくばらん』

―― だから人間を知らない会計屋、人間勉強をしないような会計屋は危ない。
本当の会計屋ではないパンチ

人は思想で動く、人は自由であるべき、人みな同じ」、
と経営を哲学していた宗一郎。彼の次の言葉は、
行動の人であると同時に哲学の人でもあった宗一郎が、
その二つの側面をわかちがたく持っていたことを、鮮やかに伝えている。
理念(哲学)なき行動は凶器であり、行動なき理念(哲学)は無価値である
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
20160416-3.jpg

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
人の心に棲む=他人の気持ちになる [2020年06月20日(Sat)]
人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになることのできる人である
そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。
自分が悩まない人は、他人を動かすことができない
本田宗一郎『私の手が語る』

昨日(6/19)から都道府県をまたぐ移動制限も解除ということで、
朝から奈良にお出かけ。
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大雨の予報は外れましたが小雨が降る中、JR奈良駅からレンタサイクルで
とんかつのまるかつさんへ。先週木曜日(6/11)に続いて2度目、
本日はパワーランチに厚切りロースかつ弁当を買い出しです。
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通常営業に戻らず、「持ち帰り専門」を継続されています。
昨夜のうちにオーダーを済ませ、オーブンの11時に受取予定でしたが、
私で3人目。前の二人も結構たくさんお買い求めされていました。
厨房ではランチタイムに向かってお料理されていましたし、
注文の電話も鳴って繁盛されていました。
そして、接客していただいたお店のスタッフも、
「雨の中をお越しいただきありがとうございます」と明るく丁寧な対応でした。

先週木曜日は注文の引き取りが3時だったので店の外で待ちませんでしたが、
今回は店の外で待ったおかけげでこんなメッセージに出会えました。
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―― 多少の順番の前後はお互いに譲り合ったり、
ご高齢の方や身体の不自由な方、どうしてもお急ぎの方などに
ご配慮いただけましたら、たいへん助かります
「まるかつのことは嫌いになっても、
 お待ちになっているお客様のことは嫌いにならないでください」

お店の入り口の前の駐車スペースの横に置かれていた案内もそうでした。
お客様同士の協力を呼び掛けておられます。
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―― お店に近い駐車スペースは
お身体の不自由なお客様や妊婦さん、高齢のお客様などに
ご利用いただきやすいよう、なるべくご協力ください
もちろんどなたでもご利用ください。よろしくお願いいたします。

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先週はご飯を白米にしましたが、今日は「十五穀米」を選びました。
こちらも美味しかったです。

奈良県を含む39県で緊急事態宣言が解除されてから1ヶ月以上経過。
でも、まるかつさんは通常営業に戻らず、持ち帰り専門を続けておられます。
しかも、作り置きはなく、事前に電話予約して引き取りですから、
ウーバーイーツや出前館などの配達も関係ありません。

NHK「逆転人生」をきっかけに興味津々で「まるかつ」さんを訪れて感じたのは、
「人」を大切にされている「人情の機微」ですひらめき
―― お客様も、従業員も、地域に住む人も、生産者も、、、


人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになることのできる人である
……そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。
自分が悩まない人は、他人を動かすことができない
本田宗一郎『私の手が語る』

人の心に棲むということを、ここでは宗一郎は
他人の気持ちになることのできる」と表現している。同じことである。
他人の気持ちを「外から観察する」のではない
人間として「その人になってみる」、
内側に自分で棲んでみる」のである。その違いは大きい。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

他人の心理を外部者として考えるというより、
相手の心に棲んでみる。自分をその立場に置いてみる
しかも「棲む」というのだから
一瞬の話ではなくどっぷりとつかる、のである。そうすると
現実感覚豊かに細かなティテールまで含めて相手の心理を想像できる、
というニュアンスを宗一郎は伝えたいのだろう。
人の心に棲めば、さまざまなことを思いつくのである。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、
そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、
売れるだろうと言うことが出てくる。
それをつくるために技術が要る。すべて人間が優先している。
本田宗一郎『ざっくばらん』

3つの喜び、
これは吾が社のモットーである。
私は全力を傾けてこの実現に努力している。

サービスは相手を喜ばせるものであり、
そしてまたこちらにも喜びが生まれてこなければならないものである。
喜び喜ばれる姿の中にこそ真のサービスがあるといえよう。
お互いに、喜びをもってサービスにあたりたい。
躍動する心でサービスに専心したい。
真の商売がそこから芽生えてくる。
『松下幸之助・経営の真髄』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

松下幸之助『人生談義』より――
「物と心」
商売でもね、物が動いて、お金が動いて、それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは、物や金と共に、
人の心もまたこれに乗って、移り動いていかなければならない
ということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは。
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り、そしてお金と共に心をいただく
つまり物や金が通いあうだけでなく、
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことがきわめて大切なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。
自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。

山田無文『自己を見つめる』より――
川端康成さんが、道元禅師のお歌を引用して講演なさった「美しい日本の私」
――この演題そのものにも深い意味があると、わたくしは思います。
国鉄が宣伝している「ディスカバー・ジャパン」、
あのポスターには「美しい日本と私」と書かれておりますが、
それじゃいかんのです。
「と」じゃない、「の」でなければならんのです
川端さんの「美しい日本の私」は、「美しい日本」と「私」は別もんじゃない
美しい日本がそのまま私、私がそのまま美しい日本だということです。
「の」一字にこめられた深い意味がそこにあるのです。
親と子じゃない、親の子です、子の親です。
夫と妻じゃいかん。夫の妻、妻の夫です。
先生と生徒じゃいかん。生徒の先生、先生の生徒です。
社長と社員もいかん。社員の社長、社長の社員と、
すべてこれでなければならんのです。
日本はむかしから「天皇と人民」とは一度もいわなんだ。
天皇の人民、人民の天皇です。そのように、
社会の私、私の社会、日本の私、私の日本となって、
世界の私、私の世界、人類の私、私の人類というように、
対立を超えた純粋な人間性を自覚していかねばならんのであります。
人類がなければ私はない。世界がなければ私はない。
人類が、世界が、私という存在を証明してくれているのです。
だから世界を愛し、人類を愛し、その世界の中で人類とともに生きていく
――そういう偉大なる人間性こそが真実の自己だとわかることが、
人生でもっとも大切なことなのです。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』


前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
同じ緊急事態でも [2020年06月19日(Fri)]
NHK逆転人生(4/27)に登場の奈良のとんかつ店「まるかつ」さんに
先週木曜日(6/11)、出かけてきました。
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2014年9月に自信満々の満々で店をオープン。
「美味しいとんかつを食べてもらいたい」のこだわりを持って
色々と試行錯誤するも、結果を出せずに赤字続き。
八方ふさがりで抱えた借金は5千万円。絶体絶命のピンチ(2017年)
―― 結果的に「石の上にも三年」ぴかぴか(新しい)

それがよいことであればあるほど、
そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも
辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。
「根気よく」/松下幸之助『道をひらく』

そんな崖っぷちから、お店のご主人(店長)金子さんの逆転劇、
第一幕は、2018年1月にご近所に配った「チラシ」
第二幕は、翌2月の福井豪雪での「ツイッター」のつぶやき
第三幕は、同年5月から始めた「無料食堂」の取り組み

そんなこんなで、絶体絶命の崖っぷちの試練を乗り越えて、
各地から「千客万来」の繁盛店に変身されたまるかつさんですが、
予期せぬことは起きるもので、新型コロナの感染拡大が情け容赦なく襲います。

このたびの「新型コロナウイルス」にて犠牲になられた皆様、
ご家族の皆様、感染され不自由な生活を送っていらっしゃる皆様には
心よりお見舞い申し上げます。
また、不安になったり、不便を分かち合っている皆様、
どうか、今しばらくの我慢と考え、一緒に乗り越えて参りたいと思います。
さて、まるかつ(奈良市)は、混み合う店内での感染予防のため、
3月31日(火)から通常営業(店内でのお食事の提供)を取りやめ、
お弁当や揚げ物のおかずセット、オードブルなどの
【お持ち帰りのみの営業】とさせていただきます。
ご不便をおかけいたしますが、どうぞご理解をお願い申し上げます。
お読みになる方に誤解を与えてしまうかもしれないことは承知の上で、
以下に経緯の説明をいたします。(…)

3月下旬になっても、まるかつさんをご贔屓のお客様がたくさん来られて、
1日平均200〜300名以上のお客様が来店されていたとのことですから、
通常営業を止めて持ち帰り専門店に変わる決断は相当に厳しかったはずです。

客単価1,500円として250名/日×1,500円/人×30日=1,125万円/月、
月額1000万円を超える売上の大幅ダウンは避けられず、
借入の返済、家賃の支払はもとより、
ともに働く社員の給与の支払い、そして雇用の継続、
食材を提供してくださる生産者など取引先の信頼の維持、
まるかつさんをご贔屓にしてくださるお客様のつなぎ止め、などなどありますが、
「お客様や従業員の安全を守る」ことを最優先に決断されました。

しかも、緊急事態宣言が発令されたのは4月7日(火)のことです。
その前週の3月30日をもって通常営業を止めて、
3月31日(火)から持ち帰り専門営業に変わられました

緊急事態宣言が発令されたとか、
国や県から休業や自粛の要請があったとかでなく、
まるかつ店長さんの「主体的な判断」で決断されています。
当然のことながら、店長さんのその決断には、
休業や自粛の要請に対する協力金などの支援は勘定になかったでしょうし、
週末は稼ぎ時だから次の週末まで営業とソロバン弾くこともなかったでしょう。

正しい目的または動機は、批判や賞賛を避けたりはしません。
正しいことをするのが目的なのですから。
『ダライ・ラマのビジネス入門』

緊急事態宣言は、5月14日に、奈良県を含む39県で解除され、
さらに翌週の21日に、京都・大阪・兵庫の関西3府県で解除され、
さらに翌週の25日に、北海道・埼玉・千葉・東京・神奈川も解除されました。

緊急事態宣言の解除を受けて、
休業や営業を自粛していたお店の多くは、
それぞれに「新たな日常」を模索して営業を再開しておられますが、
まるかつさんは通常営業に戻らず「持ち帰り専門営業」を継続されています。

昨夜(6/18)の首相記者会見で、
都道府県をまたぐ移動制限も本日(6/19)から全面的に解除と発表されましたが、
まるかつさんは「持ち帰り専門営業」を継続です。

まるかつさんの昨日(6/18)のツイッター(22:26)
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おかげさんで今日も大勢のお客様にご利用いただきました。
本当にありがとうございます!雨の日など、道路状況もありますので、
お持ち帰りになる時間が少しくらい遅くなったり閉店時間を過ぎましても
気にしないでください。焦らず安全運転でお越しください!
まるかつはなくなりませんので!
―― とんかつ店まるかつ@奈良 (@marukatsunara) June 18, 2020

また、単に「持ち帰り営業」を継続されているだけでなく、
色々と「試行錯誤」や「創意工夫」をされています。
たとえば、営業時間は、
当初は11:30〜15:00/17:00〜22:00(注文受付は10:00〜21:30)だったのが、
6月1日から11:00〜20:30(注文受付は10:00〜20:00)に変更されたり、
当初は作り置きの弁当もご用意されていたようですが、
「店内滞在の時間の短縮」のため、4/26から電話注文のみに変更されました。
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持ち帰りはあらかじめ電話で予約。
予約した時間に受け取り、店の中で待つことはできません。
引き取りに店に入れるのは原則として一人で、
次のお客様は店の入り口から店に沿って並んで待つか、
クルマで来られたお客さんはクルマの中で待ちます。徹底しておられます
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そして、お弁当には店長さんから「賄賂」や「心づくしの品」が

Glicoでは付属のおもちゃのことを決して「おまけ」とは言わない

電話の対応も素晴らしいです。
―― まるかつ本店の〇〇が受けたまります。(…)
気をつけてお越しください。

まるかつさんの「緊急事態の対応」に学んだことひらめき
―― ★ 要請に応じるのではなく、主体的に判断して決断する
★ 解除されても元に戻るのでなく、どうすべきか考えて行動する
★ 試行錯誤や創意工夫を重ねる(試練に困っても困らない)

適時適切に人の意見を求めることは大切です。
けれども他をあてにし、頼ってばかりでは、自身の成長は望めません。
自主自立の気概をもちましょう
そこから力強い勇気が湧き、新たな知恵や創意工夫が生まれてきます
そうして断を下し、実行し、事をなし遂げていくところに
自らの進歩向上が得られ、
大きな達成感も味わえるのです。
松下幸之助「自立」(PHP2013年9月号)

「随処作 立処皆真」臨済禅師
 (ずいしょにしゅとなれば りっしょみなしんなり)

