小事か大事かに関係なく、常に忠である
[2023年02月28日(Tue)]
新渡戸稲造『人生読本』より――
「何よりも職務に忠実なれ」
ドラッカー『プロフェショナルの条件』より――
『二宮翁夜話』の 1-14 より――
松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
―― 小事を疎かにし、研鑽を怠り、失敗に学ばず、過ちを繰り返し、

大自然の恵みを心から信じ、
時の来るを信じて、着々とわが力をたくわえるがよい。
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。
――「時を待つ心」/松下幸之助『道をひらく』
「愚直」に一歩一歩、「積小為大」

「吾唯足知」(ワレタダタルコトヲシル)/龍安寺


「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

愚直に一歩、一歩、もう一歩
「何よりも職務に忠実なれ」
(…)
約束は約束、
如何につまらない約束でも、その約束を守るにあらざれば、
他のことに口をきく権利はあらざるものゝ如く思ふ。
世間には、豊太閤が藤吉郎時代既に天下を呑むの野心を懐いたことを
講談に聞き、或は書物で読んで、細事を顧みなかった如く推量して、
我も天下国家の大事に当たらんと企てゝ、
些細な約束を顧みる遑なき如くいふ人あるも、
彼らは、藤吉郎が信長の草履を懐に入れて暖めた、
その小さなことに気をつけたことを忘れてはならぬ。
聖書にも教ゆる如く、
小なるものに忠なるものは、大なるものに忠ならん。
約束は約束、
如何につまらない約束でも、その約束を守るにあらざれば、
他のことに口をきく権利はあらざるものゝ如く思ふ。
世間には、豊太閤が藤吉郎時代既に天下を呑むの野心を懐いたことを
講談に聞き、或は書物で読んで、細事を顧みなかった如く推量して、
我も天下国家の大事に当たらんと企てゝ、
些細な約束を顧みる遑なき如くいふ人あるも、
彼らは、藤吉郎が信長の草履を懐に入れて暖めた、
その小さなことに気をつけたことを忘れてはならぬ。
聖書にも教ゆる如く、
小なるものに忠なるものは、大なるものに忠ならん。
ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。
ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
日本聖書協会『共同訳 新約聖書』ルカ 16:10
ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
日本聖書協会『共同訳 新約聖書』ルカ 16:10
とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『愛語』
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり、
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『愛語』
ドラッカー『プロフェショナルの条件』より――
紀元前440年ころ、彼(ギリシャの彫刻家フェイディアス)は
アテネのパンテオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた。
それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。
だが、彫像の完成後、フェイディアスの請求に対し、
アテネの会計官は支払いを拒んだ。
「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、
請求してくるとは何ごとか」といった。
それに対して、フェイディアスは次のように答えた。
「そんなことはない。神々が見ている」
(…)
今日に至るも、私は到底そのような域には達していない。
むしろ、神々に気づかれたくないことをたくさんしてきた。しかし私は、
「神々しか見ていなくとも、完全を求めていかなければならない」
ということを、その時以来、肝に銘じている。
アテネのパンテオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた。
それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。
だが、彫像の完成後、フェイディアスの請求に対し、
アテネの会計官は支払いを拒んだ。
「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、
請求してくるとは何ごとか」といった。
それに対して、フェイディアスは次のように答えた。
「そんなことはない。神々が見ている」
(…)
今日に至るも、私は到底そのような域には達していない。
むしろ、神々に気づかれたくないことをたくさんしてきた。しかし私は、
「神々しか見ていなくとも、完全を求めていかなければならない」
ということを、その時以来、肝に銘じている。
「神々しか見ていなくとも、
完全を求めていかなければならない」
完全を求めていかなければならない」
成功している小売業は、
細部に並々ならぬ注意を払っている。
創業当時はとりわけそうだろう。
1日ごとに良い結果を出していかなければ、
閉店のリスクをおかすことになる。
スターバックスのパートナー(従業員)の多くは
細部への配慮を失ってしまった。
ハワード・シュルツ『スターバックス再生物語』
細部に並々ならぬ注意を払っている。
創業当時はとりわけそうだろう。
1日ごとに良い結果を出していかなければ、
閉店のリスクをおかすことになる。
スターバックスのパートナー(従業員)の多くは
細部への配慮を失ってしまった。
ハワード・シュルツ『スターバックス再生物語』
何万もの店で、何百万杯ものコーヒーを提供しているのだから、
一杯くらいコーヒーがちゃんとしていなくても、
一人くらい不適格な店長がいても、
一軒くらい立地の悪い店舗があっても、
大したことがないと思うようになる。
そうした「ひとつ」は蓄積されていくことを忘れていたのだ。
ハワード・シュルツ『スターバックス再生物語』
一杯くらいコーヒーがちゃんとしていなくても、
一人くらい不適格な店長がいても、
一軒くらい立地の悪い店舗があっても、
大したことがないと思うようになる。
そうした「ひとつ」は蓄積されていくことを忘れていたのだ。
ハワード・シュルツ『スターバックス再生物語』
『二宮翁夜話』の 1-14 より――
翁曰、
大事をなさんと欲せば、小さなる事を怠らず勤むべし、
小積りて大となればなり。
凡小人の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、
出来難き事を憂ひて、 出来易き事を勤めず。
夫故、 終に大なる事をなす事あたはず。
夫、大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり。
譬ば百万石の米と雖も、粒の大なるにあらず。
万町の田を耕すも、其の業は一鍬づゝの功にあり。
千里の道も一歩づゝ歩みて至る。
山を作るも一簣の土よりなる事を明かに弁へて、
励精小さなる事を勤めば、大なる事必なるべし。
小さなる事を忽せにする者、大なる事は必ず出来ぬものなり。
大事をなさんと欲せば、小さなる事を怠らず勤むべし、
小積りて大となればなり。
凡小人の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、
出来難き事を憂ひて、 出来易き事を勤めず。
夫故、 終に大なる事をなす事あたはず。
夫、大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり。
譬ば百万石の米と雖も、粒の大なるにあらず。
万町の田を耕すも、其の業は一鍬づゝの功にあり。
千里の道も一歩づゝ歩みて至る。
山を作るも一簣の土よりなる事を明かに弁へて、
励精小さなる事を勤めば、大なる事必なるべし。
小さなる事を忽せにする者、大なる事は必ず出来ぬものなり。
たとえ、どんな細かいところでも、目に見えない部分でも
ごまかしたり、手を抜いたりしてはいけないのである。
それでよしとするなら、
企業全体の体質、従業員一人ひとりの体質が、
たちまちにして、取り返しのつかないもののになっていくだろう。
本田宗一郎『私の手が語る』
ごまかしたり、手を抜いたりしてはいけないのである。
それでよしとするなら、
企業全体の体質、従業員一人ひとりの体質が、
たちまちにして、取り返しのつかないもののになっていくだろう。
本田宗一郎『私の手が語る』
宗一郎は逆に、
一つの細部からその奥の真理(つまり神)を見よう、
とつねに考えていたようだ。
一つの切れ端にしかすぎないかもしれないものにも注意を怠らず、
それを糸口に
背後にある大きな真理の構図を考えようとする姿勢である。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』
一つの細部からその奥の真理(つまり神)を見よう、
とつねに考えていたようだ。
一つの切れ端にしかすぎないかもしれないものにも注意を怠らず、
それを糸口に
背後にある大きな真理の構図を考えようとする姿勢である。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』
松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
(…)
物事がうまくいったときに、
それを自分の力でやったのだと考えると、
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。
実際、成功といっても、それは結果の話であって、
その過程には小さな失敗というものがいろいろある。
それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。
反対に、うまくいかなかったときに、
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば、
その失敗の経験が生きてこない。
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。
そして、そのように
「失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができるようにもなる。
だから、それだけ失敗も少なくなって、
どういう状況下にあっても
経営が順調にいくという姿になってくるわけである。
物事がうまくいったときに、
それを自分の力でやったのだと考えると、
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。
実際、成功といっても、それは結果の話であって、
その過程には小さな失敗というものがいろいろある。
それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。
反対に、うまくいかなかったときに、
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば、
その失敗の経験が生きてこない。
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。
そして、そのように
「失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができるようにもなる。
だから、それだけ失敗も少なくなって、
どういう状況下にあっても
経営が順調にいくという姿になってくるわけである。
―― 小事を疎かにし、研鑽を怠り、失敗に学ばず、過ちを繰り返し、
さらに、過ちに自ら気づかず、気づこうともせず、
指摘された過ちには理屈の通らぬ言い逃れで開き直り、
自らを省みず、謙虚に学ばず、あげくに逆ギレ、
そんな組織に明日などあるはずがない ――「末路憐れ」
指摘された過ちには理屈の通らぬ言い逃れで開き直り、
自らを省みず、謙虚に学ばず、あげくに逆ギレ、
そんな組織に明日などあるはずがない ――「末路憐れ」

