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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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事を行うための道具にすぎない [2022年06月17日(Fri)]
先日の日曜日(6/12)、ぶらり逸翁美術館に出かけ、
蕪村の俳句や絵画を愛で、茶室「即心庵」でお点前を頂戴。
川のせせらぎに鮎が泳ぐ姿の練り切りの和菓子や
花入れの桔梗の花、壁に飾られた横山大観の扇子の絵に
厳しい暑さを忘れて至福のひとときをまったり過ごしました。
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「時を旅する」

逸翁美術館を運営する阪急文化財団さんの「阪急文化」15号よりーー
2022年も「身体が資本、心は財産」を基本とし、
すべての方が健康で、
幸せいっぱいの笑顔が溢れる毎日
となりますよう、
心より願っております。
(アグノリアホール支配人・朝峰ひかり)

「身体が資本」は世間でよく聞くところですが、
「心は財産」は耳馴染みでなく、
その意味するところを考えさせられました。

「資本」にしろ、「財産」にしろ、
それはそのもののためにあるのではなく
それが使われて「新たな価値」を生み出す道具にすぎない
その新たな価値(幸せ、感動、文化などなど)が日々蓄積され、
身も心も豊かになって「幸せいっぱいの笑顔が溢れる毎日」になる。

「わしのいのちは、上洛の一日のためにある」
「左様。御上洛がおわりますれば、その翌日のためにござります。 
その翌日がおわりますれば、さらにその翌日のためにござります。
生は事を行うための道具にすぎませぬ
それが陽明学の基本思想なのであろう。
生は生そのもののためにあるのではない、という継之助の考えを、
この若い藩主は理解していた。
司馬遼太郎『峠』

樹齢千年の縄文杉を見て、ただの木でしかないのに感動したり、
真冬、青い空に映える真っ白な富士山を見て、
ただの盛り上がった土の塊にすぎないのに
清々しい気持ちになれたりと、
価値を創り出しているのは人の心です。
これは、唯一人間にのみ与えられた能力だと思います。
(……)
あるのは「価値のある人間・ない人間」という区別ではなく
「価値を見出せる能力のある人間・ない人間」という区別です
(海老原宏美さんが東京都知事に宛てた手紙)
渡辺 一史『なぜ人と人は支え合うのか』より

「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません
福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「無限の宝庫」
この世の中に存在するものは、一つとしてムダなものはない。
ムダだと思うのは、その活かし方、使い方を知らないだけ
活かし方を知らなければ、すべてのものがマイナスになる。
ムダだ、マイナスだと頭をかかえてばかりいたら、
不満に心が暗くなり、せっかくの天与の贈物も猫に小判

黄金は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝。
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
無用と思われていたカビのようなものでも、
これを有効に使えば、貴重な働きをすることがわかってきた今日、
この世の中はまさに無限の宝庫である。すべての物はもちろんのこと、
マイナスでしかない人間など、本来この世にあろうはずがない。

お互いに、もうすこし謙虚でありたい。
もうすこし勇気をもちたい。
そして、もうすこし寛容の心を持って、
すべての物が、すべての人が、時と処を得て
その本来の値打ちが活かされるようつとめたいものである。

「万物万象はわが心に帰す」
「だから心をつねに曇らさずに保っておくと、物事がよくみえる
学問とはなにか。
心を澄ませ感応力を鋭敏にする道である」
司馬遼太郎『峠』

ジョン・P・コッター『限りなき魂の成長』」より――
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松下幸之助のもっとも基本的で、潜在的にもっとも力強い思想は、
生涯にわたって学び続ける根源に関するものである。
彼ならこう言うだろう。
東京大学出身(あるいはハーバードでもオックスフォードでもいい)という
特権的な学歴を持っていることはいいことだが、
それは何ら本質的なことではない。これと同じことは、
抜群の知性、優れた容姿、豊かな個性についても当てはまる。
この種の要素よりも重要なことは
確かな習慣(信念)と、それを支える理想なのだ
彼は繰り返し人々に説いた。
謙虚で素直な心を持てば、
人はどんな経験からも、どんな年齢でも学べる
と。
人間的な大きな理想を抱けば、
成功も失敗も克服し、
そのどちらからも学び、成長し続けることができる
と。
彼の驚異的な人生は、これらの主張の力強い証明にほかならない。

【松下幸之助の21世紀への遺訓】
変化する環境にあっては、
生涯にわたって学び続ける姿勢が、
知能指数や家庭環境やカリスマ性や学歴よりも、
偉大な成功や抜群の業績につながる。

生涯にわたって学び続ける姿勢
謙虚さ、素直な心、リスクに挑む意志、人の意見を傾聴する能力、
そして誠実な自己観照(自省)と深く結びついている。

大きな理想主義的・人道主義的な目標と信念は
事業での成功と相容れないものではない。
少なくとも急速に変化する状況にあっては、
その目標と信念が成長を促す支えとなり、
それによって業績を挙げることもありうる。

逆境は必ずしも職業や人生を打ちのめすものではない。
それなりの条件が整えば
苦難の時期は大きな理想と絶えざる成長を育み、
偉大な達成に結びつく
ことがある。

あなたは謙虚にしているように見えるけれども。
どういう心持ちで謙虚にやっているのかというご質問ですね。
ぼくは謙虚にしているとか、していないとかは意識していませんけれど、
結局、何ごとによらず、衆知によらないといかんと思うんです。
だから、10人の人がおれば10人の知恵を借りる、
100人の人がおれば100人の知恵を借りる、
1億人の人がおれば1億人の知恵を借りる、という心構えで
やっているんです。だからね、すべての皆さんはじめ、
この家屋、電灯、光、全部がわが師だと思っている

すべてのものがわが師であると、こういう考えでやっている。
だから、どこを見ても私より偉い人ばかりがいる、
私が一番あかん、そういう考えでやっている
んです。
1983年4月、80歳を超えた松下さんが
世界中から集まった若手経営者の前で講演した後の質疑応答



人生の目的はどこにあるのでしょうか、
もっとも根源的ともいえるその問いかけに、私はやはり真正面から、
それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。
昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、
日々誠実に努める
その弛まぬ作業、地道な営為(えいい)、つつましき求道(ぐどう)に、
私たちが生きる目的や価値がたしかに存在しているのではないでしょうか。
現世とは心を高めるために与えられた期間であり、
魂を磨くための修養の場
である。
人間の生きる意味や人生の価値は 
心を高め、魂を錬磨することにある。
まずは、そういうことがいえるのではないでしょうか。
俗世間に生き、さまざまな苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、
やがて息絶えるその日まで、
(う)まず弛(たゆ)まず一生懸命生きていく

そのプロセスそのものを磨き砂として、
おのれの人間性を高め、精神を修養し、
この世にやってきたときよりも高い次元の魂をもってこの世を去っていく

私はこのことより他に、人間が生きる目的はないと思うのです。
稲盛和夫『生き方』

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先週の鹿児島出張の2日目、南日本新聞さんが取材に来られていました。
翌日の南日本新聞に写真入りで記事が掲載されていたとのこと。
もとより記事の主役は私ではありませんが、
記事が掲載された6月9日は横田慎太郎さんのお誕生日。
そんなおめでたい日の南日本新聞の紙面に、身に余る光栄で恐悦至極です。
◆「克灰」灰に克つ!/2022.6.7
◆不屈不撓、不屈邁進/2022.6.8
「一日一生」
「生死事大」
「一期一会」
「脚下照顧」
「日々是好日」
「今日是好日」
「日々是新」
朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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