困難であり、不安定な時代である。それだけに
これと対決し、事をなしてゆくということは、非常にむずかしいけれども
それはまた実におもしろい、やりがいのあることではないだろうか
見方によっては、われわれはいま千載一隅の好機に恵まれている。
困難が多いからこそまことに生きがいのある時代なのだ
そういうところに思いを定めて、
これに対処してゆくことが大切なのではないだろうか。
「千載一遇の好機」/松下幸之助『思うまま』

サービスは相手を喜ばせるものであり、
そしてまたこちらにも喜びが生まれてこなければならないものである。
喜び喜ばれる姿の中にこそ真のサービスがあるといえよう。
お互いに、喜びをもってサービスにあたりたい。
躍動する心でサービスに専心したい。
真の商売がそこから芽生えてくる。
『松下幸之助・経営の真髄』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

私の監督としての根本的な信念は「理をもって接する。理をもって戦う」。
野球は「根性」ではなく「頭脳」で競うスポーツだ
「どうするか」を考えない人間に
「どうなるか」は絶対に見えやしない

そして、考え抜いた「理」を選手に伝える手段が「言葉」だ
野村克也『野村メモ』

松下幸之助『道をひらく』より――
「困っても困らない」
ひろい世間である。長い人生である。その世間、その人生には、
困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。
程度の差こそあれだれにでもある。自分だけではない。
そんなときに、どう考えるか、どう処置するか、
それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。
困ったことだ、どうしよう、どうしようもない、
そう考え出せば、心が次第にせまくなり、せっかくの出る知恵も出なくなる。
今まで楽々と考えておったことでも、
それがなかなか思いつかなくなってくるのである。
とどのつまりは、原因も責任もすべて他に転嫁して、不満で心が暗くなり、
不平でわが身を傷つける。
断じて行えば、鬼神でもこれを避けるという。
困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、
困難がかえって飛躍の土台石となる
のである。
要は考え方である。決意である。困っても困らないことである
人間の心というものは、孫悟空の如意棒のように、まことに伸縮自在である。
その自在な心で、困難なときにこそ、
かえってみずからの夢を開拓するという力強い道を歩みたい。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
同じ弱者支援でも [2020年06月18日(Thu)]
NHK逆転人生(4/27)に登場の奈良のとんかつ店「まるかつ」さんに
先週木曜日(6/11)、出かけてきました。
IMG-7453.jpg

2014年9月に自信満々の満々で店をオープン。
「美味しいとんかつを食べてもらいたい」のこだわりを持って
色々と試行錯誤するも、結果を出せずに赤字続き。
八方ふさがりで抱えた借金は5千万円。絶体絶命のピンチ(2017年)
―― 結果的に「石の上にも三年」ぴかぴか(新しい)

それがよいことであればあるほど、
そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも
辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。
「根気よく」/松下幸之助『道をひらく』

そんな崖っぷちから、お店のご主人(店長)金子さんの逆転劇、
第一幕は、2018年1月にご近所に配った「チラシ」
第二幕は、翌2月の福井豪雪での「ツイッター」のつぶやき

そして第三幕は、同年5月から始めた「無料食堂」の取り組み、です。
―― 各地から「食べて応援」で千客万来、繁盛店に変身でするんるん


まるかつさんの逆転劇「第三幕」に学んだことひらめき
―― ★ 応援を集めることを目的にはできない(集めたのではなく、集まった)
自分を信じて正しいことをする(お天道様はすべてお見通し)
★ 伝えるべき相手に伝えるべきことを正しく伝える(お客様はだれか)

正しい目的または動機は、批判や賞賛を避けたりはしません
正しいことをするのが目的なのですから
『ダライ・ラマのビジネス入門』

「まるかつ無料食堂」は、お金を払って食べに来られるお客さんと同じものを
お店あるいは持ち帰り弁当でお金を頂戴せずに食べていただく
点で、
「こども食堂」や「フードバンク」などの取り組みとは本質的に異なります。

社会が抱える問題に対して自分がお役立ちできることはないのかと考え、
まだまだ余裕のない状態でしたが、無料食堂の取り組みをすることを決断。
そのこと自体がなかなかできることではありませんが、
無料食堂をご利用いただく方へのメッセージは心温まるものです。
また、お金を払って食べに来られるお客様に対しても、説明を尽くして
理解を求めておられます
。そしてきちんと経過報告もしておられます
おそらく、ともに働くお店の皆さんに対してもきちんと説明して、
理解を求めて「価値観を共有」されていることでしょう。

自分を信じて正しいことをする。そして、
説明責任(=義務)を誠実に果たす店長さんの姿勢が素晴らしいです。


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お店の入り口の前の駐車スペースの横に置かれていました。
よくあるのは、アスファルト舗装に車いすマークが表示されているだけですが、
このメッセージは、さすが「まるかつ店長」さんハートたち(複数ハート)と感心させられました。
―― お店に近い駐車スペース
お身体の不自由なお客様や妊婦さん、高齢のお客様など
ご利用いただきやすいよう、なるべくご協力ください。
もちろんどなたでもご利用ください。よろしくお願いいたします。

駐車場のアスファルト舗装に、たとえ車いすマークがなくても
お店や病院や役所などの入口に近いスペースは、
弱き方が利用できるようにいつでも空いているのが当たり前、
そんな世の中になるといいですね。

「自分は正しい道を行く」
自分では確かにこの道が正しいと思ったことなのに、
なお「他の人に何か言われはしないか」と気に病んで、
足踏みしていることはないか。
むろん独断に陥ってはならないが、一方で、
他人の眼にとらわれず、自らの信じた道を歩む強さを持ちたい
松下幸之助日々のことば「道をひらく」

実行家として成功する人は、
自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、
実は、反対に、彼には一種の無私がある
空想は孤独でもできるが、実行は社会的なものである。
有能な実行家は、いつも自已主張より物の動きの方を尊重しているものだ
現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。
物の動きに順じて自已を日に新たにするとは一種の無私である
小林秀雄『無私の精神』

サービスは相手を喜ばせるものであり、
そしてまたこちらにも喜びが生まれてこなければならないものである。
喜び喜ばれる姿の中にこそ真のサービスがあるといえよう。
お互いに、喜びをもってサービスにあたりたい。
躍動する心でサービスに専心したい。
真の商売がそこから芽生えてくる。
『松下幸之助・経営の真髄』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

松下幸之助『道をひらく』より――
「生かし合う」
人間の生命は尊い。尊いものは誰もが尊重しなければならぬ。
ところが、自分の生命の尊いことはわかっても、
他人の生命もまた尊いことは忘れがちである。
ともすれば私心に走り私利私欲が先に立つ。
つまり、自分にとらわれるということで、
これも人情としてやむをえないことかもしれない。
しかし、これではほんとうの、おたがい相互の繁栄は生まれないであろう
人間本来の姿は生かされないであろう
やはり、ある場合には自己を没却して、まず相手をたてる。
自己を去って相手を生かす。そうした考えにも立ってみなければならない。
そこに相手も生き、自己も生きる力強い繁栄の姿がある。尊い人間の姿がある
自己を捨てることによってまず相手が生きる。
その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる

これはいわば双方の生かし合いではなかろうか。
そこから繁栄が生まれ、ゆたかな平和と幸福が生まれてくる
おたがいに、ひろく社会の繁栄に寄与するため、
おたがいを生かし合う謙虚なものの考え方を養いたい。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
20160416-3.jpg

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
同じツイートでも [2020年06月17日(Wed)]
NHK逆転人生(4/27)に登場の奈良のとんかつ店「まるかつ」さんに
先週木曜日(6/11)、出かけてきました。
IMG-7453.jpg

2014年9月に自信満々の満々で店をオープン。
「美味しいとんかつを食べてもらいたい」のこだわりを持って
色々と試行錯誤するも、結果を出せずに赤字続き。
八方ふさがりで抱えた借金は5千万円。絶体絶命のピンチ(2017年)
―― 結果的に「石の上にも三年」ぴかぴか(新しい)

それがよいことであればあるほど、
そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも
辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。
「根気よく」/松下幸之助『道をひらく』

そんな崖っぷちから、お店のご主人(店長)金子さんの逆転劇、
第一幕は、2018年1月にご近所に配った「チラシ」

そして第二幕は、翌2月の福井豪雪でのツイッターのつぶやき、です。


まるかつさんの逆転劇「第二幕」に学んだことひらめき
―― ★「無私
★「利他」は自利のための利他にあらず(見返りを求めない)
★「バズる」を目的にはできない(結果としてそうなるだけ)

ここにあるものを手がかりにここにないものを想う。
鷲田清一『想像のレッスン』

実行家として成功する人は、
自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、
実は、反対に、彼には一種の無私がある
空想は孤独でもできるが、実行は社会的なものである
有能な実行家は、いつも自已主張より物の動きの方を尊重しているものだ。
現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。
物の動きに順じて自已を日に新たにするとは一種の無私である。
小林秀雄『無私の精神』

機会には、二種ある
求めずに訪れる機会と、我々の作る機会とである。
世間でふつうにいう機会は前者である。しかし真の機会は、
時勢に応じ理にかなって 我々の行動するときに訪れるものである

大事なときには、機会は我々が作り出 さなければならない。
「西郷隆盛」/内村鑑三『代表的日本人』

サービスは相手を喜ばせるものであり、
そしてまたこちらにも喜びが生まれてこなければならないものである。
喜び喜ばれる姿の中にこそ真のサービスがあるといえよう。
お互いに、喜びをもってサービスにあたりたい。
躍動する心でサービスに専心したい。
真の商売がそこから芽生えてくる。
『松下幸之助・経営の真髄』

松下幸之助『道をひらく』より――
「自分の仕事」
どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つので、
世の中の人びとが求めているのでなければ、
その仕事は成り立つものではない。
人びとが街で手軽に靴を磨きたいと思えばこそ、
靴磨きの商売も成り立つので、
さもなければ靴磨きの仕事は生まれもしないであろう。

だから、自分の仕事は、
自分がやっている自分の仕事だと思うのはとんでもないことで、
ほんとうは世の中にやらせてもらっている世の中の仕事なのである。
ここに仕事の意義がある。

自分の仕事をああもしたい、こうもしたいと思うのは、
その人に熱意があればこそで、まことに結構なことだが、
自分の仕事は世の中の仕事であるということを忘れたら、
それはとらわれた野心となり小さな自己満足となる

仕事が伸びるか伸びないかは、世の中が決めてくれる
世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。

大切なことは、世の中にやらせてもらっているこの仕事を、
誠実に、謙虚に、そして熱心にやることである。
世の中の求めに、精いっぱいこたえることである。
おたがいに、自分の仕事の意義を忘れたくないものである。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
同じチラシでも [2020年06月16日(Tue)]
NHK逆転人生(4/27)に登場の奈良のとんかつ店「まるかつ」さんに
先週木曜日(6/11)、出かけてきました。
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2014年9月に自信満々で店をオープンするも、来客は伸びず赤字続き
食材や味に工夫することで客足は増えたが、価格が安すぎて赤字続き
そこで、ほかに負けないものだけにメニューを絞り込んで値上げすると、
客は離れる(値上げ後も通い続けてくださるお客もおられたが)。
通販に活路を求めて専門家に意見を聞くとダメだしをくらう。
八方ふさがりで抱えた借金は5千万円、絶対絶命のピンチ。

そんな崖っぷちから、お店のご主人(店長)金子さんの逆転劇、
第一幕は、2018年1月にご近所に配った「チラシ」です。

とんかつ屋さんのチラシといえば、
写真入りでメニューが載って割引券がついているのが定番ですが、
金子さんのチラシは表裏すべて文字だらけ、まさに「お手紙」です。

金子さんが「素直な心」で書いた手紙を読んで「共感」されたご近所の皆さんが
お店に足を運んでとんかつを食べに来てくださいました。
――「なかなか素直でおもしろいなとは思いましたね
1回行ってみようかと思って、こんな珍しい文字ばかりのチラシでね
お客さんの中には、自分の友だちにチラシを配りたいからと、
チラシを求められた方もおられたようです。

同じチラシでも、定番のチラシと違って、
金子さんのチラシには金子さんの「心」がこめられていたので、
その「心」が届いたご近所の皆さんがお店に足を運ばれ、
そして、金子さんのとんかつを通じてお客さまと「心」が通い合い
お客さまは美味しいとんかつを食べられて満足だし、
金子さんもお客さんの笑顔が嬉しくて大満足。

商売でもね、物が動いて、お金が動いて、
それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは、
物や金と共に
人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り
そしてお金と共に心をいただく
つまり物や金が通いあうだけでなく、
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切
なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。
自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。
「物と心」/松下幸之助『人生談義』

番組でも、チラシの全文がパネルで紹介されていましたが、
お店の「苦境」を赤裸々に書いてぜひ食べにきてくださいと訴える内容です。
番組では自虐的な記述を取り上げて面白おかしく話題にしていましたが、
そんな自虐への「同情」でご近所の皆さんが食べに来られるとは思えませんし、
たとえ同情や憐みで一度は食べに来られてたとしても二度目はないでしょう。