「至道無難、唯嫌揀択」(信心銘)
小事か大事かに関係なく、常に忠である/至道は難しくない
小事か大事かに関係なく、常に忠である/至道は難しくない
大自然の恵みを心から信じ、
時の来るを信じて、着々とわが力をたくわえるがよい。
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。
――「時を待つ心」/松下幸之助『道をひらく』
将来をあらかじめ見据えて、
点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々は、いまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない。
運命、カルマ…、何にせよ
我々はは何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
Stay Hungry. Stay Foolish.
Steve Jobs, CEO of Apple Computer, on June 12, 2005.
点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々は、いまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない。
運命、カルマ…、何にせよ
我々はは何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
Stay Hungry. Stay Foolish.
Steve Jobs, CEO of Apple Computer, on June 12, 2005.
「愚直」に一歩一歩、「積小為大」

◆Be just and fear not/2023.2.27
◆道は遠きにあるものではない/2023.2.25
◆真面目なる信徒/2023.2.24
◆柳はみどり 花はくれなゐ/2023.2.23
◆学び、のちに学びほぐす/2023.2.18
◆「生きる」と「生かす」ではまったく違う/2023.2.9
◆なめたらあかん/2023.2.6
◆商売の尊さと喜び/2023.1.29
◆たがいに助け合いながら生きている/2023.1.17
◆私の今年の一文字「慈」/2023.1.4

◆道は遠きにあるものではない/2023.2.25
◆真面目なる信徒/2023.2.24
◆柳はみどり 花はくれなゐ/2023.2.23
◆学び、のちに学びほぐす/2023.2.18
◆「生きる」と「生かす」ではまったく違う/2023.2.9
◆なめたらあかん/2023.2.6
◆商売の尊さと喜び/2023.1.29
◆たがいに助け合いながら生きている/2023.1.17
◆私の今年の一文字「慈」/2023.1.4

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「日々是好日」
「今日是好日」
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「格致日新」

愚直に一歩、一歩、もう一歩

この続きはまたいつか
会計は算術ではなく、思想である
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。

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