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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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安らぎの理想郷への道 [2021年12月23日(Thu)]
先日(12/12)の青島太平洋マラソンの伴走は「台湾サンダル」でした。

今年10月末のリレーフォーライフ神戸の会場で出会って、
あれから50日、そして青島太平洋マラソンから10日。
青島太平洋の伴走まで封印してきたスピード練習も解禁し、
自分の走りが少し変わってきたように感じます。

日曜日に参加したペース走でも快調に走り続けられました。
たっぷり走る当初の予定は果たせなかったですが、
15キロを過ぎてフォームが少し乱れてきたように感じたので
ペースを上げて調整すると、ペースは徐々に上がっていき、
走り終えた後も息切れしなかったのにはビックリです。
KIMG0898_2.JPG
武庫川(12/19)
KIMG0907_3.JPG

以前に比べて、走るのが「楽」になったように感じます。

去年の夏にNさんと服部緑地で伴走練習を始めた頃は、
3キロの周回コースを一周するのがやっとこさで、
2周目の上りで「うつむくな、顔を上げて前を向いて足を出せ」と
ハッパかけられました。
目が見えないのになんで分かるんです?と尋ねると、
息づかいやロープの張りで分かると言われたのも懐かしい思い出です。

あのときのシゴキ、いや熱烈指導のおかげで、
体幹や足腰はずいぶん鍛えられ、そして台湾サンダルとの出会い。
ぐるぐる周回に飽きてぐっすり昼寝、
目が覚めて走り続ける気力もなくそのまま帰るつもりが、
縁あって試し履きしたら、ぐいぐい加速して2周。
走りながら、スロージョギングと出会って
服部緑地の400mトラックを走った時の感動がよみがえりました。

足を「前に出す」のではなく、足が「前に出る」って感じですひらめき

今まではフォームや足の着地を意識して走っていたのが、
意識することなく走れるようになり、
それが「楽」に走れるようになった要因であり、
また、乱れた時は自己修正できるようになったのかも。
そして楽に走れるようになって、走るのが楽しくなってきました

「楽と楽しいは違う」なんて言われて、
なるほど、楽してはダメだと納得していましたが、
しんどくて苦しい先に楽しみがあるなんてのは「結果」の話で、
「楽だから楽しい」が真理で、
どうすれば楽して、周りを喜ばせ、自分も心から楽しめるかを考え、
創意工夫して日々取り組むことが大事ではないか、
そんなことを思うようになってきました。

「子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者」『論語』雍也第六 20
(子いわく、これを知る者はこれを好む者に如かず。
 これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)
 ―― 知っているだけでは、好きな者にはかなわない
    けど、好きな者も、楽しんでやる者にはかなわない

桑原武夫『論語』より――
知る、好む、楽しむという三つの動詞によって、
対象に対する主体のかかわり方、したがって
対象に対する主体の態度に深浅のあることを示した名言である。
「知」は客体の認識、
「好」は客体への傾斜つまり関心、そして
「楽」は客体の中に入ってあるいはそれと一体化して安住することであろう。
最初の二つの段階を経て、
第三段階の安らぎの理想郷に達する
とするのである。
しかし、いきなりそこに到達することは許されないのであって、
漸次的完成でなければならない
「之」というのは、軽い言葉であって、必ずしも之を学問、道徳ととらず、
およそものごとは、という意味にとっておきたい。

吾、未だ安らぎの理想郷に達せず(^^)

正しく強く生きるとは
銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう
求道すでに道であるひらめき
宮沢賢治『農民芸術概論綱要』

松下幸之助『道をひらく』より――
「働き方のくふう」
(ひたい)に汗して働く姿は尊い。
だがいつまでも額に汗して働くのは知恵のない話である。
それは東海道を、汽車にも乗らず、
やはり昔と同じようにテクテク歩いている姿に等しい。
東海道五十三次も徒歩から駕籠へ、駕籠から汽車へ、
そして汽車から飛行機へと、日を追って進みつつある。
それは、日とともに、人の額の汗が少なくなる姿である。
そしてそこに、人間生活の進歩の跡が見られるのではあるまいか

人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。
だが、いままでよりも一時間少なく働いて
今ままで以上の成果をあげることも、また尊い。
そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか

それは創意がなくてはできない。くふうがなくてはできない。
働くことは尊いが、その働きに
くふうがほしいのである。創意がほしいのである。
額に汗することを称(たた)えるのもいいが、
額に汗のない涼しい姿も称えるべきであろう。
怠けろというのではない。楽をするくふうをしろというのである。
楽々働いて、なおすばらしい成果があげられる働き方を
おたがいにもっとくふうしたいというのである。
そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう。

われらに要るものは
銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である
われらの前途は輝きながら嶮峻である
嶮峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成これ完成であるひらめき
宮沢賢治『農民芸術概論綱要』

私は人というものが何より大切だと思っている。
私たちの国というのは、この、
人という水滴を集めた水槽のようなもので、
水は絶えず流れ入り流れ出ている。
これが国の本体といえる。
ここに澄んだ水が流れ込めば、水槽の水は段々と澄み
濁った水が流れ込めば、全体が段々に濁ってゆく
それで、どんな人が生まれるかということと、
それをどう育てるかということが、
何より重大な問題になる。
「60年後の日本」/岡潔『数学を志す人に』
P1010817.JPG
足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

IMG-9307.jpg
「日々是好日」

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

松下幸之助『思うまま』より――
「歩一歩の歩み」
人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば
往々にして失敗することにもなろう。
P1010032.JPG旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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