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お店に置いてあった「まるかつ新聞」号外。
下が4周年記念の第二号、上が5周年記念の第三号です。
新聞の上の品は「賄賂」とは別モノで、店長さんの心づくしです。

この新聞、表の文章も読ませてくれますが、
その裏面は、NHK逆転人生で紹介された最初のエピソード、
ご近所の皆さんに配られた表裏びっしり文字だらけのチラシの全文でした。
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見事です。
実際のチラシは、横書きで、表裏両面にびっしりと書かれていたようです。
両面に記されていた全文が片面のため、文字は小さいですが、
お店を始めた「動機」、そしてオープン後の「試行錯誤の取り組み」、
その結果として「今の苦境」が赤裸々に書き綴られています。

タイトルに「バカなとんかつ屋」と書かれているように
自虐的な記述もありますが、むしろ、全体としては、
味や食材にこだわって真摯に店の経営に取り組んでおられるのが
伝わってくる
素晴らしい内容のメッセージです。

このチラシなら「そこまで言うならいっぺん食べてみよか」となって、
食べに出かけたら「うん、うまいやないか」とご贔屓になって、
何度も食べに出かけたり、友達を誘ったりするのも納得です。
関西人が自分のことを「あほ」と言う時は、決してあほやないですね。

サービスは相手を喜ばせるものであり、
そしてまたこちらにも喜びが生まれてこなければならないものである。
喜び喜ばれる姿の中にこそ真のサービスがあるといえよう。
お互いに、喜びをもってサービスにあたりたい。
躍動する心でサービスに専心したい。
真の商売がそこから芽生えてくる。
『松下幸之助・経営の真髄』

4周年記念の第二号(2018/9)、5周年記念の第三号(2019/9)
となると、第一号が気になるところですが、
おそらく2017年まではそんなことを考える余裕もなかったはずですから、
2018年1月にご近所の皆さんに配った文字だらけのチラシが、
「まるかつ新聞」号外の第一号かもしれません。
(次にお店に出かける機会にお尋ねしてみようと思っています)

アマゾンの創業者ベゾスが、株主に向けて毎年発行するレターに、
第一号を添付し続けておられるのを思い出しました。

松下幸之助『道をひらく』より――
「手を合わす」
うどんの値段は同じであっても、
客を大事にしてくれる店、まごころこもった親切な店には、
人は自然に寄りついてゆく。
その反対に、客をぞんざいにし、礼儀もなければ作法もない、
そんな店には、人の足は自然と遠ざかる。

客が食べ終わって出て行く後ろ姿に、
しんそこ、ありがたく手を合わせて拝むような心持ち、
そんな心持ちのうどん屋さんは、必ず成功するのである。

こんな心がけに徹したならば、もちろん、うどんの味もよくなってくる。
一人ひとりに親切で、一ぱい一ぱいに慎重で、
湯かげん、ダシかげんにも、親身のくふうがはらわれる。

そのうえ、客を待たせない。
たとえ親切で、うまくても、しびれが切れるほど待たされたら、
今日の時代では、客の好意もつづかない。
客の後ろ姿に手を合わす心がけには、
早く早くという客の気持ちがつたわってくるはずである。

親切で、うまくて、早くて、そして客の後ろ姿に手を合わす――
この心がけの大切さは、何もうどん屋さんだけに限らないであろう。
おたがいによく考えたい。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
同じとんかつでも [2020年06月15日(Mon)]
先週木曜日(6/11)、奈良のとんかつ店「まるかつ」さんに出かけてきました。
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匠とんかつ「まるかつ」/奈良市神殿町

私が「まるかつ」さんを知ったのは、
4月27日の夜に放送されたNHK「逆転人生」です。

放送前の案内で「ツイッターのつぶやきが生んだ逆転劇」と紹介されていたので、
番組にさほど期待していませんでしが、
お店のご主人(店長)の金子さんの「心意気」が素晴らしく、
すっかり魅せられてしまいました。

2014年9月にお店をオープン。
とんかつの味には自信満々、されど来客は伸びずに赤字続き。
そこで、メニューを見直して味にこだわって値上げするも逆効果。
お店の経営に真摯に取り組んでいるのに八方ふさがりで、借金は5千万円。
立地の悪さ(10年間で4店が閉店)が問題でも、引越するカネもない。
この局面を打開すべく通販に取り組もうと専門家にアドバイスを求めたら、
通販するにも初期費用はかかるし、
半径100メートルのお客さんすら満足させられないのにとダメ出し。

そんな崖っぷちからの逆転劇――
・2018年1月にご近所に配ったチラシ
・2018年2月の福井豪雪でのツイッターのつぶやき
・2018年5月から始められた無料食堂の取り組み

番組のメインテーマは、SNS(ツイッター)による拡散でしたが、
私が一番インパクトを受けたのは金子さんがご近所に配られたチラシです。

飲食店のチラシといえば、
写真入りでメニューが載って割引券がついているのが定番ですが、
金子さんのチラシは表裏すべて文字だらけ、まさに「お手紙」です。

金子さんが「素直な心」で書いた手紙を読んで「共感」されたご近所の皆さんが、
お店に足を運んでとんかつを食べに来てくださいました。
お客さんの中には、とんかつを食べ終えられた後、
友だちにチラシを配りたいからと、チラシを求められた方もおられたようです。

同じチラシでも、定番のチラシと違って、
金子さんのチラシには金子さんの「心」がこめられていたので、
その「心」が届いたご近所の皆さんがお店に足を運ばれ、
そして、金子さんのとんかつを通じてお客さまと「心」が通い合い、
お客さまは美味しいとんかつを食べられて満足だし、
金子さんもお客さんの笑顔が嬉しくて大満足。まさに商売のだいご味です。

福井豪雪での逆転劇も、金子さんの素直な思いのつぶやきが、
それまではツイッターのフォロワーがわずかに10人しかいなかったのに、
一気に拡散して思わぬ展開になりました。
そして、無料食堂の取り組みも・・・

いずれも、金子さんが自分の身と重ねて「素直な心」でされたことで、
それによって何か見返りを計算するような「下心」を感じさせないです。

むしろ、表裏すべて文字だらけの「チラシ」や「ツイッター」のつぶやきに
・情、人情、心の通い合い
・心意気、素直、正直、誠実、真摯、真心
・店の商品やサービスに対するこだわり
・メッセージの手作り感
・名実一体、言行一致
を受け止めました。

お店を始めたものの思い描いたようにならず、八方ふさがりでしたが、
試行錯誤の労苦の積み重ねが実を結んで、金子さんの逆転劇、見事です。
深く感銘し、共感しました。

商売でもね、物が動いて、お金が動いて、
それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは、
物や金と共に
人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り
そしてお金と共に心をいただく
つまり物や金が通いあうだけでなく、
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切
なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。
自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。
「物と心」/松下幸之助『人生談義』

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

テレビの画面に番組の収録が3月と表示されていたので、
番組を見ながら今はどうされているのか気がかりだったのですが、
番組の最後に明かされます。

色々と苦労の甲斐あってようやく、近隣のみならず、
各地からわざわざ食べに来ていただける千客万来のお店になったのに、
コロナ感染拡大を受けて「お持ち帰り専門」に切り替えを決断されました。

テレビで金子さんやお店の皆さんが働かれている姿を拝見して、
コロナの緊急事態を生き抜くという小手先の話ではなく、
コロナ後に生き残るための「大切なテーマ」と受け止めました。

番組を見ながら、緊急事態宣言が解除されて奈良に出かけられるようになったら、
「まるかつ」さんで美味しいトンカツをお腹いっぱいいただくぞ!
と思いました。

ここまでが、GW前の4月27日のことです。
以上、翌28日にFacebookに投稿した記事をもとに書きました。

そして6月3日、産経新聞の夕刊の記事が目に留まりました。
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「お持ち帰り専門営業に切り替えたため不安になった店長、
 ついにお客様を買収し始めました!」
―― さすが金子さん、ピンチをチャンスに変える創意工夫がハンパないです。

もちろん肝心のトンカツが美味しくなきゃダメでしょうから、
ますますお店に出かけて食べたくなり、
緊急事態宣言解除で通常営業に戻っておられることと思い、お店のサイトを確認すると、
なんと、6月以降も「お持ち帰り専門営業」を続けておられます。

そこに記されたメッセージは、他のサイトによくある常套文句ではなく、
NHK「逆転人生」で紹介された最初のエピソード、
お店を開業したけどお客さんがまったく入らず絶対絶命のピンチに
ご近所に配った文字だらけのチラシを彷彿させます。
「聴覚障害をお持ちであったり、何かご事情がある場合は
 筆談やFAX、ホームページからの対応などいたします」
なんて心温まるメッセージまであります。

これは是が非でもお店に行かねばならずと、
期限の定めのある仕事に一区切りついた先週木曜日(6/11)に
「まるかつ」さんに出かけてきました。

人情と心意気、そしてトンカツもご飯も美味しくて
「賄賂」以上に出かけた価値をいただきました。
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厚切りロースかつ弁当、
お肉は柔らかく、ボリュームたっぷりで食べきれず、
2切れは翌日に持ち越して食べましたが、翌日でも美味しかったです。
ご飯はその日のうちに食べましたが、とても美味しかったです。
お店を出てからお弁当をいただくまで1時間半ほど経っていたのですが、
それでも美味しかったので、きっと、お店で食べたらもっと美味しいのでしょう。
店長さんからの賄賂の中身はヒミツですハートたち(複数ハート)

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お店の入り口の前の駐車スペースの横に置かれていました。
よくあるのは、アスファルト舗装に車いすマークが表示されているだけですが、
このメッセージはさすが「まるかつ」さんと感心させられ、
これを見ただけでも雨の中を奈良まで来た甲斐あったと思いました。

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持ち帰りはあらかじめ電話で予約。
予約した時間に受け取り、店の中で待つことはできません。
引き取りに店に入れるのは原則として一人で、
次のお客様は店の入り口から店に沿って並んで待つか、
クルマで来られたお客さんはクルマの中で待ちます。徹底しておられます
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お店の住所は奈良市神殿、「こどの」と読むんですね。
お隣りの信金さんの支店の看板で知りました。

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お店に置いてあった「まるかつ新聞」号外。
下が4周年記念の第二号、上が5周年記念の第三号です。
この新聞、表の文章も読ませてくれますが、裏面が素晴らしい。

裏面は、NHK「逆転人生」で紹介された最初のエピソード、
ご近所の皆さんに配られた表裏びっしり文字だらけのチラシの全文です。
4周年記念の第二号も、5周年記念の第三号も、裏面は同じです。
もしかすると、これが「まるかつ新聞」号外の第一号かもしれません。
(次にお店に出かける機会にお尋ねしてみようと思っています)

アマゾンの創業者ベゾスが、株主に向けて毎年発行するレターに、
第一号を載せ続けておられたことを思い出しました。

そこに記された内容もとても素晴らしく、これだけでもお店に来た甲斐あります。
今年9月発行の第四号も楽しみです。

新聞の上の品は、賄賂とは別モノで、店長さんの心づくしです。
この続きは、また明日四つ葉

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
同じマスクでも [2020年06月14日(Sun)]
昨日(6/13)、マスクが届きました。
やはり、「同じマスク」でも違いました。
特別定額給付金の10万円の振込はまだです。

商売でもね、物が動いて、お金が動いて、
それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは、
物や金と共に
人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り
そしてお金と共に心をいただく
つまり物や金が通いあうだけでなく、
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切
なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。
自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。
「物と心」/松下幸之助『人生談義』

松下幸之助『道をひらく』より――
「同じ金でも」
同じ金でも、他人からポンともらった金ならば、
ついつい気軽に使ってしまって、いつのまにか雲散霧消。
金が生きない。金の値打ちも光らない。

同じ金でも、アセ水たらして得た金ならば、そうたやすくは使えない。
使うにしても真剣である。慎重である。だから金の値打ちがそのまま光る。

金は天下のまわりもの。自分の金のといっても、たまたまその時、
自分が持っているというだけで、所詮は天下国家の金である。
その金を値打ちもなしに使うということは、
いわば天下国家の財宝を意義なく失ったに等しい。

金の値打ちを生かして使うということは、
国家社会に対するおたがい社会人の一つの大きな責任である。義務である。
そのためには、金はやはり、自分のあせ水をたらして、
自分の働きでもうけねばならぬ。
自分のヒタイのアセがにじみ出ていないような金は、
もらってはならぬ。借りてはならぬ。個人の生活然り。事業の経営然り。
そして国家の運営の上にも、この心がまえが大事であろう。
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四国遍路の道すがら、おばあちゃんからいただいたお財布は、
朝ランの締めにお参りする千里の氏神さまへのお賽銭入れとして
今も大切に使わせていただいています。

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
プロセスと結果の仕分け [2020年06月13日(Sat)]
「現在こそがすべて」で、現在には、
私たちに向けられているつねに新しい人生の問いが含まれているからです。
ですから、その時その時に私たちに期待されていることがすべてなのです。
未来において私たちが待っているものが何か
私たちは知ることができませんし、また知る必要はありません
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

