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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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動じることなく、正しいことをする [2022年04月30日(Sat)]
昨日は雨風が強くて落花や落葉が盛んで、
たちまち塵取りに満杯です。
KIMG1726_2.JPG
朝ジョグで立ち寄るついでの庭掃除、
長年マンション暮らしの身には朝から清々しくて心地よく、
最近のマイブームの一つです。

あらためて思いましたが、こんな掃除でも、
何のためになんて言い出すとあかんのでしょうね。
続かないし、何より楽しくないです。

掃除しながら色んなことを考えているので、
決して無心というわけでなく、
掃除に集中してるわけでもないですが、
心は穏やかで落ち着きます。

今朝(4/30)の朝日新聞の投書欄「声」で、
今月17日に開催された「かすみがうらマラソン」を走られた方の
投稿が目に留まりました。

給水所で提供されたドリンクの紙コップが、
ゴミ箱に入れられずに散乱しているのをわざわざ拾い、
背負った籠に入れて走り続けたランナーがおられたとのこと。

いやいや、なかなか出来ないでしょう。
投稿にも書かれているように、
自分の為に走ればそれなりの記録も出せるにもかかわらず、
大金を払ってエントリーしているのに、
他人がゴミ箱に入れなかったゴミを拾いながら走る。
しかも、わざわざ拾ったゴミを持ち運ぶ籠をかついで走る。

あほちゃうかとか、一人ええかっこすなとか、
そんなことを言われるのやないかと、
なんぼええことでも躊躇してできないと思うのですが、
ご本人はゴミ拾いが楽しく、人の目なんて気にならないのかもです。

散乱している紙コップを拾うことが本人にとって「自然体」で、
そこに「自己犠牲」や「利他」とか「義務」や「責任」とか、
大義名分や理由なんて存在しないのではないか、
そんな気がします。

そういえば、エンゼルスの大谷翔平さんも、
試合中でもグラウンドでゴミが目に留まったら拾われるとか。
あれも同じで、大谷さんにとって、かつてはともかく、
今では、ゴミを拾う理由や目的なんか特になく
「そこにゴミが落ちているから拾う」ただそれだけなのかもです。

<世間八法>
誰かに批判されて悩む
誰かに賞賛されて有頂天になる

失敗して落ち込む
成功して喜ぶ

貧しくなって失意の底に沈む。
財をなしてしあわせだと思う。

人に認められてもらえずに鬱々とする。
名を立てて満足する。

これに対して、ダライ・ラマ法王は
―― 四つの対句はいずれも自然なことに思えます。しかし、
心の訓練を積んだ人にとって、これらは間違った反応です。
賞賛されても、批判されても、
感情を交えずに、その真の意味を評価するべきです。
正しい目的または動機は、
批判や賞賛を避けたりはしません
正しいことをするのが目的なのですから。

人生とは、ひとことで言えば習慣です。
習慣とは繰り返すことにほかなりませんから、
強い意志をもって臨めば
やがて習い性となって大いに人生の助けとなります
それは、生活に限らず、
生きかた、目標のもちかた、仕事への向かいかた、
言葉の使いかたから、ふるまいまで、行為のすべて
です。
その意味で、私の人生は、
まさしく習慣のたまものです。
日野原重明『与命』

生きかた ・・・「一日一生」「一期一会」
目標のもちかた ・・・「日に新た」「不屈邁進」
仕事への向かいかた ・・・「奉仕一貫」「初心不可忘」
言葉の使いかた 、ふるまい・・・「和顔愛語」「和敬清寂」

お茶を売ってお金を儲けるだけなら、
自分の都合でいつ休んでもいいようなものですよ。
しかし、このおばあさんは 
そんな味けない考えは少しもなかった
自分の茶店は 
自分一人のものではない。
この茶店をアテにして 
上り下りする山越えの旅人たちのためのものだ。
その世話をするのが自分の役割なのだ。
きっとおばあさんは 
無意識のうちにもそう考えていたのではないでしょうか。
「無言の契約」/松下幸之助『人生談義』

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朝に種を蒔き 夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか あるいは、
そのいずれもなのかあなたは知らないからである。
コヘレトの言葉(11:6)/旧約聖書(日本聖書協会・共同訳)


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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