自分の身に降りかかる運命をいずれかの形で自分なりにデザインできます
可能であるなら「自分で運命を変える」。しかし、
それしか道がないのであれば「運命を潔く引き受ける」。
いずれの場合も、私たちは運命や不幸によって、精神的に成長できます
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

道は近きにあり、かえってこれを遠きに求むという言葉があるが実際です。
つい鼻の先にあるのですけれども、どうしても気がつきません」
夏目漱石『門』

それがよいことであればあるほど、
そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも
辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。

自分の成長のために、自分の夢を叶えるために、
今やるべきことをしっかりとやり抜く
こと、
それこそが「我慢」だと思っています。
ニコライ・バーグマン『いい我慢』

自分のための練習だから
全力を尽くすし、結果に対してはフィードバックもする。
自分がこの練習で何をやろうとしたかを見る。
目標はとにかくやりつづけること。潰されないこと。
モチベーションを持ちつづけることだ。
「素質なきもの、努力するのみ」
有森裕子『わたし革命』

ニコライ・バーグマン『いい我慢』より――
世の中の多くの人は
「売れるか売れないか」ということを先に考えすぎなのです。
「なぜこれを作るのか」「どう作るのか」「どう作れば魅力的になるか」
ということをじっくり考える前に、「売上」ばかりを意識してしまうから、
もっとも大事なモノづくりの部分に注ぐ目線がブレたりぼやけたりして、
うまくいかなくなってしまうわけです。
自分がやりたいこと、自分ができることを完璧にやるのがまず第一で、
「売れるか売れないか」なんてことは後からついてくる

もし売れなければ、それは足りない部分があったということで
やり方を見直していけばいいのです。

自分のために仕事をする
仕事のプロセスの苦労は自分のためなのである
しかし、仕事の結果としては人を喜ばせるようなものでありたい
プロセスと結果、その仕分けをしっかりしたいのである。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文著『白隠禅師坐禅和讃講話』

大切なことは、
どのような境遇にいようとも、
精いっぱい人事を尽くすことではないでしょうか。
自分の人生にはどうにもならない面もあるということを知った上で、
信念を持って、自分自身の歩みを力強く進めていく
そうすれば大きな成功をおさめても有頂天にならないし、失敗しても落胆しない。
あくまで淡々となすべきことをなしていけるのではないか
「人事を尽くして…」/松下幸之助『人生談義』

大西良慶、平櫛田中『人間ざかりは百五歳』より――
自分たちの窮状を訴え、作品の売れない苦しさから、
「何とかして売る道がつかないものでしょうか」とお尋ねしたときだった。
私の作家生活において、生涯忘れることの出来ない言葉を聞いたのである。
「諸君は、売れるようなものをお作りになるから売れない。
 売れないものをお作りなさい。必ず売れます」
目の洗われるような思いであった。売れるようなものを作ろうとするのは、
もうすでにものにとらわれた姿である

何とかして売れるものをつくろうとすればするほど、心はくもる
そんな世事世俗にまみれた心から、良い作品は生まれるはずがない
そういう「はからい」は捨てよ、そして捨てようとする意識さえも捨てきれ
――岡倉(天心)先生は、そこを突かれたのであろう。
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田中美術館(岡山県井原市)

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
我慢する=努力する=工夫する=成長する [2020年06月12日(Fri)]
「現在こそがすべて」で、現在には、
私たちに向けられているつねに新しい人生の問いが含まれているからです。
ですから、その時その時に私たちに期待されていることがすべてなのです。
未来において私たちが待っているものが何か
私たちは知ることができませんし、また知る必要はありません
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

自分の身に降りかかる運命をいずれかの形で自分なりにデザインできます
可能であるなら「自分で運命を変える」。しかし、
それしか道がないのであれば「運命を潔く引き受ける」。
いずれの場合も、私たちは運命や不幸によって、精神的に成長できます
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

道は近きにあり、かえってこれを遠きに求むという言葉があるが実際です。
つい鼻の先にあるのですけれども、どうしても気がつきません」
夏目漱石『門』

それがよいことであればあるほど、
そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも
辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。

自分の成長のために、自分の夢を叶えるために、
今やるべきことをしっかりとやり抜く
こと、
それこそが「我慢」だと思っています。
ニコライ・バーグマン『いい我慢』

ニコライ・バーグマン『いい我慢』の「プロローグ」より――
「PROLOGUE ビジネスはいい我慢の上で成長する
「いい我慢」を重ねていくと、その経験が自分のパワーになり
いつしか自分の周りに楽しいことや胸を躍らせるようワクワクすることが
増えていきます
。これは間違いありません。だから、
もしあなたに今、どんなに小さなことでも
何かやりたいことや成し遂げたい目標があるのなら、
やるべきことを投げ出さず、しっかりとやり抜く「いい我慢」をしてほしいのです。
(…)
「いい我慢」は、100%自分のモチベーションに繋がるものでなければならない
私は思います。自分のためにやるべきことをやり遂げると、
「もっとレベルアップしたい」「次はこれをやりたい」という気持ちが
自然と湧いてきます。すると
夢や目標に向かってどんどん成長して、どんどんハッピーになって、
そのエナジーが溢れてきます

そして、そのエナジーが人に伝われば、その人もきっと満足します
結局、自分が満足すればそのエナジーで人も満足させられるのだから、
最初から他人を優先する必要などないのです。

「素質なきもの、努力するのみ
有森裕子『わたし革命』

自分のための練習だから全力を尽くすし、
結果に対してはフィードバックもする。
フィードバックも人と比べるのではなく
自分がこの練習で何をやろうとしたかを見る
その練習は、どこを鍛えるためにやっているのか、
どこにつなげるためにやっているのかが、自分にわかっていればいい。
それがわかると、練習中に負けても勝っても一喜一憂しなくてよくなった。
細かいことを気にしていたら、すぐに潰される。やる気を失う。
目標はとにかくやりつづけること。
潰されないこと。モチベーションを持ちつづけること
だ。
有森裕子『わたし革命』

自分のために仕事をする
仕事のプロセスの苦労は自分のためなのである
しかし、仕事の結果としては人を喜ばせるようなものでありたい。
プロセスと結果、その仕分けをしっかりしたいのである。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

どうして今まで続けてこられたのかなと考えると、
ひとつひとつの仕事を覚えて、
できるようになることが純粋にうれしかったからかなと思います。
自分が喜べば、それで十分だったんです。
清掃員はみんな、自分なりの工夫をしているんですね。
「私だったらここまでやる」「こういうふうにやる」
どうしたらより早く、安全にできるかを考えて
自分なりの手順をまとめていく。それを
クリアするのが本当に楽しい
変化に気づいてやりかたを変えたり
よりよい方法を考えたりするのが楽しいんです。
それが自分の喜びとなっています。
新津春子『世界一清潔な空港の清掃人』

松下幸之助『道をひらく』より――
「働き方のくふう」
(ひたい)に汗して働く姿は尊い。
だがいつまでも額に汗して働くのは知恵のない話である。
それは東海道を、汽車にも乗らず、
やはり昔と同じようにテクテク歩いている姿に等しい。
東海道五十三次も徒歩から駕籠へ、駕籠から汽車へ、
そして汽車から飛行機へと、日を追って進みつつある。
それは、日とともに、人の額の汗が少なくなる姿である。
そしてそこに、人間生活の進歩の跡が見られるのではあるまいか。

人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である
だが、いままでよりも一時間少なく働いて
今ままで以上の成果をあげることも、また尊い
そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか

それは創意がなくてはできない。くふうがなくてはできない。
働くことは尊いが、その働きに
くふうがほしいのである。創意がほしいのである

額に汗することを称(たた)えるのもいいが、
額に汗のない涼しい姿も称えるべきであろう。
怠けろというのではない。楽をするくふうをしろというのである。
楽々働いて、なおすばらしい成果があげられる働き方を
おたがいにもっとくふうしたいというのである。
そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

「幸運とは準備(日々の弛まぬ努力)が機会に出会うこと」
 Luck is a matter of preparation meeting opportunity.(Oprah Winfrey)
―― チャンス(chance)ではなく、機会(opportunity)

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服部緑地(2020.6.11)
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前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
「いい我慢」と「悪い我慢」の見極め方 [2020年06月11日(Thu)]
「現在こそがすべて」で、現在には、
私たちに向けられているつねに新しい人生の問いが含まれているからです。
ですから、その時その時に私たちに期待されていることがすべてなのです。
未来において私たちが待っているものが何か
私たちは知ることができませんし、また知る必要はありません
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

自分の身に降りかかる運命をいずれかの形で自分なりにデザインできます
可能であるなら「自分で運命を変える」。しかし、
それしか道がないのであれば「運命を潔く引き受ける」。
いずれの場合も、私たちは運命や不幸によって、精神的に成長できます
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

道は近きにあり、かえってこれを遠きに求むという言葉があるが実際です。
つい鼻の先にあるのですけれども、どうしても気がつきません」
夏目漱石『門』

それがよいことであればあるほど、
そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも
辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。

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ニコライ・バーグマン『いい我慢』の「プロローグ」より――
「PROLOGUE ビジネスはいい我慢の上で成長する
「我慢」は私が一番好きな日本の言葉です。(…)
ただ、日本では「我慢」はネガティブな言葉として受け取られることが多いようです。
(…)でも、私の「我慢」の受け取り方はそうではありません。
私は、「自分の成長のために、自分の夢を叶えるために、
今やるべきことをしっかりとやり抜く
こと」、
それこそが「我慢」だと思っています。(…)
「我慢とは夢を叶えるためにやるべきことをやり抜く=努力する」こと
なんだなと、そう思えたのです。
つまり、これが私の思う「いい我慢」であるというわけです。
逆に自分の成長や夢を思い描けない場所で、
ただ苦しいことや辛いことにひたすら耐えるのは、ネガティブな我慢です。
これはしなくてもいい「悪い我慢」と言ってもいいでしょう。
つまり、「いい我慢」と「悪い我慢」の見極め方は簡単で、それが
自分のやりたいことと繋がっているかどうかで判断すればいいのです。
そして、やるべきことをやる「いい我慢」を重ねていけば、
未来には驚くほど大きく成長した自分が待っています。

堪忍の二字、常に思ふべし。百戦百勝するも、一忍に如かず」
沢庵(森本哲郎『この言葉!』より)

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。
急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし
こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
東照宮御遺訓

「商売人というもんは何事堪忍(なにごともかんにん)やぜェ」
山崎豊子『暖簾』

松下幸之助『道をひらく』より――
「真実を知る」
人間は、ものの見方一つで
どんなことにも堪えることができる。どんなつらいことでも辛抱できる
のみならず、いやなことでも明るくすることができるし
つらいことでも楽しいものにすることができる
みな心持ち一つ、ものの見方一つである。
同じ人間でも、鬼ともなれば仏ともなるのも、
この心持ち一つにあると思う。
そうとすれば、人生において、絶望することなど一つもないのではあるまいか。
ただ、この、ものの見方を正しく持つためには、
人間は真実を知らねばならないし、また真実を教えなければならない。
つまり、ものごとの実相を知らねばならないのである。
もちろん、情愛は大切である。
だが、かわいそうとか、つらかろうとか考えて、
情愛に流されて真実をいわないのは、本当の情愛ではあるまい。
不幸とは、実相を知らないことである。真実を知らないことである
人間はほんとうは偉大なものである。
真実に直面すれば、かえって大悟徹底し、落ちついた心境になるものである。
だからおたがいに、正しいものの見方を持つために、
素直な心で、いつも真実を語り、真実を教え合いたいものである。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

「素質なきもの、努力するのみ
有森裕子『わたし革命』

成功は準備がすべて、
準備とは努力のこと
です。
努力は100%のものでないと意味がありません
100%で行うからこそ、何かを吸収できる。
何かを成し遂げるには100%の努力をしなければならない
「努力をしてこなかった日本人」/エディー・ジョーンズ『ハードワーク』

「幸運とは準備(日々の弛まぬ努力)が機会に出会うこと」
 Luck is a matter of preparation meeting opportunity.(Oprah Winfrey)
―― チャンス(chance)ではなく、機会(opportunity)

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前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
辛抱強く、根気よく [2020年06月10日(Wed)]
「現在こそがすべて」で、現在には、
私たちに向けられているつねに新しい人生の問いが含まれているからです。
ですから、その時その時に私たちに期待されていることがすべてなのです。
未来において私たちが待っているものが何か
私たちは知ることができませんし、また知る必要はありません
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

自分の身に降りかかる運命をいずれかの形で自分なりにデザインできます
可能であるなら「自分で運命を変える」。しかし、
それしか道がないのであれば「運命を潔く引き受ける」。
いずれの場合も、私たちは運命や不幸によって、精神的に成長できます
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

道は近きにあり、かえってこれを遠きに求むという言葉があるが実際です。
つい鼻の先にあるのですけれども、どうしても気がつきません」
夏目漱石『門』

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松下幸之助『道をひらく』より――
「根気よく」
どんなによいことでも、一挙に事が成るということはまずあり得ない。
また一挙に事を決するということを行なえば、必ずどこかにムリを生じてくる。
すべて事は、一歩一歩成就するということが望ましいのである。
だから、それがよいことであればあるほど、そしてそれが正しいと思えば思うほど、
まず何よりも辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。
「徳、孤ならず」ということばがあるけれども、
これは正しいことはいつかは必ず人びとに理解してもらえるという意味にも通じる。
しかし、これとても、一ぺんにというわけではない。徐々にということである。
だから、いかに正しいと思うことでも、その正しさにとらわれて、
いたずらに事をいそぎ、他を誹謗するに急であってはならない。
みずからの正誤を世に問うためにも、
まずは辛抱強く、根気よく事をすすめてゆくという謙虚な姿がほしいのである。
あわただしいこの人の世、ともすれば浮足立って、
辛抱の美徳、根気の美徳が失われがちであるが、
おたがいに謙虚に二省、三省してみたいものである。

堪忍の二字、常に思ふべし。百戦百勝するも、一忍に如かず」
沢庵(森本哲郎『この言葉!』より)

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。
急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし
こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
東照宮御遺訓

「商売人というもんは何事堪忍(なにごともかんにん)やぜェ」
山崎豊子『暖簾』

松下幸之助『道をひらく』より――
「真実を知る」
人間は、ものの見方一つで
どんなことにも堪えることができる。どんなつらいことでも辛抱できる
のみならず、いやなことでも明るくすることができるし
つらいことでも楽しいものにすることができる
みな心持ち一つ、ものの見方一つである。
同じ人間でも、鬼ともなれば仏ともなるのも、
この心持ち一つにあると思う。
そうとすれば、人生において、絶望することなど一つもないのではあるまいか。
ただ、この、ものの見方を正しく持つためには、
人間は真実を知らねばならないし、また真実を教えなければならない。
つまり、ものごとの実相を知らねばならないのである。
もちろん、情愛は大切である。
だが、かわいそうとか、つらかろうとか考えて、
情愛に流されて真実をいわないのは、本当の情愛ではあるまい。
不幸とは、実相を知らないことである。真実を知らないことである
人間はほんとうは偉大なものである。
真実に直面すれば、かえって大悟徹底し、落ちついた心境になるものである。
だからおたがいに、正しいものの見方を持つために、
素直な心で、いつも真実を語り、真実を教え合いたいものである。

人間が達成するあらゆる成功が努力の結果なのです。
そして、努力の大きさが、成功の大小を決めているのです。
そこに偶然はありません
才能、能力、物質的、知的、霊的な資質のすべては努力の果実なのです。
それは成就した思い、達成された目標であり、現実化されたビジョンです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

「素質なきもの、努力するのみ
有森裕子『わたし革命』

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前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自分の運命をデザインする2つの方法 [2020年06月09日(Tue)]
現在こそがすべてで、現在には、
私たちに向けられているつねに新しい人生の問いが含まれているからです。
ですから、その時その時に私たちに期待されていることがすべてなのです。
未来において私たちが待っているものが何か
私たちは知ることができませんし、また知る必要はありません
ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』

ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』より――
「人生の意味と価値について1」
終身刑を言い渡されたある黒人男性が、デビルズ島に流刑になりました。
レヴィアタンという名の船が沖に出たとき、火災が発生しました。
緊急事態だったのでその男は鎖を外され、救助に協力することになり、
10人の命を救いました。
後日、彼はその働きを認められて恩赦を受けました。
もしも乗船前のマルセイユ港の埠頭で、私がこの男に、
生き続けることに何か意味があると思いますかと質問したら、
彼はたぶん首を横に振ったでしょう。
何が彼を待っていたというのでしょう?
私たちのうち誰一人としてすばらしい行動をする一回限りのチャンスが
彼を待っていた
などと知りませんでした

しかし、レヴィアタン号の10人もの乗客がこの男によって救われたのです。
人生が私たちに投げかけてくる問いに対し
私たちはそれに答える形で「瞬間の意味」を実現できるわけですが、
この問いは、その時その時で変化します。
しかもそれだけでなく、この問いは人によってそれぞれ異なります。
人生の問いは、いずれの瞬間においても、問われる人ごとに
まったく異なるのです。また人生の意味に対する問いは、
今ここにある現実に即して、はっきりと具体的に発せられないと、
愚かしい問いになってしまいます。こうした視点に立つと、
一般論として人生の意味を問うのはナイーブすぎると言えましょう。
(…)
私たちは、自分の身に降りかかる運命を
いずれかの形で自分なりにデザインできます

「行うこと、または耐えることによって、
 価値を高められない状況は存在しない」とゲーテは言っています。
可能であるなら自分で運命を変える。しかし
それしか道がないのであれば、運命を潔く引き受ける
そのどちらかなのです。
いずれの場合も、私たちは運命や不幸によって、精神的に成長できます
ヘルダーリンが「自分の不幸の上に立つと、私の立ち位置は前より高くなる」と
述べている意味が、わかったのではないでしょうか。

人間は、自由を用いる方法について選択の自由を持っているという意味で
自分自身の運命の創造者である。しかし、結果の支配者ではない
『今こそ読みたいガンディーの言葉』

私は未来を予知したいとは思わない。
現在の管理をたずさわっている私は、次の一瞬に対する支配力を
神から授かっていない

『今こそ読みたいガンディーの言葉』

You can't connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
You have to trust in something ― your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down,
and it has made all the difference in my life.
将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々は
いまやっていることが人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない
運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
Steve Jobs ”Stay Hungry. Stay Foolish” June 12, 2005

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って、
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか
あすはあすの風が吹く。きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』

松下幸之助『道をひらく』より――
「道」
自分には自分に与えられた道がある。
天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか。

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ
。それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。
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松下さんの創業の地・大開

思慮の足りない人、無知な人間、怠けものは
表にあらわれた「結果」だけに目を奪われて物の本質を見ません。
そのために、あらゆる成功を幸運、運命、あるいは偶然などという言葉で
かたづけようとします。(…)
彼らは、そのような運のいい人たちがより良い人生に向かって努力していた時、
多くの試練や苦闘に進んで立ち向かってきたことに気づきません。
成功した人たちが強い信念を維持し、数々の犠牲を払い、
ねばり強い努力を重ねてきた事も知りません。
そして、その人々が様々な困難を見事に乗り越えて、
自分の心のビジョンを実現した事も知りません。
成功した人々が体験した暗闇や心痛も知らないのです。
ジェームズ・アレン『新訳 原因と結果の法則』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
現在こそがすべて [2020年06月08日(Mon)]
満月を仰ぎ見ながら朝ラン、気分は井上陽水るんるん
満月 空に満月〜
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(2020.6.7、朝4時半過ぎ)

ヴィクトール・フランクル『夜と霧の明け渡る日に』より――
「人生の意味と価値についてT」
人生の幸福を求めながらも現実に引き戻される人間について、
ラビンドラナート・タゴールは詩で次のように美しく表現しました。

私は寝て夢を見た
人生は喜びかもしれないと。
私は目を覚まして気づいた
人生は義務だったと。
私は働き、ついに気づいた
義務は喜びだったのだと。

人生は要するに義務であり、唯一の、大きな責任なのです。
そして人生には喜びもありますが、それは
手に入れようと努力するようなものではなく、
「欲しい」と思って得られるようなものではなく、
むしろ自然に向こうからやってくるものでなければなりません。
結果が添えて与えられるものであるように、
喜びも自ずと与えられるものです。
幸福は目標ではないし、そうであってはならないし
またそういうことはありえません幸福は結果にすぎません
幸福は転がりこんでくるもので、追求して手に入るものではありませんから、
幸福を求めるあらゆる人間の努力は失敗に終わるでしょう。
(…)
もうおわかりでしょうが、
よくあるように、人生の意味を自分から問うのは誤っています
人生の意味を問うことができるのは私たちではありません。
問いを投げかけているのは人生で、私たちは問われている側なのです
答えなければならないのは、私たちのほうです
人生がつねに毎時間私たちに投げかけている「人生の問い」に
答えなければならないのは、
私たちです。人生とは、問われることに他なりません私たちは
答えるためにのみ、つまり人生の責任を負うためにのみ、存在しているのです。
こう考えると、
今私たちを不安にできるものは何もないことになります。
未来も私たちを不安にさせられませんし、
未来に何の見込みもないとしても、恐れることはありません。
なぜなら現在こそがすべてで、現在には
私たちに向けられているつねに新しい人生の問いが含まれているからです。
ですから、その時その時に私たちに期待されていることがすべてなのです。
未来において私たちが待っているものが何か、
私たちは知ることができませんし、また知る必要はありません。

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない

(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

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がんばれ みんながんばれ 月は流れて東へ西へ♫

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長居公園(2020.6.7、朝6時半頃)3/15以来

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長居障害者スポーツセンターも今日(6/8)から再開、
でも、スポーツ教室の参加者以外は入館できません。

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
包装されたままの1枚のマスク [2020年06月06日(Sat)]
イエスは目を上げて、
金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。そして、
ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。
「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた
あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、
この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである」
ルカ 12:1〜4/日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』

朝日新聞デジタルで配信された記事に目が留まりました。
日雇い労働者の街として知られた横浜・寿町。
簡易宿泊所の一室で、美香さん(46)=仮名=は
包装されたままの1枚のマスクを大事そうに手に取った
ひと月に及ぶ「放浪の旅」の道中、ある男性が手渡してくれたものだという。
東海地方でソープランドに勤めていたが、
コロナ感染拡大で歩合制の収入はゼロになって生きる望みを失い、
現金5千円と2日分の着替えを持って在来線であてもなく東へ向かった。
「身元不明の遺体になろう」とスマホや手帳を燃やし、身分証明書を捨てて、
熱海で海に飛び込もうと思ったができず、
電車賃が底をついて国道1号沿いを歩き続けて野宿を重ねた。

配信された記事は有料会員でないと全文が読めませんが、
記事に掲載された写真のコメントに心を打たれました。
―― 路上で男性にもらったというマスク。裏に現金が入っていたひらめき

記者の署名入りの記事ですが、
出来過ぎた話にフィクションかとも思いましたが、
私自身、真夏の四国遍路の道中で、
徳島県から高知県に向かう県境に近い町で橋を渡っていると、
自転車に乗ったおばあちゃんに呼びとめられて、
お手製の財布をいただいたことがあります。

おばあちゃんを見送ってからお財布を確認すると、
ティッシュペーパーで包んだ500円玉が入っていました。
その500円玉はもったいなくてとても使えず、
遍路を結願して高野山にお礼参りした時、奥の院で納めさせていただきました。
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おばあちゃんの心づくしのお接待でいただいたお財布は、
朝ランの締めにお参りする千里の氏神さまへのお賽銭入れとして
大切に使わせていただいています。

そんな経験がある私には、記事に紹介された彼女が、
路上でもらった「包装されたままの1枚のマスクを大事そうに手に取った」
その気持ちがよくわかります。

アベノマスクはまだ届きません。
10万円の定額給付金もまだです。
その一方で「委託」や「再委託」などのニュースに胡散臭さを感じ、
おそらく、マスクが届いても、10万円が振り込まれても、
彼女が路上でマスクを手渡された時のような気持ちにはなれないでしょう。

一人の人間は、宇宙にあっては限りなく小さな存在であるが、
その誠意は天地をも動かすことができる

二宮尊徳/内村鑑三『代表的日本人』

人を相手にせず、天を相手にせよ。
天を相手にして己を尽くし、
人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし

西郷隆盛『南洲翁遺訓』

善いことも、悪いことも「お天道様はすべてお見通し」ひらめき
私も「包装されたままの1枚のマスク」に心を入れ替え、やり直しです。

なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、
自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、
あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
マタイ 7:3〜5/日本聖書協会『口語訳 新約聖書』

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた来週四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
働き方に工夫がなく、創意もない [2020年06月05日(Fri)]
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、
自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、
あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
マタイ 7:3〜5/日本聖書協会『口語訳 新約聖書』

七兵衛は「何事もやってみるものだ」と、つくづく思った。
人は何事も「無理だ、駄目だ」と思いたがる
そうした固定観念の壁を設ける方が
「何もしない言い訳になる」からである

しかし、「絶対に無理だ」というのは思い込みにすぎず、
やってみれば意外に容易なことも世の中には多々ある
のだ。
伊東潤『江戸を造った男』

スイミーは かんがえた。いろいろ かんがえた。うんと かんがえた
それから とつぜん スイミーは さけんだ。「そうだ!」
レオ=レオニ『スイミー』

「創意工夫」で固定観念の壁を打ち破るひらめき
考えて、考えて、考え抜いて、やって、やって、やり抜くひらめき

今週は一律10万円の給付金について書いてきました。

私が住む市の市役所の給付金サイトによると、
郵送申請用の申請書は先月25日(月)から27日(水)にかけて発送されて、
給付は29日(金)から順次、開始されているそうです。
申請書が届き次第、速やかに給付ができるように事務作業を進めますが
申請状況により、支払いまで1か月以上を要する場合がありますとのこと。
そして、給付日は、1回目は5月29日(金)で、2回目は6月4日(木)、
3回目が11日(木)の予定となっています。

これに対して、私の手元に申請書が届いたのは29日(金)です。
市役所と同じ市内ですから、投函された翌日には届くので、
27日にかけて発送とのことですが、郵便局の受付時間に間に合わず、
翌28日の扱いになったのかもしれません。

そして、私は申請書が届いて直ちに返信しましたので、
週明け月曜日(6/1)には市役所に届いているはず。
が、昨日(6/2)の2回目の給付日に振り込まれていませんでした。
おそらくは、先週の申請書の発送を受けて、
申請書が一斉に返却されて「事務作業」に手間取っているのでしょう。
―― 紙で届いた書類は、読み取り機を使ってもデータ化できるのは1日に7千通程度
それにしても、
なぜ一回目の給付日が5月29日なのか?
総務大臣の会見で、29日までに99.9%の自治体が支給を開始と発表しています。
うがった見方かもしれませんが、それが影響しているのかもしれません。
たとえ1世帯でも支給したら支給開始になりますが、
もし「対象世帯に対する申請者の割合」とか「申請書に対する支給者の割合」を、
自治体ごとに「毎週」あるいは「毎日」公表したら、なんて思いますが、
そもそも、首相や大臣の記者会見で事務作業のスピードが変わるのはおかしな話で、
「市民に一日でも早く届けたい」という思いがあれば・・・
そして、
なぜ、給付日が毎日でなく、週一回なのか?
「市民に一日でも早く届けたい」という思いがあれば
処理できた分から毎日でも支給するだろうに、
それをせずに週一回の給付にしているのは、
「事務作業」の業務の効率化を意識しておられるのかもしれません。
しかし、トヨタの生産方式でも明らかなように
「バッチ処理」より「一個流し」の方が業務の効率化が図れるので
仕事はためるべきではありません(バッチサイズを小さくする)


ONE PIECE FLOW versus BATCH PRODUCTION


One Piece Flow Experiment

「顧客満足の向上」の視点からも、「生産性の向上」の視点からも、
明らかに反しているやり方なのに平然となされて、
その働き方(作業)に工夫がなく、創意もない

一方で、創意工夫を働かせた自治体は、いずれも、仕事が早くて、
住民への給付金の支給が早い。
―― 一日でも早く、住民に給付金を届けたいという強い思いが、
働き方(仕事)に創意工夫が生まれて、生産性は向上し、
住民にも喜ばれて、お互いが幸せになる

そば屋のご主人は、
お得意さんの声に耳を傾けながら
その店独特の味づくり、店づくりに精魂をこめます。
企業の経営者も同様です。これは、
会社につとめる社員ひとりについても、
同じことと考えてもよいのではないでしょうか。
つまり会社のつとめを、
あたかも自分の稼業、わが家の職業と考え、
責任をもってすすめていったらどうかということです。
自分の職務についてはいわば自分が社長であるとの自覚をもつならば、
おのずと創意工夫も生まれてくるでしょう。
上役や同僚、後輩など周囲の人びとに対しても、
すべてよきお得意さんと見なして意見をきくこともできましょう。
そして自分なりに仕事を楽しみつつ、
これを高めていくことができる
のです。
社員稼業とは、そのように、
自主独立の精神をもつことによって、みずからの成長をうながし、
仕事の成果を上げていくための大事な心がまえなのです。
松下幸之助『社員稼業』

毎日のランニング、
・だれかの指示や命令で「ただ走る」
・自分の意思で何となく「ただ走る」
・何らかの目的をもって「ただ走る」
・夢や希望をもって「ただ走る」
・期限を定めた目標を設定して「ただ走る」
・目標を現状より高く設定して「ただ走る」
・日々の練習の結果を確認して「ただ走る」
・練習の内容を日々振り返って「ただ走る」
・振り返ってこれでいいのかと考えて「ただ走る」
・もっと速くなるにはどうすればいいか考えて「ただ走る」

いずれの「ただ走る」であれ「継続は力なり」ですが、
継続した結果の力には、当然のことながら「差」が出てきます。

職場など組織のなかには、
この創造性を阻もうとする言動が多い。
考えるなんて余計なことはするな。俺のいう通りに働けばいいんだ」
という人がいるが、これは「お前は人間ではない」といっているに等しい
こういうことをいうから、創造性を発揮できなくなるのである。
誰にも創造性を発揮する能力があるのだから、
それならば、それを活かす方向にもっていきたい。
レジャーと同じように、仕事上でも十分に創造性が発揮できたなら、
どんなに素晴らしいことだろう。
私が、いまここで「仕事上」という言葉を使うのは、
人間は仕事を通じて社会に参加すると考えるからである。
仕事にもいろんなものがあり、
個人でやる小説家や画家のような仕事から、
何人かで協働して完成させる企業やボランタリーのような共同作業まである。
また、家事労働のように私的な労働もある。
これらの仕事はみな、創造性を発揮し得るものばかりである。だから、
仕事のあるところでは内容の違いはあっても必ず創造性が発揮できると、
私は考えるのである。
第4章「創造性を考える」/西堀榮三郎『技士道 十五ヶ条』

松下幸之助『道をひらく』より――
「働き方のくふう」
(ひたい)に汗して働く姿は尊い。
だがいつまでも額に汗して働くのは知恵のない話である
それは東海道を、汽車にも乗らず、
やはり昔と同じようにテクテク歩いている姿に等しい。
東海道五十三次も徒歩から駕籠へ、駕籠から汽車へ、
そして汽車から飛行機へと、日を追って進みつつある。
それは、日とともに、人の額の汗が少なくなる姿である。
そしてそこに、人間生活の進歩の跡が見られるのではあるまいか。

人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。
だが、いままでよりも一時間少なく働いて、
今ままで以上の成果をあげることも、また尊い。
そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。

それは創意がなくてはできない。くふうがなくてはできない。
働くことは尊いが、その働きに
くふうがほしいのである。創意がほしいのである

額に汗することを称(たた)えるのもいいが、
額に汗のない涼しい姿も称えるべきであろう。
怠けろというのではない。楽をするくふうをしろというのである
楽々働いて、なおすばらしい成果があげられる働き方を、
おたがいにもっとくふうしたい
というのである。
そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう。

まず相手を喜ばすことが自分の発展につながっている。
松下幸之助『人生談義』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる。
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

「自利利他」「先義後利」
―― 自分が幸せになることは人を幸せにすることであり、
人を幸せにすることが自分の幸せになる(⇔ 我利我利)

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北御堂さんの今月の言葉
自利利他、わたしのために、あなたのために

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
創意工夫で固定観念の壁を打ち破る [2020年06月04日(Thu)]
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、
自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、
あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
マタイ 7:3〜5/日本聖書協会『口語訳 新約聖書』

七兵衛は「何事もやってみるものだ」と、つくづく思った。
人は何事も「無理だ、駄目だ」と思いたがる
そうした固定観念の壁を設ける方が
「何もしない言い訳になる」からである

しかし、「絶対に無理だ」というのは思い込みにすぎず、
やってみれば意外に容易なことも世の中には多々ある
のだ。
伊東潤『江戸を造った男』

「創意工夫」で固定観念の壁を打ち破るひらめき

一昨々日(6/1)から一律10万円の給付金について書いてきました。

私はマイナンバーカードを持っていないのでオンライン申請できず、
先週金曜日(29日)にようやく申請書が届いて返送しました。
給付金の振込はまだです。

一方、私の母はマイナンバーカードでオンラン申請。
GW最終日の6日に申請しましたが、
データが申請先の自治体で受領されたのが18日。
そしてオンライン申請したのに郵送の申請書が25日に届き、
昨日(6/3)ようやく振り込まれました。

これに対して、私の弟が住む市では、
5月10日から申請書が順次発送され、11日から給付金の振込開始。
私の弟も22日に振り込まれているとのこと。

私の弟が住む市(他県の県庁所在地)は、
私が住む市より人口も世帯数も少ないですが、
私の母が住む市よりは人口も世帯数も多いです。

10万円の給付金は「全国一律」なのに、なぜ、これほど違うのか

私が住む市の市役所の給付金サイトにはこのような記述があります。
「新型コロナウイルスの感染症拡大防止に留意しつつ
簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うため
特別定額給付金が実施されることとなりました」

母が住む市の市役所もほぼ同じ記述です。
そこに記されているのは、給付金の支給制度の目的であって、
そのために「だからどうする」の記述がありません。

これに対して、弟が住む市の市役所の給付金サイトには、
「補正予算が国会において成立し次第、給付金を
なるべく早く市民の皆さんにお届けすることが期待されています。
そのため、〇〇市では、
4月22日付けで「新型コロナウイルス感染症特別定額給付金等推進室」を創設し、
5月11日からの給付金申請書発送、5月13日からの給付金振込開始に向けて
準備を進めています

具体的な申請方法等、準備が整い次第このページでご案内します。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止にご協力いただいている市民の皆さまに
迅速に給付金をお届けし、家計への支援が行えるよう
全力で取り組んでいきますので、ご理解とご協力をお願いします」
と記されています。
そして、5月10日から申請書が発送され、11日から振込が開始されたとのこと。
当初の予定された日より前倒しです。

―― 給付金の支給という仕事に対する「姿勢」「心意気」が違うひらめき

自分の目にある梁を棚に上げて意見すべきではないですが、
一方は、目的が明確でなく、顧客起点の意識もなく、
処理する「作業」になってスピード感はなく、無駄が多い
もう一方は、目的意識が明確で、顧客起点の意識も高く、
処理作業ではなく「仕事」として取組み、創意工夫で価値を生む

私の弟が住む市(県庁所在地)だけでなく、
すでに紹介した「兵庫県加古川市」や「東京都荒川区」のほかにも、
全国各地の自治体で「創意工夫」がなされているようです。
たとえば、
北海道の東川町
地元金融機関が無利子融資で「4月末に先払い」
その後、町が本人に代わって金融機関に返済
1日でも早く支給できるようにしたかった」

青森県の西目屋村
4月30日の夜に村の職員が訪問して手渡し
早く届けて安心してもらいたかった」
新潟県の粟島浦村
4月27日に申請書を送付、28日から受付、5月1日から振込開始
「来島自粛を呼びかけていることもあり、一日も早い給付が必要だ」
栃木県の小山市
5月1日までに全世帯へ郵送、オンライン申請の受付開始
6日までに約2万件の申請、支給時期を前倒しで7日から開始
「今後ともスピード感を持った対応に努めたい」
沖縄県の竹富町
4月28日に申請書類を発送、7日までに53.8%が申請
大型連休を返上して確認作業、7日から給付開始
1日も早い給付に努めたい」
岐阜県の高山市
18日夕から19日早朝にかけ、職員150人が徹夜で
給付に向けたデータの入力作業などにあたり、20日から振込開始
1日でも早く届けようと突貫で作業
宮崎県の都城市
6月1日までに対象世帯の86%に振込を完了
7万9587世帯の86%、6万8677世帯に総額145億630万円
19万世帯の宮崎市は6月4日までに全世帯の5%の9000世帯に給付予定
愛知県の大府市
6月3日までに申請世帯の96%、対象世帯の83%に支給
閣議決定から3日後の4月23日に対策チームを発足、
同30日から5月2日に申請書類を郵送
GW明け7日から受付けた書類申請は3日で2万4473件で対象世帯の6割
申請書類が早く届いたのでマイナンバーカードを巡る混乱なし
臨時閉館した公民館などに書類申請の「相談所」を設置
みんな励まされました。それが早い給付、好循環につながったと思います」

そして、全国各地の自治体でオンライン申請の休止が報じられる中で、
兵庫県加古川市では、先月27日から
「マイナンバーカードがなくてもオンライン申請」できます。
――「市民が一番知りたいのはいつ振り込まれるかだ。
 市のホームページで申請状況が確認できるようにしては」
「世帯全員の氏名などすでに入力済みの情報もある。
 照会番号でひもづければ、ネット申請も可能」
「マイナンバーカードは持っていないが、手で書類を書いたり、
 印鑑を押したり、コンビニで書類をコピーするのが
 面倒だと思っている人も多いはず」
「生活を楽にするための補助ツールとして、
 デジタルにはまだまだ可能性がある」

見事です。素晴らしいexclamation×2
いずれの自治体に、仕事のスピード感が見事、そして仕事に言い訳がないひらめき
共通するのは「一日でも早く」の意識レベルの高さひらめき
その背景にある「市民のために奉仕」する意識レベルの高さひらめき

―― 全国一律の給付金、
都会であれ、地方であれ、人口が多い市でも、少ない村でも、面積の広い市でも
やるところはやって、やらないところはやらない
「やれない」「できない」ではなく「やらない」だけ。それでいいのか<自戒>

例えば、経理や財務の仕事、あるいは人事の仕事をやっていても、
お客様と商品と売場、これがどういう関係になっているのか、
商品や売場は現状認識としてどうなっているのか、将来どうあるべきなのか、
また、自分としでは商品や売場にどのように貢献できるのか
ということを考えてもらわないと、その仕事はうまくいくはずがない。
つまり、全てはお客様のために仕事をやっているということ。
「23条の経営理念」より/柳井正著『一勝九敗』

まず相手を喜ばすことが自分の発展につながっている。
松下幸之助『人生談義』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる。
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

「自利利他」「先義後利」
―― 自分が幸せになることは人を幸せにすることであり、
人を幸せにすることが自分の幸せになる(⇔ 我利我利)

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北御堂さんの今月の言葉
自利利他、わたしのために、あなたのために

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
世の中の求めに、精いっぱいこたえる [2020年06月03日(Wed)]
まず相手を喜ばすことが自分の発展につながっている。
松下幸之助『人生談義』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる。
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

「自利利他」「先義後利」
―― 自分が幸せになることは人を幸せにすることであり、
人を幸せにすることが自分の幸せになる(⇔ 我利我利)

商いの原点は、
どうしたら売れるか儲かるかではなく、
どうしたら人びとに心から喜んでもらえるかである。
松下幸之助『松翁論語』

仕事は自分のものではない。
世の中にやらせてもらっている仕事である。
そう考えてこそ、責任感と使命感と謙虚で力強い活動が生まれてくる
松下幸之助『松翁論語』

一昨日(6/1)は一律10万円の給付金について書き、
その記事の中で、兵庫県加古川市では、給付金の申請について
申請処理状況を確認できるサイトが開設されていることを紹介しました。
そして、昨日(6/2)は東京都荒川区の取り組みを紹介しました。

日々の生活に不安を抱え、一刻も早い支給を望む区民の皆様の声に
お応えしたいとの思いから、工夫を重ねてまいりました

少しでも早く給付を実現するため、
区職員が全庁的な応援体制を組み、とりかかった結果、
5月14日(木曜)から給付金の支給を開始することとなりました。
一日も早く皆様のお手元にお届けしたい

一律10万円の給付金は、全国の市町村で同じことが行われているのに、
市町村によって、申請書の発送や給付金の支給の時期が遅れたり、
事務処理に混乱があったり、二重払いのミスが生じたりするのは「なぜ」か?
―― 私の母は6日にマイナンバーカードでオンライン申請したが、まだ支給されず
弟が住む市では11日から申請書が発送され、22日に振込入金
私が住む市では25日から発送され、29日にようやく申請書が私の手元に届く

ちなみに、弟が住む市(県庁所在地)の公式サイトには、
「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止にご協力いただいている市民の皆さまに
 迅速に給付金をお届けし、家計への支援が行えるよう、
 全力で取り組んでいきます
ので、ご理解とご協力をお願いします」
と記されています。(13日から給付金の振込開始

これに対して、私が住む市の公式サイトには、そのような記述がありません。
「新型コロナウイルスの感染症拡大防止に留意しつつ
 簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うため
 特別定額給付金が実施されることとなりました」

ちなみに、私の母が住む市の公式サイトも、同じです(決まり文句?)。
「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策が
 令和2年4月20日に閣議決定され、感染拡大防止に留意しつつ
 簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うため
 特別定額給付金事業を実施します」

―― 給付金の支給という仕事に対する「姿勢」「心意気」が明らかにちがいますひらめき

「一日も早く皆様のお手元にお届けしたい」
―― すべては「人」であり、その人の生き方や仕事に向き合う「姿勢」
そして、個々人の「有機的結合体」としての組織やチームの力

マイナンバーや住基システムの「データ」も、
SAPやセールスフォースなどのシステムの「道具」も、
すべては「人」の「姿勢」や「心意気」次第であることを痛感。

この男(洋服屋の店員)が忘れていたのは、
なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは
結局どうでもよいことで、
むしろ重要なことは、
自分の持ち場、自分の活動範囲において
どれほど最善を尽くしているか
だけだということです。
活動範囲の大きさは大切ではありません。
大切なのは、その活動範囲において最善を尽くしているか
生活がどれだけ「まっとうされて」いるかだけなのです。
フランクル『それでも人生にイエスと言う』

松下幸之助著『道をひらく』より――
「自分の仕事」
どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つので、
世の中の人びとが求めているのでなければ、
その仕事は成り立つものではない

人びとが街で手軽に靴を磨きたいと思えばこそ、
靴磨きの商売も成り立つので、
さもなければ靴磨きの仕事は生まれもしないであろう。

だから、自分の仕事は、
自分がやっている自分の仕事だと思うのはとんでもないことで、
ほんとうは世の中にやらせてもらっている世の中の仕事なのである。
ここに仕事の意義がある。

自分の仕事をああもしたい、こうもしたいと思うのは、
その人に熱意があればこそで、まことに結構なことだが、
自分の仕事は世の中の仕事であるということを忘れたら、
それはとらわれた野心となり小さな自己満足となる。

仕事が伸びるか伸びないかは、世の中が決めてくれる。
世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。

大切なことは、世の中にやらせてもらっているこの仕事を、
誠実に、謙虚に、そして熱心にやることである。
世の中の求めに、精いっぱいこたえることである。
おたがいに、自分の仕事の意義を忘れたくないものである。

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北御堂さんの今月の言葉
自利利他、わたしのために、あなたのために

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
商いの原点 [2020年06月02日(Tue)]
まず相手を喜ばすことが自分の発展につながっている。
松下幸之助『人生談義』

最もよく人を幸せにする人が、最もよく幸せになる。
立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

「自利利他」「先義後利」
―― 自分が幸せになることは人を幸せにすることであり、
人を幸せにすることが自分の幸せになる(⇔ 我利我利)

商いの原点は、
どうしたら売れるか儲かるかではなく、
どうしたら人びとに心から喜んでもらえるかである。
松下幸之助『松翁論語』

だいたい人の生業というのは、
世間で不足・不自由しているものを提供し、
自分が不足・不自由しているものを満足させることにほかならない。
他の不自由を満たすことが大きければ
自分の幸福を得ることもそれに従って大きくなるのである。
だとすれば、どのような生業を行えば、
われらの力がよりよく他人の役に立つかを議論しなければならない。
会社設立趣意書『丸屋商社之記』明治2年

商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

優れた企業を経営できる人は、
お客様により多くの利益をもたらすことができる人です。
このような姿勢で経営のできる人は自分の会社にも、
より多くのビジネスをもたらし、利益を呼び込むことができるのです。
お客様の要求と願望をすべて満たしながら、利益を最大限まで伸ばすこと、
これがビジネスの本質なのです。
稲盛和夫『成功への情熱―PASSION 』

顧客の創造なくして企業の発展はない。
生活提案型企業として市場を創造する。
アイリス・オーヤマの企業理念の第4条

昨日(6/1)の記事では一律10万円の給付金について書きました。

その記事の中で、兵庫県の加古川市では、給付金の申請について
申請処理状況を確認できるサイトが開設されていることを紹介しました。

専用ページで、郵送用の申請書にある「照会番号」か、
オンライン申請時にメールで告知される「受付番号」を入力すると、
「審査中」「審査済」「振込済」「保留」のいずれかが示される。
審査済の場合は振込予定日も表示される。
オンライン申請の受け付け開始後、市の専用コールセンターには
「きちんと申請できたか知りたい」「いつ振り込まれるのか」などの
問い合わせが多い。27日から郵送用の申請書の送付を始めるため、
同様の質問が増えるとみて、導入を決めた。
ソフトウエア会社SAPジャパンから無償で提供を受けている。

市民のかゆい所に手が届く、見事な取り組みです。
宅配ピザでもオーダーした後の処理状況が一目瞭然が当たり前なのに、
他の市町村でも「なぜそうならないのか」不思議です。

昨日配信されたメルマガ「ITmedia エンタープライズ 中小企業通信」で
東京都荒川区の取り組みを知りました。
セールスフォース・ドットコムは2020年5月26日、
「特別定額給付金管理システム」を構築し、
東京都荒川区で運用を開始したと発表した。(…)
同システムは、(…)特別定額給付金について、
区民の申請状況や進捗状況を可視化、管理する。荒川区は、
給付金事務の迅速な実施と業務効率化を目的に同システムを採用した。
特別定額給付金管理システムの主な機能は以下だ。
・給付対象となる世帯の世帯構成員の確認や審査
・バーコードリーダーを使った郵送申請の受付機能
・マイナポータルからのオンライン申請の取り込み
・二重払いの防止
・給付金支給プロセスの進捗管理と状況表示
・住民基本台帳データの照会
・金融機関への振込依頼情報管理
・住民からの問い合わせ対応履歴管理(…)

記事を読んで、荒川区役所の給付金のサイトを確認しましたが、
「可視化」といっても区役所内の管理の可視化であって、
加古川市のように住民が処理状況を確認できるわけではなさそうです。

荒川区でも申請者の区民が処理状況を確認できれば良いのですが、
二重払いなどを防ぎ、振込データなどの管理をシステムに任せることで
迅速な処理と業務効率化を目指しておられるようです。

この程度の取り組みがニュースに取り上げられることに違和感ありますが、
テレビや新聞に報じられるのは、二重払いなどの問題が生じても、
問題が生じた事実の指摘と担当者の謝罪のコメントだけで、
その原因(管理体制の不備、システム化対応の遅れ)が論じられず、
それでは問題先送りで根本的な解決につながりません。
その点では、荒川区の取り組みは他の自治体とは違いますし、
ほかの自治体も今後は変わることでしょう(横並び?)

一方、荒川区のサイトを見て感心したことが2つあります。

まず、特にお急ぎの方を対象として「区独自の特例申請」を設けて、
一般の申請に先駆けて「14日から給付を開始」しておられます。
日々の生活に不安を抱え、一刻も早い支給を望む区民の皆様の声に
お応えしたいとの思いから、工夫を重ねてまいりました

少しでも早く給付を実現するため、区職員が全庁的な応援体制を組み
とりかかった結果、5月14日(木曜)から給付金の支給を開始することと
なりました。一日も早く皆様のお手元にお届けしたい
また、25日からオンライン申請を停止しておられるのですが、
その理由が27日から発送を開始する申請書をご利用くださいとのこと。
事務処理が混乱したから停止ではなく、事前に停止しておられます。

いずれも、区民の立場に立った荒川区役所独自の取り組み、素晴らしいです。

「一刻も早い支給を望む区民の皆様の声にお応えしたいとの思いから、
 工夫を重ねてまいりました。一日も早く皆様のお手元にお届けしたい」
―― 荒川区役所の皆さんの「心意気」を見習わねばひらめき

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北御堂さんの今月の言葉
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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Why not?(なぜそうでないのか) [2020年06月01日(Mon)]
ジョージ・バーナード・ショーは、こう言って人生の生き方を要約したのです
多くの人は現実を見て「なぜ?」とだけ言う
私は決して存在しないことを夢見て、そして言うのです
――「なぜそうならないのか?
You see things ; and you say, 'Why?'
But I dream things that never were ; and I say, 'Why not?'
ジョン・F・ケネディ/アイルランド滞在中の演説で
土田宏『ケネディ ―「神話」と実像』より

今日から6月です。
4月7日に発令された緊急事態宣言も、先週、全面解除され、
先週土曜日(5/30)は久しぶりにブラインドランナーと伴走練習をしました。
3月以来2ヶ月ぶりの伴走練習でしたが、
互いに積もる話を語り合いながら楽しく走って気分も晴れ晴れです。

緊急事態宣言は全面解除されましたが、マスクはまだ届きません。
首相が布マスクを全世帯に2枚ずつ配る方針を表明したのは4月1日のこと。
そして、7日にマスクの配布費用を盛り込んだ緊急経済対策が閣議決定されて、
東京都内でマスク配布が始まったと報じられたのが4月17日です。

5月27日時点で配布された全世帯向けの布マスクは、
東京を中心に3200万枚(1600万世帯?)で配布率は25%。
目標としていた5月中の配布は達成できませんでした。

一方、品不足で高騰していたマスクも、最近は値崩れして、
大阪市内の商店街の店先では投げ売り状態で
コロナ以前の価格に戻りつつあります。
マスクの社会的需要や国の要請に応じて設備投資や増産に応じた企業は、
設備投資や在庫の資金回収が厳しくなるかもしれません。

一律10万円の給付金は、ようやく、先週金曜日(5/29)に
私の手元にも市役所から「特別定額給付金申請書」が届きました。
市役所のサイトによると「25日から27日にかけて発送した」とのこと、
私の手元に届いたのは金曜日だから、おそらく27日発送だったのでしょう。

申請書が市役所に届き次第、給付金の支給作業が進められるようですが、
申請状況によっては支給まで1か月以上を要する場合があるとのこと。
1回目の給付は5月29日(金)で、2回目は6月4日(木)の予定のようです。
給付申請書が届いて早速に、必要事項を記入するとともに押印し、
指定の提出物を添付して返却したので、週明けの本日には届くはずです。
さてさて、6月4日に10万円が振り込まれるでしょうか?

申請書とともに届いた案内や記入例を見て気になったことがあります。

受取口座の通帳(見開き部分)のコピーの提出が求められるのですが、
通帳を発行しない取り組みが増えています(Web通帳やEco通帳など)。
そのような場合の対応について記述が見当たりません
「金融機関名、支店名、口座番号、名義人(カタカナ)が確認できるもの」と
添え書きあり、キャッシュカードをコピーして提出しました。

また、世帯主(申請・受給者)の本人確認書類について、
「運転免許証」や「健康保険証」などのコピーはOKですが、
「マイナンバーカード通知カード」は本人確認書類にはならないとのこと。
なぜ本人確認書類にならないのか、
そもそも、なぜ本人確認書類の提出が必要なのか、
運転免許証や健康保険証に住民票と異なる住所が記載されてないかを
確認するのでしょうか? 不思議です。

10万円給付金について、
各地でオンライン申請のトラブルが発生しているようです。
実は、実家で暮らす私の母がマイナンバーカードを持っていたので、
GW最終日(5/6)に実家に出かけたついでにオンライン申請をしました。
以下は、その経験で気づいたことです(百聞百見は一験にしかず)。

私自身はマイナンバーカードを持っていないので、オンライン申請できず、
市役所から郵送申請に必要な書類が届くのを待っている状態でしたが、
おそらくは、申請書だけでなく、案内文書や申請書記入の手引き、
そして返信用封筒が同封されていることでしょう(実際そうでした)。
これらの印刷物を用意し、さらに発送する、そのコストや労力と時間は、
すべて我われの税金でまかなわれます。
オンライン申請なら、それらは必要ないので、
事務の省力化・効率化が図られて
行政手続きのコストや時間は大幅な短縮が得られる「はず」です。

かつて運転免許証を持っていた母が、高齢のため免許証を自主返上した時に
「運転経歴証明書」の交付を受けてていましたが、
5年を経過すると更新されないので、
代わりに、市役所の窓口で「住基カード」の交付を受けました。
ところが、マイナンバーカードの発行で住基カードが更新されなくなり、
市役所の窓口で住基カードを返上して
「マイナンバーカード」の交付を受けました。
切り替え手続きの際、母に依頼されて市役所の窓口に同行したので、
母がマイナンバーカードの交付を受けていること、
暗証番号が2種類ある(4桁と6桁以上)ことを私も承知していました。

せっかくマイナンバーカードを持っているならオンライン申請をしようと、
マイナンバーカードの暗証番号を確認すると、しっかり管理していたので、
母のPCからマイナンバーのポータルサイト(マイナポータル)にアクセス。
オンライン申請の手続きが完了すると、申請受付のメールとともに、
別便のメールで申請書一式の控がzipファイルの添付で届きました。
zipファイルを解凍したフォルダを母のPCのデスクトップに貼り付けて、
母に申請書の控を見せて申請完了を報告。役所の窓口が休みの祝日の夕方に、
あっという間に申請が終わったことに母もびっくりして喜んでくれました。

今回の申請にあたって何一つプリントしていません。
説明資料も、メールで届いた申請書の控も、プリントする必要がありません。
むしろ、申請書の控をプリントしたら、
用済みになって破棄する時に注意する必要があります。
役所も、申請者も、申請書面のやり取りに郵送や通信のコスト負担なく、
時間もかからず、あっという間に手続きが済んで何の面倒もありません。

今回の給付金について母のオンライン申請が可能だったのは、
母がマイナーカードの交付を受けていたこと、
マイナンバーカードの暗証番号を母自身がしっかり管理していたこと、
そして私がICカードリーダーを持っていたこと、
この3条件が揃っていたからです。

このうち最後のICカードリーダーはスマホでも対応できますし、
また、マイナンバーカードは、免許証を返上した高齢者は、
免許証代わりの身分証明書として交付を受けている人が少なくないようです。
よって、パスワードの管理が一番の問題だったでしょう。

今回、母がしっかり管理していなければオンライン申請できていなかったし、
実のところ、年齢的なこともあってパスワードの再発行を受けてまで
オンライン申請しようとは思いませんでした。

5月6日にオンライン申請をして、12日後の18日に
マイナポータルのぴったりサービスからメールが届きました。
申請から12日も経っていたので、てっきり給付金の支払い通知かと思ったら、
メールの件名は「電子申請データ受領のご連絡」で、
「電子申請データを申請先の自治体にて受領しましたのでお知らせ致します。
 本申請に関するお問い合わせは、申請先までお問い合わせください。
 特別定額給付金 特別定額給付金 (受付番号*****)」

6日に申請してから18日まで、母のオンライン申請はどうなっていたのか?
このメールに記されている「申請先の自治体にて受領」というのは、
文字通り、オンライン申請したデータを受け取ったということなのか、
それとも、オンライン申請したデータを確認して受け付けたのか、不明です。

その前週の週末(5/16)に東洋経済オンラインで配信された記事を読んでも、
何が問題なのか理解できなかったのですが、あらためて読み直してビックリ。
自治体ではマイナポータルから転送されてくる情報を紙に出力し、
職員が住民基本台帳システムなどを使い、手作業
記載内容に間違いがないかや必要書類が整っているかなどをチェックする。
修正や必要書類の提出依頼は、職員が申請者に電話をかけて行っている。
その手間暇は尋常ではない。
実は、冒頭の地方自治体職員が最も怒っているのも、この点なのだ。
マイナポータルが申請を受け付けた情報を、
住民基本台帳システムと連携させることができれば、
確認作業の負担は大幅に軽減されるはずなのに、
それができないのである。
んなあほな、
マイナンバーカードになって住基カードの更新はなくなったのだから、
マイナンバーと住基ネットは当然に連携されているものと思っていました。
マイナンバーカードで住民票の発行できたはず(そのための4桁の暗証番号あり)
それとシステムの連携とは別問題なのでしょうか。

いずれにせよ、双方のシステムが連携されていなかったとはビックリです。
もしマイナンバーと住基ネットが連携できていないなら、
住基カードはそのまま制度として残しておけば、
マイナンバーカードでなく住基カードでオンライン申請できたので、
役所の窓口での対応も違っていたでしょうし、
オンライン申請をわざわざ紙にプリントしてチェックするようなムダは、
必要なかったはずです。

オンライン申請でも手作業になるからオンライン申請に意味がないのでなく、
マイナンバーと住基ネットが連携していないことが「問題の本質」であり、
なぜ連携させていないのか、そして
連携してないのになぜ住基カードの更新をやめたのかが問われるのでしょう。

何ごとも、人の振り見て我が振り直せです。システム化に限ることではなく、
目的を明確にすること、そして現状の業務を前提とするのではなく、
将来を見据えて想定の範囲を広げてしっかり検討する
ことが肝要です。
たとえば、国税の電子帳簿保存法も、ペーパレス化する目的が明確でないと、
現状の帳簿記録を国税対応の電子保存で終わってしまいます。
せっかくのデータも「保存」だけでは何の価値も生まないことは自明だし、
業務システムを根本的に見直す機会も逃がしてしまう。モッタイナイです。

新聞等の報道によると、内閣府は10万円給付金のオンライン申請に対して
住民基本台帳と照合するソフトウェアの無償提供を18日から始めたとのこと、
なぜ最初から連携して照合できるシステムでなかったのか不思議です。
照合のためにわざわざプリントして、複数の人間でダブルチェック、
新たな価値を生まない作業のためにどれだけの時間と人が費やされたのか、

その一方で、加古川市役所では、10万円の給付金の申請について、
処理状況を確認できるサイトを開設されているとのこと。
専用ページで、郵送用の申請書にある「照会番号」か、
オンライン申請時にメールで告知される「受付番号」を入力すると、
「審査中」「審査済」「振込済」「保留」のいずれかが示される。
審査済の場合は振込予定日も表示される。
オンライン申請の受け付け開始後、市の専用コールセンターには
「きちんと申請できたか知りたい」「いつ振り込まれるのか」などの
問い合わせが多い。27日から郵送用の申請書の送付を始めるため、
同様の質問が増えるとみて、導入を決めた。
ソフトウエア会社SAPジャパンから無償で提供を受けている。

市民のかゆい所に手が届く、見事な取り組みです。
宅配ピザでもオーダーした後の処理状況が一目瞭然が当たり前なのに、
なぜそうならないのか」不思議です。
オンライン申請で市役所の窓口が混乱して負担が多くて迷惑しているから、
オンライン申請による受付を停止する他の自治体とはえらい違いです。
なぜやらないのか
できない、やれないではなく、やらない、やろうとしないだけのこと
知恵を絞って創意工夫して問題解決に取り組まねばあかん自戒です。

そして先週の月曜(5/25)、母に市役所から10万円の件で封筒が届きました。
ご丁寧に振込完了の連絡かと思ったら、郵送申請の申請書でした。
返信用封筒も同封されています。
オンライン申請を済ませて「受領」の連絡をすでに受けているのになぜ?
市役所のサイトを確認すると、
すでにオンライン申請がお済みのかたを含め、
 すべての世帯主(受給権者)宛てに申請書を送付しています

と記されています。
さらに次の項目が
書き方見本を参考にして、申請書に記入・押印し、
 裏面に必要書類のコピーを貼り付けた上で、
 必ず返信用封筒に入れてご返送ください
」となっています。
ということは、オンライン申請を済ませた者も、郵送申請するのでしょうか?
あのオンライン申請は何のためだったのでしょうか?

さらに、市役所から届いた申請書には、
振込金融機関の口座番号が印字されているのですが、
母名義のその銀行口座はすでに解約して生きていません。
過去に臨時福祉給付金をもらった人について市役所は同じ口座に振込むので、
その銀行名と口座番号が記されているようです。
(その銀行であれば申請書に通帳のコピーの添付は必要なし)

市役所としてはそれが「親切」のつもりなんでしょうが、
臨時福祉給付金は消費税が5%から8%に引き上げた時の話と思うのですが、
私の母のようにすでに口座を解約している人もおられるでしょうし、
今回はほかの口座に振込んでもらいたい人もいるでしょうし、
各自の判断に任せればいいので、それは親切でなく、
「余計なお世話」でムダなことと思いました。

また、母のその口座がすでに解約されていることを
市役所は承知しているはずです。
母が入院して市役所から後期高齢医療保険の補助の振込案内が届いた時に、
この銀行の口座が印字されていたことがあって、
市役所に電話してすでに解約済みと伝えて変更手続きをしているので、
同じ市役所でありながら情報が共有されていません。
これも「タテ割り行政」の弊害でしょうか。

母が市役所に問い合わせたところ、
オンライン申請した人は郵送で申請は不要とのことでした。
同様の問い合わせが多かったのか、
翌日、市役所の公式サイトに明記されました。
オンライン申請されたかたにも、郵送申請書を送付しています。
オンライン申請されたかたは、郵送での申請は不要ですが、
不備がある場合には、改めて郵送での再申請をお願いすることがあります

口座への給付金の振り込みが確認できるまでは、
郵送申請書を大切に保管してください。

オンライン申請の内容を確認して、不備があって郵送申請が必要な人に、
申請書類を送れば足りると思うのですが、
ご丁寧に申請者全員に送付しているようです。

27日、市役所の担当者から母に電話で連絡がありました。
「郵送申請の書類は破って捨てていただいで結構です」とのこと。
オンライン申請のデータの確認がようやく済んだようです。
ということは、マイナポータルのぴったりサービスから18日に届いたメール
「電子申請データを申請先の自治体にて受領しました」は、
やはり6日に申請したデータを市役所が受領しただけだったのでしょうか。

忙しくされているのにご丁寧に電話していただきましたが、
加古川市のように申請したデータの処理状況が一目瞭然でわかれば
それで足りるし、その方がお互いが面倒なくて良いと思います。
市役所からは申請書類を捨てても良いと言われた母ですが、
入金が確認できるまで捨てないとのこと。(振込はまだです)
賢明な判断にまだまだボケてないと安心しました。

【追記】本日(6/9)ネット配信された日経コンピュータ編集長の記事は、
読み応えあって色々と考えさせられました。
同じオンライン申請なのに、うまくいっている自治体と、
うまくいかない自治体との違いはどこに原因があるのか、
ようやく理解できました。
◆10万円オンライン申請は「失敗」だったのか?
自治体を混乱させた本当の要因/日経XTEC


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北御堂さんの今月の言葉
自利利他、わたしのために、あなたのために

前後裁断、日々是好日(にちにちこれこうじつ